JSPS Research Fellow (DC1)

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for scientific importance and progress."

研究課題名

場の理論と超弦理論に対する非摂動論的アプローチ

審査領域

数物系科学

素粒子、原子核、宇宙線および宇宙物理に関連する理論

リンク

(九大学位論文書誌データベース) [INSPIRE] (pdf@Google drive)

2.現在までの研究状況

 自然界の基本構成要素である素粒子は場の量子論によって記述される。この場の量子論の構造自体に関連する極めて重要な問題として、非摂動論的定式化重力の量子化が挙げられる。場の量子論の摂動論は相互作用が弱い領域でのみ有効である。一方場の量子論を格子上で定義することにより、強結合領域を含む非摂動論的なダイナミクスの数値計算が可能となった(格子場理論)。また、重力の量子化に関しては、重力を含む全ての力を統一的に記述するものとして超弦理論が提案されている。この超弦理論においても、弦の1次元的な拡がりに起因した非自明・非摂動論的な現象があるはずだが、こうした問題に格子場理論に類似の非摂動論的な手法が応用できないか考えるのは自然である。一方で、格子場理論においても未解決の問題がある。その最も深刻なものはカイラルゲージ理論の定式化である。現在確立されている標準模型は左巻きと右巻きフェルミオンが異なる相互作用をするカイラルな理論であるが、格子上では、U(1)ゲージ理論を除いてその構成は知られていない。すなわち、自然界を記述しているカイラルゲージ理論の非摂動論的定義は未だ知られていないのである。

 格子上のカイラルゲージ理論の構成に対しては、ごく最近新たな提案がなされた[1,2]。これは5次元のドメインウォール・フェルミオンという定式化に基づいて構築されたものである(右図)。この定式化では、ゲージ場は5次元方向に、グラディエント・フローというゲージ共変な拡散によって変形される。これによって右巻きフェルミオンがゲージ場から切り離される。この定式化から出発して4次元の格子場理論が導かれ、古典的には理論がカイラルであることや、ディラック演算子がギンスパーグ・ウィルソン関係式を満たすことなどが示された[2]。ここで注意すべきことは、4次元の格子場理論を解析的に導くために、グラディエント・フローが「急激な」フローという仮定をしている点である。この定式化におけるフェルミオン数アノマリーの持つ現象論的意味については議論がされている[3]。しかし、この格子定式化の複雑さから、フェルミオン数アノマリーの具体形は完全には知られていなかった。また、この定式化では量子効果を含めてもカイラルな理論になっているのか、理論の破綻を意味するゲージアノマリーが存在するときに格子定式化がどのように「正しく破綻」するかといった問題は未だ明らかではない。

 我々は、上記のカイラルゲージ理論の格子定式化の可能性・問題点を明らかにするために、以下の研究を行った。一つは、フェルミオン数アノマリーの連続極限での具体形を求めたものである。もう一つは、フェルミオン1ループの量子効果で誘起されるゲージ場の有効作用のゲージ変分の連続極限での具体形を求めたものである。

 この格子定式化には通常のゲージ場の他に、グラディエント・フローによって変形されたゲージ場が含まれるため、通常のドメインウォール格子フェルミオンなどに対するよりも、計算過程や計算結果は極めて複雑になる。例えば、二つのゲージ場の差は随伴表現の場として振る舞うため、対称性の議論だけからは許される項の数は莫大である。具体的な計算では、数式処理システムの助けを借りたが、計算の過程では最大1万オーダーの項数を扱う必要があり、その扱いは複雑を極めた。最終結果を得るまでには、大変に根気強い、慎重な計算を必要とした。

 我々が得たフェルミオン数アノマリーの表式は、この定式化がそのままではローレンツ対称性を保たないことを示した[4.研究業績(1)]。我々のこの結果に刺激されて、定式化の提案者らも急激なフローの問題について認識を改めつつある[2]。第二の有効作用に関する研究では、少なくとも急激なフローの場合には、アノマリーフリーの場合にもゲージ対称性の破れと見なせる効果が残ることを示した。これは、提案されていた格子定式化で少なくとも急激なフローの場合には、それが非摂動論的に望まれる定式化であるのは難しいことを示している[4]。

