第7回勉強会

2008年6月6日(金)

第7回勉強会「気候変動、及びそれに対する日本のとりくみ」

■講師: 酒井 大輔 氏(在英日本国大使館 一等書記官)

■講師略歴:

1994年 東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻修了後、東京電力株式会社へ入社。

火力部門で国内火力運用、補修、建設業務に、発電所と同社本社にて従事。その間、国際協力機構(JICA)による専門家コースを履修し、2002年よりオーストラリア タロングノース石炭発電所にて、プラント建設コンサルタント業務、2004年よりベトナム フーミーにて、ガス火力発電建設コンサルタント業務に従事。

2005年9月より、官民交流法により、在英日本大使館にて、英国ODA政策を担当する二等書記官として勤務を開始後、2006年4月より一等書記官として、気候変動・エネルギー政策を主に担当し、現在に至る。

現在は、上関連事項の英国国内政策をフォローしつつ、国際交渉に関する英国政府を始めとする政治、ビジネス、NGO、有識者の考え方を追及している。

講演概要:

ニュースで取り上げられない日はなく、既に我々の日常に何らかの影響を及ぼしつつある「気候変動」について、ご講義頂きます。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による「気候変動」の科学的根拠、京都議定書などに代表される国際交渉の枠組み及び課題、クールアース推進構想に代表され、いよいよ来週に控えたTICAD IV、7月に開催される洞爺湖サミットに向けた日本の取り組みが主なトピックになります。

講演終了後には、質疑応答の時間を設けております。限られた時間ではありますが、講演内容を含め、「気候変動」について常日頃より抱かれている疑問をクリアにする場として、どうぞご活用ください。

議事録:

気候変動外交がどのように動いていこうとしているのか。そして何が問題になっていて、世界の関係者はどのような意見を持っているのだろうか。

以前は東京電力に勤めていたが、官民交流法により現在は外務省に勤務をしている。今日は3点ほどお話したい。1つ目は日本の気候変動に関する外交政策について、2つ目に開発との関連性、そして3つ目に日本国内、そして最後に、イギリス国内でどのようなことが起きているのかについてである(配布資料参照のこと)。

まずは科学的な根拠をお話ししたい。気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change:IPCC)はゴア氏と共にノーベル賞に選ばれた。IPCCとは、気候変動に関する科学について世界で得られたコンセンサスや世界中で行われている研究を拾い上げてまとめる場所であり、研究機関ではない。国連により認知されている機関で、この機関が言っていることは正しいと見なされている。

それでは、IPCCは何を言っているのだろうか。IPCCに属する95−99%の科学者が、温室効果ガス(Greenhouse Gas:GHG)は人間の活動から生じていると述べている。過去100年に急激に排出量が増え、大気中の濃度が急激に上昇している。人間による活動が気候変動を引き起こしていると言われている。CO2が増加したことにより、3つの影響が出ている。1つ目は、世界的な平均気温の上昇である。産業革命以降、0.74℃上昇している。2つ目に海面レベルの上昇であり、こちらは約50㎝上昇している。3つ目に、北極の氷の面積、深さの著しい減少である。

このようなことが、実際どのように人間の生活に影響を及ぼしているのか。これは複雑多岐に、且つかなりの広範な分野にまでわたると考えられている。例えば水問題や生態系システム。絶滅する種が出てきてシステムに影響を及ぼすのではないか。食糧価格の高騰も気候変動が密接に関連していると言われている。そして洪水問題。英国気象庁によればドライな地域は一層ドライに、ウェットな地域は一層ウェットになるそうだ。イギリスも気候変動による洪水のリスクに対し危機感を有している。また保健に関する問題もある。温度の高いところで発生するマラリアなど、今後発生する地域が増え感染が広がるのではないかとされている。

気候変動が影響を及ぼす分野は他にもある。イギリスの国際開発省(DFID)にとっては移民問題が気候変動によって引き起こされるのではとの見方があり、危機感を募らせている。移民が発生するとテロの温床を作ってしまう危険性もあるからである。また、北極を巡っての争いもある。氷が解けると船の通る道が広がり、多くの国による利権争いが起こるかもしれない。要するに、気候変動問題は一種の安全保障問題として、イギリスでは考えられ始めている。イギリスでこの問題をClimate Securityと呼んでいるのは、そういう背景がある。

