IDDP 2012年度第7回勉強会 議事録
■ 勉強会議事録 「あ、おいしい!ひとかけらのナッツが変えた人生と国の将来」
l 講師: 岸上有沙(きしがみ・ありさ)氏 (英国FTSE社ESG(環境・社会・ガバナンス)エグゼクティブ。NPO法人社会的責任投資フォーラム(SIF-Japan)運営委員)
l 講師略歴:
慶応義塾大学総合政策部卒業後、オックスフォード大学にてアフリカ学修士課程修了。英国FTSE社においてESG(環境・社会・ガバナンス)エグゼクティブとして勤務。NPO法人 社会的責任投資フォーラム(SIF-Japan)にて運営委員を務める。
<講演議事録>
l 人生を変えるような出会い。
· 佐藤芳之氏との出会い
· 佐藤氏は、「現状から飛び出す」というお父様の姿勢を見ながら育った。高校生の時に、「10年後はアフリカに行く」という発言をし、これを実現するために東京外国語大学へ進学。
· その後、アフリカに渡航。一般企業(東レ)を経て、自身で事業を行いたいという強い思いを実現させ、ケニアナッツカンパニーを創業。
· その中で、運命の人である奥様と結婚。
l 佐藤氏との出会いのきっかけ
· 岸上氏自身、日本での学生時代、アフリカに興味を持っていた。ただし特にアフリカの農業への関心よりは、アフリカの文化等に興味があった。そこで、ケニアへのスタディツアーを企画した。
· しかし、自身の両親からの同意をなかなか得られず、説得が難航。
· その中で、友人づてに紹介を受けた佐藤氏が岸上氏のご両親を説得。ケニア渡航が決定した。佐藤氏とはこれ以来の付き合い。
l 初めて訪れたケニアナッツカンパニーでの学び
· 孫のために木を植える。孫のために今働くという視点。
· 佐藤氏は、ケニアの時間の流れ方など、現地の生活にペースに合わせたマカダミアナッツ事業を行い成功。
² アフリカ各国が独立した時代に、多くの民間企業がアフリカ市場に参入したが、短期的に成功するビジネスモデルを追求したために、撤退した企業も少なくなかった。
· 現地の従業員も佐藤氏のこと、企業のことを愛しているという印象。
· 従業員に対し、約束したものをきちんと提供する事の重要性。
² 例)従業員の送迎や住宅ローンの提供(ケニアではあまりない)など。
· ナッツまるごと有効活用。
² 無駄のない資源の利用。例えば、ナッツの殻を燃料や肥料、敷石代わりに使用していた。
· ナショナルブランドの構築
² 第一次産品としてのみの出荷ではなく、国内で加工し、かつ国内での消費を目指してブランドを構築した。
² また、観光客のお土産としての市場も開拓。
· 美味しいから売れる。
² フェアトレードや、情によって購入を促すのではなく、味でお客様に購入して頂くという姿勢を貫いている。
l 帰国後
· アフリカ滞在の経験は、日本に帰ってからの自身の価値観にじわりと影響。
² 当時、アフリカ関係の援助団体等の活動に参加していた。その中で、NGO,国際機関と規模・組織を問わず、開発問題の本質よりも各々の団体自身の生存競争が優先されてしまう現状に度々直面した。
² Public Private Partnership (PPP) を主題としたTICAD(東京アフリカ開発会議)に参加したが、参加者のほとんどが政府機関であり、佐藤氏を含めた間企業参加者には、焦点が当たることが少なかった。
² 岸上氏自身、元々多国籍企業がもたらす途上国の住民に対する負の影響に懸念を持っていたが、佐藤氏との出会いによって、民間企業が現地の長期的な社会開発に貢献できる可能性についてより強く関心を向けるようになった。
· こうした中、佐藤氏の活動が、常に脳裏に浮かんできた。そして、世界中の佐藤さんのような事業家を応援するためには、お金の流れを変える必要があると考えるようになった。
² 短期的に利益を求めることで、従業員のモチベーションや労働環境の劣化をさせるような企業ではなく、長期的な利益を優先する企業にきちんと投資資金が流れるようにできないか。
l FTSE社での業務
· 当社は投資判断情報を提供することが本業。
² 投資関連情報をFTSEが入手し、各企業を投資目的に応じてグループ化し、インデックスとして投資家側に情報提供する
² 投資家はそのデータを利用して企業の選定をして投資。
² その投資資金を利用して企業が活動。活動結果がまた新たな情報となり、次の投資行動に影響を与える。
· 環境・社会・ガバナンス(ESG)投資については、各企業のESG配慮に関するデータに基づく投資先選定、情報提供を行なっている。
· 日本企業の実態をつかむための橋渡しとして、岸上氏にFTSEよりオファーがあり、就職することとなった。
· 岸上氏自身、情報収集から投資判断、企業行動の変化という循環の中に環境社会ガバナンスの価値を内在化させ、投資家行動を変えることを大きな目的において、業務を行なっている。
l FTSE4Goodインデックス
· 例として、FTSE4Good 指数シリーズを紹介した。
· 先進市場25カ国の上場企業2400社が調査対象。
· 第一段階として、タバコや武器などに関わる企業は、インデックス組み入れの除外対象となる。
