一般化された対称性の格子ゲージ理論の観点からの厳密な定式化
Rigorous formulation of the generalized symmetries from the viewpoint of lattice gauge theory
物理学I
A. 学歴
博士号:九州大学、博士(理学)、2021年3月
大学院(博士課程):九州大学大学院・理学府、物理学専攻、修了2021年3月
大学院(修士課程):九州大学大学院・理学府、物理学専攻、修了2018年3月
大学:九州大学・理学部・物理学科、卒業2016年3月
B. 職歴・研究歴等
日本学術振興会特別研究員(DC1)、九州大学大学院・理学府、2018年4月―2021年3月
日本学術振興会特別研究員(PD)、大阪大学大学院・理学研究科、2021年4月―現在
C. 受賞歴
九州大学学位記授与式 卒業生総代(理学)、九州大学、2016年3月
第11回(令和2(2020)年度)日本学術振興会育志賞、日本学術振興会、2021年3月
九州大学大学院学位記授与式 修了生総代(博士)、九州大学大学院、2021年3月
第16回(2021年度)素粒子メダル奨励賞(O. Morikawa and H. Takaura, “Identification of perturbative ambiguity canceled against bion,” PLB 807, 135570 (2020)), 素粒子論委員会、2021年9月
Prog. Theor. Exp. Phys. Editors’ Choice Award (M. Abe, O. Morikawa, and H. Suzuki, “Fractional topological charge in lattice Abelian gauge theory,” PTEP 2023, no.2, 023B03 (2023)), 日本物理学会、2023年3月
(JPS Hot Topics 3, 010 (2023) doi:10.7566/JPSHT.3.010に記事掲載)
D. 資格・免許等
なし
1. 背景や研究動機
自然界の基本的な構成要素である素粒子は場の量子論によって記述される。この場の量子論の理論の構造に関連する極めて重要な研究テーマとして、非摂動論的定式化と重力の量子化が挙げられる。場の量子論の摂動論は相互作用が弱い領域でのみ有効である。一方場の量子論を格子上で定義する格子場理論により、強結合領域を含む非摂動論的なダイナミクスの数値計算が可能となった。また、重力の量子化に関しては、重力を含む全ての力を統一的に記述するものとして超弦理論が提案されている。この超弦理論においても、弦の1次元的な拡がりに起因した非摂動論的な現象があるはずだが、超弦理論の非摂動論的定式化として決定的なものは未だ知られていない。こうした問題に格子場理論に類似の非摂動論的な手法が応用できないか考えるのは自然である。そこで、格子場理論に基づく非摂動論的手法を応用し超弦理論における種々の現象を非摂動論的なアプローチにより解析することが、本研究の主題である。
2. 研究の方針
超弦理論の非摂動論的なアプローチによる解析に関して、広い視野で様々な問題の研究に取り組むべく、以下のような具体的な研究テーマを設定した。
超弦理論の標的空間がカラビ・ヤウ空間の場合、弦の2次元世界面上にはN=2超共形場理論が実現している。2次元超対称性理論であるランダウ・ギンツブルグ模型の赤外固定点がこうした超共形場理論になっていると信じられている。このランダウ・ギンツブルグ模型の格子定式化に基づいた数値シミュレーションにより赤外固定点の解析が可能となる。特に、超共形場理論に対応するカラビ・ヤウ空間のモジュライの大規模な変形は通常の解析的手法では困難であり、超弦理論のコンパクト化のダイナミクスは重大な問題である。ランダウ・ギンツブルグ模型の非摂動論的研究ではこうした現象を調べることを目標とした。
3. 研究内容・成果
ランダウ・ギンツブルグ模型として2次元N=2ゼロ質量ヴェス・ズミノ模型を考えた。この模型の数値的研究のため、超対称性を厳密に保つ加堂・鈴木の定式化[2010]を用いた。これは運動量空間での切断による正則化を用いるもので、作用の非局所性を一旦許すことで、超対称性が厳密に保たれる。さらにこの非摂動論的定式化には、分配関数の重みをガウス関数にするような変数変換、ニコライ写像が存在する。これを利用することにより、数値シミュレーションにおいて自己相関の全くない配位生成が可能である。以上の方法を用いて、超場が一つの場合(Aタイプ)に鈴木博氏(九州大学)と共同で低エネルギー相関関数が超共形場理論との対応から期待されるものを正しく再現することを確かめた[研究業績リスト論文13]。その後は単独で、ADE分類と呼ばれる様々なランダウ・ギンツブルグ模型が超共形場理論のミニマル系列と対応することを数値的に検証した[研究業績リスト論文11]。また連続極限を考慮した有限サイズスケーリング法に基づき、最も簡単な模型の場合にスケーリング次元の精密測定に成功した[研究業績リスト論文8, 10]。さらに超弦理論のコンパクト化として最も簡単な応用である標的空間が2次元トーラスの場合に理論・コードを拡張し、通常では解析困難な様々に変形されたトーラスについて数値シミュレーションを実行した[学位論文2021/3]。