このように、気候変動が関係する分野は広範化、複雑化してきている。気候変動対応に当たり、エネルギー、交通、開発、貿易(エコフレンドリーな物品輸出入関税を撤廃する)、保健、移民、紛争、安全保障等の様々な分野が密接に絡み合って進んでいるのが現状であり、大きな特徴の一つとなっている。

気候変動のもうひとつの特徴は、因果関係がすぐには分からないこと。すなわち、今はスローで急激な変化は見えないが、一度進行し出すと取り返しがつかない性質を有していることがポイントである。また、影響度合いの違いという点で、先進国と途上国との格差問題がある。要するに温室効果ガスをたくさん排出している先進国よりも途上国の方が、影響をより受けるという問題である。

先般、福田総理は気候変動に関する日本のイニシアティブを公表し、この問題は今日の問題、すなわち喫緊の課題であると主張した。日本の世論も9割の人が関心を寄せており、その傾向は益々強まっている。日本国民の関心が高まっているのはヒートアイランドの問題や島国であるため海面水位の上昇の恐れがあるからかもしれない。

では、気候変動に対処するための国際合意にはどのようなものがあるか。国連気候変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change:以下UNFCCC)である。その枠組みの中で京都議定書が2005年に発効している。UNFCCCと京都議定書との違いは何か。アメリカや中国など、先進国と途上国併せて190カ国以上が加盟し、年一回の閣僚会議が行われている。一方、京都議定書は先進国だけを対象にした個別の条約である。

京都議定書については賛否両論がある。CO2規制に関する世界初の制度という点では意義深く、画期的であった。しかし、効果が極めて小さいのが問題点して指摘されている。すなわち、世界のCO2排出総量のうち、わずか28パーセントを排出している国のグループ(付属書I国)だけが排出削減の義務を課されており、しかも付属書I国排出量の5%のCO2だけを削減しようとしている。アメリカや、中国の排出量はますます高まっている今日、京都議定書の効果は少ないと考えられている。もう一つの問題点は途上国が参加していないこと(ベルリンマンデート)。現状の仕組みでは、途上国は行動を起こさなくてもよい仕組みになっている。途上国と先進国との対立構造が完全に出来上がってしまっている。

気候変動対応の議論にあたっては、国連会議が最も重要なステージとなっており、一年に一回閣僚会議が開かれている。それに加え、年間3回くらいアドホックな作業部会が開かれている。国連以外のプロセスとしては、G8サミットが存在し、締約国会議(Conference Of the Parties: COP)を補完している。また、国連をサポートすることを目的としたアメリカ主導の主要経済国会合(Major Economies Meeting on Energy Security and Climate Change: MEM)も年間3回程度行われている。

日本の政策としては、Cool Earth 50 (2007年5月安倍首相)やCool Earth Promotional Programme (2008年1月福田首相)などがある。後に行われる国際的なサミットなどのために日本の意見を反映させようとしている。

日本によるイニシアティブの柱の1つ目として、”全ての国が参画するPost Kyotoの構築、そのための国際合意形成”がある。日本は国家目標を設ける用意がある。それに向けては、”bottom up”, “sectoral basis”などを活用して、目標を作成する必要がある。またアメリカや中国も一緒に”Post Kyoto”を構築して行こうといった方向に持っていく必要がある。 具体的には、まずは、鉄鋼や電力など(資料参照)、主要産業別に削減可能量を数値化し、全体としてどれだけ各国にポテンシャルがあるのかを見極める。そして、先進国が途上国に技術協力し、途上国による自助努力を促しつつ、場合によっては先進国から必要な資金を投じて途上国の排出量削減に協力し、それによって削減目標を達成しようということである。 2つ目の柱は、中期目標の設定である。中期的に排出を削減するには、既存の技術に頼るしかない。そのため、日本政府は、エネルギー効率を高めるような商品を使うことを目指した”global energy efficiency improvement 30%” (2020年までに)を打ち出している。今後、日本政府は途上国の削減達成に向けて、支援していく意向である。