· 第2段階として、環境・社会・ガバナンスのそれぞれの分野において、どれぐらいのリスクへの露出があるかが確認される。例えばガス・石油セクターの企業の場合は、環境負荷が高いことにより、組入条件がやや厳しい。
· 結果的に約900社にまで絞り込まれる。
· 時には、インデックスから除外された企業が、投資家から「なぜ除外されたのか」という問い合わせを受けることがある。すると、その当該企業の経営層がすこしずつ意識を変え、次年度に再度組み入れを目指すといった動きも出てくる仕組みが成り立っている。
l 2012年での投資とESGの現状
· 進歩
² ESG情報を考慮した投資判断を行うべきという投資家側の認識が向上した。
l 例えば、ESGに考慮した投資判断を行うことを誓うUNPRI(国連責任投資原則)への署名機関は、世界中で1000機関にも上っている。
² 金融危機後、金融業界のイメージ力回復のためのESGの活用が進んだ。
² 短期利益ではなく、当たり前の行動の重要性が浮き彫りになった。(例;BP、東電などがここ数年に続いたことも影響に)
² ESGデータの開示、提供が通常の投資判断材料の一部として提供されつつある。
· 挑戦
² ESG投資に意思表明した先の、実際の行動が今後の課題。
² また、ESG以前の金融業界のResponsibilityについて、振り返って考えてみることが必要である。
² ESG投資は、何らかの企業事件が発生した後の一過性の非投資行動だけか。長期的な投資行動の変化にきちんと影響を与え得るのか。より踏み込んで考えていくことが重要である。
l 日々の業務の中で感じた様々な疑問に自ら答えるため、再度アフリカ佐藤氏のもとへ渡航を決意した。
l 2012年のアフリカ渡航
· 現在佐藤氏は幾つもの新しい事業を展開している
² 佐藤氏のモットーである「Foot First」、とにかく行動して少しずつでも変えていこうという考えは健在。
² その一つが、ルワンダでの新たな取り組み。ケニアで40年かけて築いてきたように、ルワンダでもまた、一からマカデミア・ナッツ事業を展開しようと、具備している。
² 小さな規模で事業を始め、大きな夢を描きながら事業を進めるという点に改めて刺激を受ける。
² ルワンダでこのビジネスを展開することは、歴史的背景からも大きな意味を持っている。
² 20年前の虐殺の後、各国からの援助資金を有効活用し、環境・交通面共に質素ながらに綺麗に整備されている。しかし、いつまでも援助資金に頼り続けることは社会の不安定化につながる可能性がある。
² こうした中、民間企業の重要性は非常に高い。
· 今回の経験が、今後の岸上氏自身の人生にどのような影響を与えるのか、未知数である。このセミナーの場を借りて、皆さんと色々な人生の歩み方を考えてみたい。
<質疑応答>
【質問1】
· なぜマカデミア・ナッツを生産するに至ったのか?
【回答1】
· ある意味で偶然の出会い。佐藤氏が植物研究所に出かけ、マカデミア・ナッツに出会い、生産を決意した。
· 需要に対して供給が追いついていないため、ビジネスチャンスは大きかった。また、栄養価も高い。
【質問2a】
· 資金の流れを変えるためのESGを考慮した投資が増えつつあるということを、実際に金融機関で勤務をされている中で感じるか。また今後の成長の見込みを感じるか。
【回答2a】
· 金融価値以外の判断材料で投資企業を決めるという点については、以前は教会的な価値観が中心だったが、近年は全てのESGに関するリスクを評価し、企業との対話を通じてその行動を変えるという姿を目指している。そういう意味では少しずつ進んでいる
· 現在は移行期。ESG投資のチームを解体して、通常の投資チームに組み込むということを行おうとしているが、機関によってはそうした試みが十分に機能していないところもしばしば見られる。
【質問2b】
· 投資機会というインセンティブを通じて、企業行動の変更につながると感じるか。
【回答2b】
· 同じメッセージを企業側に伝えるにしても、NGO、それとも金融機関かによって、企業側の受け取り方が変わってくるのが現状である。よって、結果的に投資の判断材料としてされる情報を創出しているというインセンティブを元に、企業のESG情報、および行動改善を促すということは、とても大事な役割と考えられる
【質問3b】
· アフリカでのビジネスの視点から援助の役割を考えた時に、量の充足や質の改善について、どのような観点が必要と考えるか。
【回答3b】
· 理想としては援助がなくなるのがベスト。そのような社会に向けて進めていくという形が援助機関の在り方として理想だが、現実的には職員一人一人の生活がかかっており、なかなか簡単ではない場合が多い。
· 官民連携を唱える場合に、本当に民間にとって役に立つパートナーシップに着目して進めていくことが重要だと思う。
【質問4】
· 外貨を得る手段として、製品の輸出は行なっているのか。
【回答4】
· マカダミアナッツ自体は輸出している。例えば、明治製菓からは以前より色々と支援を受けており、明治のチョコレートの中にも利用されている。
【質問5】
· (ケニアの主要産業の一つである)コーヒー産業との連携はあるか?
