軍事学の調査研究を支えるデータセットのまとめ(2020年版)

軍事学の調査研究を支えるデータセットのまとめ(2020年版)

2020年4月22日投稿

はじめに

軍事学の調査研究と聞くと、機密に指定されたクローズドな調査研究というイメージを持たれるかもしれませんが、それは必ずしも正しい理解ではありません。軍事学の調査研究で取り扱われているデータ、特に一定の規則に従って構造化されたデータセットの中には、確かに一般の人々がアクセスできないものもありますが、オープンにされており、誰でも使うことができるものもあります。しかもその内容も多岐にわたっており、戦争・紛争に関するデータセットだけでなく、武器取引や防衛産業に関するデータセットも存在します。

この記事では、軍事学の文献で比較的よく知られており、またオンラインで使用することが可能なデータセットを紹介してみたいと思います。無料のものに限定して紹介していますので、興味があれば今すぐにでもアクセスしてみてください。統計解析にも使えるデータセットが提供されています。ここで取り上げているのは、2020年4月22日時点でアクセス可能と確認できたものであることをご了承ください。

Correlates of War Project

Correlates of War Project(http://www.correlatesofwar.org/)は、ミシガン大学の教授デイヴィッド・シンガー(J. David Singer, 1925~2009)が1963年に立ち上げた研究プロジェクトです。戦争を引き起こす要因とその影響を国際政治学の観点から統計的アプローチで分析することを支援するために開始され、19世紀から現代に至るまでの国際紛争、物的国力、軍事同盟、国際貿易などに関するデータセットを無償で提供しています。

軍事学の領域で最も広く知られているデータセットであり、例えばアラン・スタン(Allan C. Stamm)の『勝利、敗北、あるいは引分(Win, Lose, or Draw)』(1996)や、スティーヴン・ビドル(Stephen Biddle)の『軍事力(Military Power)』(2004)といった重要な研究成果の分析でも、このプロジェクトが提供したデータが使われています。これらの分析の結果から、戦闘の勝敗が戦闘力の数的優劣よりも、作戦運用の効率性によって大きく左右されることや、戦争の結果が軍隊の数的規模や防衛産業の生産力よりも、軍事戦略の選択の方が重要な影響をもたらすことが実証されています。

UCDP/PRIO Armed Conflict Dataset

UCDP/PRIO Armed Conflict Dataset(https://ucdp.uu.se/)はスウェーデンのウプサラ大学平和紛争研究学部・紛争データプログラム(UCDP)と、ノルウェーのオスロ国際平和研究所(PRIO)とが共同で管理、提供しているデータセットです。第二次世界大戦が終結し、冷戦の時代に移行した1946年から現在に至るまでの世界中の武力紛争のデータを提供しています。取り扱っている地域が限定されているものの、地理情報を組み合わせたイベント・データも提供しており、派生の研究プロジェクトであるArmed Conflict Location & Event Data (ACLED) Project(https://www.acleddata.com/)で入手することが可能です。

研究領域としては紛争管理、平和維持に関する論文で参照されることが多いと思います。COW Projectに比べて継続的かつ即時的にデータが更新されている点が特徴であり、現在の軍事情勢を理解する上でも有益です。武力紛争と地理環境の関係を詳細に分析するのであれば、こちらのデータセットの活用を検討するべきでしょう。

SIPRI Database

SIPRI Database(https://www.sipri.org/databases/)は、スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が提供するデータセットです。1949年以降に各国が支出した国防費の総額や、国際的な武器取引、防衛産業などに関するデータセットが含まれているのが特徴であり、軍備管理、防衛経済学、国際政治学などの研究領域でよく参照されています。

例えば、軍事学のトップジャーナルの一つであり、防衛経済学を専門とするDefence and Peace Economicsに掲載される論文では、SIPRIのデータセットが頻繁に参照されており、各国の国防政策のトレンドや、あるいは国防予算の変遷について分析するために使われています。代理戦争で域外の大国が武器を現地の武装勢力に輸出する際には、こちらの武器取引のデータセットに記録が残っていることがあるので、国家間の戦争だけでなく、非国家主体が関与する戦争の分析であっても、活用できる有用なデータセットだと思います。