ところで、途上国支援の目玉であるCool Earth Partnershipについては、無償資金協力が20億ドル、借款が80億ドルであり、二国間ベースで活用される予定。ODAは60億円くらい(6割)で、それ以外はJBICや他の機関の民間資金を活用しようとするものである。 三つ目の柱は長期的目標の達成方法である。野心的に行きましょうという目標をいかに達成するか。それには、既存の技術に頼るのではなく革新的な技術を導入するしかない。この分野では、既存のプログラムと新しいものを組み合わせ、日本がリーダーシップを取ろうとしている。日本が今まで投資してきた研究開発費用は世界でトップレベルにある。

今年の3月にInnovative Technologyに関する開発ロードマップを日本は公表した。各国がやるのではなく、皆でゴールを共有して協力してやっていきましょうというもので、国際エネルギー機関(International Energy Agency: IEA)を中心に進めており、次の洞爺湖のG8サミットで公表される見通しである。その他、技術だけではなく社会システムの見直しの必要性も叫ばれている。

次に開発との関連性をご紹介したい。既存のファンドのみならず新しいファンドを作って途上国の支援を活性化させようという動きがある。先月末に行われたTICAD4は、「元気なアフリカを目指して」を目標に、国際政策フォーラムとしては世界最大級であった。ここでは、新しいイニシアティブが出されたが、気候変動も扱われた。

次に、日本の排出量に関してお話したい。日本は−6%が目標なので、今からは13.8%削減しなければならない。しかし、産業分野からの排出量は削減されてきているが、交通分野や住宅分野からのCO2の排出量が30%も増えてきてしまっているのが問題。ただ、何もしていないということではない。日本は努力している。たとえば、エネルギー効率向上を日本は世界に向けて発信しているが、それでは何をしているのか。代表例としてはTop Runner Programme。これは、自動車等、21品目について、一番高いエネルギー効率に目標を設定し、達成できない製品は、将来的に市場から撤退してもらおうというもの。非常に大きな成果を上げた政策であり、海外でも活用可能なはず。

最後に、イギリスはどのように気候変動に取り組んでいるのかについてお話したい。取り組みとしては4つある。1つ目は、炭素市場のグローバル化である。これは、欧州排出権取引を中心に据えた政策でそれに途上国も巻き込みグローバルにしていこうというもの。2つ目は、気候変動法案の策定。野心的な目標値を法制化するもの。3つ目として、環境変革基金の設立が挙げられる。この基金では、途上国に対し、向こう3年で約8億ポンドが森林保護などに拠出される予定。最後は炭素隔離貯蔵技術(carbon capture and storage; CCS)の開発であり、イギリスは地中にCO2を注入し貯蔵する技術で世界をリードしようと考えている。手っ取り早いのは枯渇した油田にCO2を注入することである。イギリスは枯渇したものを含め油田に恵まれており、貯蔵可能容量が極めて大きい。CCSで世界をリードし、これを使って中国での展開を目指している。

【質疑応答】

質問1

①途上国を巻き込むとおっしゃっていたが、まさに発展過程にあるインドや中国をどのように組み込んでいくのか。

②クリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism: CDM)の排出権取引は結構(BRICs(Brazil, Russia, India, Chinaの総称)に集中しているのではないかと思う。他の途上国をどのように巻き込んでいくか。

応答1.

① 欧州、アメリカ、日本間で議論になっていることだが、結論はまだ出ていない。日本としての考え方は、セクター別を推進しており、それで対象としているのは電力、石炭、セメント等のエネルギー集約産業である。たとえば、中国からの排出量は石炭火力からの排出が占めているが、石炭火力の効率を上げるだけでかなりの削減が見込まれている。こうした既存技術を使って中国をやる気にさせようとしている。既存技術で市場に流布しているものであれば中国に対し支援することは可能である。これのメリットは確実に排出量が削減されること。その後は、中国は自分の力で開発発展していくかもしれない。イギリスは特に中国を重要視している。そしてCCSこそが解決策となると考えている。イギリスで技術を確立し、中国に移転したいと考えている。

