悪魔は嗤う 上

とある西欧のどこかの街で。


グレートヘルムを被り、2mほどもある、がっしりとした体形の神父が歩いていた。

グレゴリオ神父は、『エクソシズム』の帰り道であった。


といっても、悪魔憑きの疑いのあった少年は、学校に行きたくないから悪魔憑きのふりをしていた、というだけだった。


悪魔祓いの代わりに、カウンセリングの真似事をして、その帰りである。


ある意味、久しぶりに悪魔祓いより、よっぽど神父らしいことをしたかもしれない。


そんなことを思いながらグレゴリオ神父は、携帯電話を取り出し上司である司教につなげる。


「悪魔憑きじゃなかったぞ」


「そうだったのか、それは良かった」


携帯電話越しに、司教は呑気そうに返した。


「俺の所に依頼に出すのは、悪魔憑きが確実なケースだけのはずだが?」


「あの少年の父親は、成功した実業家でね。それで教会の多額の『貢献』をしている。医師の診断書が

ないからと言って断るわけにはいかん」


「教会に金を寄付する前に、自分の息子の相手をしてやれと言ってやれ」


「いいか、神父<ファザー>グレゴリオ。君の教会は信徒が一人も来やしない。したがって寄付金も

ほとんどない。この教区のお荷物なんだ。だからこそこういう所で貢献せんとなあ」


一人も来ないというのは不正確だ、正確にはうるさいのが一人、毎日のように来てるんだが。


「そりゃ、悪魔祓いの依頼が多すぎて、まともな神父の仕事ができないからな。ミサもろくに開けやしない」


そう言い返すと、グレゴリオ神父は通話を切断した。






△△△





そして、教会に帰ったグレゴリオ神父を待ち構えていたのは、もちろん銀髪の少女だった。


目つきが猛禽類のごとく鋭い少女、アルジェントである。


「神父様!今日の悪魔祓いはどうでしたか!」


「ああ、強敵だった。俺の敵じゃなかったが」


逐一説明するのが、面倒なので適当な返事をする。


「さすが神父様!じゃあ、掃除も終わったので約束通り悪魔の話をしてください!」


アルジェントとは出かける前に、教会を掃除すれば悪魔について話してやるとの約束をしたのであった。


「聖堂の掃除も、庭の草むしりも終わったのか?」


「はい!マリア様の像も、告解部屋もトイレもピカピカです!」


たしかに、この部屋に来るまでに教会が丁寧に掃除されているのは分かった。


これでは、約束を破るわけにはいかない。


「・・・・・・・・分かった、悪魔について話してやる」


その後、悪魔がどういう存在か、教理書〈カテキズム〉や聖書を引用しつつ、エピソードを交え教えた。


例えば、サタンによって災いを受けたヨブの物語、加えて、悪魔の行いを試練と捉える考え方もだ。


アルジェントは興味津々で聞き入っていた。

話がひと段落した所で、グレゴリオ神父はアルジェントを問いただす。


「で、お前なんで、悪魔の話を聞きたいなんて言い出したんだ?」


「それはもちろん、エクソシストになるためです!敵を知らなくてはいけませんから!」


何言ってんだ、こいつ、それがグレゴリオ神父の率直な感想であった。


「シスターはエクソシストになれんぞ?そもそもお前は正式なシスターですらないだろ」


シスターの仮装〈コスプレ〉をしているだけで、シスターでもなんでもないアルジェントにそう言い放つ。


エクソシズムは準秘跡であり、秘跡を行えるのはカトリックでは神父もとい司祭のみだ。


つまり、司祭ではないシスターはエクソシストになることはできない。


「神父だけだ」




それを聞いた、アルジェントは凍り付き、いつの間にか涙目になっていた。


グレゴリオ神父は、アルジェントの夢物語に飽きれて、淡々とあるいは冷徹に事実を語っただけだったが、それが完全に裏目にでた。



その後、半泣き状態になったアルジェントは、「忍者になりたかったのに!エクソシストになるためにその夢を捨てたんですよ!」など意味の分からんことを喚きたてた。


挙句の果てに、バチカンの教皇聖下に直訴しに行くなどと言い出したのである。しかもグレゴリオ神父の弟子だと言い張って。


恐ろしいことにアルジェントの行動力を閲するに、本気で教皇聖下のパレードに、単身突撃しかねなかった。


下手に放置すると、あらゆる意味で危険だと判断したグレゴリオ神父は「助手として使ってやる」などと言ってなだめるしかなかった。


これを聞いて、アルジェントは『見習いエクソシスト』を勝手に名乗るのであった。



しかし、この一件が後に様々な事象をもたらすのだが、それは別の話である。