2024年7月20日(土)・7月21日(日)の2日にかけて、大学リーダーシップ研究会による公開研究会と、大学ミドルリーダー教職員能力開発ワークショップを、芝浦工業大学 豊洲校舎において開催しました。1日目は、大学の生き残りをかけた変革に向けたリーダーシップについて議論しました。2日目は、ミドルリーダー教員が変革を起こすために必要なリーダーシップを理解し、教学マネジメント体制を支えるためのマネジメント力を高めるための研修を実施しました。
開催場所:芝浦工業大学 豊洲校舎
開催日時:
・1日目(公開研究会):2024年7月20日(土) 14:00-17:00(若干変更される可能性があります)
・2日目(越境型研修):2024年7月21日(日)10:00-16:30
主 催:大学リーダーシップ研究会
共 催:「理工学教育共同利用拠点」(芝浦工業大学 教育イノベーション推進センター)
小林 浩氏の講演ではは、大学を取り巻く環境の急激な変化と、それに対応するための大学改革の必要性について詳細な分析が提示されました。18歳人口の減少と大学数の増加により、大学間競争が激化している「レッドオーシャン」の現状を直視し、各大学の個性化・差別化の重要性を訴えました。
小林氏は新たなマーケットへの対応として、18歳人口だけでなく、留学生や社会人学習者も視野に入れる必要性を指摘しました。世界の高等教育市場がまだ成長中であることを踏まえ、国際的な視点を持つことが重要であるとの提言は、グローバル化が進む現代の大学教育に重要な示唆を与えるものでした。
特に強調されたのは、「何を教えるか」から「学生が何ができるようになるか」への視点の転換の必要性です。そのために、大学のミッション・ビジョン・バリューの明確化と、それらの社会への浸透の重要性も強調されました。理念に共感した学生を集め、教育面と募集面においてポジティブなスパイラルを生み出すことは、本研究会でも常に重視している点です。
さらに、職員の役割の重要性にも言及があり、当事者意識を持った職員が大学改革の鍵を握る時代になっていると指摘されました。大学の生き残りと教職協働の関連性は、改めて意識すべき点だと思われます。
リクルート進学総研所⻑・カレッジマネジメント編集⻑ 小林 浩 氏
大森学長は、18歳人口の減少という厳しい状況下において、大学が単に生き残るだけでなく、地域の未来を担う人材を育成し、高等教育へのアクセスを維持していくことの重要性を強調しました。共愛学園前橋国際大学における具体的な改革事例を交えながら、大学の変革とリーダーシップについて、以下の3つの観点から講演されました。
1. 教育改革:学生中心の学びと教職協働の実現
共愛学園前橋国際大学では、「地域の未来を私が作る」というビジョンのもと、カリキュラムを大幅に改編し、「グローカルセミナー」の導入を行う一方で、従前からの大学の仕組みである「スタッフ会議」などを通じて、教職員が一体となって学生中心の教育改革に取り組んでいます。特に、「共愛12の力」という指標を用いて、学生の成長を可視化し、きめ細やかな支援を行うことで、学生の主体的な学びを促しています。また、学生が主体的にキャンパスを設計したり、自身の学びを語る機会を創出したりするなど、学生参加型の教育を実践しています。
2. 組織文化の変革:痛みを伴う改革と民主的なプロセス
組織文化の変革は容易ではありません。教職員の抵抗や困難を乗り越え、新しい組織文化を醸成するためには、痛みを伴うプロセスが必要となります。大森学長は、「スタッフ会議」の導入による教職員意識の変革や、若手職員の積極的な登用など、従来の大学組織の常識を覆す取り組みについて詳細に説明しました。また、財政面での改革も進め、教育の質と財政のバランスを取るための努力をしています。これらの改革は、全学的な合意形成のもとで実施されており、大学運営における民主的なプロセスの重要性を示しています。
3. リーダーシップの実践:ビジョンと戦略に基づいた変化への対応
リーダーシップの重要な役割として、交渉コストの判断と適切な資源配分が挙げられます。全員参加の幻想から脱却し、効果的な改革を推進するためには、戦略的なアプローチが必要となります。大森学長は、10年という長期的な視点で段階的な改革を進め、常に変化し続ける環境に適応していくことの重要性を強調しました。
結論
大学の生き残りと発展のためには、明確なビジョンのもと、全学的な協力体制を構築し、学生を中心に据えた教育を実践していくことが不可欠です。これらの取り組みを通じて、地域社会に貢献できる人材を育成することが、持続可能な大学を目指すうえで不可欠であると、大森学長は指摘しました。
橋本学長は、民間企業での豊富な経験を活かし、大学組織の改革と運営について、実践的な視点から講演されました。大学が抱える課題を明確にし、それらを解決するための具体的な方法論を提示した点が印象的でした。
