論文紹介(Okamoto, Okuyama, et al. 2015)

花の香りが変わると新種誕生!

〜植物の種(しゅ)が生まれる際に花の香りが重要な役割を果たしたことを実証〜

【原著】Okamoto, T., Okuyama, Y., Goto, R., Tokoro, M., & Kato, M. 2015. Parallel chemical switches underlying pollinator isolation in Asian Mitella. Journal of Evolutionary Biology 28: 590-600. (原著リンク:オープンアクセス)

研究のポイント

○チャルメルソウが花粉を運ぶ特別な昆虫を誘引するのに、花の香り成分「ライラックアルデヒド」を用いていることを発見

○ライラックアルデヒドを含む花の香りが、種の誕生に伴って繰り返し進化していることを発見

○特定の花の香り成分の進化が生殖隔離の原因となり、植物の新しい種を生むきっかけになることを実証

【背景】

現在、地球上には30万種を越える植物が生きていますが、このうち9割以上を被子植物(花を咲かせる植物)が占めています。このようなたくさんの植物の種は、新しい種が生まれる「種分化」という現象を繰り返し起こしたことで誕生したと考えられます。なぜ花を咲かせる植物で際立ってたくさんの種が生まれたのか?この疑問は、進化論の父ダーウィンをはじめとして、多くの生物学者を悩ませた問題でした。

その謎を解く鍵のひとつは、昆虫をはじめとする花粉を運ぶ動物(送粉者)との関係にあるのではないかと考えられています。なぜなら花は、植物が決まった送粉者に花粉を運んでもらい、繁殖を成功させるために獲得した被子植物固有の器官だからです。また、異なる植物種が別の送粉者に花粉を運んでもらうことで、同じ場所に多くの植物種が共存できている例がよく見られることも、この説を裏付ける根拠になります。しかし、どのような要因が引き金となって植物に何が起こり、またそれに対し送粉者がどう反応することで種分化が起きるのかについてはよく分かっていませんでした。本研究はこの、「送粉者が関与した植物の種分化」の仕組みのひとつを解明した研究です。

【内容】

ふつう、生物の異なる種の間では、子孫ができないため、お互いが混じり合わず、違いが保たれています。従って、新しい種が生まれる種分化の際には、お互いの間で子孫が作られない仕組み(生殖隔離)が新たに生まれると考えられます(図1)。

図1: 種分化の模式図。はじめ種Aしかいない状態(上)から、種Aの一部の個体に、元の種Aと交配できない性質が進化する(下)と、生殖隔離が生まれ、種Bが新たに生まれる。点線が生殖隔離を表わす。

植物の場合は、近くに近縁な種同士が生えていても、お互いの間で花粉のやり取りがないために生殖隔離が成立していることがよくあります。そして、この花粉のやり取りを決めているのが花粉を運ぶ昆虫(送粉者)です。従って、送粉者が花粉のやり取りを制限している原因を明らかにすることで、新しい種が生じた仕組みを明らかに出来る可能性があるのです。そこで私たちはチャルメルソウの仲間に着目しました。

チャルメルソウの仲間(図2)は、本州以南、山地の渓流沿いに13種もが知られている多年草で、海外に似た種がほとんど無いため、日本列島を舞台に独自の種分化を遂げたと考えられる植物です。これらはお互いにとても近縁で、人工的に交配を行うと簡単に雑種ができてしまうにも関わらず、野外で別種が共存していてもほとんど雑種を作ることがありません。ですから、植物の新しい種が生まれる仕組みを研究するのに、チャルメルソウの仲間はうってつけの研究材料なのです。

図2:チャルメルソウの自生地での姿(左)と、チャルメルソウの仲間12種の花(右)。とても小さな花ですが、種ごとに花の香りが異なります。

私たちは、野外でチャルメルソウの雑種が出来ない仕組みを調べていくうちに、同じ場所に生えているチャルメルソウの仲間の2種の間では、花粉を運ぶ昆虫「キノコバエ」の種が異なることを発見しました(図3)。

