第4回勉強会 議事録・発表資料

IDDP 勉強会 第4回

アフリカの開発と人類学 — 「教育」と「農業」研究の視点から

第1部 「文化的帝国主義の台頭?− タンザニアの小学校教育における生徒中心型教授法の実際」

講師 坂田 のぞみ 氏

コロンビア大学ティーチャーズカレッジ教育人類学修士課程修了。UNICEFタンザニアでのインターンシップ中に、現地小学校で使われている教授法について研究、修士論文執筆。JICA研究所にて日本-マレーシア間の高等教育連携事業研究助手、民間会社経理職を経て、2014年9月よりIOE教育学博士課程に在籍中。専門は東アフリカの基礎教育開発、教員養成。

1. 世界に広がる授業形態

A.生徒中心型 vs. 教師中心型教授法

質問 ― みなさんの持つ 「良い」授業のイメージは? (スライド3参照)

会場の反応

Ø 自主性を育む

Ø 双方向

Ø 先生が答えを出さない

B.国際教育開発の現場で広く指示されている教授法=生徒中心型教授法

起源と変遷 (スライド7参照)

Ø 構成主義(Constructivism)…学習者がもっている概念を発展させるために学習・教授を行う。

学習者:タブラ・ラサ(白紙状態)ではない。

概念:アプリオリ(先験的・自明的なもの)ではない。

Ø 進捗主義(Progressivism)…教育の場を社会の縮小版ととらえる。

例)問題解決学習やクリティカルシンキングなど

Ø 科学的実証…心理学的に「学習・教授」を実証

例)ピアジェの子供の発達段階

ヴィゴツキーの発達の最近接領域理論、教授・学習過程における子どもの発達等

人類学の視点から、途上国では、どのように受け入れられているのかが研究のテーマ

2. タンザニアのフィールド研究 (スライド9参照)

A. 人類学の学問領域と研究手法 (第2部にもつながる重要な部分)

人類学…現地の人たちの視点から様々な事象を明らかにする。

参与観察…研究者が現地に溶け込んで行う方法。(通常は1年くらいかける)

※社会学との比較

社会学…現代社会の事象に関心を置く。量的/質的研究方法を使って、ある社会の集団がどのような傾向を持つかを見る。

人類学…一般的に「社会」一般より小さなものに研究対象を置く。質的方法が主に用いられ、多くの場合、参与観察が取り入れられる。個別の事象を多方面から見る。

B. フィールド調査 (スライド10~13参照)

Ø 背景: UNICEF Child Friendly School (CFS)のモニタリング評価

…修士課程時にUNICEFタンザニアでインターンをしていた。

CFSのインターン中のフィールドワーク

1. 現職教員研修、観察(校長研修)

・日程…3日間

・スケジュール…ブリーフィング、CFS概念講義、CFSの実践、振り返り

・内容…Distance Education、ディスカッションも交えていた

2. 小学校の学校視察/授業観察…建物や給食、トイレの状況などもチェック

Ø 研究目的:生徒中心型教授法の実施状況・効果性を測る … 1-Bの疑問が出発点

Ø 研究手法:複数を組合せ (スライド14参照)

- 授業観察

- 教師への質問紙調査を実施後、複数人の教師を選んでインタビュー

- 政策分析…タンザニアの教育省が発行した文書(2011年時点)を中心に分析。

§ どのぐらいのタームで行うのか

§ すべての先生を指導するのにどれくらいのコストがかかるのか?

