第5回勉強会
■ 第5回勉強会概要
「ガバナンスと開発 ~これまでの経験から~」
発表者: 中川 禎人 氏
(サセックス大学開発学研究所(IDS)
ガバナンスと開発修士課程在籍)
日時:2010年3月27日(土)
14:30-16:30
場所:ロンドン大学SOAS
Brunei Gallery B102 教室
配布資料:
プレゼンテーション資料
勉強会内容:
1. 中川氏の経歴紹介
2. 中川氏によるプレゼンテーション
3. 質疑応答
■ プレゼンテーション・議事録
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<目次>
1 ドナーによるガバナンス支援
2 ガバナンス支援のMyths
3 アドバイザーの役割
4 アドバイザーの限界
5 体験談
5-1 内部監査から社会監査へ
5-2 国連PKOからUNDPへ
5-3 ガバナンス企画からCSRへ
<内容>
1 ドナーによるガバナンス支援
ガバナンス支援とは公共機能の向上支援であり、アプローチとしては、国家機関(行政・立法・司法府)やNGO・民間企業など、公共政策の決定・実施に携わる幅広いステークホールダーへ働きかけを行い、公共機能の向上を目指すもの。 ガバナンスの定義は、イデオロギーや価値観の違いにより、各機関によって微妙に異なるが、公共機能のあり方を考えるというコンセプトは共通する。一方、英語圏とは異なり、ラテン語圏(フランスやスペイン)では、「政治」と「政策」が同一単語であるのと同様、一般的に、「ガバナンス」と「政府」が余り区別なく使用されることが多い。我々も、あまり定義にこだわらず、広義で、「ガバナンス」=「政府」と捉えてよいでしょう。
ガバナンスアドバイスの面白いところ:
・政府のしくみや政策決定プロセスにかかわるところ。木も森も両方みられる面白さがある。
ガバナンスアドバイスの難しいところ:
・実際に効果がでるまでに時間がかかる。
・「どういう政府にしたいのか?」という点で相手国の国民性が反映されるため、日本人としてや個人としての政府観と折り合いをつけながらアドバイスする必要がある。
・それに関連して、「グッドガバナンス」のコンセプトは国によって違う。
例えば、次のような一面が挙げられるかもしれない。
米国: 自身の歴史に基づいた思想、民主主義を創造した事への自負が強い。
西ヨーロッパ: 歴史に基づいた思想、国家と国民の関係に基づく人権への尊重が強い。
日本: 高度成長体験などにより、政府の公共政策決定への関わりが比較的強い。
2 ガバナンス支援のMyths
1) 技術的:定型的 VS 政治的:歴史、文化、教育、生活
ガバナンス支援は技術的に行えると思われがちだがが、実際には変化を可視化するのが難しいうえに、歴史や文化の影響を強く受けてしまうもの。
2) 機材供与 VS 政策提案、文書主義
機材供与はほとんど必要なく、相手国政府とともに政策を考え、政策の文書化を支援する側面が強い。
3) 短期的変化 VS 長期的変化
ガバナンスの支援が短期的に変化をもたらすことは難しい上、長期的変化につながるとも限らない。
4) 人材育成 VS 制度システム発展
ガバナンスの支援は、人材育成というよりも、政策決定や制度システム変更への支援という側面が強い。
5) プロジェクト VS プログラム (点から線、線から面へ)
プロジェクト(一点)の変更に注視するのではなく、点から線へ、線から面へと拡大していく視点が必要。
6) アドバイス VS 実行
政策アドバイスは、言うは易し(しかも難しいコンセプトでもない場合もある)、行うは(本当に)難し。
3 アドバイザーの役割
レジデンシャル・アドバイザー:インプリメンテーションのエキスパート
1) リサーチを行い、政策を提案し、カウンターパートとともに実行可能性を探る(政治、組織、制度分析)
