Research contents / 研究内容

(最終更新:2022年6月29日)
ここでは,榊原の研究内容を簡単に紹介します.

現在進行形の研究テーマ(本来は他にも色々とありますが,現在手を回せているのはこれくらいです…(すみません))

以下で,研究内容の詳細について,ここに書ける範囲で今までの成果と合わせて紹介します.

基本解近似解法の数学解析

基本解近似解法(Method of Fundamental Solutions, MFS)は,日本では代用電荷法(Charge Simulation Method, CSM)としてもよく知られている,線型同次偏微分方程式に対するメッシュフリー数値解法です.その原理を説明するために,Ωを平面内の滑らかな境界を持つ有界領域とし,そこで偏微分方程式 Lu = 0 を考えましょう.MFSは,次の手順により,近似解を構成します.

(i)特異点 y_k, k=1,...,N を領域 Ω の外部から適当にとります.

(ii)近似解 u^{(N)} を次で構成します:u^{(N)}(x) = \sum_{k=1}^N Q_k E(x - y_k).ここで,E は L の基本解です.ここで特に留意すべきことは,特異点,線型結合の係数の選び方に依らずに,u^{(N)} は偏微分方程式を厳密に満たすことです:Lu^{(N)} = 0.すると,線型結合の係数の選び方は色々と考えられますが,ここでは,最も単純と思われる,(Dirichlet,Neumann,Robin など線型の)境界条件 Bu = f on ∂Ω を選点法により近似する手法を紹介します.

(iii)選点 x_j, j = 1,...,N を領域 Ω の境界 ∂Ω から適当にとります.そして,次の近似境界条件を課します:Bu^{(N)}(x_j) = f(x_j), j = 1,...,N.

このように,MFSは,考えている作用素の基本解を用いることで近似解を構成します.したがって,有限要素法や差分法に比べて汎用性には劣ります.しかしながら,ある条件下では,近似誤差が点の数 N に関して指数的に減衰することが知られています.すなわち,少ない点の数で高精度な近似解を求めることができるわけです.このように,MFSには非常に良い性質があるのですが,上で青字で書いた,"適当に"や"ある条件下"を数学的に正確に捉えるのは非常に難しい問題です.つまり,問題領域が与えられた時,特異点・選点をどのように配置するかを数学の言葉で述べ,その下で誤差の振る舞いを精密な不等式評価により解明することが,数学の立場からのMFSの研究になります.この問題意識を持った上で,今まで私は以下の結果を得ています.

論文[12]先行研究では,円環領域を除いて,ポテンシャル問題に対するMFSの数学解析は単連結領域でのみ行われてきました.一方で,応用に鑑みると,多重連結領域におけるポテンシャル問題に対するMFSの数学解析をすることが非常に重要になってきます.そこで,本論文では,多重連結領域におけるMFSの数学理論の構築の足がけとして,二重連結領域における解析を行いました

論文[13]ポテンシャル問題に対するMFSでは,基底函数が対数ポテンシャルとなりますが,これは解の一重層ポテンシャル表現のある種の離散化であると捉えることができます.しかしながら,ポテンシャル論の立場から見ると,ポテンシャル問題に対しては,二重層ポテンシャルを用いるのが自然であり,そのある種の離散化として得られる数値解法を双極子法(Dipole Simulation Method, DSM)と呼びます(MFSの親戚です).DSMに対しては,今まで,円板での解析結果のみ知られていました.そこで,本論文では,Jordan領域におけるDSMの解析を行いました.

論文[9]ポテンシャル問題に対する解析はある程度は進展しつつありますが,そのほかの問題に対しては未だに理論整備が不十分です.そこで,ポテンシャル問題以外の問題として,重調和方程式に対するMFSの解析を行いました.まだ円板領域という限定的な状況ですが,重調和函数のAlmansi型分割を応用したAlmansi型MFSを対象にして理論を整備しました

論文[11]通常のMFSの定式化を用いると,ポテンシャル問題に対して,その近似解はスケール変換不変性や,境界データの平行移動に対する不変性を保持しません.厳密解がこれらの性質を持つことに鑑みると,近似解もそのような性質を持つべきだ,と考えるのは至って自然です.このように,本来,解が持つべき性質を近似解も持つことを要請し,そのようにして設計された数値解法は,構造保存型数値解法として知られており,今までに多くの研究がなされてきました.ポテンシャル問題に対する不変スキームの設計は,室田一雄先生の論文により行われていましたが,それは対数函数の性質をフルに活用するものであり,他の問題(例えば重調和方程式,熱方程式)には適用できません.本論文ではスケール因子を導入し,近似解に現れる変数を無次元化することにより,統一的な方法で不変スキームを構築する方法を提示しました.

