第2回勉強会

■ 第2回勉強会概要

開発政策と労働市場制度: 南アジアからの視点

日時: 2012年11月11日(日)

場所: Institute of Education, University of London


講師: 宮村 敏 氏

l 講師略歴:

· 東京外国語大学外国語学部卒業、一橋大学経済学研究科修士課程修了後、ロンドン大学SOASにて修士課程(開発経済学)、博士課程(経済学)修了。経済学博士。2003年ロンドン大学SOAS経済学部Lecturer、2010年より同大学Lecturer in the Economy of Japanとして勤務。研究関心は、インド・日本の政治経済、開発・労働・制度経済学など。(後ほどコピー・ペースト)

· 専門用語については、一部講師の見解に依るものもある点留意されたい。

· 講演の一部は、Miyamura, Satoshi. ‘Emerging Consensus on Labour Market Institutions and Implications for Developing Countries: From the Debates in India,’ Forum for Social Economics, Vol. 41, No. 1 (May 2012), pp. 97-123. [link: http://dx.doi.org/10.1007/s12143-011-9099-4] に依拠。

<講演議事録>

l 本講演の背景と目的

· この15~20年くらいの間に、開発政策における労働市場制度や政策への関心の高まりがみられる。

· 背景としては、「開発」の考え方の見直しがあり、持続的な経済発展、貧困削減のための制度的枠組みの一つとしての労働市場制度が注目されている。

· 「開発」そのものの考え方を、労働市場制度の議論を通して再考したい。経済成長や効率、貧困削減など「結果」に依存した従来の開発政策・戦略のあり方には限界があり、行為主体の集団行動を可能にする「下」からの制度づくり、そのための政策空間をつくるための批判的議論が重要。

l 制度そのもののもつ、歴史的背景や社会構造の重要さ

· 制度を「もの」として扱うのではなく、特定の経済発展のパターンを規定し、またそれに規定される、その国や地域における「社会関係」の表現と捉え、労働市場制度を社会や歴史の文脈から検討していくことの重要性を訴えたい。

· それゆえ、単純に先進国や成長国の制度を途上国にもってきても、同じような結果になるとは限らない。

l 労働市場制度の概要

· 政策議論における重要性が高まっているにも拘らず、「労働市場制度」が明白に定義されることは少ない。あったとしても非常に抽象的な定義が多い。(配布資料p.1を参照)

· それゆえ実証研究では、雇用保護の諸制度、さまざまな形態の失業保険、組合率、団体交渉の制度、直接・間接的な労働税の形態、など様々な制度や規制が計測され、やや折衷的なのが現状だ。

· 労働市場制度の定義が難しい理由は、結局のところ制度というのは「モノ」ではなく、その特定の経済発展パターンを規定する「社会関係」の表現だから。どのような政策・制度が労働市場を規定するかは、その社会的、歴史的条件によって多様。経済分析の言葉でいえば、労働市場制度はその経済・社会に「内生的」ではないか。これは労働市場制度に限らないが、制度を「外生要因」として扱いがちな、制度分析・政策論の問題点。

l 南アジアの定義

· 組織や機関によって「南アジア」の定義は若干異なる。

· 地理的にも人口でも経済規模でも最大の国がインド。

· 南アジアは、世界の人口の1/5を占め、もっとも人口が多く、人口密度の高い地理的な地域である。

· 南アジア地域全体としては、サブサハラアフリカについで貧しい地域であり、また地域内の経済的格差も非常に大きい。

l 南アジアにおける経済成長の経路

· スリランカはやや異なる経緯があったが、特にインド、パキスタン、バングラデシュでは英国植民地から独立後、比較的共通点の多い経済発展パターンがみられた。

· 1950-60年代は、製造業主導の経済発展が図られ、ある程度の成長を達成。しかし1970年代に経済停滞に直面し、様々な形態の「大衆迎合的」政権を経験。

· 1980年代以降、各国で経済自由化がはじまり、徐々に経済成長率が高まり、現在に至る。

· 一見、経済自由化によって、政府主導の束縛的な発展モデルから「解き放たれて」近年の成長が起きているように見受けられるが、その成長パターンそのものに問題がある。そのひとつとして注目を集めているのが「雇用なき成長」である。

l 「雇用なき成長(jobless growth)」について

· 近年の製造業における雇用成長率と経済成長率を観察すると、南アジアは経済成長は比較的好調なものの、雇用成長がそれに追いついていないという問題提起がなされている。

