(Last updated, 2012 Nov. 11)
左上から、ミカワチャルメルソウ、コチャルメルソウ、エゾノチャルメルソウ、シコクチャルメルソウ、タイワンチャルメルソウ、オオチャルメルソウ、ツクシチャルメルソウ、マルバチャルメルソウの花
日本固有植物の揺り籠
急峻な山々を脊梁に据え、黒潮に洗われ年間を通じて雨に恵まれた日本列島では、清く冷たい沢水に潤う溪畔林がどこにでも見られます。溪畔林やそれを取り巻く温暖湿潤な森林こそが、大陸では生き残ることのできなかった植物たちを育み、また日本独自の植物の進化の揺り籠にもなったようです(1)。このことは、日本でしか見られない植物、すなわち日本の固有植物がどのような種で占められているかを見れば一目瞭然です。固有植物の中でも固有属は17属ありますが、このうち約半数、すなわちコウヤマキ属、シラネアオイ属、レンゲショウマ属、トガクシソウ属、オサバグサ属、イナモリソウ属、クサヤツデ属、オオモミジガサ属は湿潤な溪畔林を中心とした環境を好む植物たちです。また固有属ではありませんが、属を構成する種の大半が日本固有である植物の属としては、カンアオイ属、ホトトギス属、ギボウシ属、アジサイ属、そしてチャルメルソウ属が挙げられ、これらはいずれもやはり湿潤な林の下に自生する植物たちです。
このような日本列島特有の植物たちを擁する生態系の中ではまた、独特な共生関係が営まれているに違いありません。しかし、これらの植物と昆虫の関係についての研究は、まだまだ十分になされているとは言えないのです。そんな中、ちょうど10年前の春、京都の北山で私が出会ったのが、チャルメルソウとその受粉を助ける昆虫(送粉者)との特別な共生の姿でした。
チャルメルソウの秘密
図1:チャルメラにそっくりなチャルメルソウ類の果実
ところでチャルメルソウとは変わった名前ですが、これは果実の形に由来します。受粉が終わった後の花が空を仰ぐように上を向き、中央からパカリと半分に割れるとチャルメラ(ラッパの一種)そっくりの果実が出来上がります(図1)。やがて雨の日になると、雨粒が「チャルメラ」の口に落ち、中にぎっしりと詰まっている種子をはじき飛ばし、あたりにばらまくのです(2)。ばらまかれた種子は、時には沢の水に流されて遥か遠くにも運ばれます。
図2:チャルメルソウの花 枝分かれした奇妙な花弁とクリーム色の雄しべが5つずつ並び、中央には2又に分かれた唇のような形の雌しべがある。
チャルメルソウの花は小さく目立ちませんが、近づいて良く見てみると果実以上に大変奇妙な形をしていることが分かります。特に目を引くのが針のように細長く枝分かれしている花弁です(図2)。一体なぜこんな形をしているのでしょうか?
チャルメルソウの花には昼間、あるいは夜もほとんど何の昆虫も訪れませんが、夕方になるとふわふわと頼りなげに小さな昆虫が飛んで来るのに気づきます。これがチャルメルソウ専属のパートナー、ミカドシギキノコバエです(図3)。ミカドシギキノコバエはキノコバエ科に属する昆虫で、ハエといっても、すらりと足が長く、どちらかといえばカに似た姿をしています。長い足の先が必ずあの細長い花弁にかけられていることから、どうやら花弁の奇妙な形には、キノコバエの長い足でも上手くつかまれる足場としての役割がありそうです。ミカドシギキノコバエはキノコバエの仲間としては特異な、長い口を持っており、それでしきりにチャルメルソウの花蜜を吸っています。花から花へ飛びうつるミカドシギキノコバエをつかまえると、その口にはぎっしりと花粉がついているので、確かにこの昆虫が受粉を助けていることが分かりま す。試しに、チャルメルソウの雌花を咲きはじめから網で覆ってしまうと、全く果実をつけないことからもミカドシギキノコバエの働きは一目瞭然です(3)。
図3:チャルメルソウの花を訪れ、吸蜜するミカドシギキノコバエのメス
種ごとに異なる送粉者との関係
それにしても、どうしてまたチャルメルソウはこんな変わった昆虫1種だけに受粉を頼るようになってしまったのでしょうか?実際、たった1種のキノコバエに受粉を頼る植物なんて、この発見の前までは世界中でも全く知られていませんでした。秘密を解くのは少々骨が折れそうですが、その前にもうひとつ気になることがあります。それは、日本にはチャルメルソウの他に、同じチャルメルソウ属の植物が13種もあるということです。これらの種は1種を除いて全て日本固有で、しかも近縁な種が周辺地域にほとんどないことから、チャルメルソウの仲間が日本列島を舞台にしてこのように多くの種に進化したことがはっきり分かります。他のチャルメルソウの仲間ではどのような昆虫に花粉を運ばれているのでしょうか?
