第5回勉強会議事録
■ 勉強会議事録
「An Introduction to Aid, Politics and Taxation in Developing Countries from an Accountability Perspective」
l 講師経歴
· 粒良麻知子氏
· 慶應義塾大学法学部政治学科卒業。米国ジョージワシントン大学国際開発学修士号取得後、国連開発計画(UNDP)資金・戦略的パートナーシップ局プログラムアソシエイト、在タンザニア日本大使館経済協力班専門調査員を経て、2008-09年サセックス大学開発学研究所(IDS)ガバナンスと開発学修士課程を修了し、2010年よりIDSの博士課程に在籍。関心分野はサハラ以南アフリカの開発と政治、現在タンザニアの国会議員と有権者の関係について研究中。
<講演議事録>
※講演は英語で行われた。項目名は発表用資料スライドタイトルに準ずる。
l What is Accountability?
· accountabilityは「説明責任」と訳されることが多いが、その場合、answerabilityの意味は含んでも、enforcementは含んでおらず、なにか欠けているのではないかという印象を持っている。
· enforcementについては、政府が公的な義務を怠った場合の制裁のみならず、政府が市民の期待を満たした場合に、現政権が次回の選挙で票を獲得する、新たな政策に対する支持を得られる等、相応の報いを得ることも含む。
l Political Accountability in Democratic Systems
· 政治学では、政治家と市民の関係はプリンシパル・エージェント関係(市民=エージェント、政治家=プリンシパル)として説明されることが多い。この場合のエージェントは、大統領、国会議員、地方議員などである。
· また、政治家と市民のプリンシパル・エージェント関係の説明2)については、前スライドにおけるenforcementを指していると考えることができる。
l Effective Accountability
· Mejía Acostaは、効果的なアカウンタビリティを達成するためには、政治的アカウンタビリティ(political accountability)と社会的アカウンタビリティ(social accountability)が必要であると論じている。
· 社会的アカウンタビリティは、市民による抗議行動やデモなどによって達成されるものであり、社会全体がこれに確実に関わっていく必要がある。
l Accountability between Donors and Aid Recipient Countries
· 例えば2005年の援助効果に関するパリ宣言の原則の一つである相互アカウンタビリティ(mutual accountability)は、ドナーと被援助国双方のアカウンタビリティを求めるものである。
· ドナー(プリンシパル)が被援助国(エージェント)に求めるアカウンタビリティとは、ドナーから提供された資金の使途に関して情報を提供し、その状況をドナーが把握できるようにanswerabilityを満たすことである。
· 実際には、ドナー側がより強く被援助国に対してアカウンタビリティを求めることが多いと思われる。
l Donors and Accountability
· ドナーと被援助国のアカウンタビリティの関係と言っても、実際にはこの図のように、ドナーと被援助国には、それぞれ政府機関(大統領、内閣、行政府、立法府、司法府)、地方政府、国民などの間のアカウンタビリティの関係がある。
· したがって、ドナーと被援助国間の相互アカウンタビリティや、パラレル・アカウンタビリティの問題は、この図が示すような多様な関係性をふまえる必要がある。
· 相互アカウンタビリティについては、被援助国政府がenforcementをドナー側に対して行使できるか疑わしい。例えば、ドナーが被援助国政府に援助資金フローについて情報を提供する義務を怠った場合、被援助国政府はどのようなenforcementを行使できるのか。援助を提供しているドナーの力が強いのは明らかであり、被援助国がドナーの要求に応えられなかった場合にドナーが援助を停止するというという一方的な関係となる可能性が高い。
l Roles of Members of Parliament (MPs) in Democratic Systems
· 民主主義の国であればどの国でも、国会議員が後援者(benefactor)の役割を担うことはあるが、特に途上国ではこの役割が顕著である。途上国の国会議員は後援者として、有権者個人や選挙区のコミュニティに対する資金的・物理的な支援も行っている。
· 自身の研究においては、タンザニアの国会議員が選挙区や有権者の要請にどのように対応し、どのような支援を行っているのかを調査している。
l Benefactor Role of MPs in Tanzania (Findings from My Fieldwork) -
· 特定のコミュニティに対して便益を提供するような財をクラブ財(club goods)、個人に対する財を私的財(private goods)と言うが、途上国の国会議員は選挙区においてクラブ財や私的財を提供する役割を担っている。
