8月勉強会議事録

ベトナムにおける産業人材の現状と産学連携の試み

テーマ:「ベトナムにおける産業人材の現状と産学連携の試み」

日時:2014年8月23日(土)

場所:Birckbeck, University of London, Main Malet Street Building

講師:森 純一 氏(カーディフ大学社会科学部博士課程ご在籍中)

講師略歴:

某電機メーカー勤務を経て米国タフツ大学フレッチャー大学院にてM.A (貿易政策・開発経済)取得。2006年には政策研究大学院大学開発フォーラム研究員。2006年より2010年まで、国連工業開発機関(UNIDO)ベトナム事務所にてプログラムオフィサーおよび工業開発官として勤務。2010年より2013年まで、国際協力機構(JICA)による「ハノイ工業技能者育成支援プロジェクト」にて産学連携専門家として勤務。2012年より、アジア太平洋研究所・政策研究大学院大学の共同研究プロジェクト「中小企業の東南アジア進出に関する実践的研究」の産業人材育成担当研究員。現在カーディフ大学社会科学部博士課程に在籍し、ベトナムにおける技能形成と職業訓練政策について研究。著書: 「ベトナム: FDI誘導型成長を支える工業人材育成を目指して」、岡田亜弥、山田肖子、吉田和浩編著『産業スキルディベロプメント』(日本評論社、2008年)、「国際機関に飛び込む」(GRIPS開発フォーラム、2012年)リンク:

http://www.grips.ac.jp/forum/pdf01/UN_MORI.pdf ほか。

テーマ:「ベトナムにおける産業人材の現状と産学連携の試み」

1. ベトナムの概要

・ ベトナムの印象はどのようなものか?近隣のタイと比べて、観光名所があまり整備されておらず、ベトナムは観光客のリピーターが少ない。これからの国の課題。

・ タイと比較してみると、ベトナムの方が人口は多く(ASEAN第二位)、人口密度も高い。ベトナムのGDPはちょうど中所得国の層に入ったレベルで、経済は順調に成長している。在留邦人数も増えているが、タイと比べると対外放の歴史の長さの差もあり、まだ少ない。日系企業の数にも圧倒的な差がある。

・ タイとベトナムでFDI(外国直接投資)受入額を比較してみると、タイは80年代から年代ごと段階的にピークがあったのに対し、ベトナムは2000年代後半からの伸びが大きく、タイに迫る勢い。しかし日本商工会の会員企業数ではタイと同じ水準になるまで17年かかっている。

・ 工業化の段階(4段階)で考えると、ベトナムは労働集約型の第1段階から付加価値をつくる第2段階に移ろうとしている状況。

・ 段階別の政策としては、第1段階では外国直接投資の誘致、インフラの整備、工場ラインで働く労働力(ワーカー)の確保が必要。第2段階では外資規制の緩和、製造業で付加価値のある部品を生み出す裾野産業の発展が必要になる。すると加工機械で精度の高い製品を作る事が求められ、技能者が必要になる。

・ ベトナムは成長に少し伸び悩んでいる。人口分布で若者が多い時期は「人口のボーナス(Demographic Dividend)」を得て急速な経済成長のチャンスがあるが、それを逃すと大きな成長は難しい。その「中所得国の罠(Middle Income Trap)」にベトナムがはまりつつあると一部の経済学者は指摘している。

・ 製造業での人材の構造ピラミッド:下からワーカー、技能者、製造技術者、製品・部品設計者。技能者と技術者の違いは、技術者が大卒で設計に携わるのに対し、技能者はその設計に基づき、製品の加工を担当するという点。

・ 工業化の発展に伴い、人材の需要も変化する。多くのワーカーを必要とする初期段階から、徐々に技能者や技術者が必要になる段階へ。いかに発展段階の需要に合った労働者を輩出できるかが重要となる。

2. ベトナム産業人材の現状と課題

・ 現在のベトナムでは、製品をゼロから設計する会社はあまり無い。今はより精度の高いものづくりをする中間層の人材(生産ラインリーダーや製造技術・技能者)の確保が必要。またベトナムはラインオペレーターの評価が高い。