2)既存のリサーチがある場合、カウンターパートとともに実行可能性を探りながら、アドバイスを実行可能な案に発展させる。
3) カウンターパートと共に、政策実現性を高める努力・活動を行う。
4) 他ドナー、アドバイザーと共に、政策実現性を高める努力・活動を行う。
⇒ そのため、イシューに詳しいだけでなく、国や地域に精通することが必要。
4 アドバイザーの限界
1) 政治的タイミングと任期のずれ(選挙前後、政権移行時もしくは新政権発足直後100日が鍵)
・政策立案はダイナミックな活動であり、セオリー的ないわゆる政策サイクル(ニーズアセスメント→立案→実行→評価→改訂)に基づいて定型的に発展するものではないため、政策アクターが活動を高めるタイミングにあわせて政策提案を行うことが非常に重要。多くの骨格となる政策は、選挙前後や政権移行時のタイミングで作成されることが多いため、それを逃すと、大きな政策アジェンダを立案実行することは非常に難しい。
2) ダブルスタンダードを読めない(文化の違い、ネットワーク力)
・外国人であるため、相手政府が「yes」と言ったときに、本当に「yes」なのか、あるいは「no」に近い「yes」なのか、行間を読まなければならない(日本でも一緒ですよね)。そのため、ネットワーク力が重要。
3) 相手政府と出身団体の政策の相違に板挟み
・相手政府と出身団体のガバナンスや政策に対する価値観に相違がある場合、板挟みになることが多い。
4) 言うは易し、実行は難し
・そのため、相手政府と出身団体の双方を味方につけるための政治力を磨くことが必要。
5 体験談
5-1 内部監査から社会監査へ
内部監査:
1) 公共団体の業績監査、制度プロセス改革(地方分権化等)
・内部コントロールや業績達成に関するアドバイス。
・権限や情報の分権化に関するアドバイス。
2) BPR(ビジネスプロセスエンジニアリング)
・業務の流れを洗い出し、プロセス改善へのアドバイス。
社会監査:
1) 市民による参加型行政監査へのアドバイス。
・市民団体と共同で作業することが多いが、NGOが政治化していることも多い。
2) 新しいキャパシティ向上の必要性(NGO、行政、市民)
・共同作業は、政府とNGO/市民双方に新しいキャパシティを必要とさせる。
3) 政治的テンション
・政治化した行政職員とNGO職員の共同作業は、政治的テンションがつきものである。
・監査への無関心がネック。
5-2 国連PKOからUNDPへ
東ティモールにおける国連PKO:
1) アドバイザー業績管理、評価制度の開発・国連PKOでは、国連アドバイザーの業績評価を担当。
2) シビリアンプログラム管理(セキュリティカウンシルへの報告)
・国連が担っていた政府機能の新政府への移譲と、その能力開発を目的とし、安全保障理事会への進捗報告を行う。
・アドバイザーを通じて、政府機能およびガバナンスの全体像が見えるようになった。
UNDP:
1) プロジェクト管理
2) 新規プロジェクト立ち上げ
・シビリアンプログラムのUNDP移管に伴い、UNDP新規のプロジェクトの立ち上げ関連業務。
・ UNDPではプロジェクトマネジメントが中心。
5-3 ガバナンス企画からCSRへ
パラグアイでのガバナンス
1) 公務員制度改革
・公務員制度改革を、公務員庁とNGOによる政策対話を通じて進めるもの。
・パラグアイ政府における公務員研修プログラムの立案。
2) 参加型予算、地方行政支援
・南米では、ブラジル・ポルトアレグレ市の参加型予算が有名で、各国での取り組みが進む中、パラグアイでの促進を行うもの。
<質疑応答>
[質問1] アフリカにおける地方分権では、地方政府の予算不足が問題となることが多いが、中南米ではどうか?
