クロノス短編
クロノス短編
最近やけに仕事を受注して報酬を受け取るなり何処かへ行方をくらます正体不明の賞金稼ぎがいるらしい。
いや、これに当てはまる人の方が多いし、正体の明らかな賞金稼ぎの存在の方が珍しいだろうが、その人物の噂をよく耳にする。
そいつは今まで聞いたこともないSSSランクの人間だとか、100人で取り掛かる予定の害獣一掃の依頼も1人でこなすとか、四方八方から狙われても余裕余裕、返り血も自分の傷も構わず楽しそうに戦ってる、とかね。信じられるわけがないだろう。
凄腕の賞金稼ぎには周りから二つ名を付けられることがあるんだがね。そいつはまだ無名なんだ。名前も知らない奴の噂を信じるなんて可笑しいね。
…だけど、ついに僕もそいつの姿を見てしまったのさ。
場所は東ノ国ウェルフェメル群の集会所。僕も一応賞金稼ぎだから、いつも通り仕事を取りに行った。最初に耳に入ったのは談笑する男たちの声。
「またプライヤの大量発生だって?」
「こんなにいちゃたまらねえよ。俺も受注するかな」
プライヤか、小さいのなら僕にもやれそうだな。便乗してその仕事を受けようとした。その時、誰かがこう言った。
「プライヤ、日が暮れるまでに100だ。200もいるなら半分貰うよ。報酬もよろしく」
は?今、なんて
「おいおいにーちゃん!良くやるよ、全く」
そこの男が笑いながら答えた。いやいや、もっと驚けよ、オッサン。プライヤ級100体を今から6時間ちょっとでやれるって?馬鹿馬鹿しい…そんなのやってのけたら報酬もばかにならねーよ。
声の主へ目をやると、肩上まで揃えられた銀髪に赤紫の髪飾りを付けている、細長い身の男がいた。
…髪飾りをつけた銀髪。噂のアイツと同じだ。
僕もすぐに同じ依頼を取って、常識はずれな銀髪男の後をつけることにした。なに、観察するだけだよ。
依頼に記された森は少し歩いた先にある。
…森の中でも大量発生するのか、プライヤ…。
「密猟者が蛹をここに大量破棄したらしいよ」
独り言に返事が返ってきた。気がつくと背後に銀髪の男がいた。
「わ、いつのまに」
「ずっと見られてる側だと恥ずかしいから。」
そんな理由で後ろに回るか、普通…。
愉快そうな顔をして男が言う。
「君の獲物を横取りするわけにはいかないんでね、おれは遠くでやってるよ」
「え、あぁ…どうも」
気を遣ってるのか、ただの皮肉か…どちらとも取れる台詞に、ビミョーな返答しか出来なかった。
僕は小さい個体のプライヤじゃなきゃ力不足だから、1人であまりウロつきたくはないのが本音だ。何を思ったのか、僕は男に言葉を投げた。
「付いていっても構いませんか」
男は眉を上げ、いいよ、と一言僕に返した。
僕と銀髪男は少しひらけた場所にやってきた。男はカバンから両手サイズの岩石を取り出し、足元にどさりと置いた。プライヤは鉱物につられて寄ってくる習性があるから、それで呼び寄せる気だろうか。僕が鈍器を構えていると、ガサリと何かの音がした。
「!左方と、後ろから…」
「あぁ、来てるね」
僕は後ろからの客をやると言うと、男は了解と返して駆けて行った。
木々の間からプライヤのお出ましだ。コアの色は漆黒。紅より大人しいが、数が増えると縄張り争いをするので、すこし乱暴な個体が多くなる。
運良く僕の目の前に現れたのは小ぶりの個体。これならやれそうだ。
鈍器を振り上げて、頭に向け思い切殴ってやるとプライヤは怯む。その隙にコアを破壊するのが僕の…、普遍的な対応だ。
何度も殴られて亀裂の入ったコアを砕くと、プライヤは塵と化した。僕はコア中央に残る小さなかけらを回収して、男の姿を探した。