・ ベトナムでの採用難について、中間管理職や技術職が不足している。またワーカーも不足→経済基盤が農業から工業へ変化する際の人の移動がベトナムでは滞っている事が原因。地元から出たがらない人が多い。

・ ハノイ工業大学の生徒を採用した企業の評価

強み:まじめ、ルールを守る、勉強熱心、知識の飲み込みが早い

弱み:(ベトナム人に限らないかもしれないが)創造力に欠ける、チームワークが苦手、問題解決能力が低い、「5Sの知識が十分でない」

→「5S」とは?「整理、整頓、清掃、清潔、しつけ」

良い職場環境を作って品質の高いものを作ろう、無駄を省こう、という考え。

・ 企業の機械系の人材評価

強み:機械の操作の飲み込みが早い。設計ソフトの扱いが上手い。手先が器用。

弱み:現場に入る事を嫌がる。ベトナムを含む途上国では「大卒はオフィス勤務」という考えがあり、工場勤務が多い日本の企業文化と合わない点がある。

・ 個人的なベトナム人の印象:日本人より自己主張は強いが中華圏の人ほどは強くない。日本人ほどではないが、マレーシアなどと比べても勤勉な印象。ベトナム人は機転がきく。

・ 仕事をする上で感じた(実際の問題発生/問題の予感)率

- マレーシア:かなり高い。対策を打たないと後で大きな問題になることが多い。

- ベトナム:意外と低い。必要に応じて残業する人も多い。

3. ハノイ工業大学技能者育成支援プロジェクト: 産業界のニーズに基づく人材育成の試み

・ ハノイ工業大学(HaUI)の学生数は約5.5万人。4年制コースに加え、3年制の短大コース、2〜3年制の職業訓練コースも併設。理系・文系両方の学部がある。

・ JICAによるハノイ工業大学への技術支援

<第1期(2000〜2005年)>

- ワーカーよりも上のレベルの人材育成を目指す。日系企業が求める人材確保に向けて、日本型の職業訓練コースを組み込んだ。

- カリキュラム変更、加工機械の使用法の指導など

- 成果:大学運営の「ベトナム日本センター」が設立、コース運営が継続されている。

<第2期(2010〜2013年)>

- 産業界のニーズの変化に対応するカリキュラム体制の整備が目標。

- 主な成果:

1. 教育訓練プログラムを改善

2. 技能評価テストの実施

3. 大学の就業支援システムの構築

・ 現在は第3期プロジェクトで指導員の育成に取り組んでいる。

・ 産業界のニーズに基づく人材育成とは?→職業訓練のプロセス管理としてPDCA(Plan, Do, Check, Action)サイクルでの運営体制。製造業での品質管理と似た考え。この体制をきちんと実施出来ているかどうかで差が出てくる。

・ 成果1:産業界のニーズに基づく教育訓練の改善

- 企業を回ってニーズの聞き取り調査をする。1年間で約100社を訪問。

- 特徴として、講師が直接話を聞きに行く事を重視。すると学校側に企業が訪ねてくれるようになり、双方向のコミュニケーションが確立された。

- 繰り返し企業を訪問し何度も調査を行う事が大切。必要なニーズをより明確に把握することができ、人材育成のカリキュラムをより具体的にできる。

- 産学連携委員会の設置。一対一の学校:企業のやり取りから、学校:複数の企業へ、より効率的に調査を進めることができる。

- 5S教育の学校への導入。

- 個別科目のカリキュラムの変更。正規コースのカリキュラム改善実現を見据えて、短期コースの設立からカリキュラムの検討に取り組んだ。

Ø 機械保全短期コースの形成:企業の従業員が対象。企業へのアンケートで人材不足が指摘されていた分野。科目がベトナムで普及していなかった為、教師の育成・カリキュラム作成等からスタート。ベトナム人主導の体制で行い、コースの実施に3年を要した。

