日 時:2025年2月16日
場 所:共立女子大学(神田一橋キャンパス)2 号館 702 教室
本研究会は、大学リーダーシップ研究会が2022年度から3年間にわたり科研費の支援を受けて実施してきた研究プロジェクトの総括として開催されました。研究会発足以来、「学長のリーダーシップ」から「ミドルのリーダーシップ」へと議論を深め、トップダウンの改革だけでは動かない大学組織において、学部長をはじめとするミドル層がいかに重要な役割を果たすかを探究してきました。
今回のテーマはは「大学改革を推進する実践的リーダーシップ―ミドルマネジメントとFD―」をテーマに、全国の学部長・学長を対象とした調査の報告、ミドル育成の実践事例、そしてFD概念の拡張とアカデミック・リーダーの役割に関する基調講演を通じて、多角的な議論を行いました。
本研究会では2024年11月から12月にかけて、全国約800大学に質問票を郵送し、学部長160票、学長83票を回収する調査を実施しました。調査目的は、学位プログラム単位の教学マネジメントを実行している学部長の特徴を探ることです。
分析の結果、学部長の業務認識は「教育成果改善業務」「教員マネジメント業務」「教マネ業務」の3因子に整理されました。特に注目すべきは、全学方針と学部方針のすり合わせ、学部ビジョンの策定、教マネ体制の構築といった項目が1つの因子としてまとまったことで、これは理想的な教学マネジメントのあり方を反映しています。
教マネの促進要因としては、学長指名であること、豊富な管理職経験、教育改善業務の重視が挙げられました。一方、国立大学、理系学部、再任回数が多い場合には実行度が低下する傾向が見られました。また、学長と学部長の認識ギャップの分析では、学長が学部長に対して「上へのマネジメント志向」、すなわち執行部への提案や情報共有をより期待していることが明らかになりました。
本研究会の3年間の研究成果として、ミドル教員育成の方向性について報告しました。調査結果から、トップとミドルの間には認識ギャップが存在し、それを埋めるためのミドル育成プログラムの必要性が確認されました。
具体的な取り組みとして、2024年7月に実施した大学横断型のミドル育成研修会を紹介しました。約40名が参加したこの研修では、リーダーシップ(変革を成し遂げる能力)とマネジメント(複雑な状況への対応)という2つの概念を軸に、自らの経験をリフレクションしながら学び合うプログラムを展開しました。大学を超えた交流により対話が生まれ、非公式ネットワークの重要性が再確認されました。
ミドル育成においては、個人の能力向上よりも、学内のミドル同士、トップとミドルの関係性を変えていくことが重要であり、外部との繋がりを持つことも有効であることが示されました。
共立女子大学では2023年度から教学マネジメントに関する研修会を継続的に実施してきました。本報告では、その実践事例と成果を紹介しました。
特に注目すべきは、2023年と2024年に実施した1泊2日のオフキャンパス研修です。学部長・学科長・主任教員・職員など約30名が参加し、日常を離れた環境でチームビルディングやグループワークを行いました。アイスブレイクとして「ヘリウムリング」や「ズーム・リズーム」などのアクティビティを取り入れ、普段の会議では見えにくい参加者の個性や考え方を共有する機会となりました。
研修の効果として、トップとミドルの認識が徐々に一つの方向に向かっていること、関係性が変化していることが実感されています。また、夜の懇親会(真のFD=フード&ドリンク)を通じた非公式なコミュニケーションも、組織の一体感醸成に大きく寄与しています。
佐藤浩章教授(東京大学大学総合教育研究センター)より、2022年の大学設置基準改正を踏まえたFD概念の拡張と、アカデミック・リーダーに求められる役割について講演がありました。
1.大学設置基準改正の隠れたポイント
2022年の大学設置基準改正では、基幹教員制度などが注目されましたが、佐藤氏はFD・SD規定の変更に着目しました。改正前は「職員」とされていた文言が「教員及び事務職員等」に変更され、FDとSDが教職員の能力開発として統合されました。これにより、従来「授業の内容及び方法の改善」に限定されていたFDの概念が拡張され、大学管理職(アカデミック・リーダー)は教職員全体の業務全般に関わる包括的な能力開発の実施責任を負うことになったと解釈できます。
2.アカデミック・ディベロップメントへの転換
佐藤氏は、この変化を「アカデミック・ディベロップメント」への転換と位置づけました。オーストラリアの研究者キャサリン・サザーランドが提唱する「ホリスティック・アカデミック・ディベロップメント」の概念を紹介し、教育だけでなく研究、社会連携、管理運営、リーダーシップを含む大学教員の役割全体を包括的に開発する必要性を説きました。
3.大学教員の特性理解
アカデミック・リーダーがマネジメントを行ううえで、大学教員の特性を理解することが不可欠です。大学教員は「賢い人々(Clever People)」として、自律性の重視、専門知識の深さ、権威への懐疑心、内発的動機による行動といった特徴を持ちます。業績評価や金銭的報酬よりも、同じ専門分野の同僚からの評価や学術的威信(プレスティージ・エコノミー)がモチベーションになるという指摘は、教員マネジメントを考えるうえで重要な視点です。
学問文化の存在
