南田原のほぼ中央に、地域の歴史と人々の祈りを静かに見守り続けてきた森があります。南北田原の氏神様として、人々から親しみを込めて「おまつの宮」と呼ばれる、住吉神社です 。
ここは、単なる一つの神社ではありません。海の神、建国の神、学問の神といった多様な神々が集い、弘法大師の奇跡や菅原道真公の悲恋といった、時代を超えた物語が幾重にも織りなされてきた、まさに南田原の「心の故郷」とも言うべき場所です。
この記事では、なぜこの神社が「おまつの宮」と呼ばれるのか、その二つの美しい伝説をひもときながら、この土地の信仰の深層へと旅をします。
住吉神社の本殿には、大阪の住吉大社と同じく、表筒男神(うわつつのおのかみ)、中筒男神(なかつつのおのかみ)、底筒男神(そこつつのおのかみ)、そして息長足媛神(おきながたらしひめのかみ)という、海と航海の安全を守る四柱の神々が祀られています 。
しかし、この神社の奥深さは、それだけではありません。この四柱に加え、この土地の祖神である「饒速日命(にぎはやひのみこと)」と、学問の神「菅原道真公(すがわらのみちざねこう)」という、二柱の重要な神様が共に祀られているのです 。
海の神、建国の神、そして学問の神。異なる時代の、異なる物語を持つ神々が、なぜこの一つの場所に集うことになったのでしょうか。その答えこそが、「おまつの宮」という愛称に秘められた、この土地ならではの歴史の物語なのです。
「おまつの宮」と呼ばれるようになった最初の伝説は、日本の創生神話にまで遡ります。
この土地の祖神である饒速日命は、天上の乗り物「天磐船(あめのいわふね)」に乗り、まず河内国(大阪)の哮峯(いかるがのみね)に降り立ちました 。この場所は、現在、巨大な岩を御神体とする磐船神社が鎮座する聖地です 。
伝説によれば、饒速日命の降臨の後、その神聖な磐船神社の松の枝がこの南田原の地に持ち帰られ、植えられました 。その松は見事に根付き、やがて境内は松の木が鬱蒼と生い茂る森となったといいます。
神聖な磐船神社からやってきた「神の松」に守られた宮。このことから、人々はこの神社を敬愛を込めて「おまつの宮」と呼ぶようになった、と伝えられています 。この伝説は、住吉神社が、海の神を祀る以前から、この土地の祖神である饒速日命への信仰の地であったことを示唆しています。
もう一つの伝説は、時代を下り、平安時代。学問の神として知られる菅原道真公の、悲しい物語です。
政敵の陰謀により、無実の罪で遠い九州太宰府へと流されることになった道真公。その悲しい旅の途中、彼は追われる身となりながら、ひそかにこの住吉神社の場所で、愛する妻と最後の別れを惜しんだと伝えられています 。
「必ず潔白を証明し、都へ帰る。どうか、それまで待っていてくれ」 「あなた様のお帰りをお待ちしております…」
そんな言葉を交わしたであろう、束の間の逢瀬。この地が、二人が別れを惜しんだ「お待ち」の宮であったことから、やがてその響きが転じ、「おまつの宮」と呼ばれるようになった、というのです 。
この悲恋物語が史実であったかは定かではありません。しかし、国家的な悲劇の主人公が、自分たちの故郷で涙を流したかもしれない。そう思う地域の人々の共感が、この伝説を生み、大切に語り継いできたのです。
住吉神社の境内のすぐ近くには、もう一つ、人々の切実な祈りの記憶を伝える場所があります。弘法大師空海が湧き出させたと伝わる「龍ヶ渕(りゅうがふち)」です 。
伝説によれば、かつてこの地が深刻な日照りに見舞われた際、旅の途中に立ち寄った空海が、村人の苦しみを見かねて祈祷を行うと、大地から清らかな水がこんこんと湧き出し、一つの淵となったといいます 。
この淵は、水を司る龍神が住む場所として、どんな日照りでも水が涸れることがなく、地域の田畑を潤し続けました。実際に、江戸時代の天保の飢饉の際には、ここでの雨乞いが功を奏し、感謝の石灯籠が奉納されたという記録も残っています 。この泉は、天野川の源流の一つともされ、この土地の命を支える、まさに奇跡の泉なのです。
住吉神社は、単なる伝説の舞台ではありません。今も年間を通じて様々な祭祀が行われ、地域の人々の暮らしに寄り添う、生きた祈りの場です。
特に10月の「例大祭」では、五穀豊穣に感謝し作物が奉納されます 。
そして年の瀬には、「長寿講(大人講)」と呼ばれる村の長老たちが、新しい年のための巨大な注連縄「灌浄繩(かんじょうなわ)」を編み上げ、奉納します 。これは、集落の無病息災を祈る神聖な儀式であると同時に、世代を超えて技と心を伝承する大切な時間です。
住吉神社、おまつの宮。その森の中には、神話の時代の記憶、平安貴族の悲恋、高僧の奇跡、そして江戸時代から続く共同体の祈りが、幾重にも重なり合って息づいています。
それは、この土地の人々が、様々な時代の物語を受け入れ、自らのものとして語り継いできた、豊かで寛容な精神の証です。次にあなたがこの静かな境内を訪れる際には、ぜひ耳を澄ませてみてください。風にそよぐ松の葉音が、南田原の奥深い物語を、あなたにそっと語りかけてくれるかもしれません。
1. 農耕(豊稔満作)の神
2. 産業発展の神
3. 住吉神社を海の神とし、国家の発展繁栄を祈願
4. 航海守護と長途旅行の安全祈願
5. 交通安全祈願
6. 個人の健康安全、除災招福祈願
7. 郷土各家庭の平和と安穏祈願
8. 学問の進歩への祈願
四方拝(元旦祭) 1月1日
節分祭 2月3日頃
祈年祭(春祭) 2月下旬
早苗植付終了奉告祭 6月下旬
夏祭・豊作祈願 7月30日
長寿講(大人講)入講祈願祭 10月1日
秋例大祭
宵宮祭 10月14日 頃
本祭 10月15日 頃
新穀感謝祭 11月下旬
灌浄縄奉納祭 12月25日
除夜祭 12月31日
○摂末社は、七社で、
伊邪那岐神(イザナギノカミ)
伊邪那美神(イザナミノカミ)
天照大神(アマテラスオオミカミ)
祓戸の神(ハラエドノカミ)
神倭伊波礼毘古神 (カミヤマドイワレヒコノカミ)
白龍明神(ハクリュウミョウジン)
稲荷明神(イナリミョウジン)
が祭祀されている。