 我々のこれまでの研究は、ごく近年提案され注目を集めたカイラルゲージ理論の新格子定式化に対して初めて具体的な計算を行った。技術的に極めて複雑な計算を遂行し、定式化の問題を明確に提示した。今後同様な試みで何が問題となり得るかを具体的な計算を通して提示したという意味で、建設的な成果であると考えている。申請者はこれまでの研究で、フェルミオン数アノマリーについて、解析や論文執筆、発表まで中心的な役割を果たした[4.研究業績(1), (3)-(4)]。また、有効作用の計算では、その解析において中心的な役割を担い、論文の執筆にも参加した[4]。

参考文献[1] D. M. Grabowska and D. B. Kaplan, Phys. Rev. Lett. 116, no.21, 211602 (2016) [arXiv:1511.03649 [hep-lat]].[2] D. M. Grabowska and D. B. Kaplan, Phys. Rev. D 94, no.11, 114504 (2016) [arXiv:1610.02151 [hep-lat]].[3] K. Okumura and H. Suzuki, Prog. Theor. Exp. Phys. 2016, no.12, 123B07 (2016) [arXiv:1608.02217 [hep-lat]].[4] H. Makino, O. Morikawa, and H. Suzuki, arXiv:1704.04862 [hep-lat].

3.これからの研究計画

(1) 研究の背景

 これまで特にカイラルゲージ理論の新しい格子定式化の理論的検証を行ってきた。今後は、上の研究の背景に述べた観点に基づいて、より広い視野で様々な問題の研究に取り組みたい。一つは、超共形場理論のランダウ・ギンツブルグ記述の数値シミュレーションによる研究である。超弦理論の標的空間がカラビ・ヤウ空間の場合、弦の2次元世界面上にはN=2の超共形場理論が実現している。2次元の超対称性理論であるランダウ・ギンツブルグ模型の赤外固定点がこうした超共形場理論になっていると考えられている[5]が、前者の数値シミュレーションによって、この描像を検証し、さらなるダイナミクスの解明に繋げたい。もう一つは、いわゆるゲージ・重力対応の検証・理解に関連した研究である。これも、格子ゲージ理論など、非摂動論的な枠組みを用いた研究を行うことを想定している。

 ここでは、超弦理論における様々な問題に対して非摂動論的なアプローチを想定している。超弦理論の非摂動論的定式化として決定的なものが知られていない現状では、研究手法も間接的なものとならざるを得ないが、ここでは、理論的不定性がなるべく少ないと思われる問題から挑戦していきたい。例えば、上のランダウ・ギンツブルグ模型の格子定式化による赤外固定点の解析などは、すでに先行研究[6,7]があり、さらなる解析が待たれている。また、ゲージ・重力対応に関しては、超対称性を持たないゲージ理論の格子定式化は可能であり、一方でホログラフィック双対な重力理論により、ゲージ理論の相関関数が評価されている。この研究では、グラディエント・フローを用いたエネルギー運動量テンソルの構成[8]が利用できると考えている。

参考文献[5] 例えば、E. Witten, Int. J. Mod. Phys. A 9, 4783 (1994) [hep-th/9304026].[6] H. Kawai and Y. Kikukawa, Phys. Rev. D 83, 074502 (2011) [arXiv:1005.4671 [hep-lat]].[7] S. Kamata and H. Suzuki, Nucl. Phys. B 854, 552 (2012) [arXiv:1107.1367 [hep-lat]].[8] H. Suzuki, PTEP 2013, 083B03 (2013) Erratum: [PTEP 2015, 079201 (2015)] [arXiv:1304.0533 [hep-lat]]. 

