阿呆陀羅経

◆大道芸通信 によると

歴史的には文化年間に、天口斎呑竜という願人坊主が大坂北野太融寺門前で阿呆陀羅経を唱えたのがはじまりと云われる。これが後に江戸にも移った。

先行するものとして「祭文」がある。祭文とは元来、神への祝詞である。これを元禄(1688〜1704)時代初めに山伏が芸能化し、錫杖等で調子をとりながら面白おかしく語り聞かせるようになった。これに三味線を加えるようになったのが「歌祭文」である。

阿呆陀羅経も歌祭文を取り入れた願人たちによって生まれた。

http://daidogei.at.webry.info/200605/article_4.html

◆講談とのつながりについて。

今日の浪曲(浪花節)も、説教節やデロレン祭文(デロレンの擬音をもつ錫杖の合の手にあわせた祭文)、阿呆陀羅経(チョボクレ)などの流れをくんでいます。浄瑠璃よりもさらに大衆に密着していました。

「説教は語り(描写)、祭文は読み(報道)、この祭文の読み口の早間になって行ったのがチョボクレ(阿呆陀羅経)である」(正岡容著『日本浪曲史』)とあります。

http://www.konan-wu.ac.jp/~kikuchi/kodan/fujiyo.htm

◆デロレン祭文、江州音頭

初代桜川唯丸 『ケーケー尽くし~油絞り~デロレン祭文』

http://www.youtube.com/watch?v=H5VdljIJJaQ

五街道雲助の二番煎じに 火の廻りがデロレンデロレンと声を発するところあり。

wikiより

仏教の御経の節である声明を源流とし、山伏らによる民間布教手段として派生した祭文が一部で娯楽化し、次第に宗教色を薄めて遊芸としての祭文語りが独立した。浄瑠璃に近い説経節や、浪花節を生んだ浮かれ節等より下卑たものとされ、語りの合間に法螺貝を吹いて一同で「♪ デロレン、デロレン」という合いの手を入れることから、デロレン祭文と総称された

江州音頭は、近代河内音頭にも影響を与えた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E5%B7%9E%E9%9F%B3%E9%A0%AD

「日本浪曲史」正岡容著(まさおかいるる)の中で浪花節のルーツは説教節、デロレン祭文、阿呆蛇羅教であり、

その先祖には宗教音楽時代の説教、祭文であると書かれています。

そして、この説教、祭文の源流は人皇二十九代欽明天皇の時代に渡来した中国の京調(きょうちん)、

朝鮮の打鈴(だいしん)であるといわれています。説教、祭文のルーツである音楽が中国、

朝鮮から渡来した時からすでに節と台詞の浄瑠璃風スタイルが確立せれていたと云います。

これが現在まで浪曲のスタイルとして残ったものだといえます。

豊年齊梅坊主(=かっぽれの元祖)は、阿呆陀羅経で名をはせた。「無い物尽し」が有名だった。「さてもないないないものは、日露の戦争は小さくない、新聞 儲けは少なくない、号外売る人数知れない、その実おアシは儲からない、明日のもとで(元手)も取りおけない、それでも食べずにゃいられない……」というも のだが、「尽し」は阿呆陀羅経の伝統的なレパートリーの一つであった。阿呆陀羅経は、リズミカルでユーモラスで詞遊びの楽しさは抜群であった。

ここでやってました。下谷佐竹ヶ原の賑い

http://www.satakeshotengai.com/onnna100hanashi.htm

明治35年より新聞で聞き書き

幕末明治、女百話 篠田鉱造著(岩波文庫)

講談に関する記事・資料を抜き書きしたもの

http://www.konan-wu.ac.jp/~kikuchi/kodan/ksiryo.htm

◆日本の放浪芸 で小沢昭一が記録してます。

http://homepage1.nifty.com/zeami/j-ta/01.html

◆姉様キングス 桂あやめと柳家染雀 が阿呆陀羅経をやっています。

http://www.sbrain.co.jp/theme/V-1423.htm

◆桂枝雀がドグラマグラの中でやっております。

ドグラマグラの本文はこちら から「キチガイ地獄外道祭文」のところに書いてあります。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000096/files/2093_28841.html

キチガイ地獄外道祭文

——一名、狂人の暗黒時代——

墺国理学博士

独国哲学博士 面黒楼万児(めんくろうまんじ) 作歌

仏国文学博士

▼ああア——アア——あああ。右や左の御方様(おんかたさま)へ。旦那御新造(ごしんぞ)、紳士や淑女、お年寄がた、お若いお方。お立ち会い衆の皆さん諸君。トントその後は御無沙汰ばっかり。なぞと云うたらビックリなさる。なさる筈だよ三千世界が。出来ぬ前から御無沙汰続きじゃ。きょうが初めてこの道傍(みちばた)に。まかり出(い)でたるキチガイ坊主……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……

……サアサ寄った寄った。寄ってみてくんなれ。聞いてもくんなれ。話の種だよ。お金は要らない。ホンマの無代償(ただ)だよ。こちらへ寄ったり。押してはいけない。チャカポコチャカポコ……

……サッサ来た来た。来て見てビックリ……スチャラカ、チャカポコ。チャチャラカ、チャカポコ……

▼ア——あ——。まかり出でたるキチガイ坊主じゃ。背丈(せい)が五尺と一寸そこらで。年の頃なら三十五六の。それが頭がクルクル坊主じゃ。眼玉落ち込み歯は総入歯で。痩(や)せた肋骨(あばら)が洗濯板なる。着ている布子(ぬのこ)が畑の案山子(かかし)よ。足に引きずる草履(ぞうり)と見たれば。泥で固めたカチカチ山だよ。まるで狸の泥舟(どろぶね)まがいじゃ。乞食まがいのケッタイ坊主が。流れ渡って来た国々の。風に晒(さら)され天日(てんぴ)に焼かれて。きょうもおんなじ青天井(あおてんじょう)だよ。道のほとりに鞄(かばん)を拡げて。スカラカ、チャカポコ外聞晒す。曰(いわ)く因縁、故事、来歴をば。たたく木魚に尋ねてみたら……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……

▼ア——あ。曰く因縁、木魚に聞いたら。親子兄弟、親類眷族(けんぞく)、嬶(かかあ)も妾(めかけ)ももちろん持たない。タッタ一人のスカラカチャンだよ。氏(うじ)も素性(すじょう)もスカラカ、チャカポコ。鞄一つが身上(しんじょう)一つじゃ。親は木の股キラクな風の。吹くに任かせた暢気(のんき)な身の上。流れ渡った世界の旅行(たび)じゃ。北京(ペキン)、ハルピン、ペテルスブルグじゃ。赤いモスコー、四角い伯林(ベルリン)、酔うがミュンヘン、歌うが維納(ウインナ)、躍る巴里(パリー)や居眠る倫敦(ロンドン)、海を渡れば自由の亜米利加(アメリカ)。女の市場がアノ紐育(ニューヨーク)じゃ。桑港(シスコ)の賭博(ばくち)よ。市俄古(シカゴ)の酒よと。千鳥足まで米利堅(メリケン)気取りの。阿呆つくした十年がかりじゃ。見たり聞いたりして来た中でも。タッタ一つの土産(みやげ)というのが。ナント恐ろし地獄の話じゃ……スカラカ、ポクポク。チャチャラカ、ポクポク……

