バルク式はすでに十分にシンプルになっていますが、人間の「お片付け欲」はまだ止まりません。とくに (3.9) と (3.11) などを見比べてみますと、ρ やら Cp やら rA やら、共通の係数が多く出てきて、もっと綺麗にできるんじゃないか感があります。
できます。
ただし、それをするために、観測高度 z は地表面(熱源、蒸発散源)にごく近いところに取ることにします[1]。理由はすぐにわかるでしょう。まあフラックス一定となる境界層内であれば、関心高度は地表面から近かろうが遠かろうが共通のフラックスが得られるはずなので、一般性を失わない仮定です。
この仮定のもとで (3.11) を少し変形します。
esat (T) は温度Tにおける飽和水蒸気圧の意です。2段目への変形で、地表面と関心高度が近い条件から、地表面温度と関心高度の気温の差も小さいと仮定できるので、飽和水蒸気圧のT0における微分係数∂esat/∂Tによる一次近似を用いました。
なお微分係数の表記がわずらわしいので、慣例的にΔで書かれるようです(変化量の記号とまぎらわしいですが…)
また、esat (T) - e は関心高度における飽差 D のことです(仮定から、ほぼ地表面付近の飽和 Dともいえます)。
これらに加え、Tの2高度差の部分に (3.9) から得られる式を代入すれば、
いい感じの雰囲気です。ここでさらに地表面のエネルギー収支を考え、λEとHを関係づけましょう。
地表面におけるエネルギー収支(保存則)をおさらいしておきましょう。
地球の気象現象の駆動因は元を正せば放射エネルギーなので、まず放射について考えます。地表にやってくる太陽の放射フラックス(放射照度ともいいます)を下向きの短波放射S↓と書き、このうち地表で跳ね返るぶんをS↑と書きます。アルベド(短波領域の反射率)ref を用いてS↑ = ref S↓です。
また、地表面の熱放射により失われるエネルギーフラックスは、ステファンボルツマンの法則により L↑= ε σ T0^4です。εは熱赤外領域の放射率、σはステファンボルツマン定数です。大気(その他、環境中)からの熱放射により地表に入る長波放射はまとめてL↓としておきます。放射率と吸収率は等しい(キルヒホッフの法則)ことに注意して、地表面に正味残る放射エネルギーフラックスは Rn = (1 - ref) S↓+ ε (L↓- σ T0^4) です。これを正味放射量(net radiation)といいます。
こうして地表面に入ったエネルギーの行き先をカウントすると、一部は顕熱輸送に使われ、一部は蒸発に使われ、一部は地表面以下の温度を上昇させることに使われるので、
Rn = H + λE + G
と書けます(エネルギー収支式)。Hは顕熱フラックス、λEは潜熱フラックス、Gは地中熱流量あるいは貯熱量です [2]。
このエネルギー収支式を時間平均し、式 (4.2) から顕熱 H を消去すれば、
これをλEについて解けば、
がめでたく得られます。式 (4.4) がペンマン・モンティース式です。
地表面が十分湿潤(β ≒ 1、つまり地表面が飽和比湿とみなせるほどに湿っている)であれば、式 (3.8) より rc ≒ 0 なので、
となります。これはペンマンの可能蒸発量と呼ばれます。いうなればその地表面が潜在的にもつ最大の蒸発可能量、といったところです。実際の蒸発量はここから蒸発効率 β (あるいは群落抵抗 rC)の効果によって減少します。
ちなみに可能蒸発量のうち、大気の相対湿度が100 %であるケースは、D = 0 より
で推定できます。こちらは平衡蒸発量と呼ばれます。式 (4.6) はあまりにシンプルで使い勝手が良いためか、これに経験的係数 α(たとえば1.26)をかけるだけで可能蒸発量を推定する方法(Priestley & Taylor式)もあります。もちろんお分かりのように、その推定精度は α をどう取るかに依存します。使う場合は、できるだけ似たシチュエーションの文献値を参照するか、α自体をパラメータ化し地表面条件・気象条件に対応して変化させるなどの工夫をすべきでしょう。
[1] これはたとえば、個葉の気孔周辺にズームしたような状況で、「ビッグリーフモデル」などと呼ばれます。本当に個葉の気孔周辺のみをモデル化するとすれば、群落抵抗 rc は気孔抵抗 rcuticle で置き換えることになるでしょう。
[2] 十分長い観測期間をとる(正味の熱貯留が0)ことで、G = 0とすることもあります。