論文紹介(Okuyama et al. 2018)

チャルメルソウの仲間は、下の写真のように沢沿いの苔むした環境に好んで生えています。このコケとチャルメルソウ(写真はシコクチャルメルソウ)の間に、これまで誰も予想しなかった関係があることを今回の研究で明らかにしました。

チャルメルソウの仲間はこれまで繰り返し紹介してきたように、特定のキノコバエの仲間に花粉媒介を頼っています。例えば写真のチャルメルソウの場合、ミカドシギキノコバエ1種だけが主要な花粉媒介者です。しかしこの昆虫が周辺に生息していて必ずこの花にやってくるのはなぜなのでしょうか?

この謎を明らかにするためには、チャルメルソウの仲間の花にやってくるキノコバエ類の生活史を解明する必要があります。これまで、キノコバエの仲間はそのほとんどが菌食性(幼虫時代にきのこを食べて育つ)であると考えられてきました。ところが、きのこから発生する昆虫の研究は数多くあるにもかかわらず、チャルメルソウの仲間の花粉を運ぶミカドシギキノコバエをはじめとするキノコバエの仲間がきのこから発生するという記録は皆無だったのです。つまり、これらの昆虫が幼虫時代に何を食べているのかは謎でした。

僕は長年チャルメルソウの仲間の花を春に観察していて、時折ミカドシギキノコバエのメスが、写真のようにチャルメルソウ周辺に生えているコケにとまり、腹部を曲げて産卵している場面に出くわしました。それで「なぜコケなのか?もしかしてこの昆虫の幼虫はコケを食べているのではないか?」と考えたわけです。

そう考え、冬にミカドシギキノコバエの産卵が見られたチョウチンゴケの仲間を採取し、実験室に持ち帰って丹念に中を調べると、写真のような体長3cm程度はある大型の幼虫を発見しました。その姿や粘液の糸を吐く性質などからキノコバエの仲間の幼虫に間違いありません。食べたコケが透けて見えてます。

この幼虫をしばらく飼育することで、予想通りミカドシギキノコバエ成虫が羽化してきました。これは本研究が世界初公開になるミカドシギキノコバエの繭の写真です。粘液の糸で覆われており、妖しくも非常に美しいものです。

この発見と並行して、僕の師匠である加藤真先生が、全く別のコケ類であるジャゴケ(チョウチンゴケはセン類だが、ジャゴケはタイ類)からキノコバエの仲間が頻繁に羽化してくることに気づいていました。加藤先生はコバネガなどのジャゴケ食の昆虫を研究していてこの事に気づいたのでした。

このジャゴケから発生するキノコバエ類を見せてもらった僕は、それがコチャルメルソウなどの花にやってきて花粉を運ぶキノコバエ類にそっくりであることに気づきました。しかしキノコバエの分類に自信がないため、これらが本当にコチャルメルソウの花にやってくるものと同じか確信が持てませんでした。そこで、加藤先生の日本全国のジャゴケその他のコケにいた幼虫、あるいはそこから羽化してきたキノコバエ類のコレクションと、僕の、コチャルメルソウなどの花にやってきたキノコバエ類を採集したコレクションとが同じものかどうかを、DNAバーコーディングの手法を用いて検証しました。

上の図は今回の研究で解析したキノコバエ101サンプルのミトコンドリアCOI領域DNA配列に基づく系統樹です。緑色のラベルはコケから得られたサンプル個体、青色のラベルはチャルメルソウ類の花を訪れていた個体を示しています。この結果からわかることは、ミカドシギキノコバエの他にも、コケ類を食べるキノコバエの仲間は少なくとも7種おり(すべてBoletina属)、うち5種はチャルメルソウの花を訪れるキノコバエと同じものだということです。

これらの発見から、驚くべき生き物の関係が見えてきます。それは、チャルメルソウの仲間が、その花粉媒介を担うキノコバエ類を介して、間接的に周囲のコケ類(チョウチンゴケ類やジャゴケ類)に繁殖を依存していたということです。

このようなコケを食べるキノコバエに繁殖を頼っているのは、どうやらチャルメルソウだけではなさそうです。最近、他にもキノコバエ類が重要な送粉者となっている例が日本の森林性の植物種で見つかっていて(リンク先参考)、これらの送粉者の一部はコケ食の可能性が高いです。このキノコバエの仲間のように、生活史が分かっていない生き物というのはまだ無数に存在します。この幼虫期の生態も非常に小さな発見に過ぎないと言えますが、本研究が示唆しているのは、生き物同士が我々の想像もしない形でつながっている例がまだまだ多くあるに違いないということです。

なお、実はコケ食のキノコバエ 類がいるという発見は僕らがはじめてではありませんでした。ミカドシギキノコバエの近縁種とBoletina属の一種がそれぞれセン類とタイ類を食べていたという観察例が1920年と1925年(ほぼ100年前!)にあることをノルウェーの共著者Jostein Kjærandsenが教えてくれたのです。しかしその後これを誰も確認できず、約100年経って僕らがより詳細にコケ食のキノコバエ類の実態を明らかにしたということでした。ちなみにJosteinはガチガチのキノコバエ の分類学者で、彼の助けがあったのでコケ食のキノコバエ 類の実態についてもかなり分かってきました。今回調べたキノコバエ 類のうち、少なくとも2種は未記載種であることが分かり、他については種名や世界的な分布なども分かっています。

※余談ですが、実はJostein Kjærandsenとは東日本大震災の日、乗る予定だった飛行機が飛ばなかったために当時生態学会が行われていた札幌に延泊することになり、その晩にはじめて会ったのでした。彼はきのこのシンポジウムに講演者として招待されていました。不思議な縁です。世界で数えるほどしかいないキノコバエの研究者です。お互いの研究のこともよく知っており、飲み会の席で話は弾みました。本当に、サイエンスに国境はないのです。今回の論文でも、純粋な共通の興味に突き動かされて共に仕事をできたのは本当に素晴らしい経験でした。