文法

この文では rinr, tinn, myhr, hr という四つの形容詞(hrenちゃん)があらわれています。

この文ではそれぞれ、おんなのこ・ふたりで・じゃれあってる・みたい、という意味をあらわしています。

このように、文は形容詞の並びからなりたっています。ですから、形容詞を並べるだけで最低限の文を作ることはできます。

でもやっぱり並べるだけでは形容詞どうしうまく結びついてくれません。くれませんし、おもしろくないでしょう。

そこで、それぞれの形容詞の語尾をみてください。

この -ea という部分が感情標識(pnenちゃん)です。

感情標識はその名のとおり、ある程度まとまった感情や感覚をてきとうに表現できます。

-ea というのは至福感や好意的な感覚をあらわします。

この文ではおんなのこふたりでじゃれあってますことを心よりおよろこびもうしあげています。

また、話し手は文のなかの登場人物になりきっているので、話し手だけではなくふたりの登場人物もよころんでいる、ということをあらわしています。

同調

単語どうし感情標識の一致することを同調といいます。また、同調している単語同士で同調句を形成します。簡単にいえばタギングです。

pnenちゃんは、hrenちゃんによって、たかめられます。つまり、形容詞の意味が感情標識に蓄積されていき、

同じ感情標識をもつ単語どうしの間に一体感が生まれ、言葉が息づいてきます。

また、長く複雑な文になると、同調はより一層よく働きます。

上の文では 私/顔/ゲロゲロ吐いている/ところ/あの子/目/扇情的/見つめる/扇情的 というふうに形容詞が並んでいますが、

すでに意味のまとまりごとに同調句が分かれているため、下の文のような並べ方もできるのです。

このように、感情標識があるおかげで単語の並べ方は自由です。言葉のリズムや強意をもとにして単語を並べることができるようになります。

pnenちゃんに感謝しましょう。

問題は、どのように意味のまとまりを作るかです。

このように単語の数が少なくて、厳密さもいらなければ、基本的にはひとつの感情標識に同調させられます。

しかしたとえばこんな文では。

これではどちらが殴られたのか心配です。もしくは両方とも殴られたのかもしれません。同調しすぎて意味が混沌としてしまっているのです。

そこで、あえて同調を切るというテクニックがあります。

クレリカでは、「だれが、なにで」および「だれが、どうした」という関係は、同調することで表されます。

それが道具を持っているとき、その道具はそれの一部と見なされるのです。

fer(彼) と ted(棒) とが同調していることで、少なくとも「彼の棒」という意味がなりたつので「棒を持っているのは彼」ということがわかりますね。

もうすこし詳しくしてみましょう。上の例文にひとつ単語をくわえます。

-ae 標識を通じて aqy(痛い) と eqr(私) とが同調しています。こうすることにより少なくとも「痛い部分は私」ということがわかります。

そのあとで「彼の棒の殴る」と付くことで、因果関係から考えると「彼の棒が殴った」ことになります。

ここまでくれば普通は問題ないはずです。より詳しくする方法はもちろんありますが、もう長くなるので省略しますね……。

こんどはhrenちゃんが可愛がられる番です

さて、例文の最後に wuiapnea という単語が見えますね。こんな単語はもともとは存在しませんでした。

これは、この話し手によって導入されたのです。

こうすることで単語が長くなり、その意味をより深く味わえるようになります。

さらに -uia- という母音の連続の部分は、まるで感情標識であるかのような印象を受けますね。

もともとある「扇情的」という形容詞は wipn です。hrenちゃんは、その身体を知らず知らずのうちにpnenちゃんにいぢくりまわされた結果、こんなふうに変形してしまいましたのです。

ひとりでできるもん!

pnenちゃんは、たまにひとりで喘いでることがあります。つまり、以下のような文です。

これはたとえば、文全体にわたる話し手の気持ちを総合して伝えるためだったり、

なんとなく今はこういう気持ち、というのを伝えるためだったり、

すでに形容詞により感情標識に蓄積された意味を、ふたたび想起させるためだったりします。