· それに対し雇用と経済成長の双方において高いパフォーマンスが観測される東アジア・東南アジアとの比較による議論が多い。

· 経済成長にも関わらず、統計に捉えられる「組織部門」(フォーマル部門)の雇用が創出されず、「非組織部門」(インフォーマル部門)で雇用吸収が進んでいることが問題視されている。

· 多くの途上国において経済のインフォーマル化の傾向があるが、インドでは就業人口の90%以上が「非組織部門」で雇用されているとされる。

· 一般に、インフォーマル部門は、賃金や労働生産性が低く、労働条件などが悪いという観点から問題視されることが多い。

l 労働市場制度の理論

· 1990年台半ばまでは、一方に「市場歪曲派」、他方に「制度派」に分かれる理論構図があった。

1)市場歪曲派(Distortionist)

² 新古典派経済学の労働市場モデルが代表例。

² 1990年代半ばまでの世界銀行の政策研究の中心的立場であった。

² 労働市場制度がある事自体によって、「必然的」に経済効率が低くなるという理論的立場。

² 具体的には、市場に何らかの政策的・制度的な介入(最低賃金法や労働組合による賃金交渉など)をすることで、賃金や雇用量が均衡から乖離してしまう。完全競争的な労働市場における「最適な」資源配分と比較して社会的な無駄(死荷重:Dearweight Loss)が発生する。

² その結果、組織部門では「機会費用」を上回る収益、すなわちの経済rentが発生する。

² 既存のrentを保持するために特殊利益追及(rent-seeking)活動が高まり、更に社会的費用を増加させる、という議論になる。

² いずれにしても、この観点からは、労働市場制度は「必然的」に効率的な資源配分を妨げるので、1990年代までの世銀などで、政策的・制度的介入をいかに減らすかという政策アジェンダに繋がった。

2)制度派(Institutionalist)

² 労働市場制度による社会的費用はあるかもしれないが、様々な便益もあるのではないか。総合的に見れば、必ずしもネガティブではないという理論的観点。

² 制度派の立場からの労働市場政策としてはILOが代表例。

² 労働市場制度によって経済的な効率や生産性が高まる可能性にも注目。

² 例えば「集団的な声」(collective voice)論は、情報や取引費用低下の可能性に注目した。

l 情報の非対称性のもとでは、労働者と経営側の間ですべての情報が共有されず、市場に任せても「最適な」効率や生産性を達成できない。労働組合などの制度が存在することによって、監視費用を低下させたり、無駄な辞職を避けられるなど情報コストを低下させうるのではないかという提案がなされた。

l また、長期雇用関係を維持するなど、取引費用を低下させることで、企業特殊的人的資源の投資・蓄積、あるいは協力・参加によって効率が向上するという仮説も提唱された。

l この見方では、労働市場制度に伴う社会的費用だけでなく、その便益も重視され、労働市場制度を促進することで、経済効率や生産性を高められるという政策論に結びついた。

² また交渉構造理論は、労働市場制度の社会的費用が、その構造に依存することを、逆U字モデルで論じた。

l この理論では、国ごとに多様な賃金交渉構造に注目し、極度に集権化されるか分権化されると組合の交渉力が弱まるが、中間レベルで最も賃金圧力が強まり、価格上昇に繋がりやすいと仮定した。

l 集権化した交渉構造(全国レベルで政労使が交渉。北欧が代表例)においては、労働組合もマクロ経済政策立案の当事者となるため、価格上昇に直接繋がるマクロレベルでの大幅な賃上げ要求をしにくくなる。

l また分権化した交渉構造(企業・事業所レベルの労使交渉。スイス、日本等)においては、単一企業や事業所による賃上げは、その競争力を弱める結果になりかねないので、ここでも強気の賃上げ要求をしにくい。

l この両極の中間(例:産業レベルでの労働組合。ある時期のベルギーやオランダ等)あたりが最も労働者側の交渉力が高く、賃金の「硬直性」が強まりがちである、という仮説。

l ここでも労働市場制度が必ずしも経済効率や生産性を低めるとは限らず、その社会的費用はどのような制度か、また市場条件によるという政策論が生まれた。

このように「市場歪曲派」と「制度派」は労働市場制度の経済効果について両極に位置しているように見受けられる。しかし同時に、どちらの理論枠組みも「外生要因」としての労働市場制度が、経済効率や生産性を低めたり高めたりする「結果」を生む、という因果関係に基づいていることに注目したい。

l インド労働市場政策をめぐる議論: 1980-90s)

