ドミネーター(以後DM)の発売とともに、1993/02/7 記念すべき第1回APSCUPが、開催しました。この頃のエアガンの大会は、MGC主催のビアンキカップを中心としたスピード系の大会のみでした。私もMGCマキシコンポ・グロック サイドラーカスタムで参戦。しかし、本番ではプレッシャーに負け、練習通りにいきません。カスタムした銃も本戦でトラブル続出。思ったように成績が伸びず、惨敗を繰り返し。ブルズアイだけは、トップクラスと自負していましたが、実力に当時の銃の性能が、追いつかず不満を感じていました。そんな時、マルゼンよりドミネーターの発売発表、第一回APSCUP開催の告知。過大広告に不安を感じながら速攻購入。「これなら行けるかも」率直な感想。手応えを感じました。これが、APSCUPとの出会いです。
DMは、パックマイヤー・モデル・ドミネターといい、M1911のフレームに組み込んで、223・22ホーネット・308等のライフル弾を使用する単発ピストルをモデルにしたものです。
GMは、ドミネーターにAPモリーニ風 グリップをつけたマルゼンオリジナルです。グリップ・シアシステムの変更で、撃ち味が大きく変わりまるで別物。
付属ターゲットにセルフジャッチで撃ち、マルゼンに郵送、優勝者には交通費支給、招待選手として参加、という美味しい企画もありました。性善説に基づいたおおらかな企画でした。私も散々練習し奇跡の100-?X出しましたが、「無名の自分が」、「ずるだと思われたら」、なんて弱気で控えめな、郵送できずに正規のエントリー。今の私しか知らない皆さん、信じられないかもしれませんが、こんな謙虚な時期もあったんです。(APSラジオでは、チキンじゃねーのとY氏に言われ、R氏に笑われる)APS-チキン.wav