日本では、人口減少によって土地放棄や無人化が全国的に進行する中で、自然資源に対する人為的なかかわりも中長期的に低下していきます。再森林化と野生生物の回復による生態系機能の復元が見込める一方で、二次的自然の依存種の生息地消失や鳥獣問題の拡大、外来種の放置といった問題も懸念されます。人口減少によって従来と同レベルに人による自然への関与を維持することが難しくなっていく状況下で、生態系保全や野生生物の保護管理をどのように進めていくかについて検討しています。
1)野生生物保護管理における人口減少問題の影響とその対応策の提案:特に日本版「生態的再野生化」の可能性の模索
人手が減少し、土地の放棄と人間社会の縮小が進むとこれまでは当たり前に行われてきた自然資源管理や生態系管理の方法や体制は通用しなくなる可能性があります。捕獲に頼った野生動物の個体数管理はその典型的な例と言えるでしょう。人口減少が進んだ将来を見据えて生態系管理や生物多様性保全に関して大胆な発想転換が必要ではないかとの問題意識から、人口減少が進んだ将来の社会に適応できる新たな枠組みに関して野生動物保護管理をターゲットに議論をしています。
また、人口減少や土地の放棄はネガティブに捉えられがちですが、見方を変えると再森林化や野生生物の回復等による生態系復元につながる可能性もあります。近年、特に欧州を中心とした生態的再野生化(ecological rewilding)に関する研究や議論は、人口減少が進んだ将来の日本の生態社会システムに応用可能となるかもしれません。ヨーロッパの生態的再野生化の先行事例に着目してレビューしつつ、日本に適用可能な再野生化の社会的枠組みや技法について議論しています。2019年から海外での食肉目研究プロジェクトにおいて、ヨーロッパが進める自然保護施策「Natura2000」対象地のブルガリア南部ロドピ山や東ドイツなど野生動物の再導入と再野生化が積極的に行われている地域の研究者とも交流を持ち、情報収集を行っています。
キーワード:人口減少、生態的再野生化(ecological rewilding)、土地放棄、国土計画、集約化、粗放的保全・管理、基準推移症候群(shifting baseline syndrome)
2)「超捕食者(Super predator)」としてのヒトの捕食者機能の評価
「オオカミが絶滅した日本では、人間が唯一の捕食者でありその役割・責任を果たすべき」との声がシカ管理の現場ではしばしば繰り返されていますが、オオカミのような頂点捕食者と人間は、生態系機能や生態系プロセスに関して本当に同一視できるのでしょうか?少なくとも海外の研究事例からは、人間による捕獲(狩猟を含む)のみでは頂点捕食者による生態系機能を補完できないと指摘されています。このような問題意識から、捕食リスク効果と行動介在型(形質介在型)栄養カスケードに着目をして、人間に対する「恐れ」による対捕食者行動やその波及的効果を科学的に理解し人口減少が進んだ状況において捕獲がもたらす「恐怖の景観(Landscape of fear)」の効果を管理に活用するための方策について検討していきます。
現在の主な研究テーマは、人為攪乱状況の質的・量的な違いと、シカの対捕食者行動の違いや生理的ストレス反応を明らかにするために、人のアクセスの多寡、景観構造、捕獲の有無・手法の違い、交通の状況などが異なる複数の研究サイトを設定して調査を進めています。研究サイトは、東京大学農学部附属秩父演習林(埼玉県・秩父市)、福島県・南会津町、長野県・軽井沢町の国有林で地域の方々や施設管理者のご協力を得て実施しています。
キーワード:形質介在型栄養カスケード、恐怖の景観(Landscape of fear)、捕食リスク、警戒行動(vigilance)