(2) 研究目的・内容

 本研究の主な目的は、超弦理論における種々の現象を、非摂動論的なアプローチにより解析することである。具体的な研究テーマとしては現在次の二つを想定している。まず、ランダウ・ギンツブルグ模型に対する非摂動論的手法を確立し、カラビ・ヤウ空間が大きく変形する場合の数値計算を行う。もう1つは、ゲージ・重力対応について、ゲージ理論側でグラディエント・フローを用いて構成したエネルギー運動量テンソルを用い、ホログラフィック双対な重力理論側からの予言との比較を行うことである。

ランダウ・ギンツブルグ模型

 ランダウ・ギンツブルグ模型の数値シミュレーションについては以下の通りである。ここでのランダウ・ギンツブルグ模型とは2次元N=2ゼロ質量ヴェス・ズミノ模型である。ここでは、超対称性を厳密に保つ定式化を用いる[9]。これは運動量空間での切断による正則化を用いるもので、作用の非局所性を許すことで、超対称性が厳密に保たれる(この非局所性が無害なことはある程度議論できる)。さらにこの非摂動論的定式化には、分配関数の重みをガウス関数にするような変数変換、ニコライ写像[10,11]が存在する。これを利用することにより、数値シミュレーションにおいて自己相関の全くない配位生成が可能である。以上の方法を用いて、低エネルギー相関関数が超共形場の理論との対応から期待されるものを正しく再現することを確かめる。超共形場の理論においては、対応するカラビ・ヤウ空間のモジュライの微小変形はマージナルな演算子の挿入として扱うことができる。しかしながら、モジュライを大きく変形させるような現象を調べることは困難である。ここでのランダウ・ギンツブルグ模型の非摂動論的研究ではこうした現象のダイナミクスを調べることを目標とする。

 現在、先行研究よりも高速な計算アルゴリズムを取り入れた数値計算のコード開発を行っている。まずは3次ポテンシャルに対する先行研究の結果を再現する。次に4次の場合を解析する。これが予想される超共形場理論の性質を再現することを検証し、定式化の正当性も確認する。その後、より高次のポテンシャル、または、A-D-E分類と呼ばれる他のランダウ・ギンツブルグ模型と超共形場理論の対応に適応する。その後、弦理論の専門家との議論も通して、この手法のカラビ・ヤウ空間の変形への応用を模索する。

ゲージ・重力対応

 ゲージ・重力対応の検証については以下の通りである。ここでは(超対称でない)ゲージ理論のホログラフィック双対な重力理論から予言されるエネルギー運動量テンソルの相関関数を問題にする。時空対称性のネーターカレントであるエネルギー運動量テンソルの格子ゲージ理論での構成は長年の問題であったが、近年グラディエント・フローを用いた構成法が急速に発展している。そこで、強結合ゲージ理論側での数値シミュレーションと重力理論との対応を検証する。これにより、今までと異なった角度からの系統的なゲージ・重力対応の検証を狙う。現在は、格子ゲージ理論で計算可能なゲージ理論に双対な重力理論として、どのようなものが適当かという考察を行なっている。

 上記の研究は全て申請者が中心となり行う。すなわち、非摂動論的な場の理論の定式化の検証、実際の数値シミュレーション、その超弦理論への応用の分析、いずれも中心的な役割を担う。非摂動論的手法や、カラビ・ヤウ空間などへの応用に関係する箇所については、共同研究者らと議論しつつ研究を進める。研究成果の発表、論文執筆についても申請者が中心となって行う。

 他の研究機関に短期間滞在し、そこでの専門家と議論することで研究を進めることも想定している。(北海道大学の鈴木久男氏など)

参考文献[9] D. Kadoh and H. Suzuki, Phys. Lett. B 684, 167 (2010) [arXiv:0909.3686 [hep-th]].[10] H. Nicolai, Phys. Lett. B 89, 341 (1980).[11] H. Nicolai, Nucl. Phys. B 176, 419 (1980). 