▼あ——ア。さても恐ろし地獄の話じゃ。しかも私の凹(へこ)んだこの眼で、チャンと見て来た事実の話じゃ。今日が封切、お金は要らない。要らぬばかりかその聞き賃には、こんな書物(かきもの)を一冊上げます。私が只今唄うております。歌の文句の活版刷りです。あとで何やらマヤカシ物をば。無理に買わせる手段(てだて)じゃないかと。疑うお方があるかも知れぬが。ソンナ心配一切御無用。これは私の道楽仕事じゃ。人類文化の宣伝事業じゃ。何も参考、話の種だよ。サアサ寄ったり、聞いたり見たり……外道——祭(さ)ア——エ——文(もん)。キチガ——ア——イ——地(じ)イ獄(ごく)ウ——……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。外道祭文キチガイ地獄。さても地獄をどこぞと問えば。娑婆(しゃば)というのがここいらあたりじゃ。ここで作った吾が身の因果が。やがて迎えに来るクル、クルリと。眼玉まわして乗る火の車じゃ。めぐり廻(めぐ)って落ち行く先だよ。修羅や畜生、餓鬼道越えて。ドンと落ちたが地獄の姿じゃ。針の山から血の池地獄。大寒地獄に焦熱地獄。剣樹(けんじゅ)地獄や石斫(いしきり)地獄。火煩(かぼん)、熱湯、倒懸(さかづり)地獄と。数をつくした八万地獄じゃ。娑婆で作った因果の報(むく)いで。切られ、砕かれ、焙(あぶ)られ、煮られ。阿鼻(あび)や叫喚七転八倒。死ぬに死なれぬ無限の責め苦じゃ。もしもその声、聞いたら最後じゃ。頭張り裂けクタバルなんぞと。高い処(とこ)から和尚(おしょう)の談義じゃ。……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。高い処(とこ)から和尚のお談義。なれどコイツは当てにはならない。死なにゃ行かれぬ地獄の噂じゃ。生きた坊主の賽銭(さいせん)集めじゃ。釈迦(しゃか)も知らない嘘八百だよ。わしが見て来た地獄というのは。ソンナ地獄と品事(しなこと)かわって。鉦(かね)を叩かず、念仏唱えず。十万億土の汽車賃使わず。そんじょそこらに幾らもあります。生きたながらのこの世の地獄じゃ……チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。生きたながらのこの世の地獄じゃ。それも貧乏暇なし地獄や。浮いた浮いたの川竹(かわたけ)地獄。義理と人情(にんじょ)のカスガイ地獄。又は犯した悪事のむくいで。御用、捕(と)ったぞ、キリキリ歩めと。タタキ込まれる有期や、無期の。地獄なんぞと大きな違いじゃ。そんな道理がミジンも通らぬ。息も吐(つ)かれず、日の目も見えぬ。広さ、深さもわからぬ地獄じゃ。そこの閻魔(えんま)は医学の博士で。学士連中が牛頭馬頭(ごずめず)どころじゃ。但し地獄で名物道具の。昔の罪科(つみとが)、見分けて嗅(か)ぎ出す。見る眼、嗅ぐ鼻、閻魔の帳面。人の心を裏から裏まで。透かし見通す清浄玻璃(せいじょうはり)の。鏡なんぞは影さえ見えない。罪があろうが、又、無かろうが。本気、狂気の見分けも附けずに。滅多矢鱈(めったやたら)に追い込み蹴込むと。聞いただけでも身の毛が逆立(よだ)つ。地獄というのがそこらに在ります。見かけは立派な精神病院。嘘というなら這入って見なされ。責め苦の数々お望み次第じゃ。ナント恐ろしキチガイ地獄……チャカポコチャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。ナント恐ろしキチガイ地獄じゃ。サテモ恐ろし精神病院。なぞと云うても皆様方には。まだまだ合点(がてん)が行きかねましょうが。物は順序じゃお聞きなされよ。聞いているうち如何(いか)にも、もっとも、そんな事とは知らずにいたわい。成る程そうかと合点が行きます。合点が行ったら八万四千の。身内の毛穴がゾクゾク粟立(あわだ)つ。そんじょ、そこらの地獄の話じゃ……チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。そんじょ、そこらの地獄の話じゃ。さても斯様(かよう)な地獄の起りが。曰(いわ)く因縁イロハのイの字の。そもや初めと尋ねるならば。文明開化のお蔭(かげ)と御座る。そこで世界の文明開化の。日進月歩の由来と申せば。科学知識の尊(たっ)とい賜物(たまもの)。中に尊といお医者の仕事じゃ。人の病気を治癒(なお)すが役目じゃ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。人の病気を治癒(なお)すが役目じゃ。そこでお医者の仕事の中でも。人の身体(からだ)の狂いをなおす。外科や内科の治療の仕方と。人の心の狂いをなおす。精神病院の手当ての仕方と。違うところを比べてみます。アッとビックリ、シャクリが止まるよ。トテも驚く進歩の違いじゃ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。トテモ驚く進歩の違いじゃ。違う筈だよ相手が違う。人の身体(からだ)は形が見えます。手足胴体触ればわかるよ。五臓六腑も解剖(ひら)けば見えます。打診、聴診、X(エッキス)光線。ピルケ反応、血液検査と。数をつくした診察道具じゃ。たとい何やら解らぬ病気や。薬ちがいや診察ちがいや。又は手当ての違いで死んでも。あとで屍体(したい)を解剖したなら。どこが悪いと、すぐ様(さま)わかるよ。そこで診察治療の仕方が。日進月歩で開けて行きます。これに引き換え神様とても。人の心は診察出来ない……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。人の心は診察出来ない。たとい如何なる名医じゃとても。人の精神、心の狂いの。どこの脈見て、どの舌出させて。どこの苦労に注射をするやら。どこの心配切解(せっかい)するやら。癇(かん)の虫見る眼鏡も無ければ。あなた恋しで上った熱度が。寒暖計にも上った事かや。贋(にせ)のキチガイ真実(ほんと)のキチガイ。レントゲンでも透かして見えない。声も聞えず姿も見えない。屁(へ)より不思議な心の正体。これがどうして診察されよか。馬鹿に附けよう薬は無いと。昔の譬(たと)えは今でも真実(ほんま)じゃ。つまるところが精神病は。診察治療が絶対不可能。科学知識で研究出来ない。わけのわからぬ物じゃとわかる……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。わけのわからぬ物じゃと解かると。ここでも一つ理屈のわからぬ。奇妙不思議な事実に気が付く。そもやソモソモ一体全体。人の精神、心の狂いは。診察、治療が出来ぬとなったら。現在世界のどこでもここでも。精神病院、神経治療じゃ。又は瘋癲(ふうてん)、脳病院じゃと。四角四面の看板ひろげて。意匠凝(こ)らした玄関構えじゃ。高価(たか)い診察、治療の代(しろ)だよ。入院、看護の料金取り立て。肩で風切る精神病医は。どんな仕事をしているものかや。あれは詐欺師(やまし)か掴ませものかと。どなたも御不審なさるであろうが。チョット待ったり話は順序じゃ。世にも馬鹿げた内幕話じゃ。診察治療が出来ないお蔭で。お医者がステキに儲(もう)かる話じゃ。これがホンマの阿呆陀羅経(あほだらきょう)だよ……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

▼あ——ア——ああア。扨(さて)も昔のその又昔。むかし昔のその大昔。科学知識の進まぬ頃では。人の身体(からだ)の病気というても。人の心の病気と同様。何が何やら解らぬために。診察治療が当てズッポーだよ。家相、方角、星占いだよ。何(な)んぞ彼(か)んぞの障(さわ)りというては。祈祷、禁厭(まじない)、御神水(おみず)じゃ、お守札(ふだ)じゃ。御符(ごふう)なんぞを頂戴させて。どうぞ、こうぞで済まして来たが。それじゃ治療(なお)らぬ病気の数々。そこで薬が発見されます。服(の)めば病気がケロリとよくなる。それをたよりに調べた揚句(あげく)が。人の病気は身体の中の。ここが斯様(かよう)に狂うが原因(もと)じゃと。わかった理屈が医学のはじまり。今では解剖、生理に病理。医化学、細菌、薬物そのほか。外科じゃ内科じゃ、皮膚科じゃ、耳鼻科じゃ。眼科、整形、婦人や小児と。隅から隅まで手に品かえて。水も洩らさぬ器械やお薬。人の身体の狂いを治療(なお)す。科学知識の大光明が。日々に明るく輝やき渡るよ……スカラカ、チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。日々に明るく輝やき渡るが。これに引き換え精神病だよ。人の心の狂いを治癒(なお)す。医者の診察、手当ての仕方は。ドンナ進歩をしたかと見ますと。ズント昔は精神病者を。神の心が移ったものと。畏(おそ)れ敬い礼拝したり。又は生き霊、死霊の所業(しわざ)と。物を供えて大切(だいじ)にかけたが。それはまだしも処によっては。こいつに悪魔が憑(つ)いたというので。その頃お医者と裁判官の。役目をしていた僧侶(ぼうず)や巫女(みこ)が。見付け次第の指さし次第に。槍(やり)や刀剣(かたな)や、投げ縄、弓矢。棍棒(こんぼう)担(かつ)いだ役人共が。片(かた)っ端(ぱし)から頭を砕いて。手足胴体チリチリバラバラ。焼いて棄てたり樹の根に埋めたり。ちょうどこの節お上(かみ)でなさる。狂犬退治とおんなじ仕置(しお)きじゃ。これが精神病者に対する。最初の診察最初の治療じゃ。キチガイ地獄のイロハのイの字じゃ……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。これがキチガイ地獄のはじまり。そこで斯様(かよう)に精神病の。原因(もと)が何やら解からぬとこから。出来た迷信邪法を使って。悪い事する奴等が出て来た。しかも余っぽど怜悧(りこう)な奴等じゃ。物の怨(うら)みや嫉妬や毛嫌い。又は政敵、商売讐仇(がたき)と。道理外(はず)れた憎しみ猜(そね)みで。彼奴(きゃつ)が邪魔じゃと思うた揚句が。何のおぼえもない人間をば。巫女や坊主や役人輩(ばら)に。賄賂(わいろ)使うて引っ括(くく)らせます。有無(うむ)を言わさずキチガイ扱い。国の掟(おきて)の死刑にさせます。軽いところで牢屋の住居(すまい)じゃ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。軽いところで牢屋の住居じゃ。世界の歴史を調べてみますと。高い身分や爵位や名誉や。又は財産、領地の引継ぎ。女出入りや跡取り世取りの。お家騒動、内輪(うちわ)の揉(も)めから。邪魔な相手を片付けたさに。こうした手段を使った実例(ためし)が。チラリチラリと残っております。ならば今では、どうかと見ますと。おなじ事じゃと云いたいなれども。言えぬどころか、今少(もちっ)と非道(ひど)いよ……スカラカ、チャカポコ。スチャラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……

