口頭試験は、12月8日土曜日午前中に渋谷のフォーラムエイト(※現在は閉鎖)という場所で行うことが通知されていた。試験前日までに想定解答を用意しておいて、例のごとく前日金曜日に有給休暇を取得して、直前練習するという作戦をとった。準備した想定解答は以下の通り:
技術士とは何か?
経歴確認(2分)
受験動機
技術的体験論文の1例目内容説明(3分)
技術的体験論文の2例目内容説明(5分)
技術的体験論文の周辺技術
技術的体験論文中の技術士にふさわしい点
技術的体験論文内容の応用と産業化
業務体験に関する成功例・失敗例
海外業務体験・対外発表体験
筆記試験記載内容の怪しい部分の再確認
技術士の3大義務と2大責務
技術士の10の倫理要綱
近年の技術者倫理に関する話題
技術士となっての抱負
以上の1-5くらいまでは、台本を作っておいた方が無難だと思う。技術的体験論文の主題技術についての復習や最新技術動向などについても入念に調べることが必須であることは間違いないが、このあたりは簡易に済ませてしまうことになり、実は本番で冷や汗をかく。
前日のプレゼンの練習では、2, 4, 5について合計10分で淀みなく説明できるように特訓した。途中で気持ち悪くなってきたが、最後の試練とばかりに己を奮い立たせて練習しまくった。ここでは技術的体験論文に予め組み込んだ「抽出された課題に対して創意工夫をして解決したから、自分は技術士に適格である」という点を強調するようなプレゼンを意識した。例えば、「当初は候補蛋白質の抗体を用いて、候補について1つ1つ個別に解析しておりました。ここで技術士としての課題解決能力を発揮しました。当時プロテオーム解析として注目されていた~」「しかしながら、この方法で測定した窒素飢餓条件下での蛋白質合成活性は、野生株よりアミノ酸が枯渇しているはずの変異株の方が高いという予想と逆の結果でした。そのデータ解釈には技術士としての創意工夫を要しました~」のような、若干(かなり?)露骨な話の繋ぎ方を採用し、技術士としての素養を試験官にアピールする戦略となった。
当日は余裕をもって渋谷に到着し、カフェで朝食をとりつつネットから皆に応援されながら試験会場であるフォーラム8に入った。ここは、予想に反して古いビルである。会場内の雰囲気は流石にピリピリしており、控室であるホールで時間をつぶすのは流石に厳しく、自分の試験室の前で座して待つ。予定開始時間の少し前に中から試験官が一人出てきて、入室を促される。45分間の口頭試験の開始である。
互いに反対向きに椅子が2つ置かれており、正面に対して逆向きの椅子に荷物を置き、お辞儀、受験番号と氏名を述べて、挨拶。着席を促される。試験官は男性3名、正面の主任は大学教授風、向かって左の試験官はシニアな方、向かって右の試験官は若手の技術士っぽい様子。雑談は無く、いきなりの口頭試験開始だった。
主任試験官:
経歴と提出論文に記載した2つの技術体験について10分で述べてください。
回答:
指示に対し、想定解答に身振り手振りを加えて、主として主任試験官に対してプレゼン。おそらくは10分ちょっとで説明終了。
主任試験官:
受験動機と技術士になったら将来的にどうするか?
回答:
当然の想定質問であるので問題なく対応。
主任試験官:
生命科学の研究はグループで行われることが多いが、今説明した仕事は貴方が主体的に行ったことなのか?
今述べた技術的体験は、受験者自身の業績であるのか?このことを様々な質問により確認し正してゆくのが口頭試験の目的の一つであるはずだが、あまりにも直球な質問が来たようだ。
回答:
体験論文中の発表論文の引用を見てください、2つの事例のいずれも、私と教授の2名オーサーでの発表となっております。教授は、最終的な論文投稿時には内容の確認を行いますが、研究の仮説立案や技術的な課題解決は私一人が主として行っておりました。
やはり、発表論文が有ると説得力があり強い。「経歴及び応用能力」は〇か?
