頭骨の形

Sawada A, Yamasaki T, Iwami Y and Takagi M (2018) Distinctive Features of the Skull of the Ryukyu Scops Owl from Minami-Daito Island, revealed by computed tomography scanning. Ornithological Science, 17, 45-54 論文

動物たちの体は彼らの生態や進化の歴史を反映したつくりをしています。

ゆえに、生き物の「形態」を調べることはその生き物の「生態」や「起源」を調べることになります。

生物学者はこうした研究を行うときに、しばしば島の生物に着目します。

研究上のメリットがたくさんあるからです。

ここで説明する論文では、南西諸島のリュウキュウコノハズクの頭骨の形を調べました。

その結果、南大東島のリュウキュウコノハズク(亜種ダイトウコノハズク)は他の島のリュウキュウコノハズク(亜種リュウキュウコノハズク)と比べて異なる頭骨の特徴をもつことがわかりました。

一言で述べると「小さくて前後方向に短い」ということがわかりました。

これまで知られていなかった特徴で、南西諸島のリュウキュウコノハズクの進化を考えるうえで役立つ情報となりました。

この研究では、博物館標本を用いている、幾何学的形態計測という手法を用いている、という特色もあります。

目次

生き物の形態

生き物は実に様々な姿かたちをしています。

こうした生き物のかたちのことを「形態」といいます。

生物の形態はそれぞれの生物の生態や進化の歴史を反映しています。

例えば、鳥の翼やトンボの翅は空を飛ぶという生態に応じた形態ですし、

サルと私たち人間が似たような体の形をしているのは、共通の祖先から進化してきた歴史があるからです。

ゆえに、生物学者は生き物の「形態」を調べることで、生き物の「生態」や「起源」に関する謎を解明しようとします。

島での研究

島は進化の実験場とも呼ばれ、古くから島の生物は研究材料として着目されてきました。

島がこうした扱いを受ける理由は次のような島の特徴にあります

1.大陸と違って明確な境界がある

周囲を海に囲まれており「陸地はここからここまで」という明確な境界がある点が島の特徴です。

この特徴により島の生物は基本的に他の陸地から切り離された集団となるため、出生から死亡にいたるあらゆるイベントが島のうえで完結します。

研究者は小さな島をくまなく調査することで、研究対象のすべてを調査対象下におくことすら不可能ではないのです。

生態系が単純である

他の陸地から切り離されることやその小ささにより、島に暮らす生物の種数は少なくなり、島の生態系は単純になる傾向があります。

この特徴により研究者は生物種間の関係を容易に調べることができます。

3.島はいくつもある

島はたくさんあるので研究の反復や比較を行なえるという特徴があります。

ある島で証明された仮説が別の島でも証明されれば、その仮説の正しさをより確かなものにすることが出来ます。

もし、別の島で仮説が成り立たないときは、島の違いをもとに仮説を発展させるチャンスとなります。

南西諸島のリュウキュウコノハズク

今回の研究は島の生物の形態の研究として、リュウキュウコノハズクの骨格に関する研究を行いました。

その背景には、南西諸島に生息するリュウキュウコノハズクは2つの方法で分けられるという事実がありました(詳細は下の通り)。

1.従来の亜種分類による分け方

リュウキュウコノハズク(学名Otus elegans)は世界的には4つの亜種に分けられています。

そのうち日本の南西諸島に分布するのが亜種リュウキュウコノハズクと亜種ダイトウコノハズクです。

この亜種区分は、生息域と外部形態(体の大きさや羽の色)の特徴にもとづいています。

2.遺伝子解析による分け方

近年の日本の鳥の遺伝子解析を行ったSaitoh et al. 2015で、

南西諸島のリュウキュウコノハズクのCOIという遺伝子には種レベルで異なる2つのタイプ、北系統と南系統が存在することが示されました。

沖縄本島と宮古島の間にある海中の谷間をケラマ海裂といい、

ケラマ海裂より北側の島々の個体はほぼ北系統で、南側に島々の個体はほぼ南系統です。

日本国内のリュウキュウコノハズクの亜種区分と遺伝子による区分。およびそれらによって分けられる3つのグループ

標本の利用

今回の研究は、リュウキュウコノハズクの骨格を調べるにあたって博物館標本を利用した点に特徴があります。

博物館や研究施設には一般には公開されないものの保管し続けられているたくさんの生物の標本があります。

近年、こうした標本の中から新種が発見されたり、100年以上前のものからDNAを取り出したりする研究が行われ、標本の価値が再認識されています。

今回私は山階鳥類研究所と国立科学博物館の標本を用いました。

古いものは80年以上前の折居彪二郎(おりいひょうじろう)が採集したものも含まれました。

折居彪二郎は著名な鳥獣標本採集家で、種名にオリイの名前が付けられた動物が多くいます。

CTスキャン

標本を用いて頭骨の形態を記述するにあたってX線CTスキャン(X-ray computed tomography scanning)を用いました。

病院の検査で使われるCTスキャンと本質的に同じもので、

検査対象を傷つけることなく体内を輪切りにしたような画像を撮影します。

スキャンで得られた沢山の断面図をコンピュータ上で並べて合成することで、内部構造をコンピュータ上で再構成することができます。

その再構成したモデルはコンピュータ上での形態計測に用いることができます。

