長谷川 豊氏の発言問題についての総会決議

長谷川 豊氏の発言問題についての総会決議

2019年6月15日

全国部落史研究会

総会出席者一同

本年2月24日、東京都世田谷区の北沢タウンホールで行われたとされる、日本維新の会・参議院選挙公認候補であった元フジテレビアナウンサーの長谷川豊氏の講演(5月15日にYouTube にアップされ、全国に流された。現在は削除)のなかで、次のような発言があった。

「日本には江戸時代にあまりよくない歴史がありました。士農工商の下に、穢多・非人、人間以下の存在がいると。でも、人間以下と設定された人たちも、性欲などがあります。当然、乱暴なども働きます。一族野盗郎党となって、十何人で、取り囲んで暴行しようとしたとき、侍は大切な妻と子どもを守るためにどうしたのか。侍はもう刀を抜くしかなかった。でも、刀を抜いたときにどうせ死ぬんです。相手はプロなんだから、犯罪の。もうぶん回すしかないんですよ。ブンブンブンブン刀ぶん回して時間稼ぎするしかないんです。どうせ死ぬんだから。でも、自分がどうせ死んだとしても、1秒でも長く時間を稼ぐから、大切な君だけはどうか生き残って欲しい。僕の命は君のものだから、僕の大切な君はかすり傷ひとつ付けないと言って、振り回したときに、一切のかすり傷が付かないのが、二尺六寸の刀が届かない三尺です。女は三尺下がって歩け、愛の言葉です。」

「女は三尺下がって歩け、愛の言葉です。」という発言およびこのくだりの発言趣旨は、女性差別とかかわって重大な問題があると考えますが、江戸時代の被差別民であった「穢多」(支配者側やマジョリティ側が用いた侮蔑的な呼称。自らは関西地方などでは皮多、関東地方などでは長吏と称することが多かった)身分や「非人」(この名称も、侮蔑的呼称)身分の人々を、侍に対して「一族野盗郎党」で「暴行」をはたらく「犯罪」の「プロ」として説明している箇所は、とりわけ部落差別を助長することにつながる悪質な発言なので、この発言部分について、全国部落史研究会総会出席者一同の決議として見解を表明します。

まず、第1に、長年にわたる江戸時代に関する部落史研究において、同氏が話されている内容を裏付けるような史料はまったく見い出すことはできません。確かに被差別民が犯罪を行ったとして処罰を受けたという史料は存在しています。しかし、史料を見るかぎり、百姓や町人なども、そして武士も犯罪を犯したとして処罰されている事例も多くあり、けっして被差別民だけが犯罪を犯していたわけではなく、また、被差別民に犯罪が集中していたわけでもありません。

第2に、戦後の部落史研究は、特に1970年代以降の部落史研究は、江戸時代の皮多あるいは長吏身分の人々が、身分差別の厳しい社会の中で、皮革業・太鼓製造業・雪駄草履作り・農業・水産業・竹細工や医薬業など、さまざまな生業に従事して懸命に生き抜いてきたことを明らかにしてきました。

第3に、幕府のもとで江戸・浅草の弾左衛門とその配下の人々が「お尋ね者御用」という警察の仕事を果たしていましたし、紀州藩の牢番頭仲間(皮多身分)に見られるように多くの藩で警察の仕事として犯罪を取りしまる重要な役割を果たしていました。大阪地域などでは、「非人」身分の人々が大坂町奉行所のもとで、広域捜査も含む警察の役割を果たしていたことは現在ではよく知られている史実です。つまり、皮多身分や「非人」身分の人々は、むしろ「野盗」の取り締まりなど、人々の安全や治安維持のために重要な役割を果たしていたのです。

長谷川氏の発言内容は、こうした史実に基づかない、被差別身分の人々ならやりかねないという、まさに予断と偏見に基づく誤ったものであり、したがって、そのことにより講演の聴衆に部落差別意識を植え付けたり、強めたりするものであって、しかもその発言内容が前述のようにYouTubeで流されたことは、現在はネット上、削除されているとはいえ、既に拡散されてしまったものを完全に削除することは至難のことであり、部落差別をいっそう助長することにつながる悪質なものであると私たちは考えます。

なお、この長谷川氏の発言問題を取り上げた新聞・テレビなどの報道において、同氏が実際用いていた「穢多・非人」という用語を避けて「被差別民」などと表現する傾向のみられることにも、私たちは警鐘を鳴らしたいと思います。事実に基づいてそれら差別呼称について書いた上、それら蔑称のもつ意味をきっちり説明するという姿勢が大事だと考えます。同時に、前記のように支配者やマジョリティの人々から「穢多・非人」と呼ばれた人びとは、これらの呼称を嫌って自らは皮多・長吏と自称することが多かったことについてもきっちり踏まえて報道することが望まれます。

私たちは、部落差別の歴史についての正しい理解が多くの人々に広まることを強く望むとともに、そのために今後ともいっそう努力する所存です。

以 上