南大東島の個体数

Sawada A, Iwasaki T, Inoue C, Nakaoka K, Nakanishi T, Sawada J, Aso N, Nagai S, Ono H, Takagi M (2021) Missing piece of top predator‐based conservation: Demographic analysis of an owl population on a remote subtropical island. Population Ecology, 63, 204-218 論文 プレスリリース バードリサーチでの解説 記事(琉球新報) 記事(八重山毎日新聞)

フクロウの仲間は寒い地域や大陸の鳥というイメージが強いようですが、実際には大部分の種が島や熱帯に分布しています。

しかし,島嶼域や熱帯域へのアクセスの悪さやフクロウの夜行性という性質が、それらの地域での調査や研究,科学的知見に基づいた保全活動を妨げています。

特定の島の固有種や熱帯雨林の奥地に生息する種も多く,それらは人知れず絶滅の危機に瀕している恐れがあります。

この研究では,亜熱帯島嶼である南西諸島に生息するリュウキュウコノハズクについて,長期にわたる様々な生態データをもとに個体群動態(個体数、生存、出生など)を解析しました。

解析には2012~2018年の調査で得られた延べ2,526個体のデータが用いられました。

その結果,メスの生存率がオスよりもわずかに低く,メスの個体数はオスより少ないこともわかりました。

全体の個体数は減少傾向にあり,個体数の減少がメスの生存率の低さの影響を受けていることもわかりました。

メスの個体数減少の主要因は,人為移入されたネコとイタチによる繁殖期のメスの捕食と考えられ,今後の対策の必要性が明らかになりました。

今回の研究成果は,情報の少ない非温帯島嶼域のフクロウ科の中では最も詳細な個体群動態に関するものです。

今後の島嶼域や熱帯域のフクロウ研究における基盤となり,世界のフクロウ保護に大きく貢献することが期待されます。

フクロウは意外と熱帯や島に多い鳥

皆さんはフクロウと聞くとどこをイメージするでしょうか?