【回答5】
· 佐藤氏の中心事業はナッツだが、コーヒー、紅茶、ワインも行なっている。
· なお、佐藤氏のモデルとして、自社農園ですべてを賄うよりも、オーナーシップ付与のためにも小作農家から調達することも行なっている。
【質問7】
· 金融機関自体のResponsibilityとは?
【回答7】
· 生産活動を行う事業企業の現状と、投資家による投資行動の乖離が大きい。どれだけ環境に配慮していても、投資行動の判断基準はそこからかけ離れたものになってしまいがち。したがって、投資家のインセンティブをより長期的なものにしていくことが金融機関の社会的責任として重要だ。
【質問8】
· アフリカの現場でのミクロな問題意識と、現時点での金融機関でのマクロなお仕事の間の乖離について、どうお考えか?
【回答8】
· かつての採用面接の時に、「自分の心を売ることにならないのか」と聞かれた。
· その時の回答として、民間企業がアフリカ各国で事業を行い、社会開発に貢献しているということを、きちんと投資判断の根拠にしていけるような仕組みづくりに貢献できるようであれば、大きな流れとしては整合する、と考えた。
· その意見は今も変わらず、そして自分の視点として、ミクロとマクロ常に行き来することが重要だと考えている。
【質問9】
· ケニアとルワンダにおける、ビジネス上の障壁等は?
【回答9】
· どちらにおいても重要なのは、現地のビジネスの現状に精通したビジネスパートナーとの連携が、障壁を乗り越えるための大きなステップとなる。
· また、現地の生活に即したビジネスの仕方を行う必要があるだろう。
· その点について、佐藤氏は非常に上手に対応してきており、今となってはケニアに約40年いるので、ケニア人の考え方にも精通している。
【質問10b】
· 現地住民を巻き込んでビジネスを展開するという時に、佐藤氏がその巻き込みに関してどのような工夫をしているのか。
【回答10b】
· 先ほど挙げた視点に加え、佐藤氏はもともと日本からの駐在ではなく、現地採用を経て東レに入社した。こうした経験の中でケニア人の目線を十分に理解するに至った。
【質問11】
· (FTSEに勤め、感じられる)欧米と日本企業を比べた時に違いは?
【回答11】
· 英国や欧州の企業は、一般的に例えば必要な取り組みの20%しか取り組んでいなくても120%取り組む予定だと主張することも多い。対して日本企業は、既に60%程度実施できている場合にも、(100%でないため)何も言わないケースも多い。文化的な違いはある。
· こうした日本企業文化の特色は、日本国内の投資家であれば理解している可能性は高い。しかし、国際的な投資家からは、何も伝えなければ「ゼロ」としか評価されない。そのため、60%実施している場合は、「60%実施している」と開示される様、働きかけている。
【質問12】
· どうESGに興味のない人々に対して、ESG投資を進めていくべきと考えるか?
【回答12】
· 「ESG投資」と言っても、種類は様々である。
· 例えばタバコ、武器への投資の有無は、投資家自身の価値観によるところが大きい。こちら情報を提供して、運用機関の価値観に委ねる
· 一方、ESG配慮自体が、その事業そのものの理にかなう場合がある。例えば、環境性能が良好な不動産は、不動産のコストパフォーマンスを上げるため、長期的な不動産の価値を高める。よって、環境負荷も低く、投資対象としても魅力的となる可能性が高い。こうした投資対象の場合、ESGに一見興味がない投資家にとっても魅力的と感じられる可能性。
· よって、各投資家の関心・価値に即したESG投資方法を見出すことが重要である。
【質問13】
· 今回のアフリカ滞在で、岸上氏自身がどのような生活をしたのかお伺いしたい。
【回答13】
· ケニアでは佐藤氏の夫妻のもとで生活し、事業を間近で見てきた。また、日本から個人投資家が何人か訪問する予定だったので、彼らのためにアポイントメントの手配等も行った。
· 佐藤氏ご夫妻との生活の中で、奥様の役割の重要性を見ることができた。二人の性格のバランスがこのビジネスを成功させた要因になったと思う。
· ルワンダでは1から事業を立ち上げるお手伝いを行った。企業登録を行う組織を訪れ、書類の作成を行ったり、工場地を見ながら工場の計画を考えたり、最低限の自社農園の作成計画のお手伝いをしたりした。