論文[10]:論文[11]とは別に,仮想点を導入する方法により不変スキームを構築する方法も提示し,そこでは,円板領域の場合に,近似解の一意存在および誤差の指数的減衰を証明しました.

執筆中論文[2]:MFSの大きな欠点として,選点方程式の係数行列が悪条件である(条件数が近似点の数に関して指数的に増加する)ことが挙げられます.つまり,理論的には誤差が指数的に減衰するが,実際に計算してみると途中で誤差の減衰が丸め誤差の影響などを受けて止まってしまい,所望の結果が得られないことがあります.悪条件性に数値線型代数の観点から立ち向かう研究が多い中,とある先行研究において,基底函数(基本解)を取り替えることにより,同様のオーダーで誤差は減衰し,かつ悪条件性が緩和される(円板領域では完全に除去される!)手法が提案され,数値実験を通じてその有用性が確かめられています.理論解析できないか試したところ,近似解の存在および誤差の指数減衰を綺麗に証明することができました.また,元の論文では Dirichlet 境界条件でのみ手法が提案されていましたが,少し修正することで,Neumann 境界条件の場合にも拡張できました.さらに,数値実験だけではありますが,等角写像を使った議論により,Jordan領域でも悪条件性を完全に排除することができました.

この分野に残っている重要かつ最も重要な問題は,一般のn重連結領域における解析です.今の所,nが3以上の場合にどのように証明すれば良いかは,全く見当がついていません.これができれば,相当なインパクトになるので,なんとかしたいと思っていますが,まだなんともならなさそうです…

基本解近似解法の応用

MFSは,その簡便さゆえに,様々な問題に応用されてきました.その中でも,私は,次の問題に関心を持っています.

これらの問題に対して,私は,今までに以下の結果を得ました.

論文[6]:先行研究(天野の方法)では,MFSに基づく数値計算アルゴリズムを提唱し,様々な領域において良好な数値計算結果を得ることに成功しています.しかしながら,そのアルゴリズムにおいては,複素対数函数が出現し,実際に計算する際には分枝の選び方に留意する必要があります.私は,DSMに基づくアルゴリズムを提唱し,従来法と精度の面で全く劣らずに,かつ分枝の選び方に起因する問題がすべて排除できることを示しました.また,下記の複素双極子法と組み合わせることにより,従来よりも非常にシンプルでありながら同程度の高精度な"双方向の"数値等角写像を計算するアルゴリズムを開発しました.さらに,数値等角写像の誤差解析を,Hilbert 変換を用いる議論により与え,(虚部の)共役調和函数の近似誤差の減衰オーダーが,実部のそれと同じであることも証明しました.

論文[7]Hele-Shaw問題と呼ばれる,流体力学に現れる移動境界問題を扱いました.Hele-Shaw問題には,周長減少,面積保存,重心不変といった幾何学的変分構造が存在します.したがって,数値計算する際にも,これらの性質が受け継がれることが望ましいと考えるのは至って自然なことです(いわゆる構造保存型数値計算法の思想に近いです).この問題に対して,私は,矢崎成俊氏(明治大学)との共同研究で,MFSならびに節点の一様配置法に基づいた数値計算スキームを構築し,上記の幾何学的変分構造を離散的な意味で保存することを示し,数値計算によりこのスキームの有用性を確かめました.

論文[1]:論文[5]の議論を応用することで,単純な Hele-Shaw 問題だけではなく,時間に依存する間隙を持つ Hele-Shaw 問題,ならびに磁性流体モデルに対する体積保存型数値計算も行えるようになってきました.

上記の応用意識とは異なりますが,次のような応用研究も行いました.

論文[8]3Dケーブルモデルとは,心筋細胞膜上の電気信号の伝播を記述する偏微分方程式であり,領域内外で Laplace 方程式を満たし,境界(膜)上で FitzHugh–Nagumo 型の時間発展方程式を満たすものとして数理モデルが与えられます.領域外,つまり非有界領域において Laplace 方程式を解かなければならないのですが,MFS ではその点は全く問題になりません.つまり,MFS による数値解法は,今までにない簡潔さで,高精度に数値計算できる可能性があります.実際,本論文では,MFS に基づいた数値計算スキームを構築し,パルス状の進行波 (pulse-like traveling wave) が存在することを数値的に確認しました.

