AI時代における教育関係者の役割
美馬のゆり(公立はこだて未来大学)
2023.11.15 公開
美馬のゆり(公立はこだて未来大学)
2023.11.15 公開
JSETの重点活動領域の第4番目の領域として、2023年7月に先端科学技術とELSI部会が立ち上がりました。本部会の活動のひとつとして、テーマに関連するエッセイをお届けしていきます。今回はその第1回として、本部会が立ち上がるきっかけともなった生成系AIの登場に関してお伝えします。
2023年1月26日、米国ワシントンDCで開催されたThe AI Education Summit(AI教育サミット)に参加しました。そこで感じたのは、「私たちがいる今現在は、歴史上の転換期というよりは、むしろ転換点である」ということでした。その理由は、みなさんも毎日のようにニュースなどで目にするChatGPTに代表される生成系AIの登場です。教育目標も大きく変わるであろう歴史上のこの「点」に立っている私たちは、どのような学習環境を学生/生徒たちに提供していけば良いのでしょうか。
この丸一日のサミットには、AI革命に向けて学生/生徒を準備するために、教育関係のリーダーを全米から招集していました。約100名の参加者のなかで、海外からの参加者は私だけだったと思います。それは2021年9月から1年間、米国のカリフォルニア大学バークレー校の人間互換人工知能センター(https://humancompatible.ai/)に客員研究員として滞在していたときに、この主催者を紹介され、関係がいまでも続いているからです。参加者は、地方の教育行政に関わる人だけでなく、学術界、非営利団体、開催地が首都であるワシントンDCということもあり、公共政策シンクタンク、民間コンサルティング会社などの人たち、そして政府関係では、国防総省の人材育成担当者もいました。
ここでの話題は、もっぱらChatGPTの話でした。ChatGPTが発表されたのが2022年の11月。このとき日本ではまだニュースにはなっていませんでした。考えてみてください。みなさんはこの存在をいつごろ知ったでしょうか。2023年度が始まったころには、知らなかったはず。それほど急激に、ChatGPTやDalle-Eなど生成系AIといわれる技術は私たちの生活の中に入り始めました。政府、企業はもちろん、教育現場ではそれらを受け入れる準備もできておらず、いまその対応に追われています。このサミットでの関心事をまとめてみると以下のようなことになります。
・AIの急速な進歩に教育者がどのように対応できるか
・AIの技術が学生/生徒に与える影響は何か
・生成系AI(ChatGPT、Midjourney、Stable Diffusion、DALL-Eなど)への関心の高まり
・AI literacy、Data Science literacy、Computer Science Literacy、Digital literacyの統合
そこでの結論は、子どもたちだけでなく、大人もupskilling(学び足し)が必要だということや、AIの長所と短所を理解した上で、ツールとして使えるようになることが重要だということでした。でも何をどうやって教えるの?ということには、誰も明確な答えを持っているわけではありません。参加者がグループに分かれ、議論することになりました。そこに投げかけられた問いは、以下のようなものでした。
・ChatGPTや他の生成系AIのツールを使ってみたことがあるか?
・もしあれば、その技術の能力/限界についてどう考えるか?
・Alツールについて学生/生徒にどのように話すか?
・インターネットが登場したころを振り返って、学生/生徒に準備させておきたかったことは何か?
・21世紀型スキルやDigital literacyに対する概念は、どのように変化するか?
・Alの倫理について、授業に取り入れる機会はあるか?
