[第二章]
首都から世界へ
繋がる列車
京成スカイライナー
時速160kmへの挑戦
京成スカイライナー
時速160kmへの挑戦
続いては、私鉄に限らずJRの特急列車にも多く見られる、『長距離の旅行客に速く快適な移動手段を提供するための有料特急』について見ていこう。今回紹介するのは、東京都心から成田空港までを結ぶ特急列車で、私鉄有料特急の最高峰ともいえる京成スカイライナーだ。京成スカイライナーは京成電鉄が運行する特急列車で、途中の成田スカイアクセス線内では時速160kmでの運転が行われる。160km/hを超えて走る列車は新幹線を除いて全国に他はなく、私鉄特急はもとより在来線最速の特急列車として名が高い。
日暮里~成田空港間を最速36分で結ぶ驚異的なスピードと、まるで新幹線のような流線型の車両デザインは、他に類を見ない高級感を醸し出している。
(京成電鉄の特急列車の停車駅)
京成上野駅を出発した列車は、日暮里・青砥を経て京成高砂駅まで京成本線を走行する。京成高砂駅を過ぎると成田スカイアクセス線に乗り入れ、下総台地をまっすぐ真東に突っ走る。途中の印旛日本医大駅を過ぎると列車は160km/hまで速度を上げ、あっという間に成田空港の第2ターミナルへ到着する。
高速バスやJRなどの競合会社が多い中で、スカイライナーはいかにして空港アクセスの筆頭としての地位を確立したのだろうか。国際空港から都心を結ぶ、いわば首都の顔ともいえる列車の現状と、その輝かしい歴史について見ていこう。
「スカイライナー」は京成電鉄で運行される特急列車のうち、空港アクセスに使われる最速達列車の愛称である。運行開始当初は京成本線回りで運転されていたが、2010年以降は新たに開業した成田スカイアクセス線を経由して運転されている。
以前は20分に1本という高頻度での運転が終日にわたって実施されていたが、コロナ禍による空港利用客の激減に伴い、現在は本数を半分に減らして運行されている。また、2020年には日本橋・羽田方面への乗換駅である青砥駅に一部の列車が停車するようになったが、それ以前はすべての列車が日暮里~成田空港間を
ノンストップで運転していた。
スカイライナーのほか、朝夕のラッシュ時には「モーニングライナー」「イブニングライナー」がそれぞれ京成本線を経由して運転されている。平日の運行本数は朝4本・夜7本で、約半分の列車は京成成田発着となる。主に通勤客向けに設定された列車で、スカイライナーと同一の車両を手頃な追加料金で利用することができる。
なお、京成電鉄には「アクセス特急」とよばれる種別があり、成田~羽田の間を直通しているが、こちらは追加料金が不要の列車である。
現在、京成電鉄では全ての特急列車にAE形列車が使用されている。AE形は2010年、成田スカイアクセス線の全通に合わせて登場した車両で、私鉄最速となる160km/hでの運転を実現している。
同様に160km/h運転を行っていた北越急行の特急はくたか号が北陸新幹線の開業に伴って2015年に廃止されると、AE形は在来線で唯一無二のスピードを誇る車両として君臨することとなった。
外装は「風」をテーマに設計され、最速達列車にふさわしい流線型のデザインが採用された。また、「凜」をテーマとした内装デザインでは、開放感のある高いドーム型の屋根を採用したほか、日本の伝統文化を踏まえて市松模様や藍染の色などを取り入れている。座席やトイレなどの設備にもこだわり、日本を代表する列車として快適な空間の演出が抜かりなく行われている。
国内の私鉄で唯一の160km/h運転を実施し、華々しい活躍をみせる京成スカイライナーであるが、そこには強力なライバルが存在することを忘れてはならない。JR東日本が運行する成田エクスプレス(NEX)だ。成田空港駅を出て約10kmの間は京成線の隣に敷かれた線路を走行し、その後JR成田線に入って東京方面へ向かう。
NEXに使用されるのは2009年に登場したE259系電車で、最高時速130km/hでの運転が行われている。しかし、JRの線路は京成線と比べてかなり遠回りであり、東京駅から成田空港までの所要時間も約50分と、その足の速さではスカイライナーに大きく差をつけられている。また、東京~成田間の運賃に関しても、NEXはスカイライナーより500円ほど割高であり、価格面でもスカイライナーに軍配が上がる。
一方、JRの最大の武器といえば、関東一帯に張り巡らされた広大な路線網だ。NEXの運行範囲は、渋谷・新宿・池袋などの副都心のほか、武蔵小杉・横浜・八王子・大宮といった郊外の主要都市にまで延びている。
(成田エクスプレスの直通範囲)
東京都心に限らず関東一帯から幅広く乗客を集められるのは、JRにのみ与えられた特権といって差し支えないだろう。
このように、路線自体の“短さ”を強みとする京成スカイライナーと、路線網の“広さ”を強みとするJRの成田エクスプレスは、その優劣について単純に比較することはできない。両列車にはそれぞれの得意とする客層があり、適度なライバル関係を維持しつつ、丁度良い棲み分けが行われているといえるだろう。
上野駅を出発したスカイライナーは、しばらく京成本線の線路を通った後、葛飾区の京成高砂駅から分岐して成田スカイアクセス線に入る。地図を見てみると、高砂から成田までをほぼ一直線に結んでおり、他の路線と比べてはるかに曲線が緩やかに見える。この線形の良さが、スカイライナーの速達性を支えているといっても過言ではないだろう。
成田国際空港の開港は1978年であるが、スカイアクセス線の全線開業は2010年と比較的新しい。京成電鉄は開港当初からスカイライナーと名の付くアクセス列車を運転していたが、当時のスカイライナーは京成本線経由で運転されており、東京~成田間は最速でも60分を要していた。