そうだ、男はどんな戦法をとっているのかこの目で確かめなければ。
「…あ」
体を動かすより先に声が出た。10mほど離れたプライヤ級、ニッパとバッチリ目が合ってしまった。やばい、ニッパとはまだやりあったことは一度しかない。しかも、結構大きい。
ヤツがこちらに近づいてくる。緊張する中、空からなにか降ってきた。そのなにかはニッパのコアを貫通して、着地した。倒れ込むニッパと、銀髪を揺らす男の姿。…ニッパのコアは既に破壊されているようだった。
「あー…ごめん。獲物は横取らないと言ったのに、つい」
しまった、と顔に書いてあるが、正直助かった。
「いや、助かった。ありがとう」
きょとんとして頷く男。案外表情豊かなのかも知れない。
男に何体やったのか尋ねると、先程のニッパを入れてまだ12だよと言った。うわ、15分かけて1体を倒した僕では到底敵わないペースじゃん。
男はまた別のプライヤを探しに行った。僕はしばらく男を観察しようと、木陰に身を潜める。
わりと近い所にプライヤと男が見え、その手には槍のような武器があった。さっきも一瞬見かけたが、刃先の形が違う。どういう仕掛けなのだろう…。
男はプライヤの攻撃をひょいひょいとかわし、飛び上がって、槍をコアに突き刺した。
軽く一撃でコアに当てるなんて…アホか。見間違いだ。だいたいあんな硬いコアにひょいと突き刺せるものか。目をこすってよく見ると、槍がコアの表面を溶かして、内部から破壊しているようだ。ありえるか!
そういえばさっきのニッパもそうだ、男と会話していて忘れていた。あれも一撃だった。
プライヤはあの男から見ると雑魚。そう思った。
そうして次々とプライヤを倒していく男を観察していて分かったことがある。やつの武器は刃先の形状を変えて、プライヤの個体差に合わせている。飛び掛かって倒すときは刃先が鋭い。より突き刺さり、貫通させるようにするためだろう。あと、刃先だけでなく武器そのものの形も変えている。プライヤを探すときは手のひらに収まるサイズだが、獲物を見つけると瞬時に武器が現れる。転送、召喚しているのではなく、サイズを思うままに操っている。
はは、あんな武器が存在するか。思わず笑ってしまうほどだ。僕は自分の、重くてでかい鈍器を撫でた。あいつの武器はぶっとんでるが、それを自らの体の一部のように使いこなしている。とんでもないやつだ、そりゃ、誰でも噂にしたがるはずだ。
「お気に召しました?」
あぁ…。後ろから声が…。また背後に回られた。僕のストーカーじみた行為に呆れたのか、口調まで丁寧だ。
黙っていると、肩をつんつんつつかれる。しぶしぶ振り返ると、男から何か手渡された。あ、…飴玉だ。
「ポケットに二つあったから、やるよ。」
飴玉をよこすなんて予想外だ。なんだか申し訳ない気がしたが、男はなんともない顔をしている。
「おれは残りを仕留めに行くけど、どうする?」
「あぁ…僕はひとまず退散するよ。見物料金のかわりに、僕の分のプライヤも…」
流石に押しつけがましいかと思って、最後までは言えなかったが、男は口を開けて笑った。
「ははは!面白いこと言うな、おれにとっちゃこいつらはカネが落ちてるのと同じってか、ふふふ…わかったよ。じゃあ遠慮なく。」
ばいばい、と言って男は森の中へ消えた。
僕もあと数体倒してから帰るつもりだったが、気が変わった。名も知らぬあの人に合いそうな、二つ名を思いついてしまったから。
風に揺れる銀髪に、舞うように標的を狩る理想的な動き。精鋭な軍隊のように突き進む姿。
「…銀葉の鋭師」
返事の返ってこない独り言を呟いて、僕は小さく笑った。