直前にならないと動けない性の人間である。そのような人間の技術士第二次試験(生物工学部門)受験記であることを、予めご了承願いたい。また本ページは、2012年(平成24年)度の試験内容についての記載であり、現行試験内容とは異なっている。しかし、学ぶべきことや取り組むべきことについては、基本的には変わらないと思う。
大学のJABEE認定課程を修了していない場合には、技術士第一次試験合格が第二次試験の受験資格(加えて所定の実務経験も必要であり、非常に複雑である)となるため、ここで第一次試験対策について少し述べる。
適性科目と専門科目については過去問使いまわし傾向が強いので、日本技術士会で公開されている過去問を数多く解くのが早道。専門科目は最近難化(やや先鋭的問題が出てしまう)が進んでいるので、受験機関のサービス活用(通信添削・スクーリング)も視野に入れたほうが良いかもしれない。
基礎科目は対策必須。出題群ごとに問題選択可能かつ正答率50%で合格と設定は緩いが、生物工学の専門知識だけではほぼ正答できない。過去問研究以外に、出題群(各3点)ごとに以下の対策をお勧めする:
1群 設計・計画:工学系は楽勝だろうが、門外漢には厳しい。システムの出題は情報処理技術者試験(Iパス~基本情報午前レベル)と重複する部分があるので、対策して取りこぼさないようにする。1点死守。
2群 情報・論理:上述の情報処理技術者試験対策で容易に取れるので、3点満点を狙う。
3群 解析:できる方は羨ましいが、私は全部肢3を塗って他に時間を振り分けた。0点やむなし。
4群 材料・化学・バイオ:バイオは絶対に落とさない。材料は厳しいので、化学に対応できると3点満点が見えてくる。
5群 環境・エネルギー・技術:所謂常識問題。過去問から傾向・キーワードを抽出して、ネット検索で深堀りして知識を付ければ2点は取れる。
2011年10月に技術士第一次試験を受験(試験問題:基礎科目、適性科目、専門科目)し、自己採点で合格を確信していた。第一次試験の合格発表に先立ち、受験機関の第二次試験対策講座(通信添削)に入講「だけ」はしていた。12月末に第一次試験に無事合格するものの、教材を用いた特段の第二次試験のための勉強は無いままに、2012年4月の春の受験申込シーズンを迎えることになる。
対策講座のテキストを斜め読みして第二次試験の受験申込書を作成し、生物工学部門の選択科目:細胞遺伝子工学(※現在は、生物機能工学と生物プロセス工学の2科目に再編)にて日本技術士会に申し込んだ。「第二次試験は受験申込書から始まっている」ということは聞かされていたので、経歴欄は大学院研究経歴2行、業務経歴5行で、すべての経歴が技術士法2条で定められた業務である「計画、研究、設計、分析、試験、評価またはこれらに関する指導の業務」の何れかに引っかかるように記載し、万全を期した。実際の記載例としては、「細胞内蛋白質分解機構によるアミノ酸プールとタンパク質合成能維持に関する研究」「次世代型シーケンサーによる配列解析に関する、受託研究プロジェクトの設計・管理」といった具合である。
11月からの講座在籍であったので、半年後である4月末までに3回分の課題(筆記試験必須科目過去問1回分、選択科目過去問1回分、技術的体験論文)と受験申込書の添削を提出しなければならなかった。全くもって残念な人間ゆえに全く手を付けていなかったので、4月21-22日の週末2日間で半年分の課題を必死に書き切って、23日に投函した。何故なら24日から1週間の欧州海外出張であったため、この週末が期限内提出のためのラストチャンスなのであった。翌24日午前の成田空港フライアウト直前に、受験機関の担当者から電話を貰う。「筆記試験の添削には時間がかかるが、受験申込書の添削は申込期限に間に合うように特急で対応したいと、講師の先生がおっしゃっている」との旨であった。受験申込書は既に提出済みであったが、念のため特急対応をお願いする。
ミュンヘン郊外でのハードワークが終わると、受験申込書の添削結果がメールで戻ってきた。真っ赤な添削結果を見て、私は真っ青になった。「業務に従事した期間」と「専門とする事項」には最適な記載がされておらず、明らかに差し替えが必要な状況である。当地から日本技術士会に受験申込書差し替えの可否についての連絡を入れ、帰国後すぐに差し替えさせてもらった。受験機関の担当者の方と添削講師の先生のご協力が無ければ、本当に危ない状況であったことは明らか。このような場ではあるが、改めて御礼を申し上げたい。
