グレゴリオとアルジェント


グレゴリオ神父はエクソシストである。

年齢不詳。体格はがっしりしていて背は約2メートル、中世の十字軍が着けていたグレートヘルムを被りその素顔は覆い隠されている。

彼は過去に数百回以上の悪魔祓いを成功させ、カトリック教会最強のエクソシストという声もある。

その異様な風貌と悪魔との戦歴から、グレゴリオ神父は一部の教会関係者とオカルトマニアの噂の的になっていた。

そんな百戦錬磨のエクソシストが頭を抱えていた。とても『深刻な問題』に直面していたからだ。

ただしグレゴリオ神父の悩みの種は悪魔ではなかった。

△△△

悪魔祓いを行ったのが昨日の夜。

悪魔祓いのあと、悪魔を信じるわけがない警察に事情聴取を受け、釈放されたのが午前三時。

車を走らせ、教会に帰宅したのが午前五時半。

聖書の詩編を唱え、祈り、一息ついたのが午前六時頃。

教会の一室でゆったりとコーヒーを飲んでいる時、そこに一人の少女が闖入してきたのが今だ。

闖入してきた少女の外見は特異であった。

髪は銀髪、瞳は灰色で、肌は血の気が通っていないかのように蒼白い。顔は整っているが、その目つきは獲物を狙う猛禽類を感じさせ鋭い。

そして、シスターのように黒いベールを被り黒い服を着ている。ただし胸に、十字の形の赤いリボンをつけているのはシスターらしくない。

この少女はアルジェントという。

そのアルジェントが言い放った。

「神父様!神父様!悪魔、悪魔について教えてください!」

甲高い声だった。

「家に帰れ」

グレゴリオ神父は即答する。

悪魔についての教えを請う少女、アルジェントこそがグレゴリオ神父の悩みの種だった。



△△△

コーヒーの匂いがほんのりと漂う一室にて。

「神父様は信者のギモンに答えるのが仕事でしょう!悪魔の話をしてください!」

銀髪の少女、アルジェントがグレゴリオ神父の前でやかましく騒ぎ続けていた。

「お前、あんな目にあったのに悪魔のことなんぞ知りたいのか?」

うんざりしてグレゴリオ神父は言う。

アルジェントは悪魔絡みの事件の被害者だ。事件の解決の後、毎日のようにグレゴリオ神父の教会に通うようになった。

それだけだったら信仰心が厚くなった証拠で良いことだ。

「だからこそです!悪魔!悪魔!」

問題は鬱陶しく何度も何度も悪魔の話をせがむことだった。

グレゴリオ神父は恐ろしく多忙だった、教会の中でも悪魔祓いを日常的に行い、悪魔憑きの事件を解決するため文字通り東奔西走していた。

悪魔絡みの事件でなくても、超常現象が起きればバチカンからの依頼で解決に動くこともある。

その合間の、わずかな休憩時間を見計らったようにアルジェントはやって来て、神父を叩き起こすのだ。

「悪魔!悪魔!悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔ーー!」

このように悪魔、悪魔と連呼して。

少女の甲高い声にたまらず、グレゴリオ神父は耳を抑える。兜ごしなのでまるで意味はないのだが。

「五月蠅い」

グレゴリオ神父の語気に力が入る。

「……………」

その声に怖じ気づいたのか、アルジェントはやっと口を閉じた。

「いいか、神父は忙しいんだ。お前なんぞに構っている暇はない」

「悪魔の話をしてくれるまで黙りませんよ?」

アルジェントは小悪魔のようにニヤリとする。

グレゴリオ神父は似たような状況を思い出す。

悪魔祓いは、悪魔の存在すら信じていない世間から見れば奇妙な儀式だ、故に物見遊山で教会にやってくる奴らが出て来る。

グレゴリオ神父はそんな野次馬連中に心底うんざりしていた。

ただでさえ、悪魔祓いで忙しいのにそんな馬鹿共の相手に時間を取られたくなかったからだ。

アルジェントの場合は、その物見遊山の連中と少し事情が違った。

自分が悪魔憑きの被害者だったにも関わらず、悪魔を恐れず神父へ悪魔の話をせがむのだ。

記憶が混濁しているようで、本人は刺激的な体験をした程度にしか思っていないらしい。

「…… いいだろう、悪魔の話をしてやろう」

ついにグレゴリオ神父は折れた。

「やった!ありがとうございます!神父様!」

「ただし、条件がある」

「条件?」

「この教会を隅々まで掃除しろ」

普通、清掃は一般の信徒がボランティアで行う。

しかし、教会で行うエクソシズムの惨状に恐れをなし、めっきり一般の信徒が来なくなってしまったのだ。

故に教会には埃が積み重なっている。

「分かりました!掃除します!掃除道具はどこですか!」

アルジェントはモップや箒の置き場所を教えられると一目散に駆け出して行った。

小さな教会だが一人で掃除をするならそれなりに時間がかかる。

グレゴリオ神父はこの間に休憩をとる気だった、教会を綺麗にしてくれるなら、その見返りに悪魔の話をしてやるのもやぶさかではない。

しかし、そこで神父の携帯電話に電話がかかって来た。

電話をかけて来たのは、彼の上司である司教だった。

エクソシストは司教の任命制である。彼をエクソシストに任命したのもこの司教だった。

電話に出ると、司教は間髪入れずこう言い放った。

「グレゴリオ神父よ、緊急のエクソシズムの依頼がある、今すぐ行ってくれんか?」





グレゴリオ神父は、間を置いてこう答えた。

「…… 分かった、すぐ行く」

そしてエクソシズムの道具が一式入ったカバンを乱暴に持ち上げた。