§ ユニセフの人5~6人が教育省の人を教育、その人たちが校長と教員を研修

C. 研究課程

Ø 通訳を使用…英語-スワヒリ語 コミュニケーション、人的環境面を配慮

Ø 初対面で授業観察、インタビューを行うので、学校側が許容してくれるかどうか

Ø 8校の校長、50枚の質問紙、インタビュー5~6人、2つのPTAフォーカスグループ

D. 研究結果 (スライド15,16参照)

Ø 生徒数が多い

Ø 教材不足

Ø 低学歴の教師・低いモチベーション…100名の生徒を指導するのにエネルギーを使ってしまう。

Ø 言葉の壁: 中学校から、教授言語がスワヒリ語から英語になる

→コミュニケーションができない

Ø 全国一斉テスト内容とのミスマッチ…学術論文では、1/3がうまくいっていて、2/3がうまくいっていない。

E. タンザニア文化と生徒中心型教授法

3. 国際機関と国際教育開発

A. 学校教育の目的

人的資本(Human Capital)の蓄積・促進

B. 生徒中心型教授法を普及する目的

民主主義・資本主義の拡大なのではないかという批判・疑問も。

C. 国際援助のパワーバランス

第1部 発表資料

アフリカの開発と人類学 — 「教育」と「農業」研究の視点から

第2部:「エチオピア中央高原に暮らすオモロの人び

とによる牛耕と発展可能性:開発—人類学-地域研究の関係性に着目して」

講師 田中 利和 氏

京都大学アフリカ地域研究資料センター研究員、博士(地域研究)。専門はアフリカ地域研究、農業人類学。日本学術振興会(JSPS)の「頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム:アジア・アフリカの持続型生存基盤研究のためのグローバル研究プラットフォーム構築」のプログラムによる派遣で2014年9月から2015年1月末までロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)に在籍。

1. アフリカ農業と開発-人類学-地域研究の関係性

1.1アフリカ農業:

l 十分な食料を生産できないほどに「遅れて」いて、非効率で「遅く」、科学技術が普及していない「劣った」農業という認識がされがち。

1.2これまでの農業開発:

l 農業開発プロジェクト

⇒現場の農業の理解に欠けた近代化農業政策の失敗を批判。

1.3農業人類学:農業が変化するメカニズムとその動因の全体論的な理解を目指すアプローチ。

l 持続的な開発→環境・人口・農業の関係性の考慮。

2. エチオピア中央高原に暮らすオロモの人びとによる牛耕の潜在力

2.1 研究の背景

牛耕:ウシを用いた犁農耕

l 有畜農業:農耕と牧畜が有機的に結合し、一つのセットとして成立している生産様式。農耕と牧畜の双方の生産性が強化される。

先行研究において挙げられていた犁農耕の課題

l ウシの飼料確保

l 低い作業効率

l 「ウシ(畜力)なし農民」

2.2 調査地

l 位置:エチオピア中央高原、オロミヤ州、南西ショワ県、ウォリソ群、ディレディラティ村、ガーグレ地区

l 民族:オロモ、少数のグラゲ

2.3 家畜飼養と農業の有機的結合

牛耕を中心とした在来農耕システム

l 雌牛を飼養し乳や肉を得ることに加え、去勢牛に犁を牽かせることで穀類や豆類の播種床を整える役割を担う。

l 犁耕畑で収穫される栽培植物は人びとの食料となり、作物残渣はウシの飼料となる。

家畜飼料としてのテフと持続性

テフ:エチオピアが原産のイネ科の一年草

l 調査地域ではテフはトウモロコシに対しておよそ2倍、単位面積あたりの収量が低いが、調査地域のある世帯ではテフがトウモロコシよりも3倍多く生産されていた。

l 異なる広さの農地を所有する6世帯の作付品目別の面積割合を検討してみても、犁耕畑の大小・ウシの有無に関わらず全世帯で「テフ」の作付割合が最も高いことが分かった。

l その要因として

Ø 人びとの主食の穀類は犁耕によって生産されており、中でもテフは重要な位置を占める。

Ø またテフ稈(残渣)は犁耕に用いられる去勢牛の重要な飼料としても認識されている。

2.4 牛耕技術と作業効率

牛耕の作業効率

l 牛耕の作業効率を耕運機と比較すると、低いことが分かった。

l しかし地域の食料生産を長きに亘って担ってきた牛耕実践の背景を無視し、「作業効率」という1つの指標だけで評価を下すことは問題がある。

l 地域の文脈に沿った相対的な評価をするためには、犁耕期間や犁耕面積など地域の諸条件を加味し検討する必要がある。

犁耕期間と休日(エチオピア正教の聖人日と雷信仰による祭日)

l ある世帯の2011年の1シーズンのウシの犁耕稼働状況を検証した。その年の1犁耕シーズンは83日であったが、このうち「犁耕可能日」は46日間。農民が犁耕を行うべきでないと語る休日は37日であった。

