ヒナの成長
Sawada A, Akatani K, Takagi M (2021) Growth curves of Ryukyu Scops Owl nestlings, an owl species with asynchronous hatching and reversed sexual dimorphism. Ardea, 109, 1-13 論文
動物は成長する過程でいろいろな要因からの影響を受けます。
人間の場合、「きょうだい」の性別(つまり兄か姉か)が下の子の身体的特徴に影響しうることが知られています。
男女の体や性格の違いが「きょうだい」の関係に影響するからです。
しかし意外と野生動物でこのような現象を検証している例は多くありません。
ヒトは平均的に男性が女性よりも体が大きく力も強いですが、
動物の中には逆にメスの方が体が大きく力も強い種もいます。
こうした種では「きょうだい」の性別(つまり兄か姉か)が下の子に与える影響が人とは逆になっているかもしれません。
この論文は、このような点に興味をもち行った成長の研究をまとめたものです。
また、リュウキュウコノハズクの「成長曲線」を報告した点もこの論文のポイントです。
これによりリュウキュウコノハズクが孵化後にどのように成長するかが明らかになりました。
この情報は今後、我々のような生物学者だけでなく例えば獣医や動物園など様々な場面で応用できるものです。
※漢字の「兄弟」は性別の意味合いも含まれてしまうので、ここでは意図的に「きょうだい」(英語でのsibling)と平仮名表記しています
目次
成長
動物の成長の仕方は、性、親の世話、餌の量、きょうだいとの競争など様々な要因で変化します。
その一方で体の大きさは、動物が生きていくうえでとても重要な要素でもあります。
例えば、体が大きければ争いに勝つことが出来るかもしれませんし、
体が大きければ異性にモテてたくさんの子孫を残すことが出来るかもしれません。
したがって、動物の体が成長する過程を調べることは生物学にとって大切な課題です。
非同時孵化
多くの鳥は一度に複数の卵を産みます。
それらが同じタイミングで孵化することを同時孵化、
異なるタイミングで孵化することを非同時孵化といいます。
非同時孵化では「きょうだい」の間に体格差が生じます。
早く孵化した上の子は遅く生まれた下の子よりも成長が進んでいて体が大きく力も強いので、
下の子は餌をめぐる競争で負けて発育不良に陥ったり死んでしまうこともあります。
上の子の存在が下の子の成長に影響を与えるわけです。
非同時孵化は「きょうだい」の間に色々な面で格差が生じてしまう
「きょうだい」の効果
ヒトでは上の子の存在が下の子の成長に影響は上の子の性別でかわることが知られています。
つまり、兄がいるのと姉がいるのとで下の子の成長の仕方が変わりうるということです。
その原因としては、男の方が体が大きいなどの生物学的なものから、(特定の時代や地域においては)息子が優遇されるなど文化的なものまでいろいろなものが提唱されています。
こうした現象はとても直感的にもわかりやすいにも関わらず、野生の鳥類における事例は意外と報告が多くありません。
猛禽類の事情
猛禽類ではメスがオスよりも大きい体をもつ傾向があります。
人間においてオスの体の大きさに起因した「きょうだい」の効果があるならば、
猛禽類においてはメスの体の大きさに起因した「きょうだい」の効果があるのでしょうか?
