偉大なる魔術師

魔術師ロッソ。

ワーロック〈黒魔術師〉とも呼ばれる、その男のフルネームはロッソ・クラーテオと言う。恐らく本名ではない。


常にスカルマスクで顔を隠していて、素顔は誰も分からない。


そのドクロの面に文字通り張り付いた薄ら笑いが特徴的な男である。



この男は教会関係者からはペテン師と非難され、世界に散らばる大小の魔術結社からは嫌悪されている。

しかし、同時に偉大なる魔術師と評する者も存在し、本人もそう主張している。


この謎の魔術師には様々噂が飛び交っている。


その一つは近代の魔術師が恐れ、崇拝する謎の人物、『影の総督』との関係だ。


『影の総督』は、16世紀から19世紀の間に隆盛した各魔術団体に秘術を授け、


魔術団体の設立を許可したと言われる伝説の人物である。


その伝説の人物からロッソ・クラーテオは魔術を教わったというのだ。


さらには、彼こそが『影の総督』正体であるとの声さえある。


最後にもう一つ、彼にまつわる噂を紹介しよう。

一時期から、 この魔術師は助手と称して金髪の少女を連れ歩いている。

なんと、その少女の正体は悪魔だというのだ。

ロッソ・クラーテオは悪魔召還術にも長けているので、この噂はあながち間違いではないだろう。


なお、この魔術師は現在では、活動の拠点を米国からヨーロッパに移している。



特集号、実録!現代の魔術師たち!!彼らは本物かペテン師か!?



次回特集、世界で頻発する超常現象!その謎に迫る!!









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西欧のどこかにある建物。

その入口には、小さく「魔術師 ロッソの店」とある。

『店』の中の、中世の鎧と本棚が並ぶ古風な一室は、電灯はついているが若干薄暗い。


そんな部屋の中で、少女が椅子に座って雑誌を読んでいた。

少女は金髪だった。


具体的には、 金髪のサイドテールで、黒いゴシックロリータ風の服を着ている。


少女の表情は硬く、服装と相まって近寄りがたい雰囲気を醸しだしていた。


この少女の名はアビーという。


「ロッソが載ってる」


アビーが言った。


「あん?」


その部屋で机に向かって座っている男が答える。


アビーは男に雑誌を渡した。


スカルマスクで顔を隠している男に。

服は茶色のスーツに黄色のクラバットを着け、マスクがなくとも服装だけで十分目立つだろう。

雑誌の表紙には『特集号、実録!現代の魔術師たち!!』などと書かれていた。

雑誌を受け取ったロッソと呼ばれた男は、その記事を一瞥すると皮肉たっぷりにこう言った。


「だいたい合ってる。この記事書いた奴は天才だ」

「へえ」



アビーは、しばらくの間のあと口を開く。



「お客さん来ないね」


「そのうち来る、黙って待ってろ」


「・・・・・・・・・・・」


無言でアビーはロッソを見つめた。


明らかに冷たい視線をロッソに向ける。

その視線に気づいたのか、ロッソはこちらを向いた。


「なんだ、アビーまだ怒ってんのか?さすがに議員の娘に一万ドル吹っ掛けたのは不味かった。

だが、持っているものは上物ぞろいでそれくらい大丈夫だと思ったんだよ。議員の娘だとは知らなったしな!」

アビーは思う。

あの記事のヨーロッパに逃げたっていうのはだいたい合ってる。


あこぎなことやり過ぎて、商売続けられなくなっただけだけど。


「は?反対したじゃん。さすがに吹っ掛けすぎだって」


ロッソは黙った、だがそれは一瞬のことだ。


「まあ、たしかにあれはやり過ぎた。だがな、頃合いを見て復活するさ。こんなところでくすぶっている男じゃない。俺は大物だ」

いつものロッソの調子だ。


元々ロッソは魔術師、占い師とかの肩書きで人気で、テレビに出てお金持ちだった。



そういう人は他にもいるけど、ロッソはその人たちと違う。


ロッソは本物の魔術師だからだ。


けっしてロッソの『魔術』はペテンじゃない。

その証拠にロッソに会ってから1年、その間に信じられない体験をたくさんした。


でも、ロッソは結局、商売を続けられなくなってこんな遠い所までやって来た。


その理由もアビーには手に取るように分かる。


ロッソは本物の魔術師なのだが、それを打ち消すほどろくでもない性格だったからだ。


平気で嘘を尽くし、できないこともできるふりをする。


種のあるマジックと本物の魔法を組み合わせて、相手を騙す。



つまりロッソの魔法は本物だけど、やっていることはペテンと変わらなかった。


ロッソは本物の魔術師で、本物の詐欺師だったのだ。



それでたくさん敵を作った。


そのせいでアメリカで商売が続けられなくなった。


だから、ヨーロッパで、小さなお店を開いて、細々と暮らすことになったのだ。


ロッソもさすがに反省したようで、今は大人しくしている。


本人なりにだけど。



「アビー」


「何?」



「客が来る。部屋の外で待ってろ。いいか、神秘的な雰囲気で佇んでろ。魔術師ってのはイメージが大事だ」


詐欺師の間違いじゃない?


ロッソが突然誰かが来るとか言い出すのはよくあることで、こういうときはだいたい当たる。


魔術でやっているのか、トリックなのか知らないけど。


そんなことを思いながら、読みかけの雑誌を手に取り、言われるがままアビーは部屋の外に出た。