⌘ 研究会世話人から
バイオテクノロジーには「ものづくり」バイオと「ものまもり」バイオがあります。前者は主に人類にとっての有用生物を用い、後者は有害生物を対象にします。とくに、人類にとって進化の対極にあり、様々な物体や環境、それに人体など地球上の至る所に侵入して生息する微生物は、「ものづくり」に役立つプラスの面だけでなく、食品、医薬・医療、諸環境などを汚染したり人命をも奪うことがあります。
人類は、殺菌や静菌、抗菌、除菌、遮断などの処理でこれに対抗しますが、相手の微生物も同じ生き物として、発育を阻害されても関係する特定の遺伝子群を発現させ、ストレスタンパク質を生産して自分の身を守って抵抗したり、厳しい処理を受けてもそれらの処理によって生じた自身の細胞の損傷した部位をなんとか修復して復活しようと懸命に努力します。
私たち人間は地球上では彼らと共生しつつも、場面・局面においては彼らと闘わざるをえません。上手に彼らと付き合い、材質や品質、諸環境への影響をできるだけ少なくし、有効かつリーゾナブルに彼らの発育を抑制したり、殺滅するには、相手の微生物のしたたかな生き残り戦略を知る必要があります。
このように近年は、力まかせの過酷な条件でなく、できるだけマイルドで地球にやさしく人体に害のないやり方でこれらの微生物を制御する方法がとられるようになっています。つまり、これらの制御処理後にはその生死が定まっていない損傷菌が発生しやすい状況が多くなっているのです。これが、最近の産業界や日常生活で損傷菌が問題になってきている理由といえるでしょう。
加熱や薬剤、紫外線などの制御方法によって、微生物細胞はなぜ、どのように死ぬのか、よくわかっていないことがたくさんあります。まして、損傷菌がなぜ発生するのか、どういう状況にあるのかはなおさらのことです。殺菌などの制御処理によってそれがどれくらい発生しているのかを知るためには、できるだけ彼らをレスキューして検出・計数しなければなりません。一方製品や環境における実用においては、逆にできるだけ彼らが復活しないように適切な手段を講じて抑制しなければなりません。
損傷菌についてのこれらの問題を解決するため、私たちはこのたび損傷菌研究会を設立しました。損傷菌に興味のあるみなさん、ともに考え、話し合い、研究を進めてチャレンジしようではありませんか。損傷菌の研究は、単細胞の微生物の次元での、生き物にとって生とは何か、死とは何かを考える奥の深い未知の研究領域です。
2016年4月1日
損傷菌研究会・代表 土戸 哲明
(大阪公立大学 研究推進機構 微生物制御研究センター)