06|第二の再生
ならば、金次郎さんが降りてくればいい。
誰かに近づいてもらうのではなく、
金次郎さん自身が、みんなのそばへ。
【冒頭写真】
金次郎像が吊り上げられている1枚目の写真を大きく使う
「手をつなぐ金次郎」が完成し、2026年1月31日にはお披露目会を迎えました。
失われた左手は、誰かと手をつなぐための手として生まれ変わりました。
これでプロジェクトは一区切り。
私たちも、そう思っていました。
しかし、実際に多くの人に金次郎さんと手をつないでもらおうとすると、ひとつの大きな課題が見えてきました。
金次郎さんは、高い台座の上にいたのです。
「手をつなぐ」ための台が必要でした。
【ここに、お披露目会時などの「手をつなぐための台」が分かる写真】
当初は、金次郎さんの台座はそのままにして、手をつなぐための専用の台を設置する計画でした。
しかし、実際に設置してみると、想像していた以上に高さがありました。
小さな子どもが安全に上り下りできるだろうか。
常設することで、新たな危険が生まれないだろうか。
高齢の方は安心して利用できるだろうか。
そして、車椅子を利用する方はどうすればよいのだろう。
「誰もが手をつなげる金次郎さん」なのに、手をつなぐために壁がある。
私たちは、もう一度考え直すことになりました。
「本当に、これでいいのだろうか。」
ここは背景色を少し変えて、文章を大きく見せる
誰かが台に上って、
金次郎さんのところまで近づいていく。
それしか方法はないのだろうか。
台を低くする。
階段を工夫する。
手すりを付ける。
さまざまな方法を考えました。
しかし、どの方法も、
「人が金次郎さんのところまで上がる」
という考え方そのものは変わりません。
そんなとき、現代アーティスト・池平徹兵さんから、発想を逆転するアイデアが生まれました。
「ならば、金次郎さんが
降りてくればいい。」
この言葉はページ中央で、写真を入れず、余白を大きく取って表示
誰かが上がるのではなく、
金次郎さん自身が降りる。
その発想を聞いたとき、それまで複雑に考えていた問題が、とてもシンプルになりました。
子どもたちに上ってきてもらうのではない。
高齢の方に無理をしてもらうのでもない。
車椅子を利用する方に特別な方法を考えてもらうのでもない。
金次郎さん自身が、みんなのいる場所まで降りてくればいい。
85年以上立ってきた台座を降りる。
【今回の1枚目の写真を大きく】
ここから実際の工事です。
第二の再生が始まりました。
昭和15年に第一小学校へやってきてから、長い間、台座の上に立ってきた金次郎さん。
その像を、慎重に吊り上げます。
この瞬間は、単に像を移動する工事ではありません。
金次郎さんと人との関係を、もう一度つくり直す瞬間でもありました。
写真キャプション案
長年立ってきた台座から、慎重に金次郎像を吊り上げます。
台座から、離れる。
【今回の2枚目の写真】
金次郎像を吊り上げ、これまで立っていた台座から離します。
長い間、金次郎さんを支えてきた台座。
そこから像が離れていく姿を目の前にすると、
「本当に新しい時代が始まる」
ことを実感する瞬間でもありました。
ここでは工事写真を主役にして、文章は短めで十分です。
写真キャプション案
85年以上の歴史を受け継ぎながら、新しい場所へ。
今度は、みんなと同じ高さへ。
【今回の3枚目の写真】
新しい基礎へ、慎重に据え付けます。
台座の上ではなく、地面に近い新しい基礎へ。
高さや向きを確認しながら、金次郎さんを慎重に据え付けていきました。
金次郎さんの姿そのものは変わりません。
しかし、立つ場所が変わることで、
人との距離は大きく変わりました。
写真キャプション案
新しい基礎に据え付けられる金次郎像。より身近な場所へ。
第一の再生は「手」。
第二の再生は「距離」。
ここはこのページの核心だと思います。
左右2列にします。
第一の再生
本を持つ手から、つながる手へ。
失われた左手を、
誰かと手をつなぐ手
として再生しました。
第二の再生
台座の上から、みんなのそばへ。
手をつなぐために誰かが上るのではなく、
金次郎さん自身が、人のところへ近づきました。
その下に、大きく、
手を変えた第一の再生。
距離を変えた第二の再生。
「降ろす」のではなく、
「近づいてくる」。
【完成後、低い位置にいる金次郎さんの写真】
工事として見れば、
「台座から像を下ろした」
ということになります。
しかし、私たちはもう少し違う意味を感じています。
これまで金次郎さんは、高い台座の上から子どもたちを見守ってきました。
これからは、子どもたちと同じ場所に立ちます。
誰かに自分のところまで来てもらうのではなく、
自分から相手のところへ近づいていく。
それは、「手をつなぐ金次郎」が伝えようとしている、
人と人が互いに近づき、支え合う姿
そのものなのかもしれません。
85年の歴史は、なくさない。
【旧台座・石碑・刻銘等の写真】
台座にも、大切な物語があります。
金次郎さんが台座から降りたからといって、これまでの歴史を消してしまうわけではありません。
台座には、この像が寄贈された経緯や、長年受け継がれてきた思いがあります。
古いものを捨て、新しいものに置き換えるのではなく、
これまでの歴史を大切に残しながら、今の時代に合った新しい形へ。
それも、この再生プロジェクトが大切にしてきた考え方です。
※旧台座の写真
そして、新しい金次郎ガーデンへ。
【工事中の全景 → 完成後の全景をBefore/Afterで】
金次郎さんを台座から降ろすだけでは、第二の再生は終わりません。
周囲も整備し、
子どもも、大人も、高齢の方も、
誰もが自然に近づける場所へ。
トップページでは、新しい金次郎ガーデンを
「誰もが、そのまま手をつなげる場所」
誰かに近づいてもらうのではなく、
自分から近づく。
最後は、少し余韻を残す。
失われた左手から始まった再生。
第一の再生では、
金次郎さんの「手」が変わりました。
第二の再生では、
金次郎さんと人との「距離」が変わりました。
そして今、
金次郎さんは台座の上からではなく、
みんなと同じ場所から子どもたちを見守っています。
大きく、
ようこそ。
手をつなげる金次郎ガーデンへ。
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07|新しい金次郎ガーデン
誰もが、そのまま手をつなげる場所へ。
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