· 既存の研究によると、途上国のおいては、議員からの支援の見返りに有権者がその議員に投票する「クライエンタリズム」と呼ばれる関係性が構築されることがわかっており、時には議員が買票行為を含む違法行為を行う場合もある。
· ただし、タンザニアでの調査により、様々な有権者支援の仕方が出てきており、単にクライエンタリズムと一括りにはできないことが明らかになった。この背景には有権者の個別の要望に対応していると、あまりにも膨大な支援を行わなければならず非効率となる点があり、国会議員の間には、奨学金などの支援制度、NGO、民間会社、開発委員会を立ち上げるなどして、特定の有権者ではなく選挙区全体への支援にシフトしようという動きが見られる。
· 例えばJanuary Makamba議員は、選挙区の開発支援を行うことを目的として、自身の法人を立ち上げるというタンザニアでは革新的なアプローチを採用した。
l Taxation
· 政府の歳入は政治やガバナンスのあり方に大きな影響を与える。政府歳入には、課税歳入と非課税歳入(天然資源による歳入や援助など)がある。
· 天然資源が豊富な国においては、資源による歳入が政府の主な財源となり、消費税や固定資産税など他の税収の割合が小さくなる。
l Taxation and Governance
· 税制の仕組みを改善することによって、主に3つのガバナンス分野が向上することが期待される。
1)政府が、税収による政府の歳入を増やすために、国の経済成長の促進に努める。
2)徴税の仕組みを改善させる必要性が行政機能を向上させ、これがガバナンスの向上や経済成長を助ける。
3)国民が税金を支払うことにより、政府の政策や予算への関心が高まり、より積極的に政治へ関与するようになり、政府と国民の間のアカウンタビリティが向上する。
· ただし、サセックス大学開発学研究所(IDS)のInternational Centre for Tax and Developmentの研究では、まだこれらの効果を実証するには至っていない。
l Taxation and Accountability
· 課税の効果については研究途上ではあるが、例えば、課税を梃子にして、納税者である国民に対して税金によって政府の社会福祉サービスが提供されていることをアピールし、彼らの意識を高め、政治的・社会的アカウンタビリティの向上を図ることが可能なのではないか。
· 例えば、ケニアのNGO が課税に注目し、「It's Our Money. Where's It Gone?」というキャッチフレーズを使って、地方政府の予算の使い方について社会監査(social audit)を行っている事例がある。
<質疑応答>
【質問1】
l January Makamba議員が自分で選挙キャンペーンのビデオを作ることは、アカウンタビリティとどのような関係があるのか。
【回答1】
l アカウンタビリティとは直接関係ないが、このビデオで政治家が市民とどのようにコミュニケーションをとっているか、また政治家がいかに選挙区において人気があるかという様子を見てもらいたかった。
l Makamba議員はIT技術を活用しており、選挙キャンペーンのビデオもこれ以外に複数作成している。ビデオはスワヒリ語なのでタンザニア人向けだが、メディアや知識人階層をターゲットにしたものと思われる。
l なおMakamba議員は現在タンザニアで急上昇の若手政治家である。父親が与党CCMの元幹事長で、本人もキクウェテ大統領の元秘書であり、もともと政界ネットワークもあった。2010年に国会議員に選出されてからも重要なポストを歴任しており、現在はコミュニケーション科学技術省副大臣を務めている。また、選挙区の開発支援のための会社を立ち上げるなど、タンザニアで最も進んだアプローチをとっている政治家である。
【質問2】
l ビデオでは、Makamba議員の家に暖炉があったが、タンザニアは暑い国であるはずなのに、そんなに寒いのか?
【回答2】
l タンザニアには寒い地域もあり、Makamba議員のBumbuli選挙区は寒いところにある。
【質問3】
l 今のタンザニアの状況についてもう少し詳しく教えてほしい。タンザニアには金などの天然資源があり、そのような国では一般的に税金が低くなりがちだと思うが、このような点がガバナンスの不備につながっている可能性がある。また、もしそうであればドナーの資金援助を行うことによって、更なるモラルハザードを生む可能性があるのではないか。
【回答3】
l 自身もそこに関心を持っており、答えを模索している。ガバナンスでは、援助・課税・政治の全てが関係しており、全体をつなげて考える必要がある。タンザニアの日本大使館に勤めていた頃にはドナー援助を中心に見ていたが、イギリスに来てからはこの全体の関係性について理解したいと思っている。
l また、欧米ドナー本国の経済状況が変化し、中国などの新興ドナーも出てきているため、ドナーと被援助国の関係が変わってきている点も重要である。
【質問4】
l タンザニアは税金が安いのか。
【回答4】
l 具体的な税率については把握していないが、タンザニアの一般市民は、先進国の市民と比べて、税金を支払っているから政府のアカウンタビリティを要求するという感覚はあまりないのではないか。
【コメント1】