私の身の回りではハリーポッター(ヘドウィグは種としてはシロフクロウと呼ばれるフクロウです)などの影響で、フクロウは大陸の寒い地域の鳥と考える方が多かったです。

沖縄での調査中にフクロウを調べていると「沖縄にもフクロウいるの!?」と言われることもしばしばあります。

しかし、世界に200種前後いるとされるフクロウの多くの種類は、島嶼(とうしょ)域や熱帯・亜熱帯に生息しています。

※島嶼:島や島々のこと。

熱帯島嶼性フクロウの危うさ

島嶼(とうしょ)や熱帯・亜熱帯のフクロウは絶滅のリスクにさらされています。

そもそもの注目度の低さに加えて、島嶼域や熱帯域へのアクセスの悪さやフクロウの夜行性という性質が、調査や科学的知見に基づいた保全活動を妨げからです。

フクロウは自分では巣をつくらずに大木の樹洞で子育てを行うので、森林破壊の影響も強く受けます

特定の島の固有種や深い熱帯雨林に生息する種も多く,人知れず絶滅の危機に瀕している恐れがあります。

例えばマスカレン諸島のモーリシャスフクロウ(Mauritias owl)は、1800年代に絶滅しました。

原因は人間の入植による生息地の破壊、人間が持ち込んだ哺乳類による捕食被害、狩猟と考えられています。

このフクロウはコノハズクの仲間としては異様に大きな体を持つことが特徴です。

島の環境に適応して進化した結果と考えられており、生物学的にも重要な種といえます。

しかし、残念なことに現在はわずかの骨と絵しか残っていません。

個体群動態解析

一つ種の生物の集団のことを個体群といい、その個体群の個体数の変動を「個体群動態」といいます。

保全の目的は絶滅を防ぐこと、すなわち個体数の変化を把握して、個体数がゼロにならないようにするです。

したがって、保全研究において個体群動態解析は欠かせない仕事と言えます。

推定と95%信用区間

個体群動態解析は統計手法の1つで、個体数、生存率、出生数などの未知な値を統計学的に求めます。

統計学においてこのように未知な値を求めることは「推定」といわれます。

推定という言葉からわかるように、「推定」には「だいたいこれくらい」というような不確実性が伴います。

統計学ではこの不確実性を「だいたい」のような言葉ではなく数字で表現します。

95%信用区間はこの推定に伴う不確実性を表現する方法の1つです。

例えば個体数を推定した結果が、「平均値が150個体、95%信用区間が140個体から160個体」という場合、

「個体数はおよそ150個体で、ちょうど100個体ではなくても95%の確率で140個体から160個体である」という解釈を行います。

推定値に幅を持たせる方法ということになります。

「推定」の結果はしばしばこのような山形の図で表現されます。横軸は推定したもの(ここでは個体数)、縦軸は確率(推定値に確からしさ)です。図中の点線矢印のように「個体数がnである確率はp」という見方をします。この図において、両端の濃い緑の部分は山全体の面積のそれぞれ2.5%(足して5%)を占めるようにしてあり、真ん中の薄緑の部分は山全体の面積の95%を占めるようにしてあります。このとき薄緑の部分に該当する個体数の範囲(図の両矢印の部分)が、個体数の推定値の「95%信用区間」になります。

モデルとしてのリュウキュウコノハズク

リュウキュウコノハズクは亜熱帯の南西諸島から熱帯のフィリピンにかけて生息しています。

典型的な熱帯島嶼性のフクロウです。

1980年代から2000年代にかけては台湾の研究グループがランユウ島という所で本種の研究を行い、

2002年からは私たちの研究グループが南西諸島の島々で研究を続けています。

リュウキュウコノハズクは熱帯島嶼性フクロウのなかでは最も多くの研究がされている種といえます。

特に南大東島では毎年徹底した足環による標識と、繁殖の記録を続けています。

それにより、個体数の変動に関する詳細な解析(個体群動態解析)が行えるほどのデータが蓄積されています。

この研究では南大東島の2012~2018年の調査で得られた延べ2,526個体のデータを用いました

ここでの分布と分類はIOC World Bird listに準拠しています。

統合個体群モデル

個体群動態解析の手法の一つに統合個体群モデル(Integrated Population Model)と呼ばれるものがあります。

この解析手法では、個体数を数えたデータだけでなく、個体の生存記録や、出生数、性別などのデータを同時に解析します。

個体数の変動は、個体がどれだけ生まれるかとか、個体がどれだけ生き残るかなどのバランスで決まるので、これらの個体数の変動に影響するすべての過程を解析することで、統計的によい推定結果を得られるわけです。

今回の研究では、

・生存に関するプロセス

・性別に関するプロセス

・出生に関するプロセス

・個体数に関するプロセス

を同時に解析する統合個体群モデルを用いて、上述の南大東島の2012~2018年の調査で得られた延べ2,526個体のデータ、を解析しました。

今回の研究で用いた統合個体群モデルの概要。〇で囲まれたものが推定したい値、□で囲まれたものが実際のデータ。矢印はその関係性を示している。例えば、個体の生存率と調査における発見率によって、生存の記録のデータが左右される。

結果:個体数

まず一番大事な結果として、2012年から2018年の平均として、南大東島の個体数は雌雄あわせて約570個体(95%信用区間:540個体から606個体)ということがわかりました。

性別で分けると個体数は以下の通りでした。

オス:297個体(95%信用区間:282個体から314個体)

メス273個体(95%信用区間:247個体から306個体)

さらに年により個体数が変動していることもわかりました。

各年の雌雄あわせての個体数は以下の通りでした。

・2012年:667個体(95%信用区間:442個体から837個体)

・2013年:約602個体(95%信用区間:551個体から663個体)

