論文紹介(Okuyama 2016)

半世紀ぶりのチャルメルソウ属の新種アマミチャルメルソウを発見、記載し、その系統関係を明らかにしました。

鹿児島県奄美大島で地元の生物研究家森田秀一氏が発見した未知の植物が、世界でも過去56年間発見されていなかったユキノシタ科チャルメルソウ属の新種であることを確認し、アマミチャルメルソウ(学名Mitella amamiana Y. Okuyama)として記載、発表しました。

【研究の背景】

チャルメルソウ属は、北米および東アジアの温帯林に20種が知られている多年草で、特に日本で著しい多様化を遂げていることから、植物の進化研究に適した植物として詳しく研究されています。これらの20種のほとんどは20世紀初頭までに発見されたものであり(下表)、1959年に東京科学博物館(現在の国立科学博物館)の大井次三郎博士が発表したミカワチャルメルソウを最後に、世界からチャルメルソウの新種が発見されることはありませんでした。また、国外では台湾の標高1000m以上の高地にも分布するものの、国内では屋久島に分布するヒメチャルメルソウが分布の南限であり、奄美諸島以南にはチャルメルソウの仲間は存在しないと考えられていました。

表:チャルメルソウ属全21種記載の年表

【研究の内容】

2011年3月、鹿児島県奄美市在住の生物研究家森田秀一氏が奄美大島の山中で、チャルメルソウの仲間と思われる植物を発見しました。また標本が地元の植物研究家を通じて国立科学博物館に送られました。前述の通り、奄美大島にはチャルメルソウの仲間が自生するという記録はなかったため、この植物の発見自体が驚くべきものでした。植物の形態や遺伝子情報を国立科学博物館で詳しく調べたところ、この植物はこれまで知られていたどのチャルメルソウの種とも異なるものであることが判明し、新種アマミチャルメルソウとして記載、発表しました(図1)。アマミチャルメルソウは屋久島にのみ自生するヒメチャルメルソウによく似ているものの、ヒメチャルメルソウでは完全に退化してしまっている花弁が不完全ながら残っていることや、植物体がより大きい等の特徴で区別出来ます。

また遺伝子解析の結果からも、この新種が形態的にもよく似ているヒメチャルメルソウに極めて近縁であることが明らかになりました(図2)。屋久島と奄美大島の間は、少なくとも130万年以上昔から存在したと考えられる琉球列島でも最も深い海峡のひとつ、トカラ海峡で隔てられています。乾燥や塩分に著しく弱く分散能力に乏しいチャルメルソウの仲間の近縁種同士がこの両側に自生することは、屋久島が位置する北琉球と、奄美大島が位置する中琉球のそれぞれ独自の生物相が、両地域が地続きだった時代から長い年月をかけてどのように進化し、形成されたかを考える上でもとても重要な発見です。

図1:アマミチャルメルソウの生態写真

A: アマミチャルメルソウの自生地での様子。小さい滝の水しぶきがかかるような岩上に群生している。B: 開花株。C: 花の拡大写真。花弁は退化傾向。雄しべは5本で、中央に2またに分かれた雌しべがある。D: 研究用に採集され、国立科学博物館標本庫に収蔵された株。スケール:BとDは1cm、Cは1mm。

【今後の展望】

日本国内にあってごく最近まで発見されなかったことからも想像出来るように、新種アマミチャルメルソウの自生地は奄美大島でもごく狭い範囲に限られています。またその個体数も推定で1000以下と、極めて希少であり、些細な人為的影響でも存続が危ぶまれる状況(国際基準では絶滅危惧IB類に相当)です。したがって本種の自生地を厳重に保護することが重要です。

本種は種子繁殖で容易に増殖することができるため、国立科学博物館筑波実験植物園では、現在研究用に栽培されている約10株の本種を増殖し、研究用に日本全国の植物園に配布するなどしてリスクの軽減を行います。

図2:日本産チャルメルソウ節の分子系統樹。核リボゾームETS+ITS領域計985塩基対を元に描いた再節約系統樹のうちのひとつ。枝上の数値はそれぞれ最節約法、最尤法によるブートストラップ解析による枝の信頼度(%)元論文では、この他にさらに核ゲノム中のデンプン合成酵素遺伝子GBSSIA-copyAGBSSIA-copyBを利用した分子系統解析も行い、基本的に同じ結論を得ています。