左試験官:
当時の研究テーマ内容について、2-3の一般的な質問。
回答:
質問内容を確認しつつ落ち着いて回答。実のところ、当時の研究分野の特に哺乳類のケースについてはあまり明るくはなく、アポトーシスとの関連とか訊かれても、実は正直よく分からない。しかし今は口頭試験であるので、自信をもって落ち着いて、良く分かっていないことをさも分かっているように回答した。
十分な理解なく質問したようであり、突っ込み・炎上に至ることなく無事に「体系的専門知識」に関する質問をクリア。
主任試験官:
最後の技術展望で、細胞が死滅するメカニズムの解明について書かれておりますが?
回答:
私の後を引き継いだ者が…と以降の研究展開について体験論文を補う形で簡単に説明。2011年に続報論文が発表され自分が第2オーサーであることを強調。
研究がさらに展開し、以降の論文発表があったことに面接官は感心している様子。これで「技術に対する見識」の項目もクリアか?
細かな質問をクリアしてゆくと主任が、今まで黙していた(向かって)右の試験官に、「技術者倫理」と「技術士制度の認識その他」に関する口頭試問をするように促す。
右試験官:
上からデータの捏造のような反倫理的行為を指示されたらどうするか?
回答:
技術者倫理に関する試問は、意外とスマートに答えづらいが愚直に、指示に屈せず、社会的な利益を守る旨を回答。
右試験官:
技術士が、一般の技術者よりも責任を負っている点は?
回答:
信用失墜行為の禁止や、機密保持の厳守など法律での規定があり、通常の技術者に課されない刑事罰も規定されている(機密保持違反に対して、と言うのを忘れた)。
右試験官:
技術士としての継続研鑽(CPD)についての、貴方の取り組みは?
回答:
生物工学の分野は特に技術進展が早く、一瞬で技術が陳腐化する。来週も分子生物学会に参加するが、外部セミナーや学会などに積極的に参加して最新の科学技術動向に接するようにしている。また、生物工学部会にも積極的に参加している。
主任試験官が左右を見て、もういいか?と確認している。そして総括を含めた最後の質問。
主任試験官:
この試験を通して、貴方は細胞遺伝子工学というよりは生物化学工学の分野に近いのではないかと思ったのですが?
最も危険といわれている、選択科目ズレに関する指摘が入ってしまった。だが主任の発言は疑問形であるので、私からの最後の弁明の機会でもある。
回答:
最終的に提示したデータについては生化学的な解析手法を用いる形とはなっているが、そこに至る過程では遺伝子工学・分子生物学的技術が多用されている。そして、私は常に「細胞」という単位を意識して研究を行ってきていることは、本日お話しした通りである。
と、弁明したが、私が細胞遺伝子工学の技術士として適格であるという回答になったかは、極めて疑問である。
主任試験官:
試験を終わります。
既定の45分に対して、30分ちょっとで終わってしまった。礼を述べて、お辞儀をして退出。最後の質問があまりにも重く、筆記試験のときのような受かった!という爽快感は全くない。昼過ぎには帰宅し、以降悶々とした冬シーズンを過ごすことになる。
12月ごろは、技術士の3義務2責務も訊かれなかったし、科目不適合で不合格だと思って落ち込んでいた。1月ごろになると、どうだか分からないなという気分になっていた。2月になると、なんとなく受かっているような気分となってきたので、九段下の東京法務局で登記されていない証明書を請求し、本籍地の役所で身分証明書を手に入れ、技術士登録の準備を着実に進めていた。(※2019年9月14日施行の技術士法施行規則改正により、登記されていない証明書と身分証明書は技術士登録に不要となった。)
暖かくなってきていた週末明けの3月4日月曜日早朝5時から、布団の中、スマートフォンで何度も発表ページをリロードしていたが、5時50分過ぎにページが更新された。布団から飛び出て、パソコンで自分の番号を確認。喜びの爆発というより、脱力するような安堵が先に来たというのが正直なところ。SNSで合格を報告し、祝福の嵐を受ける。会社で官報上の自分の名前を確認してから勤務先経営者に報告し、勤務先を技術士事務所にする旨の書類に社印を貰う。ほどなく合格証が届き、数日間は祝杯と称して飲んだくれていたが、技術士登録証が届いてからは責任ある立場として気持ちを新たにし、技術士としての職務に取り組みはじめた。「技術士って、何なのだろう?」という根源的な問いとともに。