これがこの論文の研究を行うきっかけとなった疑問です。
成長曲線
生き物の成長の過程はしばしば成長曲線と呼ばれるグラフで表現されます。
成長曲線は横軸に年齢などの時間を、縦軸に身長や体重などの体の大きさをとり、成長の過程を描いた曲線です。
多くの場合、成長曲線は初期段階に急激に成長し、ある程度の段階から成長が弱まるような「S字」型の曲線になります。
初期段階での急激な成長は、体を作る細胞が分裂を繰り返して倍々で増えていくことをと考えればわかりやすいです。
成長曲線は次のような手順で求めることが出来ます。1.横軸に孵化してからの日にち、縦軸に体の大きさをとり、実際のデータをプロット。2.このプロットによくあてはまるような曲線を統計学的に推定
結果:リュウキュウコノハズクの成長
2004年から2008年の間に集められた99個体のデータをもとに、南大東島のリュウキュウコノハズクのヒナの体重、フショ長、翼長の成長曲線を求めました。
リュウキュウコノハズクは孵化後約30日で巣立ちます。成長曲線のグラフから、
体重もフショ長も巣立ちの頃には成長がほぼとまって、成鳥と同じサイズになっていることがわかりました。
翼長については巣立ちの段階ではまだ成長途中であることがわかりました。
※フショ:脚の骨の1つ
成長曲線の推定結果。a: 体重、b: フショ長、c: 翼長。点が実際のデータ、曲線が求めた成鳥曲線。
結果:リュウキュウコノハズクの「きょうだい」の効果
成長曲線を統計学的に解析することで色々な要因が成長に与える影響を調べることが出来ます。
リュウキュウコノハズクでは兄がいるか姉がいるかでフショの長さの成長の仕方に違いがあることがわかりました。
ただし、このきょうだいの効果は成長段階によって異なっていました。
すなわち
・孵化後から7日目くらいまで:兄がいるときに成長が良くなる
・7日目くらいから:姉がいるときに成長が良くなる
ということがわかりました。
これは兄がいるときの成長曲線と姉がいるときの成長曲線が交差していることから読み取れる結果です。
実線:姉がいるときの下の子の成長曲線。点線:兄がいるときの下の子の成長曲線。およそ7日のあたり(緑の縦線)のあたりを境にして、成長曲線の大小関係が逆転している。
この「きょうだい」の効果はどう解釈できるか?
成長段階によって「きょうだい」の効果が異なっていたので、
単純に「猛禽類はメスの方が大きいから姉がいると成長が悪くなる」というような解釈はできませんでした。
鳥のヒナは性ホルモンであるテストステロンの量で、きょうだいの力関係が変わることが知られています。
一般的にテストステロン量が多いヒナは攻撃的になります。
例えば、ある種の鳥では親鳥が一番下の子の卵にテストステロンを多めに入れておくことで、下の子が上の子に負けないようにしていると考えられています。
もしかすると、今回見出した複雑な「きょうだい」の効果も、兄と姉の単純な体の大きさの違いに加えて、ホルモン量を調べることで理解が深まるかもしれません。
※実際の論文中ではいろいろと考察をしていますが、専門的かつ複雑なのでこれ以上立ち入りません。
応用:栄養状態の推定
成長曲線を求めることには、動物の栄養状態を推定できるようになるという意義があります。
肥満状態にもなり得るペットを除き、動物では体重や体の大きさが大きいほど健康状態や栄養状態がよいと評価されることが一般的です。
成長曲線は各齢での平均的な体重や体の大きさを表しているので、着目している個体の体重や体の大きさが
・成長曲線で予想される値を上回っている⇒その個体は栄養状態がよい
・成長曲線で予想される値を下回っている⇒その個体は栄養状態がわるい
という判断ができるようになります。
こうした情報は生態学者が基礎研究として使うだけでなく、動物園の飼育員さんが日々の動物の健康チェックにも利用することが出来ます。
例えば、上野のパンダに関する成長曲線の記事が出てきました(2022/1/15アクセス)。
赤点の個体は、点が成長曲線より上に位置するので、体重が平均を上回る栄養状態のよい個体と判断できる。青点の個体はその逆で、点が成長曲線より下に位置するので、体重が平均を下回る栄養状態の悪い個体と判断できる。
応用:日齢の推定
成長曲線を求めることには、動物の齢を推定できるようになるという意義もあります。
1個体1個体を特徴づける情報として「齢」は非常に重要です。
しかし野生動物には戸籍も何もないので齢はなんらかの手段で推定するしかありません。
そこで役に立つのが成長曲線です。
ある動物の子どもの日齢を知りたいとします。
このとき、この動物の体重に関しての成長曲線があれば、日齢を知りたいこどもの体重を測って成長曲線のグラフに線を書き込むだけで日齢を逆算できるようになります。
※成長曲線は本来は「体重=f(齢)」のような数式で求められています。したがって、この数式の体重の部分に計測値を代入て得られる式「体重の計測値=f(年齢)」を、年齢に関する方程式として解くことで、年齢の推定値が得られます。
体重の計測値をMとすると、縦軸のMの位置から横に引いた矢印が成長曲線にぶつかるところで、矢印を下に引き、横軸にぶつかったところの値Tが齢の推定値になる。
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