4. 研究の独創性
本研究は、格子場理論と超弦理論の両者にまたがった領域を攻めることを狙っている。ここにはこれまであまり試みられていなかった新しい可能性が多く残されている。上記のように標的空間が低次元複素多様体となる場合について解析を行ったが、このような場の理論の非摂動論的定式化に基づいた超弦理論のコンパクト化の解析はこれまでなされておらず、全く新しい角度からの研究である。
A. 論文(全20件。申請者の分野では、著者はアルファベット順に並べることが慣例である。)
【査読有】(18件)
1. O. Morikawa, H. Wada and S. Yamaguchi,
``Phase structure of linear quiver gauge theories from anomaly matching,''
PRD 107, 045020 (2023) [arXiv:2211.12079 [hep-th]].
2. M. Abe, O. Morikawa and H. Suzuki,
``Fractional topological charge in lattice Abelian gauge theory,''
PTEP 2023, no.2, 023B03 (2023) [arXiv:2210.12967 [hep-th]].
3. M. Ashie, O. Morikawa, H. Suzuki and H. Takaura,
``More on the infrared renormalon in SU(N) QCD(adj.) on R^3xS^1,''
PTEP 2020, no.9, 093B02 (2020) [arXiv:2005.07407 [hep-th]].
4. O. Morikawa and H. Takaura,
``Identification of perturbative ambiguity canceled against bion,''
PLB 807, 135570 (2020) [arXiv:2003.04759 [hep-th]].
5. K. Ishikawa, O. Morikawa, K. Shibata and H. Suzuki,
``Vacuum energy of the supersymmetric CP^{N-1} model on RxS^1 in the 1/N expansion,''
PTEP 2020, no.6, 063B02 (2020) [arXiv:2001.07302 [hep-th]].
6. K. Ishikawa, O. Morikawa, K. Shibata, H. Suzuki and H. Takaura,
``Renormalon structure in compactified spacetime,''
PTEP 2020, no.1, 013B01 (2020) [arXiv:1909.09579 [hep-th]].
7. M. Ashie, O. Morikawa, H. Suzuki, H. Takaura and K. Takeuchi,
``Infrared renormalon in SU(N) QCD(adj.) on R^3xS^1,''
PTEP 2020, no.2, 023B01 (2020) [arXiv:1909.05489 [hep-th]].
8. O. Morikawa,
``Numerical study of ADE-type N=2 Landau-Ginzburg models,''
PoS LATTICE2019, 145 (2020) [arXiv:1908.03411 [hep-lat]].
9. K. Ishikawa, O. Morikawa, A. Nakayama, K. Shibata, H. Suzuki and H. Takaura,
``Infrared renormalon in the supersymmetric CP^{N-1} model on RxS^1,''
PTEP 2020, no.2, 023B10 (2020) [arXiv:1908.00373 [hep-th]].
10. O. Morikawa,
``Continuum limit in numerical simulations of the N=2 Landau-Ginzburg model,''
PTEP 2019, no.10, 103B03 (2019) [arXiv:1906.00653 [hep-lat]].
11. O. Morikawa,
``Numerical study of the N=2 Landau-Ginzburg model with two superfields,''
JHEP 12, 045 (2018) [arXiv:1810.02519 [hep-lat]].
12. A. Kasai, O. Morikawa and H. Suzuki,
``Gradient flow representation of the four-dimensional N=2 super Yang-Mills supercurrent,''
PTEP 2018, no.11, 113B02 (2018) [arXiv:1808.07300 [hep-lat]].
