私の専門分野は森林政策学であり、熱帯アジア(特にインドネシアとインド)および日本を中心に、森林・自然資源ガバナンスを主要テーマとしてきました。
自然資源の公正かつ持続可能な利用と分配が、どのように促進あるいは阻害されるのかの知見を提供することを意図しています。
法令や行政資料の分析、農山村でのインタビューや世帯調査などを組み合わせた、学際的な手法を用いています。
インドの非木材林産物販売(2013年10月)
インドネシアのゴム農家への世帯調査(2023年9月)
新たな森林利用形態としてのトレイルランニングコース@上五島(2023年10月)
以下は私自身の主要な研究テーマの概略です。ゼミでの卒論・修論・博論のテーマがこれらと同じである必要はありません。
A) 熱帯アジアの森林ガバナンス
[コミュニティ型管理の実態]
熱帯の発展途上国においては、植民地期に森林の国有化が行われ、現在でも森林の大半が国有林となっています。一方、村落レベルで委員会を組織し、政府と住民が共同で管理を行う、コミュニティ型森林管理が1990年代より増加しています。複数の事例でその実態に関する調査を行いました。
インドの中部地域のマディヤ・プラデーシュ州の共同森林管理(JFM)政策は、州森林局によるトップダウンの実施となっており、住民が意思決定には関与しておらず、この傾向は特に少数民族(指定部族)の村落で顕著でした。また、州森林局は、木材生産からの収益分配よりも、村落インフラの整備などの物質的利益の供与を森林保全へのインセンティブとして活用していました。そして、物質的利益の供与は、森林保全とは有効にリンクしていませんでした。
インドネシアのジャワ島での共同森林管理(PHBM)プログラムは、1999年以降の地方分権化に伴う混乱の後、林業公社と農民による林地共同管理のために導入されました。木材生産からの収益分配は実際に行われていましたが、その分配金の村落委員会での利用の有効性は高くなく、また、村落エリート層が中心に利益を得る傾向が見られました。また、国有林地の開墾と占拠は継続していました。
総じて、コミュニティ型の手法は万能薬ではなく、既存の林野行政が意思決定に強く加入する場合や、村落レベルでの人間関係により公正の観点から問題がある実施(elite capture)になる場合があることを確認しました。
[政策実施者としての現場森林官]
行政学・政策過程論には、「第一線の官僚制(street-level bureaucracy)」に関する研究蓄積があります。政策は、立法府の政治家や行政府の上級官僚が決定したように実施されるわけではなく、実際に行政サービスを提供する現場職員の職務上の裁量に大きく影響されます。
熱帯の発展途上国では、森林政策の実施が現場森林官の裁量に任せられる部分が大きい傾向にあります。彼らの行動原理や行動の実態を正しく理解するため、第一線の官僚制の観点から、インドネシアのジャワ島で調査を行いました。現場森林官の行動は農村部での社会関係によっても規定されること、それゆえ、意図的に軽微な「違反」を見逃すといった裁量的運用の存在などを明らかにしました。
また、各国の現場森林官の業務内容・知識・仕事に対する価値観に関する国際比較アンケートのプロジェクトに関わっており、インドで対面形式のアンケート調査を2025年に実施しました。現在結果をまとめています。
[森林をめぐるポリティクス]
インドを中心に、言説や政治過程レベルの分析も行っています。昨今のインドでは、森林保全の強化に影響を与えた最高裁判所判決(1996年)、先住民や森林居住者に国有林地の耕作権を認める2006年森林権法、国家森林政策をめぐる「保全派」と「住民権利派」の対立など様々なトピックがあります。
2006年森林権法の成立と実施における政治過程について論考を発表しました。また、現代インドにおける「森林とは何か」と「森林は何のためにあるか」をめぐるポリティクスについて論考をまとめています。
[病害の中での小規模ゴム農家の生計戦略]
2017年以降、ゴムノキの葉枯病がインドネシアを始めとした東南アジアで拡大しています。特にインドネシアでは、天然ゴム生産の大半が小規模農家によって担われており、葉枯れ病の拡大によりゴム生産が低下することは、農村生計に大きな悪影響を与えます。
関与しているプロジェクトの一環で、インドネシアの小規模ゴム農家の生業に葉枯病がどのように影響しているかを2023年調査しました。葉枯病前と比較して、樹液生産量は平均で47.7%下落していること、自主的な対策や政府のサポートはほとんどないことなど、深刻な状況を確認しました。
[サステナブル調達の潮流の中での森林リスクコモディティのサプライチェーン再編]
サステナブル調達とは、企業が環境や社会に配慮しながら製品開発やサービス提供に必要な資源を調達するサプライチェーン上の取り組みです。サステナブル調達の潮流は、熱帯地域の農林セクターに構造再編を迫っています。森林、特に熱帯林の消失に関係が深い農林畜産物(アブラヤシ、天然ゴムなど)は「森林リスクコモディティ」と呼ばれ、従来から問題視されてきました。2023年以降、EUによる欧州森林破壊防止規則(EUDR)が発効しました。農林畜産物の生産が森林破壊・劣化と関わっていないことを証明する義務を企業に課すという、サプライチェーン上の厳格なトレーサビリティを要求しようとしています。
このような流れの中で、熱帯地域での森林リスクコモディティのサプライチェーンがどのように再編されているのか/されようとしているのかを、インドネシアを対象に明らかにしたいと考えています。2025年4月からの新規研究費が採択されました。
B) 日本の農山村の資源利用と地域活性化
[日本の入会的森林利用の現段階]
入会林野(いりあいりんや)とは、集落の慣習に従って、薪炭材、かや、草などを採取するために使われていた森林および原野です。歴史的に入会林野で得られる様々な資源は、村落と農村生計の維持に不可欠なものでした。しかし、戦後の燃料革命や拡大造林政策の進展、および1960年代以降の入会林野整備事業により、入会林野を取り巻く状況は変化していきました。
日本の入会林野の現代的管理形態である生産森林組合と認可地縁団体について福岡県と佐賀県で調査を実施しました。林業の衰退、法人税の重さなどの困難な状況の中でも管理活動を維持している実態や、非林業的収入(地代など)の有無での二極化傾向などが確認されました。
[森林サービス産業のステークホルダー]
近年「森林サービス産業」という概念が注目されています。林野庁は森林サービス産業を「健康,観光,教育等の多様な分野が,森林資源のひとつである森林空間と繋がることにより創出される、森林空間利用に係る新たなサービス産業」と定義しています。森林空間の新たな価値創出を通して、山村の活性化に向けた「関係人口」の創出・拡大が目指されています。
Forest Styleのマッチングプラットフォームからは、「森林セラピー」を通した「健康経営」の文脈で「健康」が強く重視されていること、特に「エビデンス」の取得や「プロモーション」のノウハウに関連して民間企業との連携が強く志向されていること、および多様なステークホルダーの連携が意図されていることが確認されました。同時に、山村地域の住民が主体的・建設的に事業の意思決定に関与できるかが重要とも指摘しました。