第一次試験成績表
第一次試験合格証
程なく筆記試験の添削結果が返送されてきた。必須科目61点、選択科目76点、技術的体験論文62点と60点合格ギリギリであったが、まだ無勉状態であったので良好な出来であると自己評価した。5月ごろは講座のテキストを熟読して、テクニカルライティング一般についての理解を深めてゆく。内容は当たり前のようなことばかりであり、顧客への技術説明メールや提案書で当然のように実践してきたことであるが、自らのライティングが正しかったこと確認する形となり、実務においても試験に向けても大きな自信とはなった。
基本的な論文構成は、以下のような形式となる:
起:序論:概要、特徴
承:序論:課題、問題点
転:本論:解決策、応用方法・効果(成果)
結:結論:将来展望(反省点)
「転:本論」で論展開する場合の、内部3段構成は以下のような形式となる:
一般に~であるが、私は~と考える。その論拠は~である。
そこで、~といった解決策・応用方法を行う。
その結果、~といった効果・成果が得られる。
生物工学部門の過去問を分析すると受けの大きなオープンクエスチョンというのは少なく、解答の内容を狭めるような限定が設問に多数含まれる。そのため、残念ながら必ずしもこの形式での論述展開ができる訳ではないが、頭の隅には入れておくようにした方が良い。あと、筆記試験で図を使うように促しているが、生物工学部門では必ずしも必須ではなく、ケース・バイ・ケースで対応したい。
添削答案を作るときはWikipediaを参考にしながら行っていたが、当然のことながら本番ではネット参照はできない。しかしながら脳内記憶容量と記憶に必要な時間には限りがあり、学習内容・暗記内容を効率化する/狭めることが、少なくとも自分には必須である。昨年まではMOT専門職大学院に在学しており、幸いにも幾名かの技術士と交流する機会があった。同期の技術士(電気電子部門)からは、「キーワードは大体予想できるので、それについて書きまくれ!自分はノート一杯に書きまくった。」という貴重なアドバイス頂いた。これを最小労力で実践するために、受験機関の生物工学部門テキストのキーワード一覧をそのまま拝借し、ノートに自筆では疲れるしハンドリングが悪い(コピペできない)ので、電子的に作成していった。Wikipediaや実験医学online バイオキーワード集といったネットコンテンツや、所有する書籍をソースとして活用し、コツコツと編集・暗記していった。6月後半から7月にかけての作業で、最終的には74ページ分にまで膨れ上がった。ここで大事なのは、単にキーワードに関する技術説明を書き溜めるだけではなく、現状の問題点から技術展望までを論述することが最も重要である。「植物体の形質転換」の場合を例に挙げると:
起:アグロバクテリウム法とTiプラスミドの技術説明
承:しかし、選抜マーカー(外来)遺伝子が形質転換植物に残り、食料にする際に消費者の抵抗を招くリスクの提示
転:「選抜マーカー遺伝子+誘導型プロモーター::Creリコンビナーゼ遺伝子」の両端にloxP配列を挿入
転:Cre発現誘導→選抜マーカーを含むloxP配列間部位のゲノムからの除去より、技術的に課題解決
結:植物の形質転換、遺伝子組換え作物に関する技術展望
といったストーリ付けの記載を心掛けるようにする。
最もオーソドックスな学習法である、専門書籍の読み込みも合わせて行った。読み込みを行った書籍とその理由は以下の通り:
もう少し深く理解したい人のためのバイオテクノロジー(地人書館)
新 バイオの扉(裳華房)
私も生命科学を専攻し学位を取得し、生物工学の研究支援企業に勤めているが、広範に渡るバイオワールドの僅か数分野と関わった程度である。技術士の生物工学部門もまた、バイオの全てをカバーしているわけではなく、厚い分野と薄い分野があるはずである。生物工学部門の技術士の方々が執筆した対策書を研究することにより、生物工学部門の厚い分野とその内容理解の取り掛かりとすることができると考え、3,800円とやや高価であるが本書籍を選択した。後述するが、その結果は最高といえるものであった。私の合格後に出版された、新 バイオの扉も生物工学部門の技術士陣が執筆しており、対策書として大いにお勧めできる。
