03F. 副交感神経活動の評価法

無意識にコントロールされる活動として、自律神経活動があります。この活動は、意識とは別に、血圧の調整、心拍の調整、胃腸の活動などホメオスタシスに則して機能する活動です。

自律神経には、交感神経と副交感神経があります。特に、副交感神経活動については、安静状態であれば、心電図と呼吸の同時計測から算出される心臓迷走神経活動の指標を用いることで、比較的正しく評価することができます。その指標とは、呼吸性洞性不整脈 (RSA) 振幅です (Tzeng et al., 2009; reviewed by Larsen et al., 2010)。

副交感神経活動を評価する方法として、心拍変動の高周波数帯のパワー値からの算出が古くから知られています。しかしながら、呼吸のダイレクトな自律神経活動への影響を知ってしまえば、呼吸活動を評価法のパラメータとして入れた方が、よりいっそう正確な指標となるのは明らかです。従って、私たちは、特にRSA振幅に注目しています。

呼吸性洞性不整脈 (RSA) とは

今回紹介する呼吸性洞性不整脈とは、健常者の誰にでも起こる健全な現象です。吸息期は心臓のビートが早くなり、呼息期は心臓のビートがゆっくりになるという自然に起こるゆらぎです。心臓での心拍間隔 (RR間隔) を計測すれば、呼吸相に合わせて、吸息相には心拍間隔が短くなり、呼息相では心拍間隔が長くなるのがわかります。つまり、息を吸うとき、息を吐くときに応じて、心拍は常に揺らいでいるのです。

そして、呼吸性洞性不整脈 (RSA) 振幅とは、呼吸周期における吸息期のときのRR間隔の最短と呼息期のときのRR間隔の最長の差であり(Tzeng et al., 2009)、これが副交感神経活動の指標となる、というわけです。

一方、呼吸頻度を早くすると、このような現象は見えなくなりますし、また、ストレス課題などの負荷をかけると、RSA振幅は見えなくなったり、複数の揺らぎが出現したりして、非常に不安定になります。

呼吸性洞性不整脈の発生メカニズム

ではなぜ、RSA振幅が、副交感神経活動の指標となるのでしょうか?それは、以下のRSAの発生メカニズムを知ることで理解することができます。

RSAは脳幹レベルで起こることがわかっています。延髄に疑核 (nucleus ambiguus) に細胞体をもつ心臓迷走神経には、GABA作動性およびグリシン作動性神経線維が投射しています。これらの抑制性線維は、グルタミン酸 (興奮性) 作動性神経線維とともに、他の迷走神経の神経節や延髄の孤束核 (nucleus tractus solitariusまたはNTS) から投射されていると考えられています。この抑制性の投射線維の制御こそが、RSAの発生メカニズムのキーとなります。

吸息期において、GABA作動性線維の前シナプスに存在するベータ2ニコチン性アセチルコリン受容体にアセチルコリンが作用することで、GABAの放出が促進されます。これにより、心臓迷走神経活動は抑えられ、その結果、心臓での心拍間隔が短くなると考えられています。

一方、呼息期においては、吸息期に比べて、このアセチルコリンの作用が抑えられ、心臓迷走神経へのGABAの放出が抑制されます。それにより、心臓迷走神経活動は高まり、その結果、心臓での心拍間隔が長くなると考えられています。


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