· 上述の「市場歪曲派」と「制度派」の理論的対立構図は、南アジアにおける「雇用なき成長(jobless growth)」の原因を巡る議論にも反映された。これを1980-90年代のインドの政策論から紹介したい。

· 例えば「市場歪曲派」の立場からは1980年代インドの名目賃金上昇が、制度にもとづく労働市場の「硬直性」によるものと仮定し、労働市場改革を唱えた。これに対し、実質賃金は、大幅には上昇しておらず、賃金上昇なしに生産性をあげ、生産構造を変化しえたということは、労働市場はむしろ「柔軟」なのかという反論もあった。

· また、労働法や規制が多く、効率的な資源配分や生産性向上を妨げているという仮説に基づく労働法改正の主張に対し、法規の施行力への疑問を投げかける声もある。

· 同様に、労働組合が強力すぎて産業の効率的な経営を妨げているという意見に対し、資本・経営側のイニシアティブで起きる労働争議であるlockoutが増加するなど1960s半ばから労働争議の性質の変化を指摘する者もいる。

· 他方、「制度派」の理論的立場からは、「雇用なき成長」の原因は労働法や組合ではなく、インド産業の「二重構造」に見られるような歪な企業発展のあり方によるものとして、より包括的な分析・政策議論が展開されてきた。

l 1990年代半ば以降の労働市場制度の理論展開

· 伝統的に「市場歪曲派」の立場をとってきた世界銀行の政策研究の変化。1995年の世界開発報告あたりから、安定的な経済成長のための労働者の権利・雇用創出の重要性、そのための政策・制度の役割を認識するようになり、2013年世界開発報告「Jobs」に発展。

² ただし、全ての労働市場制度が効率や生産性を高めるとは認めておらず、特定の制度・制度枠組が安定的な経済成長を生むという議論に展開。

² 効果的な政策、制度の前提条件として、透明性、説明責任、などグッドガバナンス政策アジェンダの強調がなされている。

· 他方「制度派」のILOも1998年から「人間らしい仕事(‘decent’ work)」アジェンダを展開。

² 雇用量だけでは不十分で、どのような雇用が創出されるかに注目

² 貧困層に焦点を絞った「最低限の社会保障」の枠組みを明示するなど、ある程度の成果

² しかし‘decent work’の概念の問題や社会的参加者・連携についてもあいまいであるなど、貧困管理政策にとどまるか、全般的な格差を対象とした政策・運動を組織できるかは不明。

· このように市場歪曲派と制度派の議論は表面的にはやや収束しつつあるように見えるが、雇用量を増やすのか「質」もあげていくのか新たな政策論点も生まれている。

· 根本的な議論の構造としては、どちらも雇用創出や貧困削減などの「結果」を、政策や制度を導入したり変えたりすることで実現しようとするという意味で、やはり共通の因果関係を想定している。

l まとめ

· 労働市場制度の理論展開、またインドでの政策議論を通じ、労働市場制度は、特定の経済発展のパターンに形付けられ、またそれを規定もする「社会関係」の表現であることを論じた。制度は経済変化にとって「外生」ではない。だから、先進国や急進国の制度を移植しても、同じように機能するとは限らない。だからといって、制度は変わらないわけではなく、経済発展のパターンによって、また特定の社会的・政治的条件によって様々に変化する。政策や制度の社会的文脈を考慮することが重要である。

² 例えばインドの「国家農村雇用保証法(NREGA)」の施行には国内で格差が大きく、とくに貧困層が政治的・社会的に弱い地域で、非常に高い割合の公共資金が当初の目的外の用途での使用され実際の雇用創出につながっていない。

² 経済成長や貧困削減、雇用創出などの「結果」に依存した開発政策は、施行される地域の所与の社会・政治構造に依存するのが現状で、その効果には限界がある。貧困の構造的な原因や、それをもたらす社会的過程に取り組むためには、政策・制度の社会的文脈に注目する必要がある。