……スカラカ、チャカポコ。チャチャラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

▼あアア——ああ……アアア。今は文明開化の御代(みよ)だよ。科学知識の万能時代じゃ。そうしたサナカに精神病だけ。昔のまんまの暗黒時代で。診察治療が出来ないなんぞと。ウッカリ云うたら言い出し屁(へ)コキじゃ。そういう奴こそキチガイだろうと。仰言(おっしゃ)るお方が在るかも知れぬが。そういうお方が私は好きだよ。理智と常識、科学の知識を。いつも忘れぬ立派なお方じゃ。そんなお方にお頼みしまする。物は試しじゃお閑暇(ひま)の時分に。ちょっとそこらの精神病院。又は学校、図書館あたりで。世界各地の博士や学士が。寄ってたかって研究し出した。キチガイ病気の書物を拡げて。ザット中味を調べて御覧よ。サテモ並んだ病気の名前じゃ。丸い洋文字、四角い漢字と。押し合いヘシ合い何百何千。指を折るさえ難儀な位じゃ。さては今では精神病者も。外科や内科の患者と同様。科学知識の光りに照され。底を見透す診察治療や。道理つくした介抱手当ての。数をつくしてもらっているかと。有難がるのは素人ばかりじゃ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。有難がるのは素人ばっかり。憎まれ口をばたたくじゃないが。お魂消(たまげ)なさるな西洋日本で。天の際涯(はて)から地のドン底まで。調べ抜いたる科学者連中が。寄ってたかって研究しても。カンジンカナメの一番大切(だいじ)な。オノレが頭蓋(あたま)の空洞(うつろ)の中に。トグロ巻いてる脳味噌ばかりは。ドンナ作用しているものやら。真実(ほんと)のところが全くわからぬ。それを嘘言(うそ)じゃと思うたお方は。古今東西あらゆる学者が。人の脳髄調べた書物を。読んで御覧になったらわかるよ。これは物事聞いたり見たり。判断して行くところで御座るの。知識、経験、昔の記憶を。保存しておく倉庫で御座るの。何が何して何じゃら彼(か)じゃら。浪花節(なにわぶし)なら前置きばっかり。エライ議論が出ておりますけれど。確かな事実は一つもわからん……チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。確かな事実は一つもわからぬ。わからぬ筈だよ不思議は御座らぬ。凡(およ)そ天下が広いというても。人の脳髄ホントに調べて。腹の立つほど簡単明瞭。奇妙キテレツ珍妙無類な。脳の作用を見貫(みぬ)いた者なら。問わず語りで烏滸(おこ)がましいが。ここに居ります私(わたくし)ばっかり。……なぞと云うたら皆さん方は。そういうお前の脳味噌だけが。毎日天日(てんぴ)に焼かれたお蔭で。性(しょう)が変って来(きた)ものダンベイ。なぞとお笑いなさるか知らぬが。真実(ほんと)にそうダンベイかも知れぬが。そこが私の道楽仕事じゃ。世界各地の博士や学者を。アッといわせる研究仕遂(しと)げて。二十億万人類社会の。アタマの入れ換えするのが楽しみ。いずれそのうちその論文なら。或る大学から発表されます。それを御覧になったらわかるよ。ほかのあらゆる世界の学者は。脳の研究しかたを知らない。見当違いの思惑ずくめで。多分だろうと思った位の。真実(まこと)めかした当筒砲(あてずっぽう)だよ。一つの道理は説明出来ても。ほかの事実が解釈出来ない。あちらを立てればこちらが立たない。九尺二間に雨戸が二枚じゃ……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。九尺二間に雨戸が二枚じゃ。まして況(いわ)んや朝から晩まで。走馬燈籠(まわりどうろう)か百色眼鏡か。猫の眼玉じゃ、七面鳥じゃと。泣いて笑いつクルクルチラチラ。千変万化の秘術をつくす。人の心のその正体が。どんな姿の形のものやら。それがどうして狂うたものやら。酒屋の半七さんではないが。どこにどうして御座ろうものやら。ただの一つも解かっていませぬ。それが証拠は何より眼の前。今の精神病科の書物に。並び並んだ病気の名前じゃ。そんな書物を作った学者が。何が何やらわからぬまんまに。ザッと患者の表面(うわつら)眺めて。身振り素振りを引当て目当てに。つけもつけたり素人欺瞞(しろうとだま)しじゃ。色気狂(いろけぐる)いが色情狂だよ。人を殺せば殺人狂です。舞踏狂なら踊りを踊るの。放火狂なら放(つ)け火(び)をするのと。何の科学で調べた事かや。わかり切ったる名前の附け方。医者でなくとも誰でも附けます。怒(おこ)り上戸(じょうご)やアノ泣き上戸。笑い上戸に後引き上戸。梯子(はしご)上戸と世間の人が。酔うた姿を見かけの通りに。名前つけるとおんなじ流儀じゃ。これで診察出来るが奇妙じゃ……チャカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ。