CTスキャンを用いれば検査対称を壊さなくても内部構造を知ることが出来るので、

化石や剥製など貴重な標本の内部データを取得するために利用されることが増えています。

幾何学的形態計測

生物の形態を調べる学問は形態計測学(morphometrics)といいます。

形態計測には伝統的(traditional)なものと幾何学的(geometric) なものがあります。

ある植物の葉の形を調べる場合を例として、両者の違いを説明します。

1.伝統的形態計測

この形態計測では、対象の長さや面積、体積などを記録することで対象の形を捉えようとします。

葉っぱの例で言えば、葉の縦の長さと横の長さを記録するというような方法です。

2.幾何学的形態計測

この形態計測では、対象の空間座標を記録することで対象の形を捉えようとします。

葉っぱの例で言えば、葉っぱの縁上で葉脈の端点の位置の座標を記録するというような方法です。

ここで注目すべき点は

点の座標があれば点間の長さは計算できるが、点間の長さからは必ずしも点の座標を計算できない点です

つまり、幾何学的形態計測で得られる空間座標のデータには、伝統的形態計測で得られる長さのデータよりも、多くの形態に関する情報が含まれています

ただ、幾何学的形態計測の欠点はデータをとるのが、伝統的形態計測にくらべて難しい点です。

外で捕まえた鳥の脚の長さを測る(伝統的形態計測)のは簡単ですが、

脚の骨の端の座標を記録する(幾何学的形態計測)のは困難です。

しかし、今は撮影からコンピュータグラフィックに至るまで様々な技術が発展していますので、

例えば、写真から簡単に座標情報を抽出することもできます。

こうした事情から、現代では幾何学的形態計測が利用される場面がますます増えています

大きさと形状

解析や結果の詳細に入る前にあらかじめ抑えておくべき概念として「大きさ(size)」と「形状(shape)」があります。

幾何学的形態測定では生き物の形のデータは、かたちの情報と大きさの情報の二つの成分でできていると考えます。

これは例は簡単な図形で考えるとわかりやすいです。

例えば、三角形でもいろいろありますが図上段の黄色三角形のようなものは「大きさが違う」と表現します。一方、図下段の青色三角形のようなものは「形状が違う」と表現します。

つまり、全体の拡大縮小で得られる変化が「大きさ」の変化で、辺の長さや角度を変えることで得られる変化が「形状」の変化です。

言い方を変えると、拡大縮小によって「大きさ」をそろえた後に残る違いが「形状」の違いです。

プロクラステス解析

幾何学的形態計測でもっとも基本的な解析はプロクラステス解析というものです。

これはいろいろな条件で得られた座標データを互いに比較できるように「揃える」ための下処理のようなものです。

例えば100個の剥製をCT撮影する場合、どんなに気をつかったとしても撮影時の標本のおき方を完璧にそろえることは不可能です。

それなので、得られた座標データには、撮影時のおき方に由来する位置のずれや回転の情報が含まれています。

プロクラステス解析を行うことでこうした情報を数学的に「補正」することができます。

このとき、位置のずれ、回転に加えて、大きさに関する調整も行います。

したがってプロクラステス解析は、

元の座標データに含まれる情報を「位置」、「回転」、「大きさ」、「形状」の情報に分解する方法と言えます。

主成分分析

形態学では生物の形態を統計的にとらえるために主成分分析(Principal component analysis; PCA)と呼ばれる統計手法をよく用います。

この方法は圧縮、縮約、次元削減などとも呼ばれており、複雑なデータをより簡単なデータに表現(変換)する方法ともいえます。

例えば、ある学年の1組と2組の全生徒100人の、5教科(国語、英語、社会、理科、数学)のテストの点数のデータがあり、点数の傾向をつかみたいとします。

このとき各生徒のデータはそれぞれの教科の点数を表す5つの数字で表現されます。

主成分分析では、これらの5数字をうまく足し合わせることで新しい「点数」をつくります。

この新しい点数は「第〇主成分」とよばれます

例えば、

第1主成分=国語の点数+英語の点数+社会の点数

第2主成分=理科の点数+数学の点数

という感じです。

これにより各生徒のデータは第1主成分(PC1という)と第2主成分(PC2という)の点数を表す2つの数字で表現されることになります。

こうすることで、各生徒は第1主成分と第2主成分に関する座標平面上に一つの点として表現できることになるので、生徒の得点の傾向が視覚的につかみやすくなります。

もとのデータが5教科の点数に対応する5つの数字で表される5次元データだったのに対し、

主成分分析を行った後のデータは第1主成分と第2主成分の点数に対応すえう2つの数字で表される2次元データになっています。

このようにデータの次元を減らすので次元削減とも呼ばれるわけです。

一方、足し合わせている得点の中身をみると第1主成分は文系科目の点数を、第2主成分は理系科目の点数を表しているように見えます。

したがって、第1主成分は文系力、第2主成分は理系力を表していると解釈でき、点数の傾向をより解釈しやすくなります。

テストの点数のデータに主成分分析を行う例。元のデータは100行5列のデータ(5次元データ)ですが、主成分分析の次元を減らす働きにより、変換後のデータは100行2列のデータ(2次元データ)に変換されます。それにより、各生徒のデータは第1主成分(PC1)と第2主成分(PC2)の作る2次元空間、つまり平面上に一つ一つの点として表すことが出来ます。