l (最後のスライドのDiscussion Questionについて)アカウンタビリティは高めるべきであるという前提での議論だったと思うが、アカウンタビリティを追求すればするほど、本音と建前の分別が激しくなってしまうというジレンマがあると思う。それでも開発援助の実務家としてアカウンタビリティ向上を追求していくべきなのか、それともある種の妥協が必要なのか。
【コメント2】
l コメント1に関して、アカウンタビリティを高めることに集中すると、数値で測ることのできる成果に偏重してしまい、数値化できないものや長期の視点が必要な分野(例;保健や教育)が軽視され、本来の開発のあり方にネガティブな影響を与えるのではないかという懸念を持っている。
【質問5】
l パリ宣言の原則の1つである相互アカウンタビリティは、全ての援助モダリティに適用されるのか。
【回答5】
l パリ宣言の相互アカウンタビリティは援助効果全体に関するものであり、それぞれの援助モダリティへの適用については言及されていない。
【質問6】
l 被援助国がドナーに対して説明する責任は、援助モダリティによってどのように異なるのか。また、被援助国が複数のドナーに対してアカウンタビリティを果たしていくのは報告する側にかなりの負担を求めることであり、彼らのキャパシティを超えているのではないか。
【回答6】
l プロジェクト援助の場合は、被援助国はプロジェクトごとに報告する義務がある。バスケットファンドの場合には、個別のドナーに対してではなく、バスケットファンドごと説明すれば良い。したがって、取引費用は下げられる。
l 取引費用については必ずしも下げれば良いということではなく、被援助国政府のスタッフが様々な手続きや業務を行う過程を通じて学び、成長していくという面もあると考えている。
【コメント3】
l アカウンタビリティがあるかないかという量的な点と、その内容をどうすべきかという質の話は別に議論した方が良い。アカウンタビリティの質については、例えばガーナの貧困削減戦略が第1次から第2次に移行する際に、世銀主導で環境への影響の視点を入れることとなった。この場合、必ずしも相互アカウンタビリティが果たせたとは言えないが、ガーナにとって悪い結果となったかといえばそうでもない。
l また別の事例で、インドの鉄道敷設のプロジェクトで、ある地域の政治家の強い反対により、線路の線形が変わったことがあった。この政治家には地元の村で政治的な人気を得るという思惑があったため、村民へのアカウンタビリティは達成されたかもしれないが、線路の線形が変わったことが社会全体にとって結果的に良いことであったかどうかはわからない。
【質問7】
l モザンビークで仕事をしていた際に、モザンビークの政治の基盤が弱いため、政府が説明責任を果たしたとしても、その情報そのものが正しいかどうかの判断が難しいと感じることがあった。「アカウンタビリティのアカウンタビリティ」が必要になるのではないか。
【回答7】
l 情報の信頼性も途上国では難しい問題。
【質問8】
l タンザニアでは、アカウンタビリィを改善するための政治体制や法制度はどうなっているのか。
【回答8】
l タンザニアは旧宗主国のイギリスの議会民主主義に大統領制を組み合わせた政治体制を採っている。
l 1992年に複数政党制に移行した後も、依然として与党CCMが強く、国会ではあまり活発な議論が行われなかった。ただ、最近は野党の勢力が少しずつ強くなってきたため、国会での議論が活性化されてきた。
l 本日の勉強会では、国会議員や有権者といった政治アクターに焦点をあてた発表を行ったが、アクターのみならず、制度(institution)がどのように機能しているか、どのようにアクターの行動を制御し、既存の制度の下でアクターがどう動いているのかを精査する必要がある。
【質問9】
l Makamba議員の選挙活動の事例で、クライアンタリズムがどのように機能していたのかもう少し説明いただきたい。
【回答9】
l Makamba議員は、選挙区全体の開発計画を立てて、それに沿って開発を促進しようとしており、私的財に基づくクライアンタリズムから離れようとしている事例と言える。
【質問10】
l 行政府、立法府などの政府機関の間のアカウンタビリティは具体的にはどのように遂行されているのか。
【回答10】
l 議会と行政の間のアカウンタビリティは、たとえば議会が政府予算を承認する権限を持つことが行政への制裁となり得る。また、人事権の行使などもアカウンタビリティのあり方に影響を持つ。
【質問11】
l 社会的カウンタビリティについて、例えばデモには実際の政治を動かす効果がどの程度あるのか。日本の原発デモ等を見ていると、その効果の程にやや疑問を感じる。
【回答11】
l いろいろな事例を見たほうが良いが、例えばラテンアメリカでは市民のデモが活発で影響力が大きくなる。デモの影響により、与党政府が国民全体の支持を失い、次の選挙で敗北することもある。
【質問12】
l バヌアツの保健省に勤めていた際に、ドナーがバヌアツ政府にアカウンタビリティを要求することがあったが、ドナーの意見が分かれた。enforcementについては、その実行がかなり難しく、やり過ぎると内政干渉になるという懸念が生じるのではないか。
【回答12】
l どこから内政干渉になるかというのは難しい点である。日本政府は被援助国のガバナンスにはあまり干渉しないが、欧米ドナーは比較的積極的にアカウンタビリティを要求する。今後さらなる検討が必要である。
以上