Ø 品質管理コースの形成:大学コースの学生を対象に。理論中心の授業から紙飛行機ワークショップ等を取り入れ、品質管理の意義を体感してもらう。また企業訪問等も実施。

・ 成果2:技能評価試験

- コースで身に付けた技能を客観的に把握・評価できるように。プロジェクトでは試験的な技能検定として導入したが、のちに政府から正式な国家検定として承認された。

・ 成果3:就職支援システムの構築

- 適職を得る仕組み作り。ベトナムの学校では就職課がある所が少ない。インターンシップの質も確保されておらず、就職セミナーの成果も測られていなかった。

- 就職支援システムにおける各関係機関とのつながり・信頼関係の重要性を理解してもらう。インターンシップを斡旋する場合も、仕事内容と興味が合う学生を選ぶ為には企業見学を実施する等の工夫が必要、など。

4. 日系企業とハノイ工業大学との連携事例

・ 産学連携の種類

- 連携形態の発展プロセス:人材の採用→インターンシップ→短期訓練コース→共同訓練→共同研究

- タイやマレーシアなどは共同訓練〜研究の段階まで達しているが、ベトナムの場合は採用活動のレベルで停滞してしまっている。

- 企業からの問い合わせも採用に関することが最多。今後は企業に貢献できる卒業研究プロジェクトを設定する等、企業との連携を強める機会を増やす事が必要。

・ 日系中小企業の中にもインターンを積極的に受け入れてくれる会社がある。インターン生への丁寧な指導、柔軟な対応が特徴。お互いの利益になる方法で取り組むという姿勢。

5. 教育機関と企業との連携強化への課題

・ 学校側:講師が企業を回ることを嫌がる。日本人専門家が居なくなった後の体制づくり。

・ 企業側:ローカルスタッフ同士のコミュニケーションが難しい→ベトナム人同士のやり取りが効率良く進まない。またベトナム人は提案を上に上げる事が苦手。

企業側への提案:

・ インターンシップの活用。会社名を生徒に広め、人材の確保にも繋がる。

・ 公的機関(大使館、JICA関係機関、JETRO等)の活用。

「やってみせ 言って聞かせて させて見せ ほめてやらねば 人は動かじ」(山本五十六)

・「なぜ自分の言う通りに理解・行動してくれないのか?」と思う場面では、この言葉を再確認。専門家として現地の人々に教えてもらっている事も多い。技術協力というのは、一方的に教える・教えられるという関係では無く、双方的な関係である。

6. ディスカッション

Topic 1: いかに講師・指導員に企業を訪問させるか?

(トピックを選んだグループなし)

講師からのフィードバック:

・ 企業訪問時の態度(服装等)の教育。工場にサンダルで訪問するようなことが無いように。

・ 企業訪問に向けたサポート。質問表の作成やインタビュー方法の講習を実施。

・ 職業訓練コースにおける「講師」のJob descriptionと実際の職務内容とのギャップを埋める作業が必要。講師の職に就く人で企業訪問が苦手な人が多い。

・ 企業訪問から得られる利益をきちんと理解してもらう事も非常に重要。

・ 各種事務手続きにも問題あり。交通費が支給されない等。また学部間で情報を回す体制を整備。

・ 企業訪問を実施していなかった際の負のサイクルを、正のサイクルに変えて行く。

Topic 2: 5S実施:いかに講師・生徒のマインドを変えるか?

グループの回答:

・ 講師も生徒も、周りにゴミが落ちている環境を当たり前と思っていることが問題。幼少期からの習慣付けが必要。5Sによってどれだけ効率が良くなったか、工場の成果を数字で表すといった取り組みを実施する。

・ 参加型で5Sを実施する事が大切。指導者と受講者の関係を密にし、より近い関係で5Sの意義を指導してもらうことが重要では。また、参加型で自主的なルールブックの作成を提案する。

・ 内的動機付け、「気付き」が重要。5Sを達成できている企業を訪問し、違いを感じ取ってもらう等、講師や生徒自身が状況を変えたいと思うようなきっかけを作る。そこから委員会を組織するなどして具体的な実施方法を検討する。最終的に広報を使いながら外部評価を入れる取り組みも重要では。

講師からのフィードバック:

・ 実際に、5S委員会を設置、5Sのモデルワークショップを作った。

・ 5Sは企業では全社的に実施されるが、ハノイ工業大学でいきなり全校的に実施する事は困難だった。部分的に開始し、徐々に規模を拡大。ベトナムの先進的な企業から学長・副学長に5Sの必要性を説明してもらうなどし、経営陣が5Sに取り組み始めると、全校的な意識の浸透につながった。

