第一の再生

失われた手を、

「つなぐ手」として再生しました。

元に戻すのではなく、85年の歴史に新しい意味を加える。

【冒頭写真:完成した「手をつなぐ金次郎」の左手がよく分かる写真】

長い年月の中で失われてしまった、金次郎さんの左手。

当初は、かつてのように本を持つ左手を復元することを考えていました。

しかし、プロジェクトを進める中で、私たちは一つの問いに出会います。

「昔とまったく同じ姿に戻すことだけが、本当の再生なのだろうか。」

85年間、この学校と地域の時間をともにしてきた金次郎さん。

左手を失ったことも含めて、そのすべてが歩んできた歴史です。

ならば、その歴史を消すのではなく、受け継ぎながら、今の時代に新しい意味を加えることはできないだろうか。

そこから、「手をつなぐ金次郎」の物語が始まりました。


池平徹兵さんとの出会い

【池平さんと金次郎像、打合せ、スケッチなどの写真】

「目の前に子どもがいたら、どうするだろう。」

金次郎像の再生について相談したのが、現代アーティストの池平徹兵さんでした。

金次郎さんの姿を見ながら、池平さんが考えたのは、

「昔、どんな形だったのか」だけではありません。

「今、この場所にいる金次郎さんなら、子どもたちとどう関わりたいだろう。」

ということでした。

そして生まれたのが、

「目の前に子どもが来たら、本を閉じて、手をつなぎたいはずです。」

という発想でした。

この考えが、プロジェクトを大きく動かしました。


本を持つ手から、人とつながる手へ

【左:昔の本を持つ姿/右:新しい手の写真】


かつての左手

本を持ち、学びや勤勉を象徴していた手。

↓

新しい左手

人と手をつなぎ、つながりや共生を表す手。

本文:

二宮金次郎といえば、薪を背負い、本を読む姿を思い浮かべる方が多いかもしれません。

その姿が伝えてきた「学ぶこと」「働くこと」の大切さは、今も変わりません。

そこに、このプロジェクトではもう一つ、

「人とつながること」

という意味を加えました。

学ぶ。
働く。
そして、人と支え合う。

新しい左手は、金次郎さんの思想を否定するものではなく、今の時代へつなぎ直すための手です。



「勤勉の象徴」から

「共生の象徴」へ

【子どもと手をつないでいる完成後の写真】


一人で頑張る金次郎さんから、誰かと歩む金次郎さんへ。

二宮金次郎が大切にしたのは、ただ一人で努力することだけではありません。

自ら努力しながら、得られたものを人や社会、未来へ返していく。

その考え方は、現代の私たちにも通じています。

だからこそ、新しい金次郎さんの左手は、

誰かを迎えるために差し出された手

になりました。

子どもも、大人も。
地域の人も、初めて訪れた人も。

誰かがその手を取ることで、一体の像と人との間に新しい関係が生まれます。


でも、手だけを作ればよいわけではありませんでした。

ここから「みんなでつくった」に入ります。

【会議、授業、制作、募金活動など複数写真】

再生そのものを、みんなのプロジェクトに。

この金次郎像は、専門家だけが修復して完成したものではありません。

子どもたち。

学校。

地域の皆さん。

アーティスト。

それぞれが考え、それぞれができる形で参加しました。



子どもたちが考えた「金次郎さん」

【授業・作品制作写真】

「金次郎さんって、どんな人だろう。」

再生を進める中で、子どもたちも金次郎さんについて考えました。

昔の人物として覚えるだけではなく、

「自分だったら、どんな金次郎さんにしたいだろう。」

「これからの金次郎さんに、何を伝えてほしいだろう。」

そうした問いを通じて、子どもたち自身もプロジェクトの一員になっていきました。

既存の**「街まるごと美術館」や子どもたちの作品ページ**へリンク

ボタン:

子どもたちの作品を見る →


一人ひとりの思いが、形になっていく

【募金箱、地域活動、制作風景を3枚程度】

学校

85年の歴史と、子どもたちの学びを未来へ。

地域

「金次郎さんを残したい」という思いを、多くの皆さんが支えてくださいました。

アート

池平徹兵さんを中心に、思想を実際の「手」の形へ。

子どもたち

これから金次郎さんとともに育っていく世代も、再生に参加しました。



「手」は、どうやって生まれたのか


を時系列で並べる。

アイデアが、本物の「手」になるまで。

01 構想

「誰かと手をつなぐ」という発想。

02 デザイン

自然に手を差し出せる角度や形を検討。

03 制作

既存の像に調和する新しい左手を制作。

04 接合

85年を経た金次郎像と、新しい左手をつなぐ。

05 完成

再び左手を持った金次郎さん。

ただし今回は、本を持つ手ではなく、

人を待つ手です。

この工程は、全国向けホームページとして


手をつなぐ金次郎、誕生。

【完成した像を正面から大きく】

余白を広く

85年目の、新しい姿。

失われた左手は、
もう一度、本を持つ手には戻りませんでした。

そのかわり、
誰かが来るのを待つ手になりました。

そして大きく、

さあ、手をつなごう。

ぐらいでも良いと思います。


2026年1月31日

みんなの前へ。

【お披露目会写真】

再生した「手をつなぐ金次郎さん」は、2026年1月31日、金次郎ガーデンでお披露目されました。

子どもたち、学校、地域の皆さん。

これまで支えてくださった多くの方とともに、新しい姿を祝いました。


お披露目会を見る →


これで、完成――

のはずでした。


【金次郎さんが台座の上にいる完成時の全身写真】

左手が戻り、誰かと手をつなげる金次郎さんが完成しました。

長く続いたプロジェクトも、これで一区切り。

私たちも、そう思っていました。

しかし実際に「手をつなぐ」ことを考えると、そこには思いもよらなかった課題がありました。

大きく、

金次郎さんは、台座の上にいたのです。

これで④「台座から降り、みんなのそばへ」への伏線に

答えを全部説明せず、課題が生まれたところで終える


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04|台座から降り、みんなのそばへ

手をつなぐためにつくった金次郎さん。

しかし、そこには新しい課題が待っていました。

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