13. O. Morikawa and H. Suzuki,
``Numerical study of the N=2 Landau-Ginzburg model,''
PTEP 2018, no.8, 083B05 (2018) [arXiv:1805.10735 [hep-lat]].
14. O. Morikawa and H. Suzuki,
``Axial U(1) anomaly in a gravitational field via the gradient flow,''
PTEP 2018, no.7, 073B02 (2018) [arXiv:1803.04132 [hep-th]].
15. H. Makino, O. Morikawa and H. Suzuki,
``Gradient flow and the Wilsonian renormalization group flow,''
PTEP 2018, no.5, 053B02 (2018) [arXiv:1802.07897 [hep-th]] [Erratum: PTEP 2021, no.9, 099201 (2021)].
16. H. Makino, O. Morikawa and H. Suzuki,
``One-loop perturbative coupling of A and A★ through the chiral overlap operator,''
EPJ Web Conf. 175, 11013 (2018) [arXiv:1710.00536 [hep-lat]].
17. H. Makino, O. Morikawa and H. Suzuki,
``One-loop perturbative coupling of A and A★ through the chiral overlap operator,''
PTEP 2017, no.6, 063B08 (2017) [arXiv:1704.04862 [hep-lat]].
18. H. Makino and O. Morikawa,
``Lorentz symmetry violation in the fermion number anomaly with the chiral overlap operator,''
PTEP 2016, no.12, 123B06 (2016) [arXiv:1609.08376 [hep-lat]].
【査読中】 (2件)
19. M. Abe, O. Morikawa, S. Onoda, H. Suzuki and Y. Tanizaki,
``Topology of SU(N) lattice gauge theories coupled with Z_N 2-form gauge fields,''
arXiv:2303.10977 [hep-th].
20. N. Kan, O. Morikawa, Y. Nagoya and H. Wada,
``Higher-group structure in lattice Abelian gauge theory under instanton-sum modification,''
arXiv:2302.13466 [hep-th].
B. 口頭発表 (全26件)
【国際会議】(5件)
1. ``Perturbative ambiguities in compactified spacetime and resurgence structure,''
招待講演、Potential Toolkit to Attack Nonperturbative Aspects of QFT -Resurgence and related topics-, オンライン開催、 2020年9月24日
2. ``Resurgence structure on compactified spacetime with twisted boundary condition,''
Asia-Pacific Symposium for Lattice Field Theory, オンライン開催、 2020年8月7日
3. ``Vacuum energy of the SUSY CP^{N-1} model on RxS^1,''
招待講演、CP^N model: recent developments and future directions, 慶応大学、2020年1月23日
4. ``Numerical study of ADE-type N=2 Landau-Ginzburg models,''
The 37th International Symposium on Lattice Field Theory, Wuhan, China, 2019年6月23日
