現行の中学校理科の教科書(全5社)には、優性の形質および劣性の形質の学習に関連して、「優性、劣性という語句は優れている、劣っているという意味で使われているのではない」等の注意書きがされています。
日本遺伝学会は上記を踏まえ、「優性」「劣性」の語を「顕性」「潜性」に変更すると提案しており(日本遺伝学会監修・編「遺伝単」NTS 2017年)、
新聞でも取り上げられています(朝日新聞2017/9/7、毎日新聞2017/9/12)。
しかしながら、これらの語を使用した授業を通してどのくらいの生徒が上記の誤概念を有しているかについて、日本では定量的な調査はなされてきませんでした。
本研究は、中学校理科の遺伝学習における 「優性」「劣性」の語の使用が、
優性の形質とは「生存において有利な形質である」との誤概念をもたらしてるかどうかを質問紙を用いて調査しました。
対象は、遺伝の学習を終えた中学3年生113人です。
その結果、教科書で扱われていない形質ほど、「生存における有利性」を基準に優性かどうかを判断する傾向がありました(下図)。
その形質を優性形質と判断した理由を尋ねる前に、どちらの形質(例えば丸orしわ)が優性かを尋ねたのですが、
エンドウの草丈の高さと架空の植物の葉の大きさに関しては約50%の生徒が「分からない」と回答しました。
交配実験の結果が分からない場合は、どちらが優性かは「判断できない」と回答するのが適切なのですが、
そのように答えた生徒はほとんどいませんでした。
以上から、多くの生徒は「交配実験の結果を踏まえて、どちらの形質が優性かを判断する」ことを理解していなかったと言えます。
さらに本研究は、生存に不適な優性形質を題材とすることで、上記の誤概念を改善できるかどうかを検証しました。
教科書で扱われている形質は、エンドウの草丈の高さのように、優性形質の方が「生存に有利である」と考えられるものが多いので、生徒の誤概念を強化してしまう可能性があります。
そこで、キリギリスの1種(Amblycorypha oblongifolia)の体色の遺伝様式を題材とした授業を考案しました。
このキリギリスには緑色とピンク色の体色の個体がいるのですが、ピンク色の方が優性であることが交配実験により確かめられています。
ですが、優性形質であるピンク色の個体は野外ではほとんど見られず、これは捕食されやすいためと考えられています。
授業では、このキリギリスの体色に関して、緑色とピンク色のどちらが優性かを考える活動を行ったのですが、
多くのグループは緑色を優性形質として選び、その理由として「天敵から身を守るのに有利だから」を挙げました。
その後、教師から、ピンク色の個体どうしを交配した結果、ピンク色:緑色=3:1になったことから、
ピンク色が優性形質であることを説明すると、驚いている様子でした。
授業の教育効果を検討するため、授業前後で、架空の植物の葉の大きさの問題を出題したところ、
授業後には「交配実験の結果が分からない場合は、どちらの形質が優性かを判断することはできない」と回答する生徒数が有意に増加しました。
また、驚くべきことに、約7割の生徒が
『あなたは今回の授業を受ける前に「優性の形質は生存において有利である」という誤った考えを持っていましたか』という質問に対して肯定しました.
認識調査では誤概念を有していると考えられる生徒の割合は15%程度でしたが、
授業実践の結果を踏まえると、もっと多くの生徒が誤概念を有している可能性があります。
認識調査については被験者数が113名と多くはなく、また授業実践に関しても、2クラス(60名)を対象とした結果であり、結果の一般化は早急です。
しかしながら、本研究で得られた結果は、更なる認識調査や中学校理科の授業改善の必要性を訴えるものであり、今後の遺伝学教育研究を促進させる効果は十分期待できるかと思います。
関連論文
山野井貴浩・楢原千琴・谷津潤(2018)
中学生対象の優性形質に関する認識調査と生存に不適な優性形質を題材とした授業実践.
生物教育59(3):150-157.