[回答] 中南米でも同様である。どの政府も予算不足に苦しんでいる。ただ、地方分権は、財政の分権化という一面を切り取って捉えるより、政策全体の分権化の中で、財政の分権化を考えることが重要なのではないかと思う。 地方分権を進める場合、まず政策目標があり、その中であるプログラムを行うにあたり、そのプログラム目的の達成のため、誰にどのような権限と予算を与えることが最も効果的なのかを考えることが大変重要である。やみくもに分権化といっても、何に対する効果なのかはっきりしない場合、アドバイスを受ける方も困惑するであろうし、アドバイスする方もインパクトの把握が難しい。残念ながら、実際には政策目標がはっきりしていないことが多く、私の実体験も、地方分権のテーマがはっきりしていないにも関わらず、地方分権化のアドバイスを行うものであった。そのため、私はテーマ作成のための活動と同時に、市民参加のための分権化推進を進めることにした。 私のキャリアは社会監査から始まった。これは、地方政府の予算執行に対して、予算が当初の目的通りに使われたのか、その効果はあったのかを、市民に判断してもらおうという試みであった。しかし実際には、市民は予算執行後の監査よりも、予算化の方により興味を抱くことを痛感させられた。誰であろうと、お金を使う計画を立てる方が、お金を使った後の効果を測定するより楽しい。また、市民団体が、地方政府と同様に政治化していることを痛感させられた。 そのため、次に計画を進めたのが、市民参加で予算計画を立てるというものであった。これは、ブラジルを始め、南米では比較的広まっており、参加型予算と呼ばれている。皆で予算の使い道を考え、コミュニティーの生活を向上させると同時に、貧しい人にも参加してもらい、彼らのためにもお金を使うようにするというもの。しかし実際にはなかなか思う通りにいかない。
[質問2] NGOがサービスを提供するようになると、政府のサービス提供に対するインセンティブが下がってしまい、NGOのキャパシティが落ちたら全て終わりになってしまう可能性もあるのではないか?
[回答] NGOが行う場合の効果と行政が行う場合の効果をはっきり分析することが重要だと思う。その中には、そういったサステナビリティーのリスクも考慮に入れることが必要であろう。
[質問3] アドボカシーNGOはほぼ全て反政府なのか?
[回答] 歴史的経緯により、政府が政治化していて、市民は政治的なコネクションがないと政府職員になれないことから、コネクションがない、もしくは野党を支持する人の場合、政府職員になれないことが多く、結果的にプライベートセクターや市民団体に流れることが多く、そうした意味で、反政府の市民団体が多いのは確かである。しかし、いろいろな目的の市民団体が存在し、政府寄りの市民団体も多く存在する。また、アドボカシーNGOの多くは、ドナーの賛同を受け資金を得ていることも多く、政府とは少し違うスタンスの活動を行うことも多い。市民団体が行うことは基本的には自由であるが、結果的に反政府のように映ることも多い。このギャップを埋める方法:市民団体と行政の共同作業なども出来たら面白いだろう。
[質問4] タンザニアでは選挙前には、人々の生活に直接関係する分野が争点となり、公務員改革などのガバナンス改革はあまり出てこなかった。南米でガバナンス改革が選挙の争点になるのは、市民の政治的関心が高いことにも起因するのではないだろうか?
[回答] 生活に関する争点が最重要であることは同様である。ただ、比較的民主化が進んでいて、言論の自由も確立されているため、ガバナンス(特に汚職など)に対する市民の目が厳しいのは事実である。
[質問5] 国連として、政治家や反政府団体にアプローチする時に、中立性を保つにはどうしていたのか?
[回答] もちろん、組織内での許可を得る。個人的には、アカウンタビリティーとトランスペアレンシーを重視していて、常に自分の言動に対して、説明が付けられるような行動をする努力を行っていたことは事実。個人的な感想としては、国連は加盟国の集まるある種の政治団体であるから、加盟国である政府寄りになりがちであることは否めない。そして、政策アドバイスを通じて相手国の政治に影響を与えることも事実である。また、誰に対して中立であるべきなのかは難しい判断である。出身国に便宜を特別に図ったりしないことは、最低限の倫理であろうが、自分の生まれ育った環境が自分の価値観や政策アドバイスに与える影響は大きい。
[質問6] 語学力のみならず、高いコミュニケーション能力が必要であると思うが、語学力やコミュニケーション・スキルは、どのように習得したのか?