5. ``One-loop perturbative coupling of A and A★ through the chiral overlap operator,''
The 35th International Symposium on Lattice Field Theory, Granada, Spain, 2017年6月23日
【国内学会】 (16件)
6. 「N=2ランダウ・ギンツブルグ模型における標的空間の変形の数値的研究」
日本物理学会2021年秋季大会、オンライン開催、2021年9月14日
7. ``Renormalon in SU(N) QCD(adj.) on compactified spacetime,''
日本物理学会2020年秋季大会、オンライン開催、2020年9月16日
8. ``Identification of perturbative ambiguity canceled against bion,''
日本物理学会2020年秋季大会、オンライン開催、2020年9月14日
9. 「S^1コンパクト化された時空でのリサージェンス構造」
素粒子若手オンライン研究会、オンライン開催、2020年8月28日
10. ``Infrared renormalon in the CP^{N-1} model on RxS^1,''
理研-九大ジョイントワークショップ「数理が紡ぐ素粒子・原子核・宇宙」、九州大学、2019年12月23日
11. ``Numerical study of the N=2 Landau-Ginzburg model,''
理研-九大ワークショップ―素粒子・原子核から宇宙へ―、理化学研究所、2018年11月21日
12. ``Numerical simulation of the N=2 Landau-Ginzburg model,''
瀬戸内サマーインスティテュート、山口県由宇青少年自然の家、2017年9月28日
(他日本物理学会7件、物理学会九州支部例会2件)
【セミナー】 (5件)
22. ``Perturbative ambiguities and resurgence in circle-compactified theories,'' 東京工業大学、2021年1月20日
23. ``Computer simulation of the N=2 Landau-Ginzburg model,'' 大阪大学、2020年6月9日
24. ``Gradient flow and the Wilsonian renormalization group flow,'' 高エネルギー加速器研究機構(KEK)、 2018年5月22日
25. ``Conformal field theory and the Landau-Ginzburg description,'' 北海道大学、2017年11月17日
26. ``Numerical study of N=2 Landau-Ginzburg models,'' 北海道大学、2017年11月17日
C. ポスター発表 (全5件)
【国際会議】(4件)
1. ``Infrared renormalon in the supersymmetric CP^{N-1} model on RxS^1,''
KEK Theory Workshop 2019, 高エネルギー加速器研究機構(KEK)、2019年12月5日
2. ``Numerical study of the N=2 Landau-Ginzburg model,''
4th International Workshop on ``Higgs as a Probe of New Physics,'' 大阪大学、2019年2月21日
3. ``Numerical study of the N=2 Landau-Ginzburg model,''
KEK Theory Workshop 2018, 高エネルギー加速器研究機構(KEK)、2018年12月19日
4. ``Lorentz symmetry violation in the fermion number anomaly with the chiral overlap operator,''
KEK Theory Workshop 2016, 高エネルギー加速器研究機構(KEK)、2016年12月7日
【国内学会】 (1件)
5. 「コンパクト化された時空における摂動論の不定性とリサージェンス構造」
熱場の量子論とその応用、オンライン開催、2020年8月25日
D. 特許
なし
A. 研究課題
一般化された対称性の格子ゲージ理論の観点からの厳密な定式化
B. 要旨(500字程度)