この図の中で明らかな点の集まりがみつかれば、それは生徒の得点の傾向と解釈できます。例えば、1組の生徒を黄色、2組の生徒を青色の点として、図のような傾向が見いだせれた場合は、1組と2組の生徒の特異な科目の違いを読み取ることが出来ます。

PC1は文系科目の点数の合計、PC2は理系科目の点数の合計だったので、PC1が大きくPC2の小さい2組(青点)の生徒は、文系に強いと解釈できます。

幾何学的形態計測で用いる主成分分析では、上の例の5教科の点数が座標の数値になります。

例えば、100人分の顔データとして、それぞれの人から両目、両耳、鼻、口の4か所の空間座標をデータを集めた場合は、

各か所の座標は3つの数字で表されているので、4か所×3で12個の数値でそれぞれの人のデータは表されます。

この100行12列の表は、主成分分析にかけることで、例えば100行2列の表に変換されます。

リュウキュウコノハズクの幾何学的形態計測

この研究ではリュウキュウコノハズクの形態を解析するために幾何学的形態計測の方法を用いました。

山階鳥類研究所と国立科学博物館で28個体の剥製をCTスキャンで撮影し、

CTデータをもとにコンピュータ上再現した頭骨から、座標のデータを取得しました。

このとき、座標を取得した点は全個体に共通して存在する頭骨上の16個の点(嘴の先端や、特定の骨の端点など)です。

なお、こうした点は幾何学的形態計測においてランドマーク(landmark、目印)と呼ばれるので、幾何学的形態計測で行う解析はランドマーク解析とも呼ばれます。

今回の研究では

「北系統の亜種ダイトウコノハズク」

「北系統の亜種リュウキュウコノハズク」

「南系統の亜種リュウキュウコノハズク」

という3つのグループで骨格違いがあるかどうかを調べてみました。

ランドマークは1、2、3(左右)、…、9(左右)の16か所。図は論文より。

結果:大きさの違い

3つのグループの間で大きさに違いがあり、

「北系統・亜種ダイトウ」はその他の2グループよりも小さい頭を持つことがわかりました。

なおここで比較された頭の大きさ(図の縦軸)は、幾何学的形態計測において重心サイズ(Centroid size)と呼ばれるもので、数値が大きいほど大きいことを意味しています。

上述のプロクラステス解析を行う際に、大きさの情報として得られる数値です。

正確な表現ではないですがイメージとしては、頭の中心から頭の部分までの長さの平均値のようなものです。

それなので単位が長さの単位mmとなっています。


黒:北系統・亜種ダイトウ、黄:北系統・亜種リュウキュウ、青:南系統・亜種リュウキュウ。

結果:形状の違い

3つのグループの間で形状に違いがあり、

「北系統・亜種ダイトウ」はその他の2グループよりも短い頭を持つことがわかりました。

この結果は、主成分分析の結果からわかりました。

頭骨の各パーツの位置を表す座標データをプロクラステス解析にかけて得られた、位置、回転、大きさを補正した座標データ(つまり形状のデータ)を主成分分析にかけました。

その第1主成分と第2主成分で作った座標平面上に、1個体1個体を点として書き込むと、「北系統・亜種ダイトウ」のグループが平面に、他の2グループが右側に位置していました。

つまり、「北系統・亜種ダイトウ」は第1主成分について小さい値を持つことがわかりました。

その後、第1主成分が小さな値になる頭の形状と大きな値になる形状をコンピュータ上で再現すると、第1主成分の値の違いは頭の長さを表していることがわかりました。

したがって「北系統・亜種ダイトウ」はよりも頭が短いという結論にいたりました。

黒:北系統・亜種ダイトウ、黄:北系統・亜種リュウキュウ、青:南系統・亜種リュウキュウ。

なぜ「北系統・亜種ダイトウ」の頭は小さく短いのか?

南大東島は他のから隔離された絶海の孤島の小さな集団す。

ゆえに、専門用語でいうところの創始者効果や選択圧が「小さく短い」という形態的特徴を生み出した要因かもしれません

創始者効果で考えるシナリオは、今の「北系統・亜種ダイトウ」の祖先にあたる「最初に南大東島に初めに定着した個体」が小さく短い頭をもっていたせいで、それが受け継がれて今も小さく短い頭をもっている可能性です。

選択圧で考えるシナリオは、なんらかの理由で小さく短い頭の個体が生存や繁殖で有利になっていてるせいで、小さく短い頭を持つように進化した可能性です。

残念ながらこの研究自体からはなぜ南大東島では小さく短い頭を持つのかの答えをだすことはできません。

ですが、違いが見出されたことによってこれらの二つの可能性のような、今後調べるべき新たな研究テーマや仮説が生まれます

上の2のの可能性の検証は今後行っていく予定です。

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