大学組織の課題として、タコつぼ化や個人主義的な教員文化が挙げられ、これらを改善するために「ELMグリッピ」という方法論や、リーダーシップの多様化、コミュニケーションの強化などが提唱されました。特に、リーダーが状況に応じて「センター」「ウィズ」「アウト」の3つの立ち位置を使い分けることの重要性や、MBWA(Management By Wandering Around)の重要性が強調された点は、実践的な大学改革への示唆に富んでいました。
講演からは、組織文化の変革、コミュニケーションの力、リーダーシップの多様性、実務家とアカデミックの連携、現場主義の重要性などが示唆されました。これらを踏まえると、大学改革を進める上では、目標設定と共有、人材育成、組織構造の改革、外部との連携といった点が重要であるといえます。
橋本学長からは、単なる理論的な議論ではなく、具体的な行動指針を示していただきました。大学は、社会の変化に対応し、新たな価値を創造していく必要があります。そのために、組織文化を変革し、リーダーシップを発揮し、そして、実務家とアカデミックの連携を深めていくことが求められるという指摘は、本研究会の今後の方向性を考える上でも重要な視点となりました。
今回のグループ討議とQ&Aセッションでは、大学改革と運営に関する多岐にわたる課題が議論されました。特に、職員の役割、ビジョン・ミッションの共有、組織づくり、大学の個性化、18歳人口減少への対応、リーダーシップ、外部環境の変化への対応、情報公開などが主要なテーマとして取り上げられました。
明確なビジョンの共有: 全教職員が共有できる明確なビジョンを持つことが不可欠
教職協働の推進: 教員と職員が協力し、一体となって改革に取り組むこと
学生中心の教育: 学生の主体的な学びを支援し、学生の声を積極的に取り入れる必要性
社会との連携強化: 地域社会や企業など、外部との連携を深め、社会のニーズに応える教育を提供すること
変化への適応: 社会の変化を捉え、柔軟に対応できる組織体制を構築すること
大学の独自性の維持: 各大学が持つ独自の強みを活かし、個性的な大学を築くこと
大学改革は、単なる個別大学の課題ではなく、高等教育全体に関わる重要な問題です。研究会にご参加いただいた文部科学省私学振興課長である板倉寛氏からは、大学教育の社会的価値の発信や、私立大学の重要性と公共性の認識など、国家レベルでの取り組みの重要性も指摘されました。
参加者アンケートによれば、参加者の8割近くが「大変満足」と回答しました。アンケートの自由記述項目からは、本研究会の意義と、大学を巡る今後の課題が明らかになっています。
講演内容としては、大学を取り巻く環境の客観的理解や、リーダーシップとマネジメントの具体的手法の習得、他大学教職員との対話を通じた気づきが高く評価されています。特に印象的なのは、従来の偏差値による大学評価や個別大学の生き残り戦略を超えて、「地域全体で子どもたちの高等教育へのアクセスを確保する」という新たな視点への気づきが生まれている点です。
大学の生き残りと変革に向けたリーダーシップについては、ミドルアップダウンの重要性や、危機感の共有と希望の提示の必要性が指摘されています。注目すべきは、「自分の大学の生き残りではなく、大学教育そのもの、学生が学ぶための場をどう残していくかのPhaseになりつつある」という認識が示されていることです。この指摘は、個別大学の経営課題を超えた、高等教育全体の在り方を問う視点として重要です。
一方で、教学組織を動かす上での課題も明らかになっています。特に無関心層への対応やビジョンの共有方法、トップの意識改革、教職協働の実質化などが挙げられています。特に、「全学の動きが遅く、予定調和の中で物事が決まっていく大学が多い」という指摘は、大学組織特有の意思決定構造の課題を示唆しています。
また、本研究会の価値として、越境的な学びの場という点があります。他大学の教職員との対話や情報交換は、自大学の課題を相対化し、新たな視点を得る機会となっているという指摘がありました。「職員のみ」「教員のみ」という従来の枠を超えた対話の機会は、教職協働の実質化に向けた契機を提供しているといえそうです。
本研究会は、個別大学の課題を超えて高等教育全体の質向上を考える場になることを期待してこれまで公開研究会の開催を続けてきました。今後は、より実践的な課題解決の場としての機能強化とともに、高等教育の未来像を共に描く対話の場としての発展を進めていきたいと考えています。
リーダーシップ研究会は、多くの方々に支えられて、これまで続けられています。ご支援いただいている皆様に深くお礼申し上げます。
本研究はJSPS科研費 基盤研究(C)の助成を受けたものです(「教学マネジメントにおける学部長等のミドルリーダーシップ研究」(代表:山本啓一))