対称性は物理学において非常に重要な概念であり、特にゲージ対称性は物質場の位相の大域的対称性を局所化するプロセス(ゲージ化)から現れる。近年の一般化された大域的対称性とそのゲージ化により、素粒子論・物性理論などで様々な成果があげられている。一方で、素粒子を記述する場の量子論は数学的に厳密に定義することが難しく、一つの最も良く確立された非摂動論的手法は格子場理論と呼ばれる。申請者のこれまでの研究では、一般化された対称性のゲージ化としてZN 1次ゲージ対称性に付随するZN 2次ゲージ場を格子ゲージ理論に導入し、SU(N)/ZNゲージ理論の分数トポロジカル電荷や’t Hooftアノマリーの実証を行った。本研究課題ではこれをさらに推し進め、一般化された対称性の現代的発展・問題について完全に正則化された格子ゲージ理論の立場から解明することを目的とする。特に注目する格子ゲージ理論からの問題として、Witten効果、指数定理または格子上のコホモロジーの実現を想定する。また、一般化された対称性の中からさらに高次群や非可逆対称性などの最近の発展を格子上に再構成し確固たる理解を得る。この研究により、これまでの連続理論での形式的議論について格子ゲージ理論からの厳密な理解が与えられる。
C. 研究目的
物理学における対称性は自然法則を理解する上で非常に中心的な役割を担ってきた。従来の対称性からはNoetherの定理により時間変化で不変な保存量が存在する。近年対称性の概念が一般化され[Gaiotto et al. 2014]、この従来の「0次対称性」は時間一定面(空間d次元)のトポロジカル物体とみなされ、その拡張としてp次対称性に対して(d-p)次元に拡がりを持ったトポロジカル物体を議論できる。このような対称性をゲージ化(局所化)することにより’t Hooftアノマリーと呼ばれるくりこみ群不変な量子アノマリーが現れるとき、強結合領域における相構造などに非自明な制限が得られる。この高次対称性による新しい研究の可能性は、量子色力学におけるクォーク・ハドロン相転移や、カラー超伝導相の理解などに繋がると期待され、さらなる様々な一般化の試みが素粒子論だけでなく物性理論からも活発に議論されている。一方で、自然界の基本的な構成要素である素粒子は場の量子論によって記述されるが、相互作用が強い領域でも有効な非摂動論的定式化は場の量子論の理論の構造に根ざした重大なテーマである。このような定式化の困難は場の量子論が無限自由度系であることに起因しており、時空を格子に分割して自由度を有限に正則化する格子場理論により非摂動論的ダイナミクスの数値計算が可能となった。一般化された対称性に対するこれまでの数多くの研究は連続時空上の形式的なものに留まっている。そのため、近年の発展の確固たる理解を得るには格子場理論に基づいた完全に正則化された構成が必要不可欠である。
一般化された対称性とそれに付随する考察は非常に多岐にわたり、それらの厳密に正則化された構成に基づいた理解を目指すことが本研究の主題である。そのための第一歩として、申請者らはU(1)/ZqやSU(N)/ZNゲージ理論において格子上で分数トポロジカル電荷が実現されることを示した。これは格子ゲージ理論に対して、局所性とSU(N)ゲージ対称性、さらにZN 1次ゲージ対称性を指導原理として、Lüscher [1982]による格子上のトポロジーの構成法(整数トポロジカル電荷)を拡張して証明される。また、θ項と呼ばれる2π周期のθを係数に持つトポロジカル電荷を作用に導入すると、1次対称性とθの周期性に混合’t Hooftアノマリーが存在することを示した。この構成法では右図のような超立方体上のゲージ配位の構造を注意深く考察することが重要である。特に注目すべきは、格子という離散的な空間上でトポロジーを定義することはそのままでは不可能であり、ここにゲージ配位が「十分滑らか」である制約(admissibility条件)を課すことにより自然なトポロジー(特にファイバー束)が定義される。ここでのZN 1次対称性に付随したZN 2次ゲージ場の導入や、分数トポロジカル電荷、混合’t Hooftアノマリーの導出は一般化された対称性を考察する際に非常に基本的な方法論であり、この研究は格子ゲージ理論に基づいた実証を与えている。
これまでの研究によって与えられた観点に則り、本研究では一般化された対称性に関する様々な問題を格子ゲージ理論の立場から取り組みたい。まず考えられることは、上記のadmissibilityにより格子上のトポロジーを定義できたが、一方でadmissibility下では磁気的カレントが消える、つまり磁気モノポールが導入できないことを意味する。言い換えると、ZN 2次ゲージ場の導入は’t Hooftフラックスというモノポールと関連するものであるが、このゲージ場はダイナミカルでない外場としてしか扱えない。そのため一般にWitten効果[1979]と呼ばれる、モノポールがあるとθ項により量子化された電荷が付与されダイオンになる現象が格子上で観測できないという長年の問題がある。また、物質場を導入することは現実の物理との関連からも非常に興味深く、特にゲージ配位によって定められたトポロジカル電荷とフェルミオンのゼロモード数(指数)に等式が成り立つ指数定理が格子上でどのように観測されるかは自明ではない。フェルミオン場とZN 2次ゲージ場は互いに結合しておらずSU(N)ゲージ場を介して分数性を再現する機構があるはずだが、それを導くトポロジー的性質あるいは格子上の適切なDirac演算子の存在・構成はこれまで明快に知られていない。