投稿中論文[17]:極小曲面の数学解析は Plateau 問題,Douglas 問題という形で古くから扱われており,数値解析の文脈においてもその計算は興味深い対象として扱われています.有限要素法,有限体積法を用いて計算するのが主流となっていますが,これらの手法で計算して得られた結果はあくまでも多面体であり,滑らかな極小曲面を求めるためにはそこから補間をする必要があります.そこで,清水雄貴氏(東京大学)との共同研究により,基本解近似解法ベースの極小曲面の数値計算アルゴリズムの設計を行っています.

また,現在進行形の(ならびに興味を持っている)応用研究として,次の4つが挙げられます.

上記以外にも,論文[14](桂田祐史氏(明治大学)との共同研究)において,DSMの思想に基づいた正則函数の有理函数近似の方法(複素双極子法,Complex Dipole Simulation Method)を提唱し,円板領域において,近似函数が一意に存在し,かつ誤差が近似点の数に関して指数的に減衰することを証明しました.

移動境界問題の数学解析

移動境界問題に対する構造保存型数値解析は私にとっての主要な研究テーマですが,そもそも元々の問題において解の存在が証明されていなければ,一体何を計算しているのかわかりません.そこで,数値解析をする上で必要となる数学理論を構築する研究も行っています.現在は次の問題をメインで考えています.

Langmuir 膜の数理モデル:Stokes 流体表面にできる単分子膜は Langmuir 膜と呼ばれます.この単分子膜を活用して薄膜基盤を構築する技法は Langmuir–Blodgett 法として知られ,ノーベル賞が授与されています.Langmuir 膜上の多層領域の界面モデルが Alexander 等により2007年に JFM で提唱され,その後に Alexander モデルは勾配流構造を持つことが指摘されましたが,これ以上の研究は何も進んでおらず,解の時間局所的な存在すらわかっていません.現在,岡部真也氏(東北大学),森洋一朗氏(ペンシルベニア大学)との共同研究により,Alexander 等が2007年に JFM 論文で提示したモデルの数学解析を進めています.

移動境界問題の数値解析

曲率流や Hele-Shaw 流などは移動境界問題として定式化され,様々な場面で登場する大事な問題です.その数値計算の研究は古くから多くの研究者により行われ,様々な良い数値計算スキームが開発されてきました.ところで,多くの移動境界問題は,あるエネルギーのある空間上での勾配流として定式化されることが知られています.したがって,その勾配流の構造を保つような自然な離散化(すなわち構造保存型数値解法)を考えることは大事ですが,先行研究の結果をそのまま適用すれば良い,というわけではありません.実際,移動境界問題のダイナミクスの本質は法線速度により決定されますが,数値計算の安定化のためには接線速度を入れることも大事であることが知られています.しかしながら,接線速度込みで構造保存型数値解法を構築することはそれほど単純ではありません(というより,移動境界問題に対する構造保存型数値解法の研究はほとんどなされていません).そこで,私は今までに,以下の研究結果を得ました.

論文[4]:まずは,周長をエネルギーとする勾配流をターゲットにしました.例えば曲率流,面積保存曲率流,Hele-Shaw 流などが対象です.本論文において,宮武勇登氏(大阪大学)との共同研究として,空間曲線を多角形曲線とした場合を考え,その場合に接線速度を込めた構造保存型数値解法を構築することに成功しました.このアイディア自体は,周長以外にも,例えば弾性エネルギーをエネルギーとする勾配流に対しても適用できます.

投稿中論文[19]:自己駆動系に対する数理解析は長い歴史を持ち,例えば樟脳円盤のように変形しない問題に対しては,数理モデルの提唱,解析,実験との比較などの研究が盛んに進められています.しかしながら,ペンタノール液滴運動のように変形する自己駆動系に対する解析は,その困難さ故にほとんど進んでいないのが現状です.そこで,長山雅晴氏(北海道大学),物部治徳氏(岡山大学)との共同研究により,表面張力差により駆動される界面モデルの数値解析を行うための枠組みを整備しました.基本となるのは,Hele-Shaw 問題に対する構造保存型数値計算法(論文[8])ですが,反応拡散方程式を解く際に特性函数を正則化する必要があり,さらに一工夫必要となります.

投稿中論文[16]論文[4]では,空間離散化として多角形曲線を採用しましたが,例えば Willmore 流などの高階の問題を考えると,原理的にはアルゴリズムを設計できるものの非常に複雑になります.そこで,論文[4]の後続研究として,平面曲線をBスプラインにより離散化することを考えました.Lagrange 乗数を1つ付け加えることにより,接線速度を考慮した構造保存型数値解法を設計することに成功しました.実際に,周長減少・面積保存型 Helfrich 流の計算もできるようになりました.

