波照間島の個体数

Sawada A (2022) Estimation of population size and sex ratio of Ryukyu Scops Owl Otus elegans on Hateruma Island. Ornithological Science, 21, 245 – 251 論文

波照間島にいるリュウキュウコノハズクの個体数と性比についての研究です。

サイト占有モデルと標識再捕獲法と呼ばれる手法を用いました。

波照間島のリュウキュウコノハズクの個体数が約150個体で、オスがメスよりも多くいることがわかりました。

目次

なぜ生物の個体数を調べるのか

個体数は基礎的にも応用的にも重要な生物に関する情報です。

例えば基礎手な生態学の観点では、ある地域の個体数が増えると縄張り争いが激しくなると考えられます。

そうするとその動物は縄張り争いに勝てるように進化をするかもしれません。

つまり、個体数を調べることはその生き物の生態や進化の仕組みを解明することにつながるのです。

そうした基礎情報は例えば、希少種では保護に、害虫では対策に利用され、私たちの生活に役立つこともあります。

コノハズクの仲間の個体数データ

コノハズクの仲間(Otus属のフクロウ)は世界中に分布しています。

特に熱帯、亜熱帯の島嶼部に分布するものが多く、島や地域で異なる種や亜種が生息しています。

明らかにそうした地域はアクセスが悪いですし、夜行性で調査がしにくいというのもあり、

コノハズクの仲間の多くについて、基礎的な生態の情報はありません

個体数の情報もほとんどありません。

リュウキュウコノハズクは最も研究されているコノハズクの仲間

リュウキュウコノハズクは国内では奄美、沖縄の島々、国外では台湾ランユウ島やフィリピン北部の島々に分布します

ランユウ島では1980年代からおそらく2000年代まで、台湾の研究チームが調査を行っています。

南大東島では2002年から、沖縄本島では2016年から、波照間島では2021年から私の所属する研究チームが調査を行っています。

沖縄本島では2006年から2008年にも、北海道大学の研究チームが調査を行っています。

奄美大島では2017年頃に、東京大学の研究チームが調査を行っています。

そのほか南西諸島の多くの島で短期的な調査が行われています※。

1つの種のなかでここまでたくさんの個体群について調査がなされているコノハズクの仲間は他にいないはずです。

同じ種のなかでさまざまなデータがあれば、それらを比較することで色々な発見をすることが出来ます


※沖ノ島(福岡県)、中之島(トカラ)、加計呂麻島、請島、与路島、徳之島、伊平屋島、伊是名島、屋我地島、阿嘉島、慶留間島、座間味島、久米島、宮古島、伊良部島、石垣島、小浜島、竹富島、西表島、与那国島

波照間のリュウキュウコノハズクの個体数を知りたい

これまでに南大東島のリュウキュウコノハズクについては詳細な個体数が調べられています。

波照間島の個体数を明らかにできれば南大東島の個体数と比較を行うことが出来ます。

共通点や相違点を島の自然史の違いと照らし合わせることで、そうした共通点や相違点がもたらされる要因を考えることが出来ます

さらに、私の研究テーマは近親交配です。

近親交配の起きやすさは個体数に依存すると考えられます。

なぜなら、小さい集団ほど血縁者がと出会いやすいはずだからです。

波照間のリュウキュウコノハズクで近親交配の研究を進めるにあたって、個体数の情報は絶対に明らかにしておくべき基礎情報なのです。

個体数を調べる方法:標識再捕獲

ではどうやって個体数を調べるか?

波照間のような小さな島での調査の場合、一番簡単な方法は地道に数えるという方法です。小さな島なので、「頑張れば」これも無理ではないかもしれません。

しかし、この方法では間違いなく「見落とし」があるので、数えた数は実際の個体数より小さくなります

そのため、学術調査ではしばしば標識再捕獲という手法を用いて、正確な個体数の推定を試みます。基本原理は次のようになります。

・個体を捕獲して、標識して逃がす

・再び個体を捕獲して、標識済み個体の割合を記録する

・この割合をもとに捕まらなかった個体の数を考慮して全個体数を推定する

※実際の研究で用いられる標識再捕獲法はもっともっと複雑です。

標識再捕獲の原理のイメージ図。たとえば、はじめに6個体を標識して逃がし、再び同じように捕獲を実施し、再捕獲個体の4分の1が標識済みだったとします。この場合、最初の捕獲では全体の4分の1を捕まえていたと考えられます。ゆえに、最初の標識個体数6を4倍した24 個体が全個体数の推定値となります。

波照間島での標識再捕獲調査

標識ステップ

2021年7月、8月に島全体を対象に、リュウキュウコノハズクの捕獲を行いました。

その結果、92個体を標識しました。

さらに2013年に標識された2個体を見つけました。

再捕獲ステップ

9月上旬に3夜連続で島全体を自転車で周りながら、標識済み94個体と未標識個体を記録していきました。未標識個体でも、同じ場所にいて同じ声であることが確認できれば、同じ個体としました。

なお、足環に色がついているので再「視認」だけでも再「捕獲」に相当するデータを得られます。


※一連の調査は林の外側の路上で行いました。島で大切にされている場所に立ち入ることがないよう注意を心がけました。

※解析経験のある方なら理解いただけると思いますが、3夜連続という短い期間で行うことには、解析において閉鎖系個体群であることを仮定できて解析を単純化できてるという強い利点があります。