② それ以外では、イギリスは、自国が持っている炭素市場のノウハウを共有することを考えている。BRICsでは、CDMはかなり発展している。しかし、中国にプロジェクトが集中しすぎてしまっている。世界的にも、クレジットを作って中国に経済的なインセンティブを与えようという考えがある。一番の近道はアメリカが政策転換すること。中国・インドに関係なく自分で削減努力を行い、中国・インドを牽引していくという構図が出来ればいいのだが。

質問2

欧州は排出権取引に関心があり、日本はセクター別アプローチに力を入れているとのことだが、それについて利点と欠点を教えて頂きたい。

応答2.

排出権取引に関しては有識者懇談会を福田首相が立ち上げられ、関係者によりメリット・デメリットについて議論された。排出権取引制度では、期限と目標が設定されるので、企業はそれに向かって努力し、超過分は他の所から買って自分が削減したようにする。すなわち、排出削減が確実視されるというのが大きなメリットと言われている。次のメリットとしては、金融業界にとって新たなビジネスチャンスにもなる点。3つ目は、同じようなインセンティブを途上国に与えられる可能性があるということ。お金の流れに伴い技術も移動すると考えられており、途上国が前向きに行動するであろうということが指摘されている。

一方、デメリットとしては、産業の空洞化(カーボンリーケージ)をもたらす可能性があること。実際、ヨーロッパでも真剣に議論されている。野心的な目標値が課されると欧州では活動が難しいので規制のない途上国に工場を移す。途上国で排出量が増えてしまうかもしれない。ヨーロッパでは減るかもしれないが世界中で見れば排出量が減らないのではないかと懸念されている。二つ目のデメリットとしては、企業が長期的投資を行うところまでは進まない可能性があるということ。今のCarbon priceが低いためという背景もあるが、実際は政府からの補助金がないと企業としては長期的プロジェクトに投資するのは難しいという意見が多い。もう一つのデメリットとして指摘されている点は、新たな政府規制により、産業界の自由な成長が抑制される可能性があるということ。これに関する産業界の懸念は根強い。

セクター別アプローチのメリットに関しては、公平で透明性が高いということ。このアプローチであれば経済成長しながら削減可能である。セクター別アプローチ=エネルギー効率向上であり、既存技術を活用するので確実な効果が期待出来る。デメリットとしては、どれだけ本当に削減出来るかが不明瞭な点で、この点に関しては検討中である。2点目は、作業が複雑化しており専門的な内容であるということ。専門家の知識のノウハウが必要となってくる。企業を巻き込んだ枠組が必要になり、そのための手間がかかってくるという指摘がある。

質問3

途上国で民間企業と日本の政府がどのように連携していくのか。日本の企業のためにもなり途上国のためにもなるにはどうしたらいいか。

応答3

既存のプラットフォームとしては、アジアパシフィックパートナーシップがある。まず、枠組を作り、官民で情報交換をする。政府は、政策ツールしか出来ないので、制度を紹介することしか出来ない。次のステップで、行われているのは人材育成である。ODAで人材育成や技術協力などがなされている。地道な作業だが、今後も続けていかなければならないと個人的に考えている。その次のステップとしては、お金のフローを確保すること。これが一番難しい。最初は政府がODAなどを出し、民間が中国やインドなどの市場に入りやすいようにする。貿易保障などで民間のリスクを軽減することが必要。それと並行してマーケットの信頼性を高めることが必要。ブレイクスルーをするため資金や知的財産権(Intellectual Property Right:IPR)に対処する必要がある。最後に関税の話。効率の高い商品、炭素をあまり排出しないものに関しては関税を減らすという議論がもう少し出てくればそのような技術が途上国に動くのではないか。なかなかひとつの解決策では解決出来ないので、様々なことを行って全体的に改善していく必要がある。

気候変動外交は政府だけ役割を担っているのではない。民間、NGO、学生の皆さん、労働組合など、色々な場所で議論を活性化することが大切だと思っている。皆が当事者である。