現在は,この継続研究として,曲面の時間発展に対する構造保存型解法などを研究しています.また,曲面の時間発展に対する安定な数値解法の設計の研究も始めました.それ以外にも,Wasserstein 幾何を用いた定式化にも興味を持っており,今後は,反応拡散方程式など,多くの数理モデルを勾配流として定式化し,それに基づいた構造保存型数値解法を構築できるのではないかと妄想しています.

最適輸送理論の数値解析

最適輸送理論とは,端的に述べれば「ある場所からある場所まで物を輸送するためのコストを最小化する方法とは何か」を調べる物です.Monge により最初の定式化がなされその後しばらくは触れられていませんでしたが,Kantorovich による再定式化により日の目を見ることとなり,現在では機械学習の文脈にも現れるホットな話題です.よって,数値解析として最適輸送理論に対応する物を作り上げるべきであることの重要性は明らかなのですが,応用研究が凄まじいスピードで進んでいるため,理論構築がまだそれほど進んでいないのが現状です.そこで,数値解析の側面から最適輸送理論にアタックし始めました.現在は,以下の研究を行っています.

執筆中論文[3]:Euclid 空間の間の輸送を考えると,有限最適輸送理論となります.その数値計算は実はそれほど単純ではありません.現在,高津飛鳥氏(東京都立大学),保國恵一氏(筑波大学)との共同研究により,最適化問題の entropic regularization について考えており,先行研究の結果をさらに広い枠組みに拡張することを目標にしています.

バイドメインモデルの数学・数値解析

バイドメインモデルとは,心筋細胞上の電気信号の伝達を記述する数理モデルで,電気生理学の世界では重要なモデルとして知られているものです.バイドメインモデルは,その数学解析自体がまず難しく,well-posedness などは現在でも調べられています.その一方で,解の安定性や漸近挙動といった定性的な性質についてはまだまだ未解明の部分が多いです.唯一の結果は,Mori–Matano (2016) で得られたもので,そこでは線形化作用素のスペクトルを丁寧に調べることにより,バイドメイン Allen–Cahn 方程式において,進行波の安定性に対する幾何学的な条件を導出することに成功しています.私は今までに,以下の研究結果を得ました.

論文[2]奈良光紀氏(岩手大学),俣野博氏(明治大学),森洋一朗氏(ペンシルベニア大学)との共同研究により,帯領域上でのバイドメイン方程式に対する詳細な数値解析を通じた,解の定性的な性質を詳しく調べられるようになりました.

Kobayashi–Warren–Carter モデルの数学・数値解析

Kobayashi–Warren–Carter モデルとは,結晶粒界の挙動を記述する数理モデルであり,重み付き全変動と Modica–Mortola 汎函数を足し合わせたものをエネルギーとする L2 勾配流です.重み付き全変動の部分が重み付き Dirichlet エネルギーに変わると,画像処理やデータ分離によく用いられる Ambrosio–Tortorelli エネルギーとなり数学的にもだいぶ扱いやすくなります.本研究では,Kobayashi–Warren–Carter モデルの理論的な枠組みの整備,およびそのデータ分離への応用を目指し,今までに以下の研究成果を得ています.

論文[5]:数値解析の上で最も扱いが難しいのは重み付き全変動の部分です.また,実際の応用を考えると,函数値は多様体に制約される場合が多いです.そこで,多様体に値が束縛された全変動流を考え,その数値計算スキームを考案しました.minimizing movement に基づくものですが,指数写像を線型化することにより接空間上での最適化問題を解くことに帰着させることが主要なアイディアであり,時間刻みを 0 とする極限で元の全変動流に収束することを証明できました.

受理済み論文[15]多次元領域における Kobayashi–Warren–Carter モデルの特異極限を導出しました.1次元の時に考えられたグラフ収束をそのまま多次元に拡張するのは困難であったため,sliced graph convergence(各方向にスライスを切って1次元のグラフ収束に帰着させる位相)を導入し,この意味での特異極限を計算することに成功しました.

投稿中論文[20]受理済み論文[15]での研究は,Kobayashi–Warren–Carterエネルギーの特異極限を調べていますが,勾配流自身の特異極限については何も言及していませんでした.本論文では,1次元の場合に Kobayashi–Warren–Carter エネルギーの勾配流の特異極限を考え,時間分数階微分方程式に収束することを示しました.