佐藤氏は自身のFDer(ファカルティ・ディベロッパー)としての経験から、学問領域によって教員の振る舞い(ハビトゥス)が大きく異なることを指摘しました。ロジック、ユーモア、意思決定方法、言葉遣い、さらにはファッションまで、学部によって文化が異なります。ベッチャーとトゥロウラーの「学問部族と領域(Academic Tribes and Territories)」の概念を援用し、特定の学問分野に属する研究者たちが独自の価値観、方法論、言語を共有していることを説明しました。
5.学問領域に依拠した教学マネジメント
学問文化の存在は、教学マネジメントにおいて障壁にも突破口にもなり得ます。佐藤氏は、過去の研究会で登壇された学長たちの発言を分析し、それぞれの学問的背景がマネジメントスタイルに反映されていることを示しました。魚類生態学を専門とする柳沢元愛媛大学長は組織を「観察」する視点で、文化人類学専門の森学長は個々の実践と創発性に着目し、アメリカ文学専門の大森学長は「物語」を描くアプローチでマネジメントを行っています。
最後に、多様な学問部族が一つのキャンパスに共存する大学組織の脆弱さ(フラジリティ)を、むしろ衝撃を糧にして成長する「アンチフラジャイル」な強みに転換できる可能性を示唆し、不確実性を受け入れて学び成長していく能力こそがアカデミック・リーダーに求められる必須の資質であると結びました。
司会:成田秀夫(桐蔭横浜大学)
パネリスト:大森昭生(共愛学園前橋国際大学)、吉村充功(日本文理大学)、佐藤浩章(東京大学)、山本啓一(北陸大学)
1.専門性と教学マネジメントの関係
パネルディスカッションでは、専門性と教学マネジメントの関係が議論されました。大森氏は、カリキュラムをどう作るかという「教学マネジメント」と、教員にそれを実行してもらうための「ファカルティマネジメント」を区別して考える必要性を指摘。共愛学園前橋国際大学でのカリキュラム改変(専門6:共通4から専門4:共通6への転換)の経験から、学問文化への理解なしに改革を進めることの難しさを語りました。吉村氏は、工学部・経済経営学部・保健医療学部という異なる学部を持つ日本文理大学での経験から、学部ごとに話し方やアプローチを変える必要性を実感として共有。自身が土木計画学という学際的分野の出身であることが、異なる学問文化を理解する素地になったと述べました。
2.日本固有の課題と大学観の転換
山本氏は、日本の大学における専門性とジェネリックスキルの対立構造の歴史的背景を指摘。学士力答申以降、社会との接続を重視する流れの中で、専門性が改革の障壁として捉えられてきた経緯を説明しました。また、欧米のディーン(学部長)が持つ強力な権限と日本の学部長の違いにも言及し、日本固有の文脈でアカデミック・リーダーシップを考える必要性を提起しました。佐藤氏は、東京大学が2027年秋に開校予定の「カレッジ・オブ・デザイン」や、マイクロクレデンシャルの普及といった動向を紹介。学生の学習行動の変化が、従来の専門性やカリキュラム体系を「下から崩していく」可能性を示唆しました。大森氏は、これからのリーダーには大学観そのものを一度解体し再構築する視点が必要だと応じました。
非営利組織のマネジメントとビジョンの重要性
フロアからは、価値観の多様化の中でのマネジメントの難しさ、フォーマル・インフォーマルな場の設定方法などについて質問がありました。大森氏は、非営利組織である大学では貨幣経済ではなく「ビジョナリーであること」がマネジメントの核心だと強調。全員が同じスピードで進むことは幻想であり、逆行さえしなければ許容するという姿勢の重要性を語りました。
4.ご参加いただいた学長からのコメント
橋本博(日本文理大学)、杉本義行(成城大学)、森正美(京都文教大学)、岩野英知(酪農学園大学)、佐藤雄一(共立女子大学)の各学長からコメントをいただきました。「令和10年までに決着をつける覚悟」(橋本氏)、「専門性とジェネリックスキルは本当に対立しているのか」(杉本氏)、「危機感を共有する仲間がいることのありがたさ」(森氏)など、それぞれの立場からの率直な思いが共有されました。
最後に山本啓一より、3年間の科研費研究の総括として、「学生中心」「学習者本位」という視点が一貫して重要であったことが述べられました。また、大学を超えた非公式ネットワークの重要性を改めて強調し、今後も研究会を継続していく意向が示されました。
研究会全体の満足度は平均4.65と非常に高く、特に基調講演(4.68)への評価が高い結果となりました。仕事との関連性も4.59と高く、参加者の97%が「役立った」という回答が得られました。自由記述からは、学内では議論しにくい教学マネジメントやミドル育成について、大学を超えて率直に議論できる場としての本研究会の価値が繰り返し指摘されています。また、執行部と現場の意識のズレ、危機感の欠如、教職協働の難しさなど、多くの大学に共通する課題が共有されたとの感想をいただいています。
今後の継続を望む声が非常に多く、「教員と職員が一緒に議論できる場」「悩みや課題を共有できる場」としての研究会への期待が示されていました。
本研究はJSPS科研費 基盤研究(C)の助成を受けたものです(「教学マネジメントにおける学部長等のミドルリーダーシップ研究」(代表:山本啓一))
リーダーシップ研究会は、多くの方々に支えられて、これまで続けられています。ご支援いただいている皆様に深くお礼申し上げます。
大学リーダーシップ研究会事務局
事務局:京都府京都市北区紫野北花ノ坊町96 佛教大学キャンパス内(管財部:水谷俊之)
メールアドレス toshimiz@bukkyo-u.ac.jp ℡075-493-9008(施設課)