例えば九州の北部から四国、本州の全域と、日本のチャルメルソウの仲間としては例外的に広い地域に分布する種にコチャルメルソウがあります。コチャルメルソウはチャルメルソウに極めて近縁な種で、しばしばこの2種は隣り合って生えていますが、花の姿は少々異なっています。チャルメルソウの花は開花しても萼片が完全には開かないので、花の形はやや釣鐘型をしています。一方コチャルメルソウの場合、萼片は反り返り、花弁は平らに開き、また雌しべの基部にある蜜を分泌する部分(花盤)が広く発達するので、全体として花の形が皿形をしています。他の種も見てみると、それぞれ皿形の花を持つ種(オオチャルメルソウ、モミジチャルメルソウ、ツクシチャルメルソウ、トサノチャルメルソウなど)と、釣鐘型の花を持つ種(タキミチャルメルソウ、シコクチャルメルソウ、ミカワチャルメルソウなど)に分かれることに気づきます(図4)。この違いは何を意味しているのでしょうか?
図4: 皿形の花と釣鐘型の花 オオチャルメルソウ(左)、タキミチャルメルソウ(右)
チャルメルソウよりやや早くに咲くコチャルメルソウの花ですが、驚いたことに、いくら待っていてもミカドシギキノコバエが花を訪れることはありません。代わりに、近縁な昆虫であるクロコエダキノコバエなどの口の短いキノコバエの仲間が花を訪れ、蜜を吸います(図5)。ここでもやはり、これらの昆虫の頭部にはびっしりと花粉が付いており、彼らが送粉者として重要な役割を果たしていることが分かります。さらに、日本に自生するチャルメルソウ属のほとんどの種で調査してみると、釣鐘型の花を持つ種ではミカドシギキノコバエだけが花粉を運ぶのに対して、皿形の花を持つ種では主に口の短いキノコバエ類が花粉を運ぶというように、はっきりと共生の仕組みが異なることが明らかになってきました(4)。
図5: コチャルメルソウの花を訪れ、吸蜜するクロコエダキノコバエのメス
自然界では雑種ができない不思議
ところで、日本に自生するチャルメルソウの仲間の中には、2種が同じ場所に生える組み合わせがあります。例えば京都の北山ではチャルメルソウとコチャルメルソウが、四国ではシコクチャルメルソウとトサノチャルメルソウが隣り合って生えています。これらの種の間で人工的に受粉実験を行うと、容易く雑種ができてしまいますが、こうしてできた雑種は繁殖力が低く、親植物にとってみればあまり生まれてほしくない子供です。そして不思議なことに、自然界でチャルメルソウの雑種を見かけることはほとんどありません。ここまでの話でもうお気づきかもしれませんが、これは、共存するチャルメルソウの仲間の種間で花粉を運ぶ昆虫の種類が異なるためなのです。
ようやく最初の疑問の答えらしきものがわずかばかり見えてきました。そう、チャルメルソウがミカドシギキノコバエただ1種に花粉を運んでもらうのは、彼らがたとえ近縁なチャルメルソウ属の他の種であっても他の植物に見向きもせず、ただチャルメルソウの花だけを訪れて、確実に同種の花粉を受け渡してくれるからだったのです。
それにしてもチャルメルソウはどうやって、数ある昆虫からたった1種のミカドシギキノコバエだけ選んで呼び寄せることができるのでしょうか?まだこの謎は解けていませんが、私はチャルメルソウの花から出される奇妙な匂いに注目しています。チャルメルソウの仲間はどの種も、送粉者が多く訪れる夕方になると、それぞれ少しずつ違った奇妙な香りを花から漂わせることに気づきました。この香りが、送粉者とのコミュニケーションに使われているはずだと考え、現在成分を分析中です。近いうちに、その研究成果もご報告できるでしょう(2016年追記:その謎を一部解明した研究の紹介はこちら)。
引用文献
加藤真 生命は細部に宿りたまう ミクロハビタットの小宇宙 岩波書店
Savile D. B. O. 1953. Splash-Cup Dispersal Mechanism in Chrysosplenium and Mitella. Science 117: 250-251.
Okuyama Y., M. Kato, and N. Murakami. 2004. Pollination by fungus gnats in four species of the genus Mitella (Saxifragaceae). Botanical Journal of the Linnean Society 144: 449-460.
Okuyama, Y., O. Pellmyr, and M. Kato. 2008. Parallel floral adaptations to pollination by fungus gnats within the genus Mitella (Saxifragaceae). Molecular Phylogenetics and Evolution 46: 560-575.
(このページの内容は、ミルシル2012年7月号「共生・共進化する植物の世界」 第5回 渓畔林の共生系~チャルメルソウとミカドシギキノコバエ~ として執筆した記事を元にしています)