生物工学部門:
2011年度第一次合格率 37.5% × 2012年度第二次合格率 38% = 最終合格率 14.2%
総監以外20部門:
2011年度第一次合格率 21.4% × 2012年度第二次合格率 14.8% = 最終合格率 3.1%
口頭試験成績表
第二次試験合格証
時は流れて2020年、技術士第二次試験の合格と技術士登録から7年が経過していた。大学入試の試験結果同様に、技術士試験でも科目毎の詳細な点数を開示請求できる(2004年度以降の試験に限る)ことをネットで知った。日本技術士会のプライバシーポリシーから申請書(技術士第一次及び第二次試験に関わる個人情報の場合)をダウンロードし、必要事項を記載して請求を行った。請求内容に「筆記および口頭試験の点数開示を含む」と明記しないと点数まで開示されないという噂があったので、しっかり書き込んだ。
この開示請求を行った2020年2月19日の段階では、ラフとも言える個人情報開示フローであり、請求書1枚のみをFAXで送ったら、メールで開示資料が返信されるというものであった。流石にこれでは個人情報漏洩リスクが高かったのか、現在では、申請書、本人確認書類コピー、発行手数料として1件当たり300円の定額小為替証書、および所定の切手を貼付した返信用封筒を郵送することが必要となった。
開示請求者が殺到しているのか、待てど暮らせど開示資料が届かない。なので二次試験の点数予想でもしながら気長に到着を待つこと6週間、年度末日の3月31日に開示請求回答が来た。
筆記試験両科目、口頭試験全試問事項60%以上で合格。
筆記試験
II 必須科目:83.66%(予想 90%)
I 選択科目:79.00%(予想 80%)
口頭試験
経歴及び応用能力:92.50%(予想 70%)
体系的専門知識:85.00%(予想 80%)
技術に対する見識:93.35%(予想 70%)
技術者倫理:86.70%(予想 80%)
技術士制度の認識その他:76.70%(予想 70%)
筆記試験81点、口頭試験89点。口頭試験に関しては、予想以上の高評価であった。技術士制度の認識その他の点数が低めなのは、機密保持義務違反が親告罪ながらも刑事罰(1年以下の懲役、又は50万円以下の罰金)であることを明確に回答できなかったのがその理由かもしれない。
筆記試験成績開示
口頭試験成績開示
受験者数は残念ながら長期減少傾向であるが、着目すべきは合格率である。2013-8年度に行われた旧受験制度の筆記試験合格率平均が48.0%、口頭試験合格率平均が85.2%であったのに対して、2019年度からの現制度ではそれぞれ29.2%、76.1%に低下している。最終合格率平均は旧制度の40.6%に対して、現制度では21.9%と厳しい。それでもまだ、他部門に比べれば生物工学部門は比較的合格しやすい部門と言える。日本技術士会の生物工学部会の例会に参加すると、さらに情報収集も捗るだろう。
2024年3月現在の情報。
受験者数と筆記・口頭合格者数のトレンド(2008-23年度)
筆記・口頭各段階と最終合格率のトレンド(2008-23年度)
技術士試験
第一次試験の受験手数料:11,000円
第二次試験の受験手数料:14,000円
合計:25,000円から。詳細については、日本技術士会の試験案内を参照。
14回以上第二次試験に挑戦している方もおり、その場合は20万円に迫るということに。
技術士登録
登録免許税:30,000円
収入印紙での納付
登録手数料:6,500円
指定登録機関への手数料、銀行振込なので手数料別途必要
合計:36,500円程度。詳細については、日本技術士会の登録案内を参照。
公益社団法人日本技術士会への入会費用(任意加入団体)
入会金:10,000円
準会員歴が1年以上ある場合、全額免除
年会費:20,000円
ただし銀行引き落とし設定の場合は、以下の通り年齢により変動。
40歳未満:10,000円(ジュニア割引?)
