Valedictory Speech

"若し不幸にして吾々の有する数学的知識の不足から此の問題が解決せられないとしても、夫れは直に一般相対性原理の非真であるという証明とはならぬ。其の時は…寧ろ哲学上の問題に近くなるだろう。一般相対性原理の非真は唯其の原理の結論が実験と一致しないときのみ始めて定まるのである。故に夫れの真偽を決定するには、此の原理に必要な数学を発見する事が第一の急務である。"池邊常刀、1922

九州大学 博士総代 答辞


本日は、令和二年度春季学位記授与式に当たり、大学院修士、専門職、そして博士課程修了生二千二百十四名を代表し、お礼とご挨拶を申し上げます。


昨今の困難な社会情勢の中、この良き日に、私たち卒業生・修了生のためにこのような式典を挙行していただき、誠にありがとうございます。

石橋総長をはじめ、諸先生方、職員の皆様、ならびに関係者の皆様方に、卒業生・修了生一同心よりお礼申し上げます。

また、ただいま石橋総長より告示と激励のお言葉を賜りましたこと、重ねてお礼申し上げます。


私は一般向け啓蒙書でアインシュタインの相対性理論に触れたことから物理学に興味を持ちました。

物理学のような自然科学の基礎研究は真理を窮めたいという思いで自然と向き合う行為であり、その根底には、自然は統一性と簡単さを備えている、という考えがあります。

私はまさにこの意味での美しさに魅了され理論物理学への道を目指しました。

そして物理学の研究を志し、九州大学理学部に入学、その後大学院理学府に進学いたしました。


大学院理学府では、素粒子という物質を構成する究極の最小単位を研究する素粒子物理学に関心を持ち、その理論的研究を行ってきました。

博士論文では全ての物質、力を統一的に記述すると考えられている超弦理論を数値計算によって解析するなど、素粒子理論の最先端の研究に携わりました。


大学院での研究活動を通して感じてきたことは主観から現れる創造性です。

科学における客観性が重要であることは言うまでもありません。

自然科学は基本原理に基づいた予言能力が求められ、この過程に対して我々は客観的であると共に真摯に取り組むことが重要ですが、完全に客観的な研究過程というものは事実を集積することでしかなく、生産性の乏しいものとなってしまうでしょう。 

本来、自然の統一性を表すものとしての原理というのは仮説であって、それは研究者の考える簡単さという一種の主観的な美しさに基づいています。

そして、自然科学研究者としての主観は、真理の探究への情熱と自然への畏敬の念、研究の中での膨大な論理的考察と経験を経て形成した直感と共にあります。

この点において、自然科学研究とは研究者の主観が大いに反映される創造的活動であり、そこに人の心を豊かにする魅力があると感じました。


大学院では、日本を代表する場の量子論の研究者である鈴木博教授にご指導頂く幸運に恵まれ、その研究に対する真摯な姿勢と、新しいことに挑戦し学び続ける姿に感銘を受けました。

研究室の仲間とは、夜中まで議論し合い研究を大きく進展させるなど、かけがえのない時間を共に過ごしました。

また鈴木先生や先輩方には、寝食を忘れて研究に没頭してしまう私の生活を様々なかたちで支えていただきました。

皆様に支えられながら続けた研究が認められ、令和二年度第十一回日本学術振興会育志賞を受賞することができましたこと、感謝の念に堪えません。

このような素晴らしい研究・教育の場を与えてくださった九州大学大学院理学府、鈴木先生ならびに研究室の仲間に厚くお礼申し上げます。


近年の科学技術の発達は、基礎研究においても非常に重要な研究手法を与えております。

例えば、自然を表現する方程式自身は美しいものですが、そこから実際の現象を引き出すのは容易ではありません。

我々はなんらかの近似を行う必要がありますが、近似の妥当性を保証することは一般には難しく、また我々の見たい現象によってはこの近似が破綻することがあります。

近年急速に発達しているスーパーコンピュータに基づく数値計算はこのような困難に対する大変強力な手法となっており、これまで理解できなかった様々な現象を説明しつつあります。

また、昨今の情勢下で研究者の議論の場も大きく制約を受けていますが、近年の通信技術は研究の即応性を高め、この状況に立ち向かう大きな手段となっています。

現代の研究や文化、人との繋がりは、時代も場所も大きく飛び越えて有機的に作用し合える環境の中にあり、人々の生活は著しく進化しています。

私たち修了生は、今後活躍の場をさらに広げ、人類の未来を最先端で創っていく覚悟であります。

 

最後に、この素晴らしい研鑽の場を与えてくださった九州大学と、ご指導いただいた先生方、ならびに今日まで私たちを支えてくださった方々に改めてお礼申し上げます。

皆様の今後の輝かしいご活躍と、九州大学の一層の発展を祈念いたしまして、答辞とさせていただきます。


令和三年三月二十四日 九州大学博士総代 森川億人

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類似の主張を見つけ次第追加していく。