▼あ——ア。これで診察出来るが奇妙じゃ。サテモ精神病者を受け持つ。博士、学士の医者様たちは。人の心の狂うた処や。又は狂わぬ確かな証拠を。どこで調べて見分けて行くかと。不思議がるのは又素人だよ。そこは商売、心配無用じゃ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。そこは商売、心配御無用。すべて精神病者と名付けて。遠方はるばるお医者の玄関(げんか)へ。連れて来られた人間ならば。誰が見たとて正気に見えない。かなり嵩(こう)じた連中ばかりじゃ。又は見かけが普通と変らぬ。落付き払った病人とても。家族連中や掛りのお医者が。チャントお上(かみ)へ手続き済まして。精神病者に相違が御座らぬ。不法監禁お構いなしじゃと。法律ずくめの許可証揃えて。正々堂々連れて来るから。お医者側では手数がかからぬ。家族連中の話の模様や。又は患者の態度(ようす)を眺めて。書物拡げて照し合わせて。似合相当の名前を付けたら。それで診察おわりというので。赤い煉瓦(れんが)へ打(ぶ)ち込むだけだよ。中には診察違いの者なぞ。ポツリポツリと居るかも知れぬが。これもやっぱり心配御無用。ほかの種類の病気と違うて。こいつばかりは誤診がわからぬ。一度「キの字」ときまるが最後じゃ。二度と出られぬ煉瓦の地獄じゃ。「違う違う」と云い訳したとて。それが、そのまま「キの字」の証拠と。今も昔も変らぬ運命(さだめ)じゃ。放火狂じゃと診察(みこみ)をつけて。八百屋お七を解剖したらば。何ぞ計(はか)らん色情狂だよ。窃盗狂者(どろぼうマニア)の標本(みほん)と思って。石川五右衛門入院させたら。誇大妄想狂者とわかった。なぞとお尻がハジケル心配。決してないから気楽なものだよ。テンカラ診察出来ない患者じゃ。何が何やらわからぬ病気じゃ。サテモ気楽なキチガイ医者だよ……スカラカ、チャカポコ。チャチャラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。扨(さて)も気楽な精神病(キチガイ)医者だよ。ならば治療の仕方はどうかと。心配するだけ野暮天(やぼてん)、素人。これも、やっぱり診察同様。盲目(めくら)探りの真っ暗闇だよ。すぐに脳天砕かぬところが。開け行く世のお蔭か知らぬが。患者側から云わせて見たなら。どうか解からぬ証拠は眼の前。どこでも構わぬソンジョのそこらの。精神病院覗(のぞ)いて御覧よ。鉄の格子の牢屋はもちろん。今の未決監(みけつ)や監獄なぞには。影も見せない道具の数々。鉄の鎖に袖無し襯衣(シャツ)だよ。手枷(てかせ)、足枷。磔刑(はりつけ)寝台じゃ。小窓開いた石箱なんぞが。ズラリズラット並んだ光景(ありさま)。どんな極重悪人とても。五体震わす拷問道具じゃ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。五体震わす拷問道具じゃ。それに引換え入院患者の。心の狂いをホントに治癒(なお)す。薬器械のたぐいというたら。只の一つも見当りませぬ。眠らぬ患者に麻酔(まやく)の注射じゃ。騒ぐ者には鎮静剤だよ。物を喰わねば栄養物の。注射、浣腸(かんちょう)ぐらいのものです。下手な内科や外科にも劣る。あとは治癒(なお)ればお医者の手柄で。死ねば運じゃと済ましたもんだよ。アハハのエヘヘの平気の平左(へいざ)じゃ。サテモ恐ろしキチガイ地獄じゃ……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。サテモ恐ろしキチガイ地獄じゃ。なれどここらはまだ小手調べじゃ。キチガイ地獄の三途(さんず)の川だよ。聞いたばかりで身の毛がザワ付く。八万地獄は愚かな事だよ。阿呆メチャクチャ出鱈目(でたらめ)放題。あらん限りの虐待つづける。この世からなる精神病者の。地獄ゥ——めぐりィ——はァ——サテこれェ——かァ——ら——じゃァ——い……スカラカ、チャカポコ。スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

▼スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ。あ——ア。なんと皆さん魂消(たまげ)なさるなよ。これは日本の話じゃ御座らぬ。唐(から)や天竺(てんじく)あちらの話じゃ。世界各地の精神病医が。こんな無慈悲な心で建てたる。外観(みかけ)立派な病院地獄は。こんな愚かな亡者の患者で。一つ残らず満員している。それも道理かその第一には。そんな地獄の寝台(ねだい)の数をば。今の千倍、万倍したとて。人間世界のそこでもここでも。ヒョクリヒョクリとあらわれ飛び出す。精神病者の数には足りない。しかも一旦入院したなら。治癒(なお)る期間が長いはまだしも。一生出られぬ患者もあるので。否(いや)が応でも大入満員。そこでお医者が威張るわ威張るわ。どんな事でも患者に仕向けて。面倒臭いか納める金が。すこし渋るかするその時は。直ぐにドシドシ退院させます。自宅治療のお許し附きで。無事に出て来る患者もあれば。ほかの病気の診断書(おみたて)付きで。棺に這入って出るのも在るが。後の代りはアトカラアトカラ。押すな押すなの改札口だよ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。押すな押すなの改札口だよ。なれどソイツは話が怪訝(おか)しい。奇妙、不思議じゃ一体全体。そんな処へお金を出して。何がためなら入院させるか。なぞと御不審なされるお方は。われと身内に精神病者が。出来た経験持たない方だよ。まずはゆっくりお聞きなされませ。モット驚く話がこれから。チャカラカ、チャカポコ飛び出しまする。私ゃ知らんが木魚が知っとる。……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。わたしゃ知らんが木魚が知っとる。もっと驚く事実があります。しかもどこでも共通平等。精神病院関係者ならば。云わず語りで誰でも知っとる。極秘親展正直正銘。ここを限りの話というたら。ちょっと辻褄(つじつま)合わぬか知らぬが。チャント合うのが木魚の話じゃ。すべてキチガイ患者を連れて。赤い煉瓦のお玄関先(げんかさき)へ。お辞儀しに来る連中の中でも。親や兄弟、妻子(つまこ)やなんぞは。どうか治癒(なお)して下さりませと。涙流して溜息ついて。頼み入るのが少くないが。そんな骨肉(みうち)の連中の中でも。ホンニ心(しん)から真情(まごころ)籠(こ)めて。治療(なお)すつもりで介抱するのは。実のところが母親ばっかり。それも真実わが腹痛めた。息子か娘が患者の場合じゃ。ほかの骨肉(みうち)の連中と来たなら。同じ血分けた父(おや)兄弟でも。実に冷淡無情なものだよ。殊(こと)にお若い妻君なんぞは。申訳(もうしわけ)だけ二三日位は。側で溜息吐(つ)くかと思えば。里の方から迎えに来るのを。待っていたようにハイチャイ極(き)め込む。それもまだまだ最極上だよ。医者に患者を渡すと間もなく。部屋がどこやら決定(きま)りもせぬうち。電話かけにか便所に行くのか。帯の間の鏡を覗いて。鼻のアタマをパタパタやるうち。スラリと姿を消したが別れじゃ。二度と姿を見せないものだよ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。二度と姿を見せぬが普通じゃ。ドウセ治癒(なお)らぬ病気と決定(きま)れば。医師に見せるは体裁だけだよ。棄てに来るのが本当の腹だよ。生きて生き甲斐ないこの病気。どうぞよろしく頼みますると。頼む挨拶ウラから聞くと。もしも治癒(なお)れば迷惑千万。なろう事なら殺して欲しいと。云わぬ心がハッキリ見え透く。ここが患者の生死の境いで。医者が大いに儲かるところじゃ。……オットそんなに眼の色かえて。そんな事が……とお白眼(にら)みなさるな。現にこの眼で見て来た事です。但し日本の事では御座らぬ。唐(から)や天竺(てんじく)、西洋(あちら)の事だよ。耳も無ければ眼玉も持たない。物も云わない木魚の話じゃ。……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。物を云わない木魚の話じゃ。唐や天竺あちらの話じゃ。男、女の区別を問わない。一度発狂した人間なら。ドンナ平気な顔しておっても。思いがけなく乱暴したり。人を斬ったり放火(つけび)をしたり。嫌な気持やオカシナ所業(しわざ)を。あたり八方ひろげてサラゲル。人の姿の犬畜生だよ。人間扱いするには及ばぬ。ドンナ手酷(てひど)い仕置きをするとも。石や瓦(かわら)の投げ撃ちしても。罪にゃならない相手も記憶(おぼ)えぬ。たとい立派に治癒(なお)ったようでも。いつが何時(なんどき)、再発するやら。油断がならぬと今の世までも。昔ながらにいうその上に。あれは血統(ちすじ)じゃ扨(さて)おそろしやの。何の崇(たた)りじゃ応酬(むくい)じゃなんどと。眼指(めざ)し指さしするのが世間じゃ。そんなサナカに自分の身内に。思いがけない精神病者が。ヒョイと出て来るサア一大事じゃ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。ヒョイと出て来るサア大変だよ。それも上流、金持ち社会で。ものに不自由せぬ家(うち)だったら。座敷牢でも作れば片付く。治癒(なお)る当てどもない病院へ。入れる必要あるまいなんぞと。アッサリ云うのは上流社会の。つらいところを知らない人だよ。すこし世間に知られた一家で。一度キの字を出したら最後じゃ。万劫(まんごう)末代血統(ちすじ)に障(さわ)る。早い話が忰(せがれ)や娘の。縁があぶなくなるその上に。近所隣りの目下の連中に。あれは非道(ひどう)なお金の崇りよ。無理な出世の報(むく)いよなんどと。白い眼をされ舌さし出され。うしろ指をば指(さ)さるる辛(つ)らさ。御門構えの估券(こけん)にかかわる。そこで情実、権柄(けんぺい)ずくだの。縁故辿(たど)った手数をつくして。赤い煉瓦へコッソリ入れます。もしも満員している時は。もっと届いた手数をつくして。無理な都合を院長に頼む。とかくこの世はお金の沙汰だよ。況(ま)してキチガイ地獄の沙汰だよ。閻魔面(えんまづら)した院長さんでも。すぐに地蔵の笑顔に変って。慈悲の御手(おんて)で迎える代りに。ほかの患者を極楽まわしじゃ。金があってもまずこの通りじゃ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。金があってもまずこの通りじゃ。身分家柄、名誉や地位なぞ。あれば在るほど精神病者の。自宅治療はいよいよ困難。赤い煉瓦へ人目を忍んで。封じておかねば安心出来ない。ところが中流社会となったら。きまり切ったる月給年俸。細い収入生命(いのち)の綱ぞと。頼む主人や家族の中で。だれか一人が発狂しますと。借家だったら追い立て喰います。座敷牢なぞ思いも寄らない。すこし患者に手数がかかると。貯金、恩給、忽ち煙じゃ。しかもその上介抱人が。主人だったら出勤(でかた)が叶(かな)わず。奥さんだったら仕事が出来ない。又は子供が学校に行けば。あれは「キの字」の卵よなんどと。寄って集(たか)って嘲弄されます。云うに云われぬ切なさ辛(つ)らさが。たった一度に皆落ちかかるよ。残る一つの頼みの綱なら。赤い煉瓦の院長様よと。出来ぬ算段して来て見れば。どこへ行っても満員ばかりじゃ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。どこへ行っても満員ばっかり。しかもコイツが一段落ちて。その日暮しのシガナイ稼ぎじゃ。嬶(かかあ)は内職、娘は工場(こうば)。なぞというような一家となったら。酷(むご)さ悲惨(みじめ)さ話にならない。介抱どころか、お薬どころか。すぐにそのまま一家が揃うて。顎(あご)を天井に吊るさにゃならぬ。いっそ狂うて死んでもくれたら。まだも増しよと怨(うら)んでみても。当の本人キチガイ殿は。死ぬるどころか大飯喰ろうて。治癒(なお)る当(あ)て途(ど)もない顔つきだよ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。治癒(なお)る当てどもない顔付きだよ。こんな調子で人間世界に。麦の黒穂か菜種の馬か。花や野菜の狂いと同様。わけもわからず理屈も立てずに。ヒョクリヒョクリと現われ飛び出す。数え切れない精神病者を。無料(ただ)で引受け入院させるは。広い世間に大学ばっかり。それも寝台が何百あろうか。しかも慈善でするのじゃ御座らぬ。学生教授の研究材料。生きた標本講義の参考に。都合よいのを選(よ)り取り見取りで。アトは要らぬと玄関払いじゃ。ならば私立はどうかと見ますと。これは何しろ商売本位じゃ。みんな金ずく権柄(けんぺい)ずくめの。オエライ患者で超満員だよ……チャカラカ、チャカポコ……

