むかし、むかし、南田原の村に、とてもやさしくて、ふしぎな力をもったお坊さまがやってきました。そのお坊さまは、弘法大師(こうぼうだいし)、みんなからは親しみをこめて「お大師さん」とよばれていました。
これは、お大師さんが南田原の村を救った、水と竜の、すこしふしぎな物語です。
そのころ、南田原の村はたいへんなことになっていました。 もう何日も、何日も、雨がひと粒もふらなかったのです。
太陽は毎日ギラギラと照りつけ、村を流れる天野川も、すっかりやせ細ってしまいました。田んぼや畑の土はカチカチにひび割れて、お米や野菜は元気がありません。
村の人たちは、空を見上げては、ため息ばかりついていました。 「このままでは、お米も野菜もみんな枯れてしまう…」 「ああ、のどがかわいたよぅ」 みんなの顔から、すっかり笑顔が消えてしまいました。
そんなある日のことです。 一人の旅のお坊さんが、村へふらりとやってきました。錫杖(しゃくじょう)という杖をつき、あちこちの国を旅しているお坊さんです。 この方こそ、弘法大師空海でした。
村人たちの暗い顔を見たお大師さんは、やさしく声をかけました。 「みなさん、どうかなさいましたか?何かこまりごとでも?」
村人たちは、日照りで水がなく、みんなが苦しんでいることをお大師さんに話しました。 「お坊さま、どうか私たちをお助けください!」
みんなの話をじっと聞いていたお大師さんは、深くうなずくと、こう言いました。 「わかりました。私が、みなさんのために祈りましょう。」
お大師さんは、村の鎮守さまである住吉神社の森へと、静かに入っていきました。 そして、一本の大きな木の根元に座ると、そっと目を閉じ、静かに祈りをささげ始めました。
「どうか、この村の人々をお救いください。恵みの水をお与えください…。」
お大師さんの祈りは、だんだん、だんだん、強くなっていきます。 その声は、大地に、木々に、そして天にまで届くかのようでした。
すると、どうでしょう。 お大師さんが祈っていた足元の地面が、ゴゴゴゴ…と、かすかにふるえ始めたのです。
龍ヶ渕(りゅうがふち)のたんじょう
次のしゅんかん、 「パシャーーーッ!」 という音とともに、お大師さんの目の前の地面から、きれいな水が勢いよくふきだしました!
水は、キラキラと太陽の光をはね返しながら、どんどん、どんどんあふれ出て、あっというまに、それはそれは美しい池をつくりました。
村の人たちは、おどろいて、そして心からよろこびました。 「水だ!水がわき出たぞ!」 「ありがたい、これでお米も野菜も元気になる!」
村人たちは、この池を「龍ヶ渕(りゅうがふち)」と名付けました。 ふかい池の底には、水を守るりっぱな竜が住んでいて、この池の水がけっして涸れることがないように、見守ってくれていると信じたからです 。
お大師さんが祈ってくれたおかげで、南田原の村は日照りから救われ、田んぼや畑はふたたび緑にかがやきました。村人たちの顔にも、明るい笑顔がもどりました。
この「龍ヶ渕」は、今も住吉神社の森の中に、その場所を伝えています。 それは、困っている人々のためにいのったお大師さんのやさしい心と、この土地をずっと見守ってきた竜の力が合わさって生まれた、南田原の大切な、大切な宝物なのです。