オオカミ研究

私の研究人生の原点であり、ライフワークと位置付けているオオカミの生態・保全・再導入に関する研究トピックを掲載します。


【現在の研究テーマ】

オオカミの個体群回復や移入による栄養カスケードを扱った既往研究16地域の事例を精査した結果、12地域の事例においてシカの減少や行動変化を介して植生を回復させる栄養カスケードが実証されたことを明らかにしました。国立公園や保護区だけではなく、農地・畑地・人工林などを含むヨーロッパのモザイク景観でもオオカミによる栄養カスケードの効果が認められることがわかりました。

大学生に対するアンケート(対面式)や全国レベルのオンラインアンケートによってオオカミ再導入に対する意識調査を行いました。再導入に反対意見が根強い一方で、オオカミの生態的な役割を理解する人は再導入に対する賛成的な意見を持ち、再導入を支持する行動を行うことを明らかにしました。

アンケート研究の成果を元に、オオカミに関する講座を通した環境教育によって、再導入に対する受講者の態度がどの程度変化するのかを検証しています。

オオカミ再導入による生態系回復と社会ー生態システムに関する理論研究やシステムダイナミクスなどの理論モデルを使った共同研究に取り組んでいます。


【過去の研究・関連する研究】

雪原を移動するオオカミの群れ(ポーランド)

山道を駆け上がるペア?のオオカミ(ブルガリア)

基本的な立場・私の再導入に対する考え

 私個人の意見としては、生態系機能(ecosystem function)回復と生物多様性維持という目的でのオオカミ再導入には賛成です。生態的再野生化(ecological rewilding)の議論においても、大型食肉目の回復は「trophic rewilding」として重要視されています。このような視点から、オオカミ再導入についてはその実現に向けた生態的・社会的なシミュレーション研究やシナリオ分析を進めて科学的議論の素地を作るべきである、と考えて私自身も勉強を続けています。

 しかし、一般的にはオオカミ再導入について大きな誤解があるように感じます。野生鳥獣による農作物・林業被害対策としての、オオカミによる捕食(および捕食リスク)の効果はあまり期待できません。また、農林業被害対策を第一義の目的として、あるいは農林業被害軽減効果に大きな(過度の)期待を寄せて、オオカミ再導入を行う(または主張する)ことには反対です。同様に、シカに代表される草食獣を「減らす目的だけ」でオオカミ再導入を考えることも問題があります。オオカミによるシカ類等への影響はそれほど単純ではなく、オオカミ復活によって植生や生態系が完全に元に戻るわけではありません。これらの問題点はオオカミ研究の世界的権威であるL. D. Mech博士をはじめ多くのオオカミや大型食肉目の研究者からも指摘されています。

 今後人口減少が進み、無人化する地域が増えればオオカミの生息可能な場所、そしてシカやイノシシなどオオカミの被食者も増加することは容易に想像できます。将来の日本では生態学的な側面だけを見ればオオカミの生息適地は増加し、実現が難しいわけではないでしょう。しかし、より大きな問題は社会制度と社会的許容です。オオカミ再導入の実現に向けてこれら社会的な課題をどう具体的に解決するのか(どうしたら実現できるのか)を見据えて、生態学だけではなく人間事象・社会科学・環境教育的なアプローチによって、賛成・反対という個人の価値観に縛られた立場を超えて、研究を進めています(価値観や立場を超えて科学的な議論や研究を一緒に進めてくれる方を歓迎します!)。

なお、オオカミ再導入というと米国・イエローストーン国立公園ばかりが取り上げられますが、再導入事例は欧米を中心に広く見られようになりました(詳細は角田ほか、印刷中で紹介しています)。現在、人間による土地改変が進んだヨーロッパではイギリスとアイルランドを除くすべての国・地域においてオオカミの個体群が復活しました。