目標選定が分かれば、航空戦略が分かる

目標選定が分かれば、航空戦略が分かる

2020年1月15日投稿

はじめに

陸軍には陸軍の、海軍には海軍の戦略があるように、空軍においても戦略について独自の考え方があります。ただ、政治的目的を達成するために、軍事的手段を適用する方法を規定するという戦略の基本的な考え方が異なるわけではありません。

今回は、航空戦略の特殊性や他の戦略との共通性について理解するために、第一次世界大戦に従軍したイタリアの軍人ジュリオ・ドゥーエの古典的著作『制空論』を取り上げ、そこで目標選定(targeting)が航空戦略にとってどのような意義を持っているのか、どのような要領で実施されるのかを紹介したいと思います。

空軍にとって戦力集中が可能な空域は地理的に限定される

戦力を可能な限り集中させるといった考え方は、陸海空軍いずれも共通しているのですが、航空戦力の戦略的運用を考える場合、その位置が飛行場の存在によって制限されやすいことを考慮しなければなりません。

一カ所の飛行場に全空軍の航空機を配備することは、後方支援の限界や施設の収容能力などの面で、あまり現実的な選択肢ではありません。何よりも、そのような戦力配備では敵空軍の攻撃に対する脆弱性が大きすぎるという問題があります。したがって、空軍は複数の飛行場に戦力を分散しながら配備し、必要に応じて所望の地点に編隊を指向するという必要が出てきます。

ドゥーエは航空戦闘の一般原則に関連して、これが空軍の戦略を考える上で最も基礎的な問題であることを示そうとしています。

まず、ドゥーエは地図の上で味方の飛行場の位置を特定し、それぞれの地点を中心にしながら航空部隊の行動半径を示す円を描くことを提案します。こうすれば、味方の編隊が到達できる最も遠くの地点を特定することができるだけでなく、それらの円が重なっている領域については、戦力の集中がより容易に実施できることが判断できます。

「航空戦力の配置が決まれば、すべての味方部隊が最大限の行動半径を発揮した際に到達可能な線を地図の上で特定し、空軍として戦力を集中しながら敵と交戦可能な領域がどこにあるのかを明らかにできる。この線よりも内側に区切られた領域であれば、すべての戦力を集中させたまま、作戦基地から行動半径までの所要時間、つまり数時間以内に到達することが可能である」(Douhet 1998: 49)

戦力を集中させやすい地域を特定できたなら、いよいよ航空戦略の難問である目標選定に移ります。ドゥーエによれば、空軍が攻勢作戦を実施する場合、敵の飛行場や政経中枢を爆撃する爆撃部隊の能力を持っていなければなりません、ドゥーエはこの爆撃部隊の能力の基準として、「一日で直径500メートルの範囲を爆撃できる能力」を要求しています。

その面積を計算しておくと、直径500メートルの円の面積は250^2×π=196,349(ここでは小数点以下を切り捨てて計算しています)、つまり19万6349平方メートルです。これほどの面積で爆撃できるなら、居住地区、物流倉庫、鉄道基地、工場地帯などの面目標を攻撃する場合であっても、完全に破壊できるというのがドゥーエの見解でした。

このような能力を持つ爆撃部隊を50個を保有すると想定すれば、先ほどの円の面積を50個並べることができるので、196,349×50=9,817,450、つまり981万7450平方メートルの面積にわたって爆撃が可能ということになります。

しかし、重要な産業設備、軍事基地はある程度の距離を置いて分散している場合もあるため、航空戦略家は攻撃目標の選定とグループ化、そして攻撃の順序を決めなければなりません。これが目標選定の問題なのです。

いつ、どこで、どれだけ爆撃するかを決めなければならない

ドゥーエの説明を読むと、陸軍や海軍の戦略とはかなり異なった仕方で戦略を考えているように見えるかもしれません。しかし、実のところ航空戦略が陸海軍の戦略とまったく異質なものというわけでもありません。

ドゥーエは目標選定について「その時々の状況と深い関係を有する軍事的、政治的、社会心理学的特性など、いくつかの要件に基づいて下される」と述べています。つまり、目標選定は画一的な判断基準に基づいて行うべきではなく、状況の特性(例えば任務、敵情、地形など)に応じて考える必要があるのです。

例えば、敵国の航空戦力が我が国に対して相対的に劣勢であると判断できるなら、ドゥーエは必ずしも敵の空軍の基地を優先的に攻撃する必要はないかもしれず、爆撃部隊の能力をもっと有効に活用する方法を柔軟に考えるべきだと主張しています。具体的には次のように述べています。

「一例として、ドイツが本当の意味での空軍を保有し、フランスが現状の空軍を保有していると想定する。この状況下でドイツがフランスを攻撃するとすれば、作戦を発起した初日にドイツはフランスにおける50カ所の航空機工場、飛行場を攻撃すべきだろうか。それとも航空戦力ではなくて、パリとその周辺に設定した50カ所の破壊地域を爆撃し、フランスの政経中枢を破壊するべきだろうか。このように、目標のグループ化と区域ごとに与えられる破壊の順序はさまざまな要因と結びついており、作戦方針の観点から考察しなければならない。この問題について特定の法則を確立することはできないと思われるので、陸戦や海戦の基本原則と同じように、『迅速に最大の損害を与えよ』という原則に留意しておけば、それで事足りる」(Ibid.: 51)

ここで「作戦方針の観点から」と述べているように、ドゥーエは航空戦略の方向性が戦争の目的に応じて変化する可能性があることを認めていました。

敵に対して絶対的な航空優勢を獲得したいのであれば、敵の航空戦力を飛行場ともに撃滅、破壊しなければなりませんが、陸軍部隊や海軍部隊を作戦基地から遮断する航空阻止(air interdiction)や敵国の世論を揺さぶり、戦意を低下させる政経中枢への攻撃、あるいは敵の統治機構それ自体に対する攻撃を図る戦略爆撃(strategic bombing)の可能性についても、ドゥーエなりの考察が読み取れます。

ドゥーエは航空優勢の獲得のために、敵の飛行場や航空戦力の破壊が最も重要だと論じていたので、目標選定においても敵の航空戦力の撃滅を最優先に考えていたと単純化して解釈される場合もあります。

しかし厳密な態度で著作を読むと、それは航空作戦に関する主張であって、航空戦略全般に適用可能な主張であると彼が考えていたことを意味しないと理解できます。ドゥーエの研究は戦争の政治的目的との適合性を完全に無視していたわけではありません。

まとめ

目標選定の考え方は陸軍や空軍には見られない空軍に特有のものだと言えるでしょう。しかし、政治的目的の達成に適した軍事的手段の運用の選択という戦略の基本的原理は同じように有効であることがドゥーエの解説から示唆されています。

政策決定者が敵国に対する限定的かつ慎重な武力攻撃を空軍に命じたなら、空爆すべき目標も政治的な観点から選定されますが、より全面的かつ徹底的な武力攻撃を命じるのであれば、爆撃の対象は敵国の軍事的能力を奪う観点から選定されるようになるでしょう。

現代の航空作戦を調査していると、アメリカのような民主主義を採用する国々が、地上戦闘における人的消耗を避けるため、遠隔操作された無人航空機に搭載したミサイルで敵対勢力の部隊や幹部に対して爆撃を行うというケースも出てきています。

ドゥーエは無誘導の爆弾を投下する爆撃機を想定して目標選定の問題を議論していますが、現代においては、より多角的、総合的な視点で研究する必要があるでしょう。

参考文献