島のすべての林をチェックするように調査ルートを設けることで、島の全個体を調査対象とすることが出来ます。西表島ややんばる地域など立ち入れない深い森がある場所ではできない、小さい島ならではの調査です。

行列を用いたデータの表現(読み飛ばし可)

標識再捕獲(今回は再視認ですが)の記録を統計解析するにあたって、まずはデータを行列の形で整理しました。

行列とは数字を並べたもので、表みたいなものです。

今回9月に行った「再捕獲」調査の時点では未標識個体を含めて134個体(オス91個体、メス43個体)を確認できましたので、調査結果は図のような134行3列の行列になります。

3夜連続で行った調査のj回目の夜において個体iが、

・確認されればこの行列のi行j列目は1

・確認されなければこの行列のi行j列目は0

となっています。

※1と0は実際のデータではなく例として与えた適当な値です

サイト占有モデルでの解析(読み飛ばし可)

上の調査で得たデータをデータ拡大とサイト占有モデルという統計学の手法を用いて解析することで、波照間島内のリュウキュウコノハズクの個体数を推定しました。

原理は以下のようになります。

まず、T回の調査で全S個体を記録したとします。

今回の場合はT=3でS=134になります。

ここでデータ拡大として、実際の再視認の記録をまとめた行列(図の緑部分)の下にさらに、0で埋め尽くされたL行の行列、つまりゼロ行列(図のオレンジ部分)を付け加えます。

これによりM行T列の行列を作ります(M=S+Lです)。

このとき、Lの値としては、実際の個体数よりも十分大きな数値を適当に与えます。

今回の研究ではL=300としました。

このデータ拡大は、実際に確認された個体の再視認記録に、適当な個体数の仮想的な個体の再視認記録を付け加えているという意味があります。



黒字のL, M, S, Tは調査や解析の仮定で決まる定数です(今回はL = 300, M = 434, S = 134, T = 3)。赤字のn, ω, Nが求めたい未知数です。

こうすることで、L行のうち一部の行は、実際に島の中に生息しているけれど、T回の調査では見つからなかった個体の再視認記録に相当することになります(図のn個体)。

それにより、島全体の個体数Nを推定したいという課題は、M個体に占める実際の個体の割合ωを推定する課題に置き替えられることになります。

ωを推定することが出来れば個体数NはMωとして求めることが出来るからです。


今回の研究では確率的プログラミング言語Stanと統計ソフトRを用いて、上で用意した行列データを解析し、個体数Nの推定を行いました。


研究者でご興味を持たれた方は以下二つの文献をご参照ください。

Kéry M & Schaub M (2012) Estimation of the size of a closed population from capture-recapture data. In: Kéry M & Schaub M (eds) Bayesian Population Analysis using WinBUGS. pp 133–170. Academic Press, London, U.K.

Royle JA, Dorazio RM & Link WA (2007) Analysis of multinomial models with unknown index using data augmentation. J Comput Graph Stat 16: 67–85.

波照間島のリュウキュウコノハズクの個体数

解析の結果、波照間島のリュウキュウコノハズクの個体数は、

オス97個体

メス58個体

合計155個体

と推定されました。

全個体に占めるオスの割合は63%で、オスがメスよりも多いことがわかりました。

これらは個体数の推定結果(個体数Nの事後分布という)を表す図で、ヒストグラムとよばれるグラフです。緑色の棒の高さ(縦軸)は、個体数(横軸)が各値である確率の大きさを表します。例えば左の図の場合、オスの個体数が90~95個体である確率は約0.5、すなわち約50%であるというように読み取ります。縦線はそれらの確率全体をふまえた、平均的な個体数の位置を示します。

この結果から考えられること

個体数について

波照間島のリュウキュウコノハズクは小さな島に高密度で暮していることがわかりました。

琉球の島々でリュウキュウコノハズク、アオバズク、オオコノハズクの分布状況をしたべた研究の中で、八重山諸島のリュウキュウコノハズクは鳴き声に対する反応が他の地域よりも激しいことが示唆されています※。

その研究では熾烈な縄張り争いが原因の一つと考察されていますが、これまで八重山のリュウキュウコノハズクの生息密度のデータがなかったのでそれ以上踏み込んがことは言えない状況でした。

今回の研究で波照間(八重山の中の1つ)での個体数のデータを与えたことは、今後の研究発展に貢献できたと言えます。


※伊藤はるか (2018) 琉球列島における小型フクロウ類 3 種の分布特性. In: 島の鳥類学―南西諸島の鳥をめぐる自然史―. 高木, 水田 編, 海游舎 東京, pp 97–111


性比について

オスが多い理由については、いくつか可能性が考えられますが、現段階でははっきりとしたことは分かりません。

具体的には

・もともとメスの生まれる数が少ないから(出生性比の歪み)

・メスが死んでしまうから(生存率の性差)

・メスが島を出ていくから(移出入率の性差)

などが考えられますが、今後の検証が必要です。


南の島に暮らすフクロウでここまで丁寧に個体数を調べた研究は少ないため、今回の結果は世界的にも重要な情報になります。

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