40歳以上50歳未満:15,000円(子供にお金がかかる時期割引?)
50歳以上70歳未満:20,000円(正規金額)
70歳以上:18,000円(シニア割引?)
合計:10,000円から30,000円。詳細については、日本技術士会の入会案内を参照。
2024年3月現在の情報。
技術士登録証
以下の通り、生物工学部門に関しては事実上メリットは皆無です。他部門だと特典満載なように見えるのですが…。
総務省 消防法
消防設備士試験(甲種)の受験資格を認定
(本来は所定の学歴または実務経歴などが必要:理工系大学院修了で認定ゆえ実質無意味)
厚生労働省 労働基準法
労働契約期間の特例(専門的知識等を有する労働者)
(無期労働契約転換申込権が発生しなくなるゆえ寧ろデメリット)
厚生労働省 労働安全衛生法
労働安全コンサルタント試験の受験資格を認定
(本来は、実務経歴などが必要:口述試験突破には実務重要)
厚生労働省 労働安全衛生法
労働衛生コンサルタント試験の受験資格を認定
(本来は、実務経歴などが必要:口述試験突破には実務必須)
厚生労働省 作業環境測定法
作業環境測定士試験(第一種・第二種)の受験資格を認定
(本来は、実務経歴などが必要)
厚生労働省・環境省 廃棄物の処理及び清掃に関する法律
廃棄物処理施設技術管理者資格要件の一部認定(1年以上の実務経験要)
(本来は、実務経歴2-10年などが必要:実務要年数が最小になるだけ)
経済産業省 特許庁 弁理士法
弁理士試験の論文式筆記試験(選択科目)免除
(理工III 化学または理工IV 生物が免除:理工系大学院修了で免除ゆえ実質無意味)
経済産業省 中小企業庁 中小企業支援法
中小企業・ベンチャー総合支援事業派遣専門家として登録される専門家
(独立して5年以上が対象のようだが、あまり聞かない)
裁判所 民事訴訟法
公益社団法人日本技術士会からの鑑定人・専門委員・調停委員への推薦
(あまり聞かない)
東京都 環境局 都民の健康と安全を確保する環境に関する条例
東京都1種公害防止管理者講習会の受講資格
(同業務の従事予定者でも資格があるゆえ無意味)
2024年3月現在の情報。
技術士(生物工学部門)の第二次試験突破マニュアル
2012年度同期合格のポンヌフ技術士による、豊富なデータに基づく資料。
技術士(生物工学)の論述で得た説明手法 - 技術士(生物工学)二次試験(面接)
2012年度同期合格の虚空式6弦技術士による、試験感想戦。
私が技術士(生物工学部門)に合格するまで
2008年度合格のhopucho技術士による、受験決意から合格までの貴重な記録。
日本技術士会の第二次試験過去問題
生物工学部門の第二次試験過去問題が、ダウンロード可能。
生物工学会誌 バイオ系のキャリアデザイン 特別企画「技術士編」
技術士って何の資格?というところから、個別技術士の活躍事例まで。
公益社団法人 日本技術士会から依頼を受けて、当時若手会員の私からのメッセージを記した。
真剣なれど暖かきギルドたる、生物工学部会に惹かれました。基礎から産業分野まで、バイオ技術から人的資源管理まで幅広いレンジの講演による勉強会。そして、夜遅くまでの懇親会でのホロ酔い討論を通じて、最新情報のアップデートと人脈形成ができるのが代えがたい魅力です。人数もそう多くはないため、人と人との交流をゆっくり深めることができ、さらに技術士同士の信頼関係から成しえる共同研究やビジネスが花開くこともあるかもしれません。現状の枠組みから飛び出して、日本技術士会の活動に参加されてみてはいかがでしょうか。
2014年3月の初出。