新生物化学実験の手引き 全4巻(化学同人)
古い実験手引書であるが、哺乳類個体の細胞・遺伝子を扱った経験に乏しかったので再読した。自身で弱いと思っていた領域であったので、本番に向けて大きな自信となった。精神安定剤だったのかもしれない。
Essential 細胞生物学(南江堂)
生物工学部門の過去問研究から、大学・大学院レベルの教科書的なキーワードからも出題されることが分かっていた。そのため、自身の修士課程のころの教科書(当時は第1版がでたばかりであった)を再読した。細切れではない文章を読むことは、長文である筆記答案を作成する上でも、良いことであると考えている。無意識に、表現や言い回しを本から借りてくるという効果も期待できる。こちらも後述するが、本番でドンピシャの内容が出題されることになる。筆記試験に必要な知識を確認するために、同じ教科書のMolecular Biology of the Cellを使うほどではないと思う。
7月後半はかなりの時間を試験対策に要することになるが、逆に言えばこの時期になるまで計画的に勉強をしていなかったともいえる。試験前の8月2-3日の木曜・金曜は有給休暇をとっての追い込みの直前対策を行い、本番前日の土曜日は、比較的余裕をもって過ごすことができていた。直前の余裕は、経験的に合格のサインである。さらに、現在業務で扱っている次世代シーケンシング技術はアプリケーションの幅が広く、かなりの広い分野からこのサブジェクトに落とし込むことが可能であり、そういう面では当初から安心感はあった。
試験会場は、以前住んでいた池袋にある東京電子専門学校。ファイナンシャル・プランニング技能検定試験で実際に入ったこともあり、精神的余裕に繋がった。8月5日という夏の盛りであり、酷暑であったが試験室内は適切な空調状態に保たれており、不愉快なことは一切なかった。許可されたペットボトルの水500mLを持ち込んでの試験開始である。
午前中は 必須科目2時間30分で1,800字の筆記試験、細胞遺伝子工学・生物化学工学・生物環境工学の各分野1問の合計3問から1題選択は例年通りの形式。細胞遺伝子工学分野からの出題は、なんとオミックス!プロテオミクス解析からのスクリーニングを起点に学位を取り、メタボロミクス的解析でポスドク時代を過ごし、現在ゲノミクス解析で飯を食う私には死角が無い、無さすぎる!
オミックス概要
オミックスを定義し、ゲノミクス、プロテオミクス、メタボロミクスを簡単に説明
ゲノミクス技術
次世代シーケンシング技術
プロテオミクス技術
二次元電気泳動+MALDI TOF MS
メタボロミクス技術
ガスクロ+MS, NMR
ゲノミクス方法論
SNPやメチル化状態を指標に、オーダーメイド医療やコンパニオン診断の方法論
プロテオミクス方法論
新薬標的の分子探索方法論
メタボロミクス方法論
薬物動態・代謝のモニタリング方法論と毒性学
統合オミックス技術展望
次世代新薬創出の基幹技術となることを展望として結論
これでも時間が1時間以上余ってしまったので、答案を見直したり、クールダウンしたり、突っ伏して寝たりして試験終了を待った。
コンビニで買ってきた菓子パンを軽く食べて昼食とし、午後の 選択科目3時間30分で3,600字の筆記試験に挑んだ。午前に比べると、圧倒的に余裕が無い。3問中2問選択であるが、3問目のプロバイオティックスの問題は、次世代シーケンシング技術や、専門職大学院でのビジネスプランの一部に取り込んだPCR DGGE法と非常に相性が良い問題であったが、プロバイオティクスの語定義ができないために泣く泣く解答回避。しかしこの問題は、微生物に関わる製薬・食品関係者には極めて幸運な問題だったのではなかろうか。
1問目の順遺伝学(Forward)と逆遺伝学(Reverse)はまさしく教科書的な問題で、上述の通りの対策できており非常に有利に働く。さらにReverseの解析手法には、お得意の次世代シーケンシング技術が適用可能であり、論展開も楽であった。さらに技術士の重要キーワードである技術者倫理についても、人間でのForwardの不可能具合(今思うと、ジェノタイピングベースのコホート解析は、Forward & Reverseなアプローチと言えるのか?)に言及できたりして、なかなか良い感じの論述回答となった。