· 行為主体がどのように政治的・社会的に組織化されうるかを見ることが大事で、労働に焦点を置いた「開発」のあり方がが必要だ。

<質疑応答>

【質問1】

· なぜ似たような欧州の国で、賃金交渉の集権度が異なるのか。

【回答1】

· 第二次世界大戦後、冷戦下の地政的背景のもとに、労働者の福祉・雇用促進により社会的安定を計ろうとしたが、その形態はそれぞれの国の歴史的社会的背景により様々で、結果的に異なる交渉構造が形作られるに至った。北欧などネオコーポラティズム体制のもとでは、全国レベルで政労使によるマクロ経済運営への参加・協調を通じ、急進的な労働運動や賃金圧力が抑制された。産業別労働組合の伝統の強い国では、産業レベルでの賃金・雇用調整で協調しつつ、福祉国家的解決が試みられたし、日本のように戦時体制で企業別労働組織が存在したことで分権化した賃金交渉の構造になった国もある。注目すべきは、こうした交渉構造の違いは「選択」されたものでは必ずしもなく、歴史的・社会的過程のなかで変化してきたものだということ。だからインドがスウェーデンや日本の制度を取り入れても、同じように機能するとは限らない。

【質問2】

· Lock-outによって経営者が得る利益は何か。

【回答2】

· 文脈によって異なる。例えばボンベイ綿紡績産業で、産業構造の変化に直面した経営側が、賃金構造や生産形態の変化に難色をしめした労働組織を弱めるべくLock-outをして経営の合理化を図るということもあった。

· ただし、労働争議をストライキとロックアウトに二分して、ストライキはlabour/ union militancy、ロックアウトはemployer militancyと仮定するのは問題。労働争議の原因と過程は複雑で、雇用者の強硬戦略に対しストライキが起きる場合も、組合の圧力がclosureやlockoutを引き起こす場合もある。

【質問3】

· 交渉構造の違いが生産性に影響を与えることはあるのか。

【回答3】

· 交渉構造モデルは1970年代の価格上昇に問題関心を置いたマクロ経済の仮説と理解している。異なる交渉レベルで賃金圧力に違いがあり、それがインフレ圧力の違いとして説明された。その意味では、このモデルはマクロレベルでの費用構造に焦点を置いた仮説といえる。ただし賃金・価格上昇が、技術導入や生産組織変化を促す度合いと比例するならば、生産性とつなげることもありうる。この場合、労働の交渉力があがり賃金圧力が高まることで、経営の生産性があがるという議論も可能になる。

【質問4】

· 二重構造について、インドの場合が二極化しているという状況に関して、なぜ中小企業が発展していないのか。また今後の発展パターンとしてはどのような経路が考えられるか。

【回答4】

· インド独立後、ネルーが首相となり、国家主導の計画経済戦略のなかで大規模工場制工業を促進させた。他方、ガンジーの思想に反映されていた小規模家内制工業の重視・保護も同時になされた。こうした政策的な介入が二極化を生んだという議論が自由化の前にはなされていた。

· しかしながら、経済自由化後も規模別の企業構造にあまり大きな変化は見られていない。理由として、経済制度や構造は履歴効果があり、変わりにくいという議論もあるが、outsourcingや下請けを通じた企業間連携のありかたにも問題がありそうだ。

· 日本では「下」からの産業化により、大企業が中小企業と技術面などでの密接な連携が生まれたが、これも試行錯誤や妥協を経て、歴史的に形作られてきたもので、最初からあったものでも、政策的に計画されたものでも必ずしもない。インドの産業構造がこれからも変化しないということではないが、政策変更や制度改革のみではなく、産業発展の歴史的経緯が重要になってくるのでは。

【質問5】

· 南アジアの労働法や労働組織関係の条約批准状況が多いことの背景は何か。

【回答5】

· 労働法や労働組織の初期の形成が早かった。労働運動は19世紀後半から組織化され、独立運動などで政治的にも重要な役割を担ってきたし、英国植民地下での法規が現在の工場法、労働組合法、労働争議法を大きく規定した。(内容はともかく)労働組織・法規の文面化の歴史が長い。