▼あ——ア。エライ患者の大入満員。さても斯様(かよう)に持て余されたる。数も知れない狂人たちは。どこでどうして片付けられるか。さても不思議と審(しら)べてみたれば。サアサこれから又聞き事だよ。耳も聞こえず眼玉も見えない。口も動かぬ片輪(かたわ)の木魚が。見たり聞いたりして来た話が。腹は空(から)ッポ公平無私だよ。タタキ出します阿呆陀羅経(あほだらきょう)だよ。地獄めぐりのチョンガレ文句が。ドンと一段、深みへ落ちます。……サアサ寄った寄った話の種だよ。お金は要らない。聞いたらビックリ……スカラカ、チャカポコチャカポコ。チャチャラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

▼スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ。あ——ア——あア——ア。エ——エ。さても皆さん斯様(かよう)な次第で。一人のキチガイ患者が出ますと。ほかの病気と品事(しなこと)かわって。あとに残った正気の家族が。あるにあられぬ責め苦を受けます。トテモこうして自宅(うち)へは置けない。どうかせねばと思案をしても。どうも仕様が見当りませぬ。とかくするうち無理算段した。金は無くなる、仕事は出来ない。やがて一家が干乾(ひぼ)しは眼の前。さても切なや、悲しや、辛(つ)らや……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。さても切なや、悲しや、辛らや、それも吾身は露いとわねど、お年寄られた親様はじめ。可愛い吾児(わがこ)の行末までも。生きて甲斐ない一人のために。棄てて介抱するのが道理か。人に迷惑かけないうちに。患者もろとも首でも縊(くく)って。一家揃うて死ぬのが道かや。何の因果で斯様(かよう)な憂(う)き目と泣いて怨めど肝腎カナメの。当の患者はアラレヌ眼付きで。キョロリキョロリとしているばっかり……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。キョロリキョロリとしているばかりじゃ。もとの姿は残っていても。元の心は藻抜(もぬ)けの殻だよ。人の形をしているだけに。犬や猫より始末が悪いよ。情ないとも何とも彼(か)とも。なろう事なら代ろうものをと。歎き悶(もだ)えた揚句(あげく)の果てが。切羽(せっぱ)、詰まった大罪犯す……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……。

▼あ——ア。切羽詰まった大罪犯す。どこか遠国(とおく)へ移転(ひっこ)すふりや。知らぬ処の病院さして。入れに行く振り人には見せて。又と帰らぬ野山の涯へ。泣きの涙で患者を棄てます。なれどコイツは捨児(すてご)と違うて。拾い育てる仏は居ませぬ。居らぬどころか行く先々では。打たれたたかれ追いこくられます。飢えて凍(こご)えてたおれた処の。木の根、草の根、肥やすか知れない。それを承知で見棄てる鬼をば。キョロリキョロリと探して見まわす。憐れな患者の名残りの姿を。はるか離れた物蔭、木蔭で。両手合わせる千万無量……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。両手合わせる千万無量じゃ。古い伝えは延喜(えんぎ)の昔に。あのや蝉丸(せみまる)、逆髪(さかがみ)様が。何の因果か二人も揃うて。盲人(めくら)と狂女のあられぬ姿じゃ。父の御門(みかど)に棄てられ給い。花の都をあとはるばると。知らぬ憂目に逢坂(おうさか)山の。お物語りは勿体(もったい)ないが。斯様(かよう)な浮世のせつない慣(なら)わし。切羽詰まった秘密の処分(さばき)は。古今東西いずくを問わない。金の有る無し身分の上下。是非と道理を問わないものだよ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。是非と道理がいえないものだよ。そんな事情で野山の涯に。迷う憐れな患者の中でも。すこし正気の残った者なら。他所の掃溜(はきだめ)あさってみたり。物を貰うて又生き延びるよ。そのうち正気に帰るにしても。そこでこの世の悲しさ辛らさが。遣瀬(やるせ)ないほど身に沁(し)み渡る。又は吾身の姿に恥じて。残る家族のためぞと思い。人を諦らめ世を諦らめて。流す涙が乞食の姿じゃ。三日続けば止められないと。聞いた気楽な世界に落ち込む。それがそこらの名物乞食じゃ。又は野臥(のぶせ)り山窩(さんか)にまじって。寺の門前。鎮守の森蔭。橋の袂(たもと)の蒲鉾小舎(かまぼこごや)で。虱(しらみ)取り取り暮しているのを。一人二人と集めてみたなら。迚(とて)も大した人数(にんず)になります。しかも左様なミジメな姿は。みんなこうした地獄のあわれを。知らぬ顔する国家や社会が。いっそ死ねよといわないばかりの。冷めたい仕打ちに消え行く数の。千か万かの一人か二人じゃ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。千か万かの一人か二人じゃ。なんと皆さん如何(いかが)で御座る。これが普通の病気であったら。達者な者より大切(だいじ)にされて。医者よ薬よ看護婦さんだよ。柔(やわ)い寝床じゃ、良い喰べ物じゃと。あるが上にもお見舞受けます。人間ばかりか犬畜生でも。小鳥、金魚も場合によっては。後生大切(ごしょうだいじ)に介抱されます。それに引換え精神病者は。病気の正体わからぬお蔭で。赤い煉瓦か野山の涯か。いずれ免(のが)れぬ地獄の責め苦じゃ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。いずれのがれぬ地獄の責め苦じゃ。なれど皆さんお聞きなされませ。私が今まで木魚をチャカポコ。たたき出したる地獄のお話。病院地獄と野山の地獄は。正直正銘、金箔(きんぱく)付きの。精神病者が落ち行く地獄じゃ。尋常普通のキチガイ地獄じゃ。さてもこれから今一(ひ)と馬力(ばりき)と。親に不孝な馬鹿声張り上げ。弁じ上げます地獄の話は。それにも一つ※(「走」の「土」に代えて「彡」、第3水準1-92-51)(しんにゅう)噛(か)ませた。スゴイ、ドエライ地獄の話じゃ。罪も報(むく)いも何にも知らない。正気狂わぬ普通の男女が。チャント物事弁(わきま)えながらに。不意に手足の自由を奪われ。声も出されぬ無理往生(おうじょう)だよ。無理や無体に引擦り込まれて。タタキ込まれるキチガイ地獄じゃ。しかもよくよく調べてみますと。唐(から)や天竺(てんじく)、西洋あたりに。ズラリ並んだ大建築だよ。チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。とても立派な大建築だよ。磨き立てたる金看板にも。新聞紙上の大広告にも、何々病院何々治療と。四角四面の能書(のうがき)ばっかり。別に地獄と書いてはないが。警察新聞探偵社なぞが。チャント中味を知り抜き乍(なが)らに。知らぬ顔する不思議な商売。天下御免の扉の内側へ。ウカと片足入れたが最後じゃ。泣けど叫べど狂えど藻掻(もが)けど。二度と出られぬ暗黒世界じゃ。そんな処が在るとも知らずに。二十世紀の文化の世界じゃ。科学知識の万能時代じゃ。法律道徳礼儀の世界と。威張り腐って歩るけたものだよ。明日(あす)は自分が落ちるか知れない。キチガイ地獄のドン底地獄じゃ……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……