これらの問いは小学校から大学まで、全ての教科に関係しています。ChatGPTはその名の通り、チャットなので、質問を入力すれば、言葉で答えが返ってきます。一方、Midjourney、Stable Diffusion、DALL-Eは、日常使っている言葉を与えるだけで、それを表す画像や映像を生成してくれます。こういったツールが出てきた時代に、学生/生徒に何をどう教えていけば良いのでしょうか。
このサミットに参加するなか、滞在先からメトロに乗って市内を散策しました。そこで見つけたのが、ワシントンDC公共図書館です。大きな通りに面しており、ガラス張りで中が見えたので立ち寄ってみました。そのオープンスペースでは、誘拐殺人事件とその被害者の母親の人権活動に関する展覧会が開催されていました(写真1〜2)。ゆっくり見る時間がなかったので、主な展示の写真を撮り、そこで配られていたカードをもらってきました(写真3〜4)。
写真1
写真2
写真3 写真4
その後調べてわかったのは、この展示はインディアナポリス子ども博物館が制作した10歳以上の子どもたちに向けたものであるということでした。私はたまたま、巡回展示をしているときに出くわしたのでしょう。もらってきたカード(レターサイズを縦半分にしたぐらいの大きさ)を読み解いてみました。表面(写真3)に書かれていたのはこんな内容です。
その裏面(写真4)には、以下のメッセージとともに、展示を見た人が自分の考えを書くように、大きな空白部分がありました。
そして最後には、これ。
早速このサイトにアクセスしてみました。そこにあったのは、TAKE ACTION RESOURCES(行動への資料)でした(写真5)。先程のカードのメッセージに対応するように、具体的な内容がいろいろな例とともに書かれていました。その他Student Guide(生徒ガイド)、Family Guide(家族ガイド)もありました(写真6)。
サミットも終わり、日本に帰るため空港に行ったときです。ターミナルを移動する廊下に子どもに向けたような展示があるのを発見しました(写真7~11)。日本語と違って、私にとって英語での展示は、パッと見てすぐには内容を理解できないので、まずは写真撮影。あとでじっくり読み解きました。それは憲法修正第1条を行使した6歳から16歳までの6人の子どもたちの声の展示でした。展示には、以下の説明がありました。
https://www.freedomforum.org/for-our-freedoms-age-is-just-a-number/
合衆国憲法修正第 1 条は誰を保護するかを明記していません。つまり、米国の地に足を置いている限り、どんな背景を持つ人でも対象となるということです。その中には私たちの一番小さな子供も含まれます。勇敢な子供たちの中には、憲法修正第 1 条の力を利用して、自分たちの意見を聞いてもらい、見てもらい、認めてもらいたいと考えている人もいます。ここでは、憲法修正第 1 条の権利を活用してこの国を形作ってきた 6 歳から 16 歳までの 6 人の子どもたちを紹介します。
合衆国憲法修正第1条は1791年12月に採択されました。国教の樹立を禁止し、宗教の自由な行使を妨げる法律を制定することを禁止しています。また、表現の自由、報道の自由、平和的に集会する権利、請願権を妨げる法律を制定することを禁止しています。ここで紹介されていた6人の子どもたちの声は、自分の身の回りで起こっていることへの改善要求です。医療保険制度、水道システム、米国国旗に忠誠を誓うこと、宗教の自由と服装コード、高校の設備など。
写真7
写真8
写真9
写真10
写真11
この展示を行なっていたのは、フリーダムフォーラムという財団でした。フリーダムフォーラムについて調べてみたところ、以下のような記述がありました。
https://www.freedomforum.org/about-freedom-forum/
[私たちのミッション]
私たちの使命は、すべての人に憲法修正第 1 条の自由を促進することです。
[私たちのビジョン]
私たちのビジョンは、誰もが宗教、言論、出版、集会、請願の自由を知り、尊重し、守る米国です。憲法修正第 1 条は、すべての人が自由に自分自身を表現し、他の人と協力して自分の意見を知らせる権利を保護しています。この多様な声と視点が我が国を強化します。
しかし、ほとんどの米国人は憲法修正第 1 条で保護されている 5 つの自由の名前を言えません。
私たちは、すべての人々によるこれらの基本的自由の幅広い理解と積極的な活用を奨励することが、憲法修正第 1 条を将来の世代に維持し保護する最善の方法であると信じています。
また多様性、公平性、包摂性に対しても、記述がありました。
[多様性、公平性、包摂性に対する私たちの取り組み]
私たちの独自の違いが私たちの最大の強みです
多様性はフリーダムフォーラムの歴史の不可欠な部分であり、私たちの将来にとって不可欠です。当社の創設者であるアル・ニューハースは、ガネットの会長兼最高経営責任者(CEO)として、全米で女性とマイノリティの雇用と昇進を擁護しました。彼の遺産はフリーダムフォーラムに受け継がれており、私たちは人種、性別、年齢、性的指向、性的アイデンティティ、宗教、身体的能力、人生経験、政治的観点を超えてすべての人が尊重され、評価され、奨励され、サポートされる環境を作り出すことに取り組んでいます。 多様性は包摂性を促進します。誰もが独自の視点を提供します。私たちはあなたを歓迎します。
憲法修正第1条について教育し、関与し、インスピレーションを与えるために、魅力的な専門家のコンテンツ、会話、デジタルストーリーテリングを通じて、そしてもっと知ってもらうために、フェスティバル、巡回展示、プログラム、パフォーマンスを行なうとありました。