· 他方で、労働法がたくさんあっても、ほとんど施行されていない現状がある。形の上では存在していても、それが実際にどの程度労働市場を規定しているか疑問がある。

【質問6】

· 南アジア的な社会的コンテキストを反映した発展としてはどのようなものが考えられるか

【回答6】

· 南アジア共通の社会・歴史的特徴はもちろんあるが、同時に非常に多様な地域でもある。先進国や急進国の制度や開発モデルを途上国に移植しても同じように機能しないことが多いのと同様、南アジアの経済モデルを作って一律的に適応しても、それがうまくいくとは考えにくい。

· 経済成長とか貧困削減、雇用創出などの「結果」のみに注目した発展モデルの限界を論じたが、agencyやprocessを重視し、労働者や貧困層の集団的行動を可能にするための開発となると、地域・社会的コンテキストを踏まえた開発政策が必要になる。これは何らかのモデルを作って当てはめることでは実現せず、貧困の根本的な原因や過程を問題視し議論していく必要がある。

【質問7】

· インフォーマル部門でも雇用が増えればそれで良いという議論はないのか。世銀はフォーマルセクターでの雇用増加を施行しているのか。

【回答7】

· インフォーマル雇用自体が問題ではないという議論はあるし、De Sotoなどのようにインフォーマル経済における「企業家精神」にもとづく発展を論じる視点もある。現在の世銀の労働市場政策の立場は、雇用量の創出に重点を置いているが、社会的不安定性をなくすための社会的保護の必要性も認識している。

· 正規化する必要があるか否かについては世銀の立場は必ずしも明らかでない。経済成長を可能にするための社会的基盤となるのであれば、インフォーマル雇用でも良いとも読める。

· 他方のILOは、伝統的には社会民主主義の立場から、労働基準の向上や労働組織の充実を国際レベルで要求してきた。現在のILOの戦略は、引き続き労働基準・権利の推進を謳っているものの、労働組織の弱体化、インフォーマル部門における脆弱な雇用の現実の前に、貧困層に焦点を絞った「最低限の社会保障 (social protection floor)」の枠組みなどに重点を置いている。社会的セーフティーネットなど漠然とした概念より明確な基準を主張している点で評価はできるが、現状で雇用の正規化に繋がっていくのか不明だ。

· 貧困問題をどう管理していくかという「最低限」の社会管理政策に加えて、より全般的に社会的格差を減らし、社会的参加を促す政策アジェンダに移行していくためには、そのための政策・運動を誰がどう組織していくのかをも含めて考慮する必要がある。

【質問8】

· 例えば同一の国内における雇用創出プログラムに関して、なぜ村によって違いが生じるのか。自治体の施策に原因があるのか。労働者側の問題なのか。

【回答8】

· 2005/6年から施行されているインドの「国家農村雇用保証法(NREGA)」の成果は、地域ごとに、また同じ地域内でも村落ごとに大きな差がある。これは、その地域・村の社会関係や構造を反映していて、単純に誰のせいかと責めるだけでは解決しない問題。

· 地域や村によって90%以上の公的資金が「漏れ」て雇用創出につながっていない現実から、地元政府や自治体の機能の弱さを指摘することは簡単だ。労働の組織力が弱く、組合があっても貧困層の利害を必ずしも反映していない場合もある。しかし州政府や長老会、労働組織の機能は、地元の社会構造、カースト階層などに依存しており、組織の透明性や公共サービスの公正性の追求を目指して上から政策アジェンダを設定しても、所与の社会構造に取り組まない限り政策の効果は薄く、根本的な貧困問題も解決できない。

· また途上国での資本蓄積が、政治的に組織された資金供給や権利の移転、収奪による形態をとることも多いため、こうした公的資金の「漏れ」の長期的な効果を評価することが難しいという面もある。

· 貧困問題や社会格差の根本的な構造と過程に取り組むためには、それぞれの地域の社会的・歴史的な文脈やプロセスを理解することが大事。既存の社会構造を所与として政策アジェンダを設定したり施行したりしても、労働や貧困層の政治力が弱い地域や状況では限界がある。政治・社会構造に「上」から介入するよりも、行為主体の集団行動による、またそれを可能にする「下」からの制度や運動、政治的決着がより重要だと考える。