以上は一般化された対称性の中でも高次対称性に焦点を当てているが、それ以外にも格子ゲージ理論を応用することを想定している。一つは高次群と呼ばれる、対称性群の直積でない(個別にゲージ化できない)対称性である。例えば0次・1次対称性があって、1次対称性に付随したゲージ場が0次ゲージ変換でも変換される場合を2群と呼び、特に連続的対称性であれば超弦理論で古くから知られているアノマリー相殺構造(Green-Schwarz機構)に他ならない。これに関して格子U(1)/Zqゲージ理論を用いた研究をすでに行っており、連続理論に比べて見通しの良い構成で4群を実現した。もう一つは非可逆対称性に関連した研究である。通常p次対称性には(d-p)次元物体が対応するが、より高い次元に拡がってゲージ化できる場合がある。これは一種のトポロジカル欠陥になり、この欠陥同士が衝突するとまた新たな欠陥が生じる(融合則)。Z2格子ゲージ理論などに先行研究[Koide-Nagoya-Yamaguchi 2021]があるが、この分野は未だ発展途上であり本研究の応用としてその解明に繋げたい。
D. 研究内容
本研究の主な目的は、近年の一般化された対称性に基づく種々の現象を、完全に正則化された観点として格子ゲージ理論の立場から解析することである。具体的な研究テーマとしては現在次の四つを想定している。まず格子上にモノポールを導入しWitten効果を観測する。次に指数定理に関連して、特に連続空間上のゲージ場側の構成に用いられるPontryagin squareや高次カップ積といったコホモロジカルな操作が格子正則化のもとでは定義が困難であり、これを非可換幾何学の観点から実現することを目指す。フェルミオンDirac演算子の格子上での構成と指数の等価性の検証も今後の課題である。また、SU(N)ゲージ理論についてインスタントン数制限法を用いると4群対称性が現れるので、これを格子上で実現する。これにより高次群は平明な理解ができ、連続理論としても様々なゲージ理論へ応用される。最後に非可逆対称性としてcondensation defectを格子上で構成する。
格子上のモノポールとWitten効果の観測
格子ゲージ場の滑らかさadmissibilityは、Maxwell理論的には磁場に関するガウスの法則が成立することを要請しており、磁荷をもつ物質(磁気モノポール)が存在できない。このことは格子ゲージ理論におけるモノポールの考察を困難にしている。一方で、量子色力学における閉じ込め現象はモノポール凝縮相であると考えられており、さらに我々が観測した混合’t Hooftアノマリーはダイオン凝縮相(oblique閉じ込め)と関連する。これらは秩序変数として(Wilson-)’t Hooftループ(モノポールの世界線)によって分類されるが、この秩序変数の格子上の構成も同様に困難である。このようにモノポールの非摂動論的ダイナミクスを解析することは物理学・数学双方から重要な問題であり、本研究では格子ゲージ理論(数学的には構成的場の量子論)からの理解を目指す。
4次元ゲージ理論におけるモノポールを解析することは難しいため、2次元スカラー理論で類似の問題から始めたい。ここでスカラー場はコンパクト、つまり2πの周期性を持つものとする。このとき、この系が自然に持つU(1) 0次対称性を「電気的」、これに双対な2階のLevi-Civita記号を含むU(1)対称性を「磁気的」と呼ぶことにする。この系における磁荷を帯びた物体は「渦」状の構造を持つが、渦の中心はadmissibilityを満たさないモノポールの類似物である。特にθ項を導入することで、Witten効果の2次元版として見ることができる。この理論を格子上の場の理論として実現し解析する方法を模索している。
この問題の解析について、以下のような技巧的な方法を用いた考察をしている。磁気的物体を導入するとき、例えば’t Hooftループを双対格子という格子間隔の半分だけずれた格子空間にのせて考察することがある。そこで二種類の格子スカラー場にたいして片方を格子(右図の実線)上に置くとき、もう一方の場を双対格子(右図の点線)上にのせる。このとき、一つのスカラー場に対して電気的・磁気的構造が格子または双対格子にそれぞれ実現されており、二つスカラー場の間で(双対)格子上の電気的物体と磁気的物体の相互作用が生じる。さて全ての格子点が理論に存在すると、モノポールに対応するadmissibleでない点を導入できないので、右図のようにこの格子空間の中央に「穴」を空け、双対格子の新たな一点ñ*をその内部に設置する。この穴は連続極限(格子間隔がゼロ)で点状になるため、連続理論の構想と一致する。以上の設定に基づくと、admissibilityを満たさない穴の回りで格子を一周するとñ*に非自明な磁気的振る舞いを見ることができるだろう。つまり、格子上のスカラー場に対してñ*の場所に磁荷を帯びた物体が誘起される。θ項を導入すれば、有限格子間隔でもWitten効果が導かれると推察される。
