2018年4月1日掲載
この地域は「日本勧業銀行の子会社・勧銀土地建物が分譲した宅地だったから」です。
分譲受付開始日、昭和41年4月10日産経新聞の記事の見出しは「宅地分譲に行列の異変・小田急百合ヶ丘―大銀行バックに安心感、3日前から徹夜組16人」。昭和39年から造成開始、2年後の第1回分譲は205区画販売、1区画平均300㎡で約400万円。受付前日には約170人の行列…と、話題になった人気物件でした。
勧交会設立は昭和43年10月。「南斜面の極めて良好な環境だったが、当時数十軒しかなく防犯灯もわずかで、夜道は男でも物騒さを覚えるほどで、なんとか町会を組織しようとの機運が起こった」と、勧交会ニュース100号特集号(昭和61年12月)に、元警察署長で当時町会防犯部長だったSさんが書いておられます。
来年で町会設立から50年。今や930世帯の町内会となりました。
メモ:勧交会ニュースNo.471 2017年11月号より転載