学長を支えるミドル教職員(副学長、学生部長、学部長・科長、センター長、事務局等)が、大学を越えた交流を行う中で、新たな変革につながるリーダーシップを高め、全学的な教学マネジメント体制に必要な考え方やスキルを身につける研修を実施します。
教学マネジメントを支えるミドル教員に求められる役割やそのために必要な知識やスキルを理解し、そのための実践を行うことができる。
本研修の参加者が、これまでのリーダーシップ経験、マネジメント経験を共有し、自らのリーダーシップ像やマネジメントの手法についてイメージを持つことができる。
研修を通じて、教学マネジメントやミドル教員育成の方法等に関して、参加者同士が大学の枠を越えてお互いに相談しあえる関係を構築する。
大学ミドル教員のリーダーシップとマネジメントに焦点を当て、教学マネジメントを担うミドルの能力開発を進めるワークショップを実施しました。
山本は、大学のミドル教員に求められる役割を「リーダーシップ」と「マネジメント」の2局面から捉えるフレームワークを提示しました。リーダーシップは新しいビジョンを構想し、他の教職員やステークホルダーを巻き込みながら変革を起こす力であり、マネジメントはリーダーシップによって生み出された新たな取り組みを制度化し、PDCAサイクルを定着させる役割を担うものと位置づけられました。
リーダーシップに関しては、ジョン・コッター氏のリーダーシップ理論にもとづき、変革を成功させるための8つのステップが解説されました。このプロセスには、危機感の共有、改革チームの立ち上げ、ビジョンの設定とその伝達、短期的成果の達成、成果の定着、さらなる改革の推進が含まれています。特に、短期的な成果を上げることが、次の改革のための信頼を得る基盤となることが強調されました。
また、リーダーシップは必ずしも一人のリーダーが発揮するものではないという点も強調されました。シェアドリーダーシップやサーバントリーダーシップなど、従来のピラミッド型の階層を超えたリーダーシップの形態が注目されており、リーダーシップは役職に依存せず、専任講師や若手教員でも発揮できるものであるという点が強調されました。
教学マネジメントの観点からは、カリキュラム単位(学位プログラム単位)のマネジメントの体制強化が重要であると指摘されました。特に学部長は、学位プログラムの直接の責任者として、学位プログラムレベルと授業レベルのPDCAサイクルを定着させるために、リーダーシップとマネジメントを駆使する必要があるとされました。また、全学レベルで設定された教育ビジョンをカリキュラムに反映し、それを授業のレベルにまで落とし込むことが、ミドル教員の重要な役割であると述べました。
さらに、教職員協働の重要性について、教職員協働がリーダーシップの一つの形として機能しており、特に職員同士や教員と職員の非公式なやりとりや協力が、大学組織の中でリーダーシップを発揮するための基盤となることが説明されました。
講演では、ミドル教員が直面しがちな課題についても言及し、教学マネジメント体制を構築するための権限や予算の不足、リーダーシップを発揮させるための研修の欠如、学部長や学科長が自らマネジメントの責任を持つ意識の弱さ、学部間のコミュニケーション不足などを挙げ、これらの課題に対応するためには、ミドル教員の意識改革と能力開発が必要と提言しました。
日本文理大学での自身の経験をもとに、ミドル教員としてのリーダーシップと改革の実践について紹介しました。リメディアル教育の導入、「人間力育成センター」の設立と運営、外部評価と外圧の活用、教職協働の重要性など、具体的な説明とともに、ボトムアップのアプローチの重要性が強調され、現場の教職員や学生の声を反映したリーダーシップが求められると指摘されました。
榊原先生からは、芝浦工業大学における学生参画を中心とした教学マネジメントとカリキュラムマネジメントの取り組みについて報告がなされました。学生を教育の単なる受益者ではなく「協働者」として位置づけることの重要性が説明され、具体的な取り組みとして、「自己評価アンケート」や「スコット制度(Student Consulting on Teaching)」が紹介されました。また、「SITポートフォリオ」システムの活用やカリキュラム改善のための学生インタビューの実施など、学生の声を積極的に取り入れる取り組みについても報告がありました。
参加者の皆様がグループに分かれ、自身のリーダーシップやマネジメントの経験を振り返り、意見を交換しました。主に「権限なきリーダーシップ」「ミドル教員の役割の認識」「教職員協働の重要性」などのテーマについて活発な議論が行われました。多くの参加者が、ミドル教員がカリキュラムマネジメントや教学マネジメント全体に積極的に関わるべきだという認識を共有し、そのための意識改革の必要性が議論されました。
本研修プログラムの参加者アンケート(33名)の分析から、以下のような成果や課題が明らかになりました。
研修の満足度は81.8%が「非常に満足した」と回答がありました。また、「今回のようなミドル教員育成のための研修プログラムを越境的に実施する意義や必要性があると感じますか?」には、86.7%が「非常に感じる」と回答がありました。。
本研修が「役に立ったこと」、「ミドル教員が持つべきマインドセットやスキル」などの項目から、次のような成果および課題が見えてきました。
第一に、本研修の最も大きな成果は、リーダーシップとマネジメントに関する理論的フレームワークの提供と、それを通じた参加者自身の経験の再解釈にあります。コッターの8ステップモデルは、参加者の過去の経験を体系的に理解する枠組みとして機能し、今後の実践への示唆を与えていました。また、本研修の中で紹介された「権限なきリーダーシップ(日向野, 2017, 2018等)」や「非公式なツーカーネットワーク(山本, 2019)」といった概念は、ミドル層特有の立場を活かした組織変革の可能性を示唆するものとして評価されていました。
第二に、越境的な学びの場としての価値が高く評価されています。異なる大学の教職員との対話や情報交換は、自大学の課題を相対化し、新たな視点を得る機会となっているという回答が見られました。特に、グループワークを通じた深い対話は、参加者同士の経験共有と相互学習を促進する効果的な方法として機能していたようでした。
第三に、スモールステップによる改革の重要性の理解が、実践的な示唆として共有されていました。大きな組織変革は一朝一夕には達成できないという現実的な認識のもと、小さな成功体験の積み重ねの重要性が確認されています。
ミドル教員に求められる能力としては、全体を見渡す俯瞰力、コミュニケーション力、調整力と決断力といったコアスキルに加え、ビジョン構築・共有力、組織変革推進力、対話・巻き込み力などのリーダーシップ要素、さらに計画立案・実行力、組織運営力、資源活用力といったマネジメント要素が指摘されていました。
一方で、今後の改善点も明らかになりました。より深い議論のための時間確保、参加者間のより広範な交流機会の創出、個別の組織課題に即した議論の場の設定などが求められていました。
特筆すべきは、本研修の継続を望む声が強く、有償であっても参加したいという意見が複数見られることでした。これは、ミドル層を対象とした体系的な研修機会の不足と、本プログラムの有効性を示すものと言えます。
本研修は、大学教育の質向上に不可欠なミドル層の育成に焦点を当てた先駆的な取り組みとして、参加者から高く評価されました。今後は、この成果を基盤としつつ、より持続可能な形での展開を検討していく予定です
本研究はJSPS科研費 基盤研究(C)の助成を受けたものです(「教学マネジメントにおける学部長等のミドルリーダーシップ研究」(代表:山本啓一))