2問目は抗生物質の問題で、各抗生物質の作用点と薬剤耐性の獲得機序などは、まさに「もう少し深く理解した人のためのバイオテクノロジー」に書かれていた内容がそのままでした。小問2問は簡単にこなしたが、最後の小問が難問である→「基質アナログを定義し、その耐性変異株を有効活用した生物工学的技術を述べよ」。後段がパッと思い浮かばないので、冷や汗をかきながら前段を論述、耐性変異株の有効活用って何だ?耐性変異株の有効活用って何だ?…筆耕の途中で閃光が走った「植物のシキミ酸生合成経路・ラウンドアップ・ラウンドアップレディ」これだー!モンサント社のラウンドアップは植物の5-エノールピルビルシキミ酸-3-リン酸合成酵素の基質アナログたる特異的阻害剤、ラウンドアップレディはアグロバクテリウムから単離された基質アナログ非感受性酵素で、これを組み込んだ植物が耐性変異株だから、有効活用は…!この瞬間、筆記試験の合格を確信した。もちろん、最後の小問についても「もう少し深く理解した人のためのバイオテクノロジー」に解答のキーとなる記載がされている。
最終的に時間は30分も余ることは無かったが、納得のいく答案を提出することができた。6時間の試験時間で1度もトイレに行くことも無く、一度もペットボトルに口をつけることは無かった。それほど、集中していたのであろう。その日の夜は友人と飲みに行ったが、そこでのビールの美味しかったこと、美味しかったこと!
この筆記試験では他部門と思われるが、かなりの年配の男性(80歳近いように感じた)が受験されていた。この酷暑中での長時間での試験に心配にもなったが、試験室の外には奥様と思しき方が心配そうに待っており、試験後の慈しみ合う姿が非常に印象深かった。
8月のお盆明けまでは、試験疲れで積極的な活動を行うことはできなかった。8月後半からは趣味であるアウトドア活動を再開させ、浅間山や金峰山の登山を通じての心身のリフレッシュに努めた。秋からは日常業務と余暇のアウトドア活動に専念し、試験のことは忘却の彼方にあったのが実際のところ。10月後半はまたしてもドイツへの海外出張があり、10月25日の筆記試験合格発表は国外で見ることとなった。昼間の仕事が終わり、長時間の飲み会という夜の仕事(こっちの方が実はキツい)の間に一瞬ホテルの部屋に戻ることができる時間があり、ここで筆記合格を確認した。夜の残りの仕事は絶好調である。ただし、技術士の英訳であるProfessional Engineer (Japan) の試験と言っても、欧州人だけでなく北米人でさえ(全員Ph.D.)変な顔をしてばかりだったのは印象的でした。でも、「ペーパーステップ合格めでたい!」と大いにお祝いしてくれた。ただし生物工学部門の筆記合格率が48%と非常に高く、口頭試験で自分も含めて大量に落とされるのでは…という不安は頭をよぎっていた。
筆記試験成績表
添削で指摘された点を修正しつつ、構成を練り直した半完成の状態で、8月後半から技術的体験論文(3,000字)は放置されていた。一度提出されると差し替えは効かないらしいので、締め切り直前まで特に仕上げたりすることはなし。11月7日が提出締め切りと思っており、直前でないと動けない私は、6日の夜に一気に仕上げれば良いと思っていた。6日の朝に、念のため論文提出締切日をネットで確認したら、その当日である6日が締め切りであることを知り大ショック!一気に体調・気分が悪くなり、勤務先に連絡を入れ午前中半休とする。寝巻のままパソコンに向かい、昼前まで口頭試験を見据えての技術的体験論文の最終調整。技術課題に対して技術士たる創意工夫により解決を行い、将来展望する記載を散在・強調させ、大丈夫そうな状態に仕上げる。昼休み時間帯の日本技術士会(当時は神谷町の田中山ビル)に技術的体験論文を直接提出。その場で字数などの方式審査が行われ、無事に受理される。第二次試験で一番危なかったのは、実はこの日だったのかもしれない。
筆記試験での図の使用は勧めなかったが、生物工学部門であっても技術的体験論文では、試験官の理解を助けるための図表は必須だと思うところであり、私も実際に4枚の図を使用した。かつては筆記試験の一部にも組み込まれていた技術的体験論文だが、2012年度を最後に試験から省略される(願書とともに提出する、720字で図表無しの業務内容記載となる)。受験申込書の経歴欄と合わせて、自身の技術業績棚卸の良い機会と思っていたので、この変更は若干残念に思う。