この方法を4次元ゲージ理論に拡張するのは容易ではない。まず考えられることは、電場Eを格子上に磁場Bを双対格子上にのせることにより穴の空いた(双対)格子上で理論を構築できる可能性があるが、さらなる検討が必要である。これらの研究は、九州大学の阿部氏と小野田氏、鈴木教授、京都大学YITPの谷崎助教との共同で行っており、2次元スカラー理論に関しては準備が整ってきている。
格子ゲージ理論におけるコホモロジー
連続理論において、素朴なZN 2次ゲージ場の積は(微分形式における)ウェッジ積で与えられてしまう。これは、離散群ZNに値を取る「連続な」場を構成することができないため、U(1)高次ゲージ場で記述しHiggs機構によりZNに破るという方法による[Kapustin-Seiberg 2014]。これは非常に数学的な問題である。すなわち実数係数のČeckコホモロジーいわゆるde Rhamコホモロジーでしかなく、本来ZNであったことによる整数係数の場合の情報が抜け落ちているという問題に帰着する。それ故、ウェッジ積は高次カップ積で構成されるPontryagin squareに置き換えられる。この積は、単体複体分割された空間上でコチェインの0次カップ積は非可換であるが、1次カップ積を加えることでcross termが2倍になるように定義される[Steenrod 1947]。このコホモロジカルな操作により真の分数トポロジカル電荷さらには混合’t Hooftアノマリーの議論が可能となる。実際、すでに行ったSU(N)/ZN格子ゲージ理論の研究でも、一旦Lüscherの構成法で「適切に内挿された」ファイバー束の上ではこの方法に依っている。
一方で、非可換幾何学に端を発する「格子上の非可換な微分形式」がある、すなわち座標xと1形式dxが格子間隔の分だけ非可換になる[Dimakis et al. 1992]。これは格子上のトポロジカル電荷が格子間隔程度ずれた位置のゲージ場の積で記述されることから非常に自然に適合する。連続極限でこのずれは消失するはずだが、この非可換さはcross termが2倍になることを許さない。この問題は高次カップ積の場合のアナロジーになっており、高次のウェッジ積を導入することで格子上のコホモロジカル操作が定義されると期待される。ただし微分形式は、その物理学での応用の広さからもわかるように、数学的詳細をあらわにせずに計算できるためにコチェイン段階での構造ではなく代表元における実用の側面が強い。この点については非可換幾何学に立ち戻った慎重な定義が必要であり、一度定義を与えれば汎用性の高い手法となりうる。
本研究は和田氏(大阪大学)と共に議論を進めている。すでに、最終的な高次ウェッジ積の満たすべき条件は導かれている。具体的な定義については、物性理論での最近の超立方体上のカップ積の研究[Chen-Tata 2021]などを参考に考察を行っている。
インスタントン数の制限された格子SU(N)ゲージ理論における高次群
SU(N)ゲージ場の配位は経路積分の意味で通常「全て」足し上げられるが、このときトポロジカル電荷を適切に制限して足し上げても局所性に抵触しない。つまりインスタントン数を整数pの倍数の場合だけで足し上げることができる[Seiberg 2010]。このときZp 3次対称性が新たに存在する。ZN 1次対称性はそれだけでゲージ化できず、3次対称性も同時にゲージ化する必要がある(4群)[Tanizaki-Ünsal 2019]。すでにU(1)格子ゲージ理論の場合にこれを再現したが、我々はまたSU(N)/ZN格子ゲージ理論を構成しているので、直ちにこの問題に応用でき、圏的に「強い」4群は示すことができる。「弱い」高次群を見るためには現状の定式化では不足がある。実際我々はZN 1次ゲージ対称な格子理論を考え分数トポロジカル電荷を得たが、弱い4群はその中の1次ゲージ変換で不変でない局所的構造によって定まる。このためにはLüscherの構成法から始めるのではなくvan Baal [1982]による捻れた境界条件付きのSU(N)/ZNゲージ場から我々の定式化を再構成するのが良い。本質的には同等のものであるが、より内部の(1次ゲージ不変でない)構造が明確になり弱い高次群の議論に適した構成になると考える。また、このように構成することにより、連続理論でのKapustin-Seiberg流のZN対称性を記述するU(1)ゲージ場と、それとSU(N)ゲージ場を結合するために導入されるU(N)ゲージ場が連続極限として再現されると推測する。連続理論で技術的に導入されるHiggs機構に比べて、純粋なZN格子ゲージ場だけの記述は高次群や他の議論を非常にsimpleにしている。この研究は阿部氏・小野田氏(九州大学)との共同研究である。