(スカイライナーの走行ルートと周辺の路線図)
スカイライナーの開業が遅れた要因の一つに、燻っていた新幹線計画の影響がある。開港当初、東京から成田までを新幹線で結ぶ計画があった。東京駅から東西線沿いを通って北東に進む計画で、距離的にはさほど無駄がなかったものの、市街地に新たな線路を敷く予定となったため、騒音問題などを案じた沿線住民から猛反発を受けてしまう。1983年の工事凍結、1987年の国鉄民営化などを経て、成田新幹線計画はとうとう白紙に戻された。
新たな高速アクセスの方法を模索するにあたり、白羽の矢が立ったのが現在のスカイアクセス線である。現・小室駅から東側は新幹線の計画ルートと重なるため、路盤や用地の一部を流用することができた。また、沿線では鉄道を主軸とした千葉ニュータウンの建設計画が進んでおり、開発を担当する宅地開発公団(現・UR都市機構)、さらには早期に鉄道の欲しかった沿線自治体とも利害が一致していた。しかし、計画を進める間にもバブル経済の崩壊など多くのアクシデントがあり、建設を進めるのは決して容易ではなかった。
成田スカイアクセス線が全通し、念願だった成田空港への高速アクセスが実現したのは2010年7月17日のことであった。時は既に21世紀、成田空港の開港から実に40年の歳月が経っていたのである。幾多の困難を沿線自治体と二人三脚で工事を進めた様は、上下分離方式という現在の運用システムにも表れている。若干複雑な内容になるが、興味のある方は以下のコラムを参照して欲しい。
今回の展示で「スカイアクセス線」と表記している成田スカイアクセスこと京成成田空港線であるが、この路線について厳密に理解しようとすると少々複雑になる。区間ごとに異なる事業者の権利関係はややこしいが、各区間の正式な扱いについて整理すると以下のようになる。
耳に馴染みのない鉄道会社がたくさん出てきた、と思った方もいるだろう。それもそのはずである。下線で示した鉄道事業者は、線路(路盤や土地なども含む)の維持管理のみを仕事とした団体であり、乗客である我々にとっては気にする必要がない存在だからだ。
通常の鉄道のように、線路の管理と列車の運行を同時に引き受ける鉄道事業者は、専門的な用語で「第一種鉄道事業者」という。対して、線路の保有者に使用料を払って自身は列車の運行のみを行う事業者を「第二種鉄道事業者」、線路のみを保有して列車の運行は別の団体に任せている事業者は「第三種鉄道事業者」とよばれている。
今回の成田空港線のように、上を走る列車と下に敷かれた線路を別々の所有者が管理する方法を「上下分離方式」という。紛らわしいだけに見えるこの制度だが、役割分担をすることで以下のようなメリットがある。
・コストのかかる"下"の部分の維持を国や自治体などの公的機関が担うことで、赤字分を税金で補填し、より短期間で路線を建設したり、安全性を向上させたりすることができる。
・利益に直結しやすい“上”の部分、すなわち車両の改良や旅客サービスを民間企業が担うことで、サービスの充実を図ることができる。
京成成田空港線の場合、列車を運行する京成電鉄の他にも、各沿線自治体、宅地開発公団、成田空港会社、ひいては空港の活用によって日本の国家全体までもが鉄道整備による恩恵を受ける可能性がある。さらに、沿線住民の通勤、160km/hでの運転、成田エクスプレスとの共存など、区間ごとに異なるさまざまなニーズに応える形で、全国でも類を見ない複雑な権利関係の路線が成立したのであろう。
余談であるが、上下分離方式は地方のローカル線の新たな運営方式としても注目されている。例えば、2011年の豪雨以来長らく不通となっているJR只見線では、線路の復旧費用を沿線の自治体が負担することを条件に、運行の再開に向けた工事が進んでいる。地元のニーズにも柔軟に対応できる上下分離方式は、今後の鉄道の世界において大きな役割を果たすことになるかもしれない。
今回紹介した京成電鉄とJR東日本は、これまで両社とも特急列車のスピードアップと増発に努め、インバウンド需要の増加を背景に堅実な成長を続けてきた。例えば、2019年10月に行われた京成電鉄のダイヤ改正では、スカイライナーの運行本数を従来の1.4倍に増やし、早朝から深夜まで20分間隔での運転を行うなど、東京五輪を見据えた大胆な増発が行われたばかりであった。
しかし直後に始まったコロナ禍により状況は一変する。未知のウイルスが全世界で猛威を振るう中、海外旅行などとても考えられない時代になった。とりわけ成田空港は発着便数の多くを国際線が占めていることもあり、2020年度の利用客は前年度の僅か7.8%にとどまった。
空港利用客の激減を受けて、空港アクセスのために運行されてきた特急列車も当然ながら苦境に立たされている。現在、日中におけるスカイライナーの運行本数はコロナ禍前の半分にまで減らされており、成田エクスプレスに至っては日中の運転を全て取りやめる事態になっている。東京五輪による外国人観光客のさらなる増加を見据え、両鉄道会社ではさまざまな準備を行ってきた。しかし、東京五輪が1年の延期を経てほとんどの会場で無観客開催となったことで巨額の投資も計画倒れに終わり、両社は経営的にも非常に厳しい状況に追い込まれている。
2019年末から始まった新型コロナウイルスの流行は、成田空港へのアクセスを長年支えてきた列車たちを苦境に追い込み、なおも収束の兆しが見えてこない。このコロナ禍が少しでも早く収束し、両社の競合が再び盛んになることで、スカイライナーを中心とした成田空港へのアクセスがさらなる発展を見せることを願うばかりである。