・ 5S週間などのイベントの開催。ベトナム人がベトナム人に指導するようサポートした。

・ 学生のイニシアチブを促進。学生の自治会を介して5Sの重要性を伝えたり、企業訪問をしてもらったりしたことで意識が改善され、学生の自主的な活動が行われるようになった(「毎月5Sの日」の設定、5Sのプロモーションビデオの作成等)。他学部の学生も積極的に参加するようになった。

→「ごみがあっても当たり前」から、気付けば拾うような意識へ改善された。

Topic 3: いかに職業訓練コースの人気を上げるか?

(グループの回答)

・ 短期的な解決策:

- 卒業生の中で成功例としてロールモデルを紹介するなどして、学内でのイメージアップにつなげる。広報からのアピール。

- 中高生に向けて、コースの情報を具体的に提供する。興味のマッチング、卒業後の進路・収入状況等を提示する事でインセンティブを上げ、志願者数を増やすことが出来るのでは。

・ 長期的な解決策:

- 高校の頃から工業勤務を選択肢の一つとして捉えてもらえるような機会を提供する。高校の授業カリキュラムにそういった内容を取り入れて、職業訓練コースの認知度アップにつなげる。

-ブルーカラーのイメージアップ。社会的地位の意識改善が必要。政府がどういった国づくり(製造業中心なのか?サービス業なのか?etc.)を目指すのかを明確化する事で、国民の意識を変えられるのでは。

(講師からのフィードバック)

・ 高校を訪問、職業訓練コースのPR

・ 女生徒の勧誘を行う。日系企業からの需要も高い。工場で働く女性の卒業生にインタビューを行い、モデルケースとして高校で宣伝する等。またトイレ環境の整備も大切。

・ 職業訓練コースから大学への編入制度も作る必要がある。

・ Certificateの取得。卒業+資格で社会的地位の向上につなげる。

Topic 4: いかに卒業生の就職先を把握するか?

(グループの回答)

・ 短期な解決策:①就職先を把握する事のメリット理解・説得する。②就職先を得る際にcertificateの提出を必須にする(長期的にもなりうる)

・ 長期的な解決策:データベースを作成・管理する。卒業後のネットワークを構築し、同窓生と情報交換ができる体制を作る。キャリアセンターを設けて情報を把握する。

(講師からのフィードバック)

・ ベトナム社会では就職率が学校の評価に反映されない。就職率の重要性・ポイントを把握してもらう事が重要。

・ 卒業時のアンケート調査にも課題。学校側、特に先生が消極的な姿勢だと生徒もきちんと回答してくれない。意識改革が必要。

- ­ハノイ工業大学の実際の例:1年目は回答率約30%、 2年目から学校側は回答を強制したが、内容の質に影響が出る可能性も。

- 学生の意識を学校側に協力的にするには?根本的な問題だが、生徒と学校側の信頼関係がまず必要。質の高いキャリアカウンセリングが重要。

質疑応答

質問:就職率が大学の評価につながらないということだが、ベトナムでは大学選びにおいてどういった要素が重要視されているのか?

→大学名やブランド、有名かどうかを気にする。ベトナムでは就職にそれほど困らない状況だった。最近では、学生も自分が学んだスキルをどう就職に活用できるか気にし始めている。それを大学側がきちんと説明出来るようになる必要がある。

質問:職業訓練コースは高卒対象者に限られているのか?以前ベトナムを訪れた際に中学校卒業者の就業支援に関わったことがあるが、そういった学生も大学として対象者にすることは出来るのか?

→中卒向けのコースもあるが、入学者数が減少してほぼ無くなってきている。ベトナムでは普通科の高卒がデフォルトでそこから進路が分かれるという考えが主流。農村部の職業訓練センターでは短期コースもあり、そういう所ではそういった中卒向けもあるはず。

質問:職業訓練コースの学費は?

→他の学部と比べると安い。職業訓練コースは運営費用が掛かる割に安すぎるのではという指摘も。大学では運営コストが低い文系の学部を設置して収入源にしているという状況も。