このインスタントン数の制限は元々の理論の局所的性質を変えることなく、大域的・トポロジカルな性質を豊かにしている。摂動論的には全く同じ結果を与えるので、我々の宇宙でインスタントン数が全て含まれるか制約されるかは判別の難しい問題である。SU(N)ゲージ理論以外の場合にもこれを応用し、高次群の構造を含めて理論の対称性を調べることは今までと異なった角度からのゲージ理論の検証となる。双線形表現のフェルミオンで連なった多数のSU(N)ゲージ群(箙ゲージ理論)や、超対称ゲージ理論、さらには標準模型など様々な応用を想定している。これらの対称性の同定は極めて複雑になるため、大阪大学の簡氏・名古屋氏・和田氏とともにまず箙ゲージ理論の場合に慎重な計算と議論を進めている。
非可逆対称性(condensation defectの構成)
まずp次対称性を(d-p)以上の次元に拡がった超曲面上でゲージ化したとする。これによって与えられるトポロジカル物体はそもそもの群でラベル付けされたものであるが、それ自体が群をなすとは限らず逆元の存在が保証されない。非可逆対称性では、二つのトポロジカル演算子の積が他のトポロジカル演算子の和で書かれた融合則を満たすものとして定義される。このような超曲面上にはトポロジカル欠陥があり、これをcondensation defectと呼ぶ。ここで4次元SU(N)ゲージ理論上に3次元面を考え、その面を境界として片側でだけZN 1次対称性をゲージ化する。すると4次元時空内にSU(N)ゲージ理論とSU(N)/ZN(またはPSU(N))ゲージ理論が隣接する。このSU(N)|PSU(N)インターフェイスとさらにPSU(N)|SU(N)インターフェイスを融合するとcondensation defectが残ると期待される。これを実際に格子ゲージ理論で構成することが非可逆対称性の研究の第一歩であろう。
この分野は現在も発展著しく、例えば随伴表現のフェルミオンを含む量子色力学における非可逆対称性のアノマリー[Kaidi et al. 2023]などが報告されている。物質場を含む場合は非常に興味深い対象であるが、その格子正則化に基づいた理解には随伴表現Dirac演算子の適切な構成を知る必要がある。さらに言えば、通常のオーバーラップDirac演算子の場合にフレーバー対称性との混合’t Hooftアノマリーが正しく得られるかも未だ確認されていない。このことは本研究全体に対して(指数定理とも関連して)非常に重要な論点・目標である。
E. 研究の独創性
本研究は場の量子論の近年の発展(一般化された対称性)に関して完全に正則化された議論として格子場の理論を用いた明確な定式化を与えることを目的とする。一般化された対称性の研究は連続理論においても様々な難解さを呈しており、そのために不明瞭な問題が多く残されている。格子ゲージ理論での構成はそもそも非摂動論的定式化の実現が可能であるかという根源的な疑問である。さらに連続理論ではKapustin-Seiberg流の方法論が主流であるが、上記の高次群の研究のように格子ゲージ理論ではより明快な理解を得られる可能性がある。また高次群が超弦理論におけるGreen-Schwarz機構に現れていたように、一般化された対称性の原型として超弦理論での対称性・双対性が深く関係している。申請者のこれまでの研究内容[主要な研究業績の要旨]とも関連して、格子場理論と超弦理論の両者にまたがった領域、さらには超弦理論の非摂動論的定式化においても重要な学術的寄与が望まれる。
F. 受入研究室の選定理由
採用後の研究実施についての打合せ状況
申請者が九州大学博士課程在学中、理研-九大ワークショップに複数回参加・発表し、本申請の受入研究室iTHEMSの初田氏から様々な質問・コメントを頂くなど、研究会等で研究交流を行った。また、本研究課題について初田氏と協議を行い、採用後も順調に研究を開始できる状況である。初田氏はHAL QCD Collaborationにおいて格子量子色力学から原子核物理にアプローチするなど、非常に幅広い物理研究に携わっており、本研究やさらに今後展開していく研究においても様々な議論・貢献があると信じる。
当該受入研究室で研究することのメリット、新たな発展
iTHEMSは数理科学的な分野横断型の研究室であり、様々な研究交流が期待できる。特に、iTHEMS所属の森脇氏は数学的立場から共形場理論や圏論を研究しており、国際研究会で交流し共通のテーマについて全く別の視点からの議論を行った。これは上記の非可逆対称性とも関連するものであり、数理的手法の物理現象への応用に発展しうる。菊池健吾氏とは、グラディエント・フローや厳密くりこみ群などの共通テーマの研究があり、研究会等でしばしば交流がある。また、客員研究員の菊池勇太氏は一般化された対称性の物性理論での応用であるLieb-Schultz-Mattis定理を研究している。日高氏もこの分野の専門家であり、一般化された対称性の基礎的な理解は彼から学んだ。