図3:同じ場所(京都市貴船)に生えているチャルメルソウ(左)とコチャルメルソウ(右)の間では、自然に雑種が出来ることはほとんどありません。これは、チャルメルソウが長い口が特徴的なミカドシギキノコバエだけを花に呼び(右)、コチャルメルソウが口が長くないコエダキノコバエを花に呼ぶ(右)ことで、お互いの間で花粉のやり取りが起こらないためであることを発見しました。

また、この昆虫に実際にチャルメルソウの花の匂い成分を与え、反応を調べる実験(図4)を行ったところ、匂い成分「ライラックアルデヒド」が一方のチャルメルソウの種の花粉を運ぶ「ミカドシギキノコバエ」には好まれ、同じ場所に生えるもう一方のチャルメルソウの種の花粉を運ぶ「コエダキノコバエ」には反対に嫌われる性質があることを明らかにしました。つまり、このライラックアルデヒドが特別なキノコバエだけを花に誘引するのに重要な役割を果たしていることを突き止めたのです。

図4:チャルメルソウの花の香りをガスクロマトグラフィー法によって分離し、成分別にミカドシギキノコバエの触角に当てて反応を見た実験(GC-EAD法)。ライラックアルデヒドにだけミカドシギキノコバエの触角が反応していることが分かります。この他に、昆虫の花の香り成分に対する反応を見る行動実験も行っています。

そこで、チャルメルソウの仲間13種の種分化の歴史をDNA配列から調べたところ、このライラックアルデヒドを含む花の匂いの進化と、それに伴うミカドシギキノコバエ/コエダキノコバエの間での送粉者の転換によって起きた種分化が、おそらく過去5回繰り返したことを突き止めました(図5)。これは、日本列島で繰り返しチャルメルソウの新しい種が生まれる際に花の香り成分「ライラックアルデヒド」が重要な役割を果たしたことを示しています。

図5:明らかになったチャルメルソウの仲間の新しい種が生まれる仕組み。例えば、ライラックアルデヒドを持つ祖先種の中から、ライラックアルデヒドを持たない個体が生じると、ライラックアルデヒドを嫌うコエダキノコバエが訪れるようになり、一方でライラックアルデヒドを好むミカドシギキノコバエは訪れなくなるため、生殖隔離が生じます(左)。このような進化は、チャルメルソウの仲間で5回繰り返し起き、種分化を引き起こしたと考えられます(右)。

これまで、花の香りが変化することで送粉者が変わり、新しい植物の種が生まれることは、花が送粉者をだまして呼び寄せるランのような極めて特殊な例で知られていただけでした。本研究から、チャルメルソウのように、花の蜜を求めてやってくる昆虫に花粉を運んでもらうような、より一般的なタイプの花でも同様の種分化が起きうることが実証されました。すなわち、花の香りの進化による植物の種分化がより自然界に広く見られる可能性があることが示されたのです。

【今後の展望】

チャルメルソウの仲間でライラックアルデヒドを含む花の匂いが進化し、それによって送粉者が変化することが今回の研究から明らかになりましたが、一体どのような環境要因が引き金となり、またどのような自然選択が働いて花の匂いの進化が起きたのかは不明なままです。今後、チャルメルソウの仲間の花の匂いの多様性が生まれる仕組みを遺伝子レベルで解き明かし、また、チャルメルソウの仲間の種ごとの生態的特性などをより詳細に調べることで、これらの謎を解明していく予定です。これによって、花の香りの進化が植物の種の多様性を生む仕組みとして本当に重要なのか、またどのような場合にこのような種分化が起きるのかをより詳しく知ることが出来ると考えられます。また、その過程で、香水にも欠かせないライラックの香りの主成分であるライラックアルデヒドが植物体内でどのように作られるかを明らかにすることも出来るかもしれません。

【用語解説】

生殖隔離

有性生殖を行う生き物の間で、相互に交配が起こらない状態を指します。動物の場合は、体の模様や、フェロモン、あるいは鳴き声などで同種と別種を識別することが多く、これが生殖隔離のメカニズムとして働いていることが知られています。