(3) 研究の特色・独創的な点

 ランダウ・ギンツブルグ模型に対する計算方法の特徴は2点ある。まず超対称性を保った定式化を用いている点である。通常は、格子空間上では時空間の連続対称性がないため、これに関連した超対称性を保つことができない。我々は、時空間ではなく運動量空間を離散化し、この問題を避ける。もう一点は、ニコライ写像を利用した自己相関のない配位生成である。このような場の理論の非摂動論的な定式化に基づいた超弦理論のコンパクト化の解析はこれまでなされておらず、全く新しい角度からの研究である。ゲージ・重力対応に関する研究についても、最近開発されたエネルギー運動量テンソルの構成法の利用を考えており、これも従来不可能であった研究手法である。

 申請者の研究は、場の理論の非摂動論的定式化(格子場の理論)と超弦理論の両者にまたがった領域を攻めることを狙っている。ここには、これまであまり試みられて来なかった新しい可能性が多く残されているように思われる。2つの理論間の相互作用により、それぞれの分野の問題に対する新しいアプローチが模索できると考えている。特に、格子場理論における数値計算によって、超弦理論の相互作用が強い領域を調べることができる。そこで得られた理解は、超弦理論の非摂動論的定式化へと繋がることを期待する。また、こうした研究は両領域の研究者双方に意義を持つであろう。

(4) 年次計画

(申請時点から採用までの準備) 

・ランダウ・ギンツブルグ模型の数値計算のための基本となるコードを開発する。特に、高速かつ効率的な計算アルゴリズムの実現を目指す。

・以下のステップで、順次、数値計算コードの開発、数値シミュレーション、数値計算コードの改善・修正を行う。

・まず超場が単一で超ポテンシャルが3次の模型に対して、低エネルギーでの相関関数の振る舞い、中心電荷の測定を行い、先行研究の結果を確認する。

・この模型で、従来よりもはるかに高い精度で、超共形場理論との比較を行う。

・超場が単一で超ポテンシャルが4次の模型に対するシミュレーション、解析を行う。

・これらのランダウ・ギンツブルグ模型と超共形場理論の対応の非摂動論的観測について、論文を執筆し、成果を発信する。

・以上の研究を遂行するためには、研究室のコンピューターの計算性能を向上させておくことが必要である。

(1年目)

 ・A-D-E分類に属する他のランダウ・ギンツブルグ模型と超共形場理論の対応を検証する。特に複数の超場を含んだ模型について、詳細な解析を行う。

・複数の場を導入した場合に、カラビ・ヤウ空間のモジュライの大きな変形について解析するための理論的背景を分析する。

・カラビ・ヤウ空間のモジュライの変形に応じて理論が変化していく様子を捉えるプログラムを実装し、数値シミュレーションを行う。

・この成果を論文として発信する。 

(2年目)

・ゲージ・重力対応の研究について、可能なホログラフィック双対な重力理論におけるエネルギー運動量テンソルの相関関数を解析する

・同時に、ゲージ理論側の格子数値シミュレーションを行い、上記の予言との比較を検討する。

・この成果に関しても論文執筆・研究成果の発信に努める。

(3年目)

・その他の場の量子論、超弦理論における非摂動論的現象について、申請者のアプローチが適用できる物理を模索する。

・国内学会および国際会議に参加し、研究成果を発信する。

4.研究業績

(1) 学術雑誌等(紀要・論文集等も含む)に発表した論文、著書

(査読あり。1件。申請者の分野では、著者名をアルファベット順に並べることが慣例である。)

1.    H. Makino and O. Morikawa, “Lorentz symmetry violation in the fermion number anomaly with the chiral overlap operator”, Progress of Theoretical and Experimental Physics, 2016 no.12, 123B06, (2016).

(2) 学術雑誌等又は商業誌における解説、総説

なし

(3) 国際会議における発表

(ポスター発表。査読なし。1件。)

1.    H. Makino and ○O. Morikawa, “Lorentz symmetry violation in the fermion number anomaly with the chiral overlap operator”, KEK Theory Workshop 2016, 高エネルギー加速器研究機構、2016年12月

(4) 国内学会・シンポジウム等における発表

(口頭発表。査読なし。2件。) 

1.    牧野広樹、○森川億人 「カイラル・オーバーラップ演算子を用いたフェルミオン数アノマリーのローレンツ対称性の破れ」、第122回物理学会九州支部例会、福岡大学七隈キャンパス、2016年12月

2.    牧野広樹、○森川億人 “Lorentz symmetry violation in the fermion number anomaly with the chiral overlap operator”, 日本物理学会第72回年次大会、大阪大学豊中キャンパス、2017年3月

(5) 特許等

なし

(6) その他

なし