このワシントンDC訪問の少し前、2023年1月3日に2023年の「世界10大リスク」がダボス会議で発表されました。米国の調査会社ユーラシア・グループの社長である国際政治学者のイアン・ブレマー氏が、1998年以来、年初に当該年の世界政治や経済に深刻な影響を及ぼす地政学リスクを予測し、公表しています。今年私が注目したのは、3位と9位です。
https://www.eurasiagroup.net/services/japan
3位「大量破壊兵器(Weapons of Mass Disruption)」
社会における破壊的テクノロジー(生成系AI)の役割の転換点
これらの進歩は、人々を操り、政治的混乱を引き起こすAIの可能性を一気に高める。コンテンツ制作の参入障壁がなくなれば、コンテンツの量は飛躍的に増加し、多くの市民が事実と虚構を確実に区別することができなくなる。ニセ情報が蔓延し、社会的結束、商業、民主主義の基盤である信頼は、すでに希薄なものとなっている。ソーシャルメディアは、私的所有であること、規制がないこと、エンゲージメントを最大化するビジネスモデルであることから、AIの破壊的効果を流行らせる理想的な温床となっている。
このことは、本稿で最初に触れた、AI時代の教育に深く関係してきます。こういったリスクに関して、私たちは子どもたちにどういったことを準備させれば良いのでしょうか。創造的なモノづくりや見方と共に、批判的な見方も重要になってきます。
9位「Z世代(TikTok boom)」
Z世代のこれからの世界に与えるインパクト
Z世代はインターネットのない生活を経験したことがない最初の世代だ。デジタル機器とソーシャルメディアによって国境を越えてつながり、初めて真のグローバル世代になった。[中略]企業や公共政策を変えるためにオンラインで(運動を)組織化する能力と動機の両方を持つ。ボタンをクリックするだけで世界中の多国籍企業の活動を困難にし、政治を混乱させることができる。
この9位は、他のリスクと少々視点が異なっています。この指摘は、Z世代の要求を無視することは、政治やビジネスにとって大きなリスクをはらんでいるということです。別の視点からみれば、若者は変化を起こす主体になれる、世界を変えることができる、ということを意味していると考えます。
AIが仕事場だけでなく日常生活に、そして教室に入ってくることは止められません。そこには大きく3つのリスクが考えられます。
まず第一に、ニセ情報や誤った情報が急速に増えること。それは、意図をもって、特定の主義や思想に誘導する宣伝戦略が氾濫したり、不正確なツールへ過剰な信頼を寄せてしまうこと、システムへ依存してしまうことが考えられます。
第二に、仕事への影響です。あらゆる仕事を時代遅れにし、新しい仕事に置き換えていくことでしょう。私たちがAIを効率化のもとに使えば使うほど、それらを開発し提供している大企業にデータや権力が集中していきます。それらの企業は収集したデータをもとに、新たなビジネスを展開していくのです。そうなった時には、今よりもさらに経済格差が広がっていることでしょう。
第三の安全性の面では、個人情報がハッキングされたり、機密データを勝手にChatGPTに入力する人がもたらす影響もあります。そして何より、文明に対する制御ができなくなる可能性まであるのです。
そこで私たちがすぐにでもできることは、AIの出してくる答えを批判的にみること、AIが組み込まれたシステムの背景やその原理を理解すること、設計と実装に疑問を持つこと。たとえば、AmazonやYouTubeのリコメンド機能で何かをオススメされたとき、なぜそれが自分に出てくるのかをちょっと立ち止まって考えてみることです。
カリフォルニア大学バークレー校に客員研究員として滞在して1年間、書店、美術館、博物館を巡って気づいたことは、AIが急速に浸透してくる米国社会の中で、これまでの歴史や社会の歪みが浮かび上がってきているということでした。
子どもたちには、人々が共に生きていく、公正な社会の実現に向けて、地球市民として、自律的に生涯学び続け、新しい道を切り拓く人になって欲しい。自分が「変化を起こす主体」になれると思えるようになって欲しい。日本においても、こんな時代だからこそ、なんか変だなと思ったら、どうしてなんだろうと考え、じゃあ変えてみようと声を上げ、仲間を集めて行動に移すことが必要だと思うのです。
JSETでは1980年代から、「AIで教える/学ぶ」と「AIを教える/学ぶ」についての議論、研究が進められています。生成系AIが報じられ社会問題になってきた昨今、AI時代の教育/学習環境に関する研究、開発、実践、およびそれらの知見の共有は、JSETにおいてますます盛んになってきています。その中で、先端科学技術とELSI部会の活動の社会的意義、役割は大きくなってきています。
公正な社会の実現に向けて、私たちは世界を変えられる。これからみなさんと一緒に、議論、研究、開発、実践をし、社会をより良い方向に変えていきましょう。仲間を増やし、社会に訴えていきましょう。私たちは変えられる!
※本エッセイは、「美術による学び研究会メールマガジン」第488号(2023年8月27日発行)のエッセイ「チェンジメーカーになろう!言葉、アート、音楽、ダンスで分かち合う」を加筆修正したものです。
公立はこだて未来大学システム情報科学部教授
参考URL:
美馬のゆり個人サイト
日経新聞「人間発見」 学びで未来を創る デジタル人材教育をけん引https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD250JH0V20C23A6000000/
本原稿の著作権は、著者に帰属します。