▼チャカポコチャカポコ。チャカラカチャカポコ。あ——ア。よもや日本にゃ無いとは思うが。人を殺すにゃ短刀ピストル。麻酔薬(まやく)、毒薬、絹紐(きぬひも)、ハンカチ。数を尽くした瓦落多(がらくた)道具が。あるが中にも文明国では。一と呼ばれるホントウ国だよ。そこの首都(みやこ)のタマゲタ市(シチー)で。わしが見て来た新式手段が。意気で高尚(こうと)でハイカラ道具は。昼の日中に公々然と。巡査お医者を立会いさせて。血潮残さず指紋も止めない。ドンナ検事や探偵連中が。不審抱いて調べて見たとて。指もさされぬステキナ手段じゃ。但しお金が少々かかるが。かかる代りに利益(もうけ)が大きい。とかくこの世はお金が讐敵(かたき)じゃ……チャカポコチャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。とかくこの世はお金が讐敵じゃ。まずは財産相続事件じゃ。政治、外交、軍機の秘密と。何か素敵(すてき)な大金儲けで。彼奴(あいつ)が邪魔じゃと思うた一念。狙(ねら)う相手が一人で歩るく。情婦(いろ)の棲家(すみか)か賭博(ばくち)の打場か。又は秘密の相談場所だの。ソッと入込む息抜き場所に。近いあたりの道筋突き止め。かねて雇うた精神病医の。慾の深いを同伴させて。ソンジョそこらの巡査に頼む。実は私の親友ですが。すこし精神異状を呈し。家に帰らず淋しい処を。ブラリブラリと歩くが病い。そこでお医者に見せたいなれど。俺は何ともないなぞいうて。得物(えもの)振り立て暴れまするで。止むを得ませぬ非常の手段。いつもここらを通るとわかり。取って押えに張り込みまする。そこでお仲間両三人の。お手が拝借願えましょうか。なぞと云ううちお金をいくらか。医師の口添え右から左と。思う通りに手順を運んで。ドンと落せばドンデン返し。狙う相手は千仞奈落(せんじんならく)。生きて出られぬキチガイ地獄じゃ……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。出るに出られぬキチガイ地獄じゃ。これがお家の騒動なんかで。狙う相手がまだウラ若い。息子か娘と来ているならば。もっと気取った手段があります。殊に近代思想にカブレた。頭の過敏の連中だったら。ズット手数が省ける訳だよ。すこし皮肉に取扱ったり。又は立場をコミ入らせると。すぐに神経衰弱式だよ。頬が青褪め眼玉がキラキラ。挙動(そぶり)言語(ことば)が変って来まする。これをシコタマ掴んだお医者に。診(み)せてしまえばこっちのものだよ。静養させるは表面(うわべ)の口実。花の蕾(つぼみ)が開かぬまんまに。あわれ落ち行く無間(むげん)の地獄じゃ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。あわれ落ち行く無間の地獄じゃ。こんな患者を専門にして。やって行くのがホントウ国でも。音に名高いマッタク博士じゃ。それも初めは普通のお医者で。やっていたのがこの種の患者は。貰う謝礼がステキに大きい。そこでだんだんそちらの専門。今じゃ大入(おおいり)大繁昌だよ。ナント吃驚(びっくり)タマゲタ市(シチー)に。善美つくした病院構えて。中に並ぶが現代文化の。粋(すい)を揃えた拷問道具に。息も洩らさぬ殺人設備じゃ。一眼見たらば真夏の土用も。零下何度の大寒地獄じゃ。それに引換え表の通りは。光り輝やく玄関構えに。並ぶ自動車その数知れない。しかも富豪や名士の家庭の。秘密握っているのが強味じゃ。強請(ゆすり)次第にお金が取れます。もしもその手が利かない時には。当の本人、秘密の正体。無理に作った正気の患者を。誤診だったと発表するぞよ。すぐに全快退院させるぞ。又は患者の味方となって。そちらの秘密を世間へ発(あば)くぞ。なんぞかんぞと絞った揚句(あげく)に。ゆする相手が破産をしたり。こちらの不正が曝(ば)れると見込めば。当の秘密の入院患者に。注射一本、水薬ポッタリ。あとで解剖してみるとても。そんな薬を使わにゃならぬ。ほどに暴れた患者かどうだか。今の医学の力じゃわからぬ。そこがマッタク博士の附け目じゃ。精神病医の手品の種(たね)だよ……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。精神病医の手品の種だよ。しかもまだまだ不思議の数々。流石(さすが)キチガイ地獄の本場じゃ。ホントウ国でもタマゲタ市(シチー)で。マッタク博士が大胆不敵に。そんな商売しておりながら。同じ仲間の地道なお医者に。指を一本指されぬばかりか。文句云われず批難を受けない。政府、警察、新聞記者まで。鳴りを静めて見ているばっかり……スチャラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。鳴りを静めて見ているばかりじゃ。つづく不思議がホントウ国の。機密費用の大弗箱(ドルばこ)だよ。そこを洩れ出す巨万のお金が。マッタク博士のポケットの中へ。ソロリソロリと音さえ立てない。それかばかりかマッタク博士の。広い肩幅大きな胸には。並ぶメタルや勲章の数々。それも国家に偉大な功労。捧げた文官武官の連中が。滅多(めった)に貰えぬドエライ奴だよ。独逸(ドイツ)、仏蘭西(フランス)、英吉利(イギリス)、露西亜(ロシヤ)。日本なんぞは無かったようだが。それにつけてもマッタク博士が。そんな世界の強国相手に。ドンナ偉大な功労つくせば。コンナ勲章貰えたものかや。これはドウジャと魂消(たまげ)るばっかり……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……