[回答] スペイン留学の経験もあったので、スペイン語圏での業務ではそれが役立った。国連では、話す能力とともに書く能力も重視される。書類作成も多く、英語は日々勉強していた。
[質問7] ガバナンスは援助の条件としてどの程度組み込まれているのか。コンディショナリティになっているのか?
[回答] ガバナンスの重要度やテーマは国によって異なるし、個人的には、コンディショナリティーと捉えられるようなアプローチは避けるよう努力してきた。政策アドバイスにあたっては、出来るだけ複数案を用意し、相手に判断してもらう余地をもうける努力をしていた。自分自身は、ドナーが強いコンディショナリティーを迫っている場面などは見たことはない。これに関しては、私はテクニカル面の関与が主で、政治的関与をするようなポジションにいなかったからかもしれない。
[質問8] 汚職はどうすればなくなるのか?
[回答] 政策アドバイスとしては、国によって汚職の度合いや内容も異なるし、短期的なものと長期的なものもある。指標などを作り、進展度合いを測定したり、それに対してインセンチィブを持ってもらうようにすることも効果的かもしれない。
[質問9] 一つの政府の機能強化に複数のドナーが支援する場合、ドナーの足並みはどう揃えていたのか?どうなったら援助プロジェクトは「失敗」とわかるのか?
[回答] さまざまなアプローチがあると思いますが、出来るだけテーマを細分化することで、ドナーフォーカスをより明確にし、競合が起こった場合にはっきり分かるようにすることも一例である。各ドナーと話し合いを重ねるうちに、ドナーが興味を持っている分野もわかってくる。 援助の成功失敗は、誰が何を持って判断するかによる。たとえば、相手国政府よりのアプローチをとった場合、相手国政府に受け入れられる政策の提案ができれば成功、できなければ失敗といえるかもしれない。しかし、それが国際社会やドナーから支持を得られるとは限らないし、相手国の政府以外の人々(野党の人々や貧しい人々など)に受け入れられるかも別問題である。
[質問10] 東ティモールでは何がガバナンスの基礎になっていたのか?
[回答] 東ティモールでは、PKOミッションが政府機能を作り上げ、それを相手政府に委譲した形になっている。しかし、その政府の姿が果たしてティモールに適したものであったのかは正直分からない。また、国連職員が行っていた業務をチモール人に引き継いだが、異なる経験と価値観を持つティモール人に、国連職員を正として同様の職務を求めたりすることは、間違っていると思う。
また、国連の関与の度合いをどの程度に定めるかには、明確な基準はなく、また、国連の長期間による関与に対しては、利益と不利益の双方が存在する。しかし、一つだけはっきりしているのは、国連は、いずれ撤退する運命にあるので、撤退後の状況を予想して、それに対する対応やシナリオ作りを、早い段階から考えておくことが重要だと思う。それには、‘外国人統治’のレトリックと実際のギャップをきちんと認識することが重要だと思う。しかし、個人的には、実際にはそこまであまり考えられていなかったような気がする。また、相手国政府への支援を行う一方、NGOや地方政府への支援も少なかったような気もする。平和支援は、とても難しいことだと思う。
■ 発表者経歴:
大学卒業後、監査法人にて法人・自治体監査やBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニエアリング)など、コーポレートガバナンス・組織開発に関連する業務に従事、この間、青年海外協力隊(ニカラグア地方行政における社会監査)を経験し、監査法人に復帰。
その後、スペインでの大学院留学、イギリスでの監査業務担当後、国連(東ティモール)にて政府支援プログラムを担当。そして、パラグアイにてJICAガバナンス企画調査員として、公務員制度改革に関する業務に従事。現在はサセックス大学開発学研究所の「ガバナンスと開発」修士課程に在籍。