聖人信仰に基づく休日

l この聖人信仰に基づく休日に犁耕をすると神の怒りによって天罰が下されると認識されている。

ワリーカ(雷)信仰に基づく休日

l 調査地周辺の伝統信仰において雷は神の怒りを表す現象。

l ワリーカ信仰に基づく週1回の休日がエチオピア正教の世帯ごとに定められている。

総犁耕面積と地域全体の総畜力の関係

l 調査対象の96世帯のウシの数と合計農地面積を用いて、犁耕期間内に地域全体の農地を、耕しきれているかを分析した。

l 計算から総農地面積を犁耕するために必要となる日数は45日であると算出できた。

l 全ての世帯がエチオピア正教であると仮定しても、犁耕可能日(46日間)より1日少ない45日間で総農地面積を耕しきれると示された。

2.5ウシ(去勢牛)なし農民の戦略

ウシ貸借制度

l 調査対象の96世帯のうち、ウシ(去勢牛)2頭1組の所有という条件を満たしていない、いわば「ウシなし農民」の世帯は全体の72%であった。

l 「ウシなし農民」は5つのウシ貸借制度を用いて、ウシあり農民の余剰犁耕力を利用して対応していた。

例)1頭ずつウシを所有する農民同士の貸借制度

Ø 1頭ずつウシを所有する農民同士が相手からウシを借り、日替わりで所有する畑を犁耕する。この場合、世帯間を行き来するのはウシのみ。

2.6 まとめと結論

持続型生存基盤としての犁農耕

l 家畜(ウシ)の飼養と農業(テフ栽培)と人、文化(宗教と雷)、社会制度(ウシ貸借)などの諸要素を有機的に連関させた牛耕が存在していた。

l ウシの飼料確保、低い作業効率、「ウシなし農民」いった現代的な課題を考慮してもなお、在来牛耕は農民の主食の供給と畑の「耕起」を持続的に担う仕組みとして優秀であると評価できた。

l 調査地域の牛耕には「機械化」や効率化に依存しない、アフリカ農民が直面する問題へ対処できる生存基盤としての力が潜んでいた。

3. 実践的地域研究:牛耕の発展可能性

アフリカとの“知”の共有: JIKA-TABIによる技術文化の創造と革新過程の研究

3.1 研究の背景

l フィールドワークによってエチオピア農民の足の苦痛の発見

l 日本の地下足袋の有効性の発見と彼らの未知の履物との遭遇

l JIKA-TABIというプロダクトを通して地域の問題を解決するモデルを構築し、その実施に向けた協働のプロセスを解明することを研究の目的とする。

3.2 研究の計画

l 実践的地域研究とマーケティングの4P概念を融合しJIKA-TABIの創造と導入を目指す。

Ø 4P = Price, Product, Place, Promotion

Price:フィールドワークによる実態の把握

Product:地元に根付いたJIKA-TABIの製作

Place:経営学的視点による最適な流通網の調査と確立

Promotion:農民に対するJIKA-TABIの宣伝

質疑応答

Q. 食料不足に対して伝統的農業(牛耕)はどのように貢献できるか。

A. これまでの研究では耕作の部分を分析しており、まだ食料生産(拡大)の可能性に関しては、実証的な検討ができてないので今後調べていきたいと考えている。

Q. 女性世帯はウシの貸借に参加することが出来るのか。

A. 女性自身が耕作を行うことは基本的にない。周辺世帯の男性がウシや労働を提供しそれに対して女性は食事を提供するなどして地域内の相互扶助の関係が成り立っている。

Q. 現地住民がコーヒーを飲む場面が紹介されていたがミルクを飲むという文化はあるのか。そのミルクはどこから来ているのか。

A. 地域全体の雌牛の繁殖率が低いので搾乳はほとんどできていない。しかし、年長者の女性は搾乳技術を有している。調査地域住民が街で行われている畜産業によって搾取された乳牛を購入して飲む場面を見たことがある。

Q. テフ稈(ウシの飼料)は発酵させると栄養成分に変化が出ると思うが調査地域ではそのようなことは行われていないのか。

A 調査地域ではこのようなことは行われておらず、テフを乾燥させて飼料として与えている。今後、家畜飼料の改善としての可能性は検証すべき課題である。

Q. ウシに与える水はどこから取り入れられているのか。

A. 調査地域周辺では年間を通して干上がらない川が流れており、給水出来ている。また使用しているウシの品種自体も耐乾性に優れていると評価されており、乾期でも水の確保に関しては対応できている。

Q. 牛耕にフォーカスされている動機は何か。

A. 中学生の時に、スタディーツアーでエチオピアに行き、家畜診療を農村で住み込みながらしている日本人獣医師に出会ったことがきっかけ。大学でエチオピアの農業開発を学んだ後、ウシと食料生産という視点から、アフリカ農業研究をしたいと思い、牛耕にフォーカスすることとなった。

Q. 調査地域の農業実践と国の農業政策との関連性はどのようになっているのか。

A. 国の農業政策としては、外部からの農業普及員による技術提供と併せて化学肥料の導入・改良品種が盛んに進められている。農民自体が日々試行錯誤しながら農業技術に組み込もうとしている実践について観察を通し分析をしている最中であるが、今後は政策に関する議論にも焦点をあてて、関係性を考察していきたい。