・2014年:約549個体(95%信用区間:503個体から602個体)

・2015年:約535個体(95%信用区間:492個体から586個体)

・2016年:約643個体(95%信用区間:598個体から697個体)

・2017年:約552個体(95%信用区間:519個体から599個体)

・2018年:約540個体(95%信用区間:500個体から590個体)

※図はこの数値をグラフにしているだけです

点が個体数推定値の平均で、線はそれを結んだもの。緑色の領域は推定値に95%信用区間(つまり、個体数の値は95%の確率でこの緑色の範囲にある)

結果:性比

個体数の推定値から得られる結果として性比があります。

すなわち全個体に占めるオス個体の割合です。

(もちろんメス個体の割合としてもいいですが、性比はオス個体の割合で表現するのが通例です。)

2012年から2018年の平均として、性比の推定値は以下のようになりました。

ヒナの性比が51% (95%信用区間:47%から56%) 

1歳以上の成鳥個体の性比が52% (95%信用区間:49%から55%)

ヒナから成鳥になるにかけてほんの数%ですがオスが多くなるという推定結果でした。

結果:生存率

この研究では、生存率を「1年間死なずに生き残る確率」として求めました。

オス成鳥の年間生存率は74%メス成鳥の年間生存率は73%と推定されました。

有意な性差はみられないものの、メスの生存率はオスの生存率よりも1%小さいという結果になりました。

結果:出生数

この研究では、出生数を「繁殖に至った一羽のメスが一度の繁殖で巣立たせるヒナの数」としました。

その結果、2012年から2018年の平均としては出生数は約2.26個体(95%信用区間:2.15から2.36)で、年による変動も比較的小さいという結果になりました。

ここで注意すべき点は、「一羽のメスが一度の繁殖で巣立たせるヒナの数」ではなく「繁殖に至った一羽のメスが一度の繁殖で巣立たせるヒナの数」として計算している点です。

今回の結果は、年による出生数の年変動が小さいことは示しても、集団全体で巣立つヒナの数の年変動が小さいことは意味していません。

「繁殖に至る」ことのできるメスの数が年によって異なる可能性があるからです。

結果:個体群成長率

この研究では、ある年の個体群成長率を「ある年の個体数が前年の個体数の何倍か」としました。

すなわち次のような解釈ができます。

個体群成長率が1より大きければ、個体数は増加している

・個体群成長率が1ならば、個体数は変化していない

・個体群成長率が1より小さければ、個体数は減少している

解析の結果、2012年から2018年にかけての個体群成長率の平均は0.98となり、個体数の若干の減少傾向が示されました。

さらにLifestage simulation analysisという解析をすることで、

メスの成長の生存率が下がると個体群成長率も下がる」という傾向があることがわかりました。

この結果は、メスの生存率の低下が個体数の減少をもたらしている可能性を示唆します。

ダイトウコノハズクの保護

ダイトウコノハズクは南大東島にしかいない絶滅危惧亜種です。

個体数の減少傾向を食い止めるためには、減少の理由をたつ必要があります。

つまり、メスの生存率の低下を抑えることが有効と考えらえれます。

ダイトウコノハズクは子育て中のメスやヒナがしばしば、猫やイタチに捕食されるので、この捕食被害の抑止が重要と思われます。

猫もイタチも人が島に持ち込んだ動物です。

南大東島にはもともとこうした肉食哺乳類がいなかったので、島の生き物は抵抗する術をもちません。

同じような原因で絶滅してしまった動物は世界の島々で数え切れないほどいます。

ダイトウコノハズクがその後を追うことがないように努めていきたいです。

捕食被害にあったダイトウコノハズク

当サイト内のすべての画像と文の転載はご遠慮ください。無許可の転載、複製、転用等は法律により罰せられます。All rights reserved. Unauthorized duplication is a violation of applicable laws. 本站內所有图文请勿转载. 未经许可不得转载使用,违者必究.