▼スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ。あ——ア。さても皆さん退屈様とは。思いますれどここらで止めては。仏作って魂入れずじゃ。破れカブレの封切序(ふうきりじゅん)に。並べ上げたる不思議の数々。眼にも止まらず耳にも聞こえぬ。科学文化の地獄の正体。底のドン底のドンドコドンまで。タタキ破って曝(さ)らげて拡ろげて。これはホントにタマゲタ話じゃ。マッタク凄(すご)いよ成る程そうかと。お立会い衆(しゅ)が合点(がてん)の行くまで。ザット御機嫌伺いまする。又と聞かれぬ地獄のチョンガレ。世にも不思議な木魚の話じゃ……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。又と聞かれぬ地獄のチョンガレ。聾唖(おし)の木魚の阿呆陀羅経だよ。さても然(しか)るにスカラカ、チャカポコ。そもやホントウ民衆国は。表向きでは世界の強国。世界一ならお国の自慢じゃ。自由正義の本場ときまった。民権本位の理想の国じゃと。呼ばれまするが日本と違うて。国の元首に誰でもなれます。お金本位の勢力本位じゃ。忠義という字も言葉も無いから。一から十までお金が物言う。正義、法律、お金で買えます。良心、貞操、むろんの事だよ。自由民権手段を撰ばず。掴んで離さぬ熊鷹(くまたか)根性の。億万長者の一流どころが。国の利益は自分の利益と。盤石(ばんじゃく)動かぬ算盤(そろばん)ずくめで。政治の実権握っているから。いくら政府が交代したとて。億万長者の威光は変らぬ。上は大臣、議員をはじめて。下は巡査や兵隊たちまで。国の繁昌一手に握った。一流どころの億万長者の。お金儲けの番頭手先じゃ。法律正義の仮面を冠(かむ)って。弱い正しい人間たちの。自由、道徳、義理人情をば。片(かた)っ端(ぱし)から踏み付けまわる。そこで斯様(かよう)な富豪たちの。非道な栄華を心(しん)から憎しむ。正義の味方の学者や牧師が。言論自由の権利の下に。富豪いじめの演説はじめる。又は書物に書いたりしますと。エライエライと皆賞(ほ)め立てます。下層社会の人気が集まる。資本家倒せの輿論(よろん)が高まる……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。富豪倒せの輿論が高まる。そこで富豪が厄鬼(やっき)となります。そんな主張や輿論を掲げた。雑誌新聞デスクに投げ出し。これをどうしてくれるかなんどと。葉巻片手に政府を責めます。そこで政府は大いに困る。困る筈だよ政府の連中は。そんな富豪の番頭さんなら。御機嫌取らなきゃ立場があぶない。次の選挙の費用が貰えぬ。なれど個人の自由は自由じゃ。国の掟にちっとも触れない。筋道通った立派な人物。正義の味方の学者や牧師を。まさか追立て喰わせもならず。況(ま)して牢屋へ入れたりしたらば。エライ輿論の反対受けます。そこで思案に詰まった揚句が。裏の裏行くキチガイ地獄じゃ。そんな学者や牧師の中でも。首領株だけ眼星をつけて。お手の物なら刑事を使って。狙うているとは夢露(ゆめつゆ)知らずに。タッタ一人で淋しい処を。歩く後から足音忍ばせ。アットいう間に引ずり倒して。精神病者を押えた形式(かたち)で。大きな手錠と足錠かけます。顔に当てがう麻酔薬(まやく)のハンカチ。蔭に待たせたマッタク博士の。病院自動車眼がけて投込む。あとは皆まで云わずとわかる……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。あとは皆まで云わずとわかるよ。これを感付く文明諸国じゃ。国家個人の区別を問わない。わるい思案に詰まった連中が。こんな便利な手段は無いぞと。われもわれもと秘密(ないしょ)の頼みじゃ。這入る患者は政治家、学者。軍事探偵、大発明家。富豪、名家の跡取り世取り。又は名優スターの類だよ。他人の野心や不正の利得や。又は秘密の計画事業の。邪魔をする程手腕があったか。エライ立場におったが因果じゃ。予審、公判、宣告無しの。無期や有期の徒刑は勿論。電気椅子より手軽い死刑も。註文次第の何やら次第じゃ。ほんにこれこそ地獄の沙汰だよ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。ホンニこれこそ地獄の沙汰だよ。そこに落ち行く患者の中には。無論、狂人、瘋癲(ふうてん)病者も。申訳(もうしわけ)だけ居るには居るが。中に交(まじ)った優れた人物。英雄、豪傑、天才なんどを。白い服着た鹿爪(しかつめ)らしい。キチガイ地獄の牛頭馬頭(ごずめず)どもが。手取り足取りして行くあとから。金や勲章の山築(やまつ)く上から。ニヤリ見送るマッタク博士じゃ……チャチャラカ、チャカポコ。スチャラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……

▼チャチャラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ。あ——ア。ナント皆さん紳士や淑女よ。お立ち会い衆(しゅ)の大勢さまよ。これが私の洋行土産(みやげ)じゃ。現代文化の影身(かげみ)に付添う。この世からなる地獄の話じゃ。鳥が囀(さえず)り木の葉が茂り。花に紅葉(もみじ)に極楽浄土の。中にさまよう精神病者じゃ。身寄りたよりに突きはなされて。罪も報いも泣こうに泣かれぬ。キチガイ乞食のあわれな姿じゃ。ここの村里、彼処(かしこ)の町で。夜毎日毎(よごとひごと)に追いまくられては。石や瓦の投げ打ちされては。雨にたたかれ風に晒(さら)され。雪や氷に消え入るばっかり。そんな地獄をこの世に作った。丸い明るい天道様まで。クルリクルリと顔をば背向(そむ)けて。俺は知らぬと云うたか云わぬか。ピカリピカリと笑って御座るよ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。ピカリピカリと笑って御座るが。それはまだしも気楽な地獄じゃ。昼夜不断の電燈瓦斯燈(ガスとう)。唯物科学の文化の光りが。明るく光れば光って来るだけ。暗くなるのが精神文化じゃ。金じゃ女じゃ。権利じゃ義務じゃと。手段撰ばぬ悪智慧比べじゃ。道理外れた生存競争。電車自動車ソラ飛行機じゃと。縦横無尽に行き交(か)い飛び交う。人の運命一寸先だよ。暗に隠るる秘密の扉じゃ。連れて来られた老若男女は。狂気本気の区別を問わない。馬鹿も怜悧(りこう)も一列平等。ドンと蹴込(けこ)んでピタリと閉じたら。タッタ一呑み文句を云わせぬ。音も香(か)もなく落ち行く先だよ。娑婆(しゃば)の道理や人情の光りが。影も映(さ)さない暗黒世界じゃ。鉄筋煉瓦やセメント造りの。科学知識のこの世の地獄じゃ。中に重なるキチガイ地獄の。上に在るのが親切地獄で。次が軽蔑、冷笑地獄じゃ。下は虐待(ぎゃくたい)、暗殺地獄の。底は何やらわからぬ地獄じゃ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。あとは何やらわからぬ地獄の。次に並ぶはモ一(ひと)つスゴイよ。これは何でもわかった地獄じゃ。おのれ彼奴(あいつ)が正気の俺をば。こんな処へ投げ込みおるかと。歯噛み、身もだえ、地団駄(じだんだ)、踏んでも。踏めば踏む程、親切地獄じゃ。それでも止(や)めねば虐待地獄じゃ。あとは無念の白骨地獄で。化けても出られぬ奈落へ抜けます……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。化けて出られぬ奈落へ抜けるよ。そんな危い地獄の扉が。もしも本当(ほんと)にそこいら中に。あるとなったらさてどうなるか。お立会い衆は無論の事だよ。政府当局、天下の学者。知識階級の誰かれ問わない。血あり涙のある方々が。知らぬ顔して捨ててはおけまい。古い川柳に座敷の牢屋で。薬飲むにも油断がされぬと。(註に曰(いわ)く——座敷牢薬をのむに油断せず——柳樽(やなぎだる)——)御座りまするはお江戸の昔じゃ。況(ま)して況(いわ)んや近代文化の。科学知識の進歩の中でも。人の脳髄、心の正体。何が何やらわからぬために。精神病学研究し方が。八方塞(ふさ)がり昔のままだよ。贋(にせ)のキチガイ真実(ほんと)のキチガイ。ハッキリ区別も出来ない癖に。ほかの医学の体裁真似して。治療診察なんどというては。四角四面の病院作って。器械標本、薬に書物と。並べ飾って威張っているなら。こんな地獄が出来るは当然。これを防ぐが目下の急務じゃ。そんな病院見当り次第に。タタキ潰すが何より急務じゃ……スカラカ、チャカポコ、チャカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

