Bulgarian Carnivore Project

ブルガリア中央部に生息する中・大型食肉目の生態や食肉目のギルド内の生物間相互作用の解明と保護管理に向けた人間活動の影響評価が研究テーマです。これまでメインの調査地としてきたスレドナ・ゴラ山地やバルカン山脈中央部に加えて、2019年からはEUの自然保護政策「Natura 2000」の再野生化対象地でもあるロドピ山脈東部でも調査しました。なお、本研究プロジェクトは東京農工大学農学部とトラキア大学農学部の姉妹校提携によって実施しています。

goldenjackal

キンイロジャッカル

バルカン山脈から望むトラキア平原

ブルガリアにおける食肉目ギルドの種間相互作用の解明

食肉目ギルドでは、特に大型種との直接競争(攻撃・捕殺)が小型種の主要な死亡原因となり、その個体群動態に影響を及ぼします。もし競争排除則に従うならば、競合する複数種が同所に生息できないことになります。しかし現実には、世界中の多くの地域で様々な分類群、体サイズ、機能群の食肉目動物が同所的に共存しています。このことから、資源分割等によって種間競争を回避し、多種共存を可能とするメカニズムが存在していると考えられます。

欧州地域で分布拡大が起こっているキンイロジャッカルは体サイズ、生態、行動などが北米のコヨーテやアフリカのジャッカル類に近いことから、これらの種と同様のニッチを持ち、メソプレデターリリース(中位捕食者解放)など他種との種間相互作用や生態系への影響についても同様の影響を及ぼす可能性があります。しかし、欧州内のキンイロジャッカルの分布域はこれまでバルカン半島に限られていたため、研究事例は限られています。

そこで、キンイロジャッカルのメソプレデターとしての役割や最上位捕食者のオオカミ在・不在の影響などに着目して、食肉目ギルド内における多層的な種間競争関係(あるいは捕食者カスケード、Predator cascades)を明らかにすることを目的としています。また、人為的干渉が種間競争に与える影響についても研究対象としています。

この研究を通して、分布拡大が続く西ヨーロッパ地域でのジャッカルの分布拡大による生態影響や保護管理策に貢献したいと考えています。

キーワード:種間競争、干渉型競争、ニッチ分割、ギルド内関係、捕食者カスケード、食肉目、イヌ科

1.キンイロジャッカルを含む食肉目ギルド内のニッチ分割

食性分析とカメラトラップ法を用いてブルガリアの様々な環境にて食肉目ギルドを研究しています。農村地域での調査では、キンイロジャッカルとアカギツネとは空間的分割(出没環境が異なる)を、イタチ科の2種(ヨーロッパアナグマ、ムナジロテン)とは時間的分割(日周活動パターンが異なる)をそれぞれ観察しました。利用する食物資源や生息環境(森林の選好性など)に関する種間の違いが、大型競争種のジャッカルとのニッチ分割パタンの違いとして表れたと考えられます。また、人間活動が活発な地域では食肉目の多くが日中の活動性を減少することも、資源分割様式に影響を与えた可能性があります。

また、バルカン山脈の森林地帯において、中型食肉目5種(キンイロジャッカル、ヨーロッパアナグマ、アカギツネ、ムナジロテン、ヨーロッパヤマネコ)の日周活動と出没環境に関するニッチ分割を、体サイズ、栄養ニッチの重複度、餌資源の季節性との関係から検証したところ、大型種(ジャッカル、アナグマ)と小型種(キツネ、テン、ヤマネコ)は主に時間ニッチを分割し、げっ歯類を季節的に主食とするアナグマ以外の4種間では栄養ニッチの重複度に応じて時間的・空間的ニッチ分割がより顕著になることを明らかにしました。また、餌資源の乏しい冬季には、ジャッカルの食性シフトによって小型種3種との時間・空間的ニッチ重複が増加する一方で、げっ歯類を共通資源として利用する小型種3種間ではニッチ分割することが分かりました。食肉目ギルドの多種共存において直接競争(干渉型競争)を避けるために時間・空間ニッチの分割が重要であること、その規定要因が体サイズ差と食物資源であることを示唆しました。


関連する研究業績:Tsunoda et al. (2017) Journal of Zoology 303; Tsunoda et al. (2018) Zoology and Ecology 28; Tsunoda et al. (2019) Mammal Study 44; Tsunoda et al. (2020) Zoology 44

 

2.キンイロジャッカルの資源利用による食物連鎖を介した波及効果

胃内容物や糞内容物の分析による現地での食性調査、ユーラシア全域を対象としたメタ解析、被食者との時間的・空間的行動パターンの解析などのアプローチから、キンイロジャッカルの栄養生態ニッチと捕食・採食戦略を明らかにし、捕食や死肉食(Scavinging)等による食物連鎖を介した波及効果の解明を目的としています。

関連する研究業績:Raichev et al. (2013) Mammal Study  38; Tsunoda et al. (2019) Mammal Study 44; Raichev et al. (2020) Acta Zoologica Bulgarica 72; Tsunoda & Saito (2020) Journal of Vertebrate Biology 72 


.オオカミやノイヌ等の大型捕食者と中型食肉目ギルドの関係

このプロジェクトでは2015年からカメラトラップ法を取り入れて、様々な景観や地形の場所で調査を行ってきました。これまでの中型捕食者ギルドの研究に加えて、オオカミ、ヒグマ、ノイヌ等の大型捕食者の存在が食肉目動物相の種構成や種間関係に与える影響についても研究を始めています。約50地点、1.4万カメラ日によるブルガリア中部の広域カメラトラップ調査から、食肉目ギルドの分布パターンや日周活動を分析し、オオカミやヒグマなど人を避けて山林に生息する種とジャッカルやアナグマのように人里付近でも生息可能な種があることを明らかにしました。また、都市近郊においてノイヌ・ジャッカル・キツネ3種間の時間・空間ニッチについて調査し、ノイヌの存在がジャッカル・キツネ間の時間・空間ニッチの関係に影響を与える可能性が明らかになりました。

関連する研究業績:Tsunoda et al. (2022) Journal of Vertebrate Biology 71; Tsunoda et al. (2024) Food Webs 39