▼チャチャラカ、ポコポコ。スカラカ、ポコポコ……扨(さて)も左様なイカサマ病院。キチガイ地獄が出来ないように。防ぐ工夫があるかというたら。タッタ一つの手段があります。しかもなかなか大きな仕事じゃ。どこか気候と景色のよろしい。交通便利な離れた島へ。ザット一千万円かけて。かくいう私が新案工夫の。デッカイ精神病院建てます。そこへ研究試験所つけます。患者を無料で入院させます。地獄なんぞが出来ないように。解放治療というのをやります。これも私の新案工夫じゃ。すなわち正しい精神科学の。正しいキチガイ病気の治療じゃ。薬使わず手術もしませぬ。鉄の鎖や、石箱、鉄箱。袖無襯衣(そでなしシャツ)なぞ一切使わず。ありとあらゆる精神病者を。広い処へ追い放しにして。一番自然な正しい治療を。しようというのが解放治療じゃ。いわば精神病者の牧場(まきば)じゃ。キチガイ患者の極楽世界じゃ。奇妙キテレツ珍妙無類の。世界初めの精神病院。むろん誰でも参観随意じゃ。ドンナ素敵な観物(みもの)になるかは。蓋(ふた)を開けねば私もわからぬ。何から何まで新発明だよ。スカラカ、チャカポコ。スカラカ、チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。何から何まで新発明だよ。いずれその中(うち)発表しますが。世界の学者が一人も知らない。キチガイ病気の出て来る原理じゃ。しかも頗(すこぶ)る簡単明瞭。ステキ滅法愉快な学理を。そこで実地の試験にかけます。診察予防が絶対不可能。薬も無ければ手術も出来ない。キチガイ病気の正体調べて。診察治療が出来るとなったら。トテモ評判大したものだよ。世界に人種が数ある中で。日本人種は見上げたものだよ。正義人道尊(たっと)ぶ国だよ。精神科学の先進国だと。云わせたいのが私の願いじゃ……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。云わせたいのが私の願いじゃ。なれど何しろ一千万の。金というたら大したもんだよ。私が親から引譲られた。田地田畑(でんちでんぱた)、貯金や証文。古い褌(ふんどし)お金に換えても。やっと半分そこらのものだよ。あとは政府のお助け仰いで。それにも一つ皆様方の。清い尊(たっと)いお志を。たより縋(すが)りに遣(や)りたい考え。五厘一銭、藁(わら)一筋でも。多寡(たか)は厭(いと)わぬ願人坊主じゃ。頭たたいて頂きまする……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。アタマたたいて頂戴しまする。なれど、そういう願人坊主が。やはり「キの字」の片割(かたわれ)らしいぞ。眼付き風付(ふうつ)き何やらおかしい。非人乞食に劣らぬ姿で。道のほとりに鞄(かばん)を投げ出し。駄声(だごえ)はり上げ木魚をチャカポコ。昼の日中(ひなか)に外聞晒(さら)す。しかも文句が常識外れた。世界文化の千万円じゃの。耳に聞こえず眼にさえ見せない。人の心の狂いを直すの。古今独歩の研究なんどと。途方途轍(とてつ)もない事並べて。寄附を集めるイカサマ坊主じゃ。そんな古手にかかると思うか。要らぬ処で道草喰うたぞ。早く行こうと仰言(おっしゃ)るならば。これは如何(いか)さま尤(もっと)も千万。道理至極じゃスカラカ、チャカポコ。頭たたいてお詫びをしまする……チャカポコチャカポコ……

▼あ——ア。頭たたいてお詫びをしまする。そもやそもそも一体全体。こんなスカラカ、チャカポコ頭が。身の程知らない木魚をたたいて。頼み手も無い金にもならない。要らぬ赤恥、天日(てんぴ)にさらげる。事の起りはキチガイ地獄じゃ。文明社会の裏面に拡がる。無茶と野蛮の底抜け地獄じゃ。筆も言葉も木魚も及ばぬ。むごさ、せつなさ、悲しさ辛(つ)らさを。底の底まで見て来たお蔭で。こちらの頭が少々変テコ。これをこのまま棄ててはおけぬと。思い込んだが因果のはじまり。これを助ける方法手段を。あれよこれよと思案のあげくが。精神病者を無料で預る。デカイ病院建てるが第一。それを建てるにゃ皆様方の。輿論のお力借りねばならぬ。又は一厘一銭たりとも。無駄に使わぬ思案の果だよ。思い付いたる乞食の姿が。お眼に障わったお詫びの印じゃ。今のキチガイ地獄の歌をば。印刷(はん)に起した斯様(かよう)な書物を。お立ち会い衆へお頒(わか)ちしまする。お金は要らないお願いしまする。持って帰ってお読みなされて。これはどうやら真実(ほんとう)らしいぞ。寄附をしようかと思うたお方や。扨(さて)は私の一生仕事の。狂人救済事業の中味を。もっと詳しく調べてみたい。又は世界の漫遊みやげの。眼先変ったキチガイ話や。家の崇(たた)りや血統(ちすじ)の障(さわ)りや。生霊、死霊の怨みやなんぞが。人の心を狂わせ惑わす。スゴイ因果の因縁話を。聞いてみようかそれとも又は。何か大勢集まる場所で。そんな話をやらせて見たらば。奇抜な余興になるかも知れぬと。思召(おぼしめ)したらお手数ながら。ここに挟んだ葉書が一枚。これにお名前お所番地。それとこれなる頁(ページ)の終りに。止めましたる宛名を書いて。ぽんとポストにお願いしまする。願うところはこの世の中に。こんな事実があります事を。向う三軒両お隣りや。どなたこなたの噂の種に。語り伝えて下さりませよ。すれば今云うキチガイ地獄や。人類文化の裏面の秘密が。否(いや)が応でも世間へ広まる。悪い事する精神病院。キチガイ地獄を片端なぐりに。タタキ潰せと輿論が高まる……チャカポコチャカポコ……

▼そこで政府も黙っておれない。棄てておけない重大問題。社会事業の急務というので。私が投げ出す財産全部の。五百余万のお金を基本に。精神病者を無料で預かる。国立精神病院建てます。到る処の精神病者の。生産過剰の緩和を初める……チャカポコチャカポコ……

▼人に忘られ世に忘られて。狂い藻掻(もが)いて生命(いのち)を終る。あわれな精神病者が助かる……ポコチャカポコチャカ……

▼それかばかりかその病院で。研究し出したキチガイ病気の。治療のし方が世間に広まる。世界各地のキチガイ地獄が。一つ残らず引っくり返って。ありとあらゆる精神病者の。嬲(なぶ)り殺しが止みますならば。こんな本懐至極(しごく)は御座らぬ……ポコポコチャカチャカ……

▼あ——ア。こんな本懐至極は御座らぬ。そこで成る程貴様の仕事は。実に道理(もっとも)千万至極じゃ。奇特、感心、立派な了簡(りょうけん)。俺が付いてる心配するなよ。ウント踏張り勉強やらかせ。狂人地獄をスカラカ、チャンまで。タタキ潰せよフレ——やフレーと。お賞めなされて下さるならば。私の喜び天井知らずじゃ……チャカチャカポコポコポコポコチャカチャカポコポコ……

▼スチャラカ、チャカポコ。チャチャラカ、チャカポコ。あ——ア。さても皆さん相済みませぬ。御用、お急ぎ、散歩の足をば。変な姿や奇妙な文句で。お引止めして気の毒千万。なれどつらつらおもんみまするに。三千世界を流るる時間が。何万、何億、何兆年とも。知れぬ無限の時間の中(うち)なら。五十、七十、百まで生きても。アッという間の一生涯だよ。何が何やらわからぬまんまに。会うて別れて生まれて死に行く。数え切れない人数(にんず)の中だよ。今日が只今この道傍(みちばた)で。お眼にかかるも何かの御縁じゃ。お許しなされて下さりませよ。よしやこのままお別れしても。残る名残りがスカラカチャカポコ。もしもこの後(のち)世間の噂や。雑誌新聞、小説なんぞで。キチガイ話を御覧になったり。又はホンマの精神病者を。通り縋(すが)りに御覧になったら。思い出しても下されませよ。月の光りや太陽の輝やき。星の光りも掻き消すばかりに。眼(まなこ)眩(くら)めくモダーン文化や。又は博愛仁慈の光明。正義道理のサーチライトも。昔ながらに照らさぬ世界じゃ。地獄以上のキチガイ地獄に。音も香(か)もなく消え行く先だよ。広さ深さも無限の暗(やみ)の。底に青ずみ漂う血の海。上にさまよう陰火(おにび)の焔は。罪も報いも無いまま死に行く。精神病者の無念の思いじゃ。聞いて聞こえぬ怨みの数々。聞いた心がクドキの文句じゃ。念仏代りの阿呆陀羅経(あほだらきょう)だよ。無調法なる木魚に合わせて。チョット御機嫌伺いまする。げどう——さア——えエ——もオ——んンン。キチガイ——イ——地獄ウ。

——ヘイ。御退屈様——