データ解析による

エネルギービジョンの構築


Ⅱ.エネルギー・モニタリングデータ分析に基づくエネルギービジョン構築とまちづくりの担い手育成

吉田好邦(工学系研究科 技術経営戦略学専攻 教授、エネルギーシステム工学・環境経済学)

井原智彦環境システム学専攻 准教授、環境社会システム学)

新地町のエネルギービジョンを構築する第一段階としてまず、国立環境研究所および新地町と連携して地域エネルギーモニタリング・ビッグデータ解析を実施し、新地町におけるエネルギー消費実態を明らかにします。次に、それによって明らかになったエネルギー需要の実情を「見える化」することを通し、地域住民のエネルギー消費に関する理解を深めるとともに、地域住民に加え、様々な事業を対象としたデータ解析も併せて行い、エネルギー需要と供給のマッチングを目指します。さらに、天然ガスをベースとした熱電併給など新地町が持つエネルギー基盤を活用し、再生可能エネルギーや環境調和型技術の導入を念頭に置いた町域エネルギー供給に関するシナリオ検討を行い、原子力災害からの復興まちづくりを見据えた将来ビジョンについて検討を進めます。これらを通して、新地町を対象とした「環境エネルギーまちづくり」を推進します。

まず、エネルギー需要について、新地町では地域環境や生活の情報を共有する地域ICTシステム「新地くらしアシストシステム」を開発してきました。現在町内の75世帯を対象に社会実証実験を進めており、2018年度には125世帯に拡充する予定です。地域ICTシステムでは、住宅の分電盤に設置した電力計測機器により、住宅内の機器別電力消費をリアルタイムで計測し、住宅側のタブレット端末で計測データが見える化されています。各住宅で取得したデータはクラウドサーバー上の中央制御システムにて一括管理されるため、住宅内に設置される単独の家庭エネルギーマネジメントシステム(HEMS)と異なり、地域全体の情報管理が可能であり、地域内の省エネランキング表示や電力逼迫時の節電メッセージ発信など、さまざまな形で省エネルギー行動を支援することができます。

本課題では、地域ICTシステムにて継続的に取得してきた機器別電力消費に加えて、対象世帯の細かな属性(家屋の熱物性や世帯構成員ごとの生活時間など)を調査し、各世帯の振る舞いと電力消費量の関係を解析することによって、各世帯が実行可能な省エネルギーポテンシャルを評価します。無駄を省いた機器の使い方を評価するのみならず、ライフステージも考慮した上での耐久消費財の買い換えタイミングも評価することによって、短期から長期までを視野に入れた省エネルギー行動を分析、提案を目指す。また、調査した世帯属性と気象庁観測データおよび電力消費の関係をもとに、世帯構成や気温を変数とした家庭エネルギー需要予測モデルを開発します。この需要予測モデルを用いて人口動態や気候が変動した町の将来のエネルギー需要を予測することによって、Ⅲ.のデータに基づいたまちづくりに活用します。

さらに、2019年度からは新地町駅前再開発事業に伴って地域エネルギーマネジメントシステム(CEMS)が運用開始予定です。CEMSでは、上述の125世帯の住宅のほか、事業地域内の工場や公共施設のエネルギー消費を時々刻々計測することとなっています。これらのさまざまな施設の時刻別エネルギー消費計測データを横断的に解析することによって、曜日・時刻や気象条件を説明変数として数時間後のCEMS事業対象地域内の電力需要を精緻に予測するモデルを開発する。これにより、供給側としては新地町で計画中である天然ガスを活用した熱電併給機器の運用効率化や太陽電池・風力発電など再生可能エネルギーを貯蔵する蓄電池の制御、需要側としては主に公共施設の空調・照明・待機OAの制御などデマンドレスポンス制御を分析できるようになります。このモデルに基づいて町のエネルギー需要と供給のマッチングをおこなうことは、地域エネルギー分野におけるイノベーションにつながるものと言えます。

このような需要データ解析により地域エネルギー需要と供給のマッチングするモデルを比較的短期間で開発しつつ、並行して、長期的な視点に立ったエネルギー供給に関するシナリオ検討と復興まちづくりを見据えた将来ビジョンの検討も進めます。新地町は海沿いの立地、原発事故からの復興の目標、LNGパイプラインの敷設などの背景から、地域におけるエネルギー需給の将来ビジョンを検討するに相応しい自治体です。具体的な将来のエネルギー供給形態として、太陽光発電、風力発電、バイオマスのエネルギー利用をはじめとする再生可能エネルギー、天然ガスによる熱電併給などがあり、太陽光発電や風力発電による電力供給の調整力として蓄電池の導入が考えられます。将来のエネルギービジョンを構成するこれらの個々の技術はすでに多くが実用可能であるが、地域社会においてその効果を実際に示した事例はほとんどなく、その実装は社会イノベーションとして位置づけられます。また、当研究科は、エネルギー利用をはじめとした多角的な利用を目指した藻類バイオマス利用に関する先進的な研究を進めており、その研究成果に基づくベンチャー企業も設立されている。この種のエネルギー源は、その実用可能性に関する評価を丁寧に進める必要があるが、一方、さらなる社会イノベーション引き金となるポテンシャルを持っています。

本課題ではこれらを踏まえて、新地町の自然環境と人工環境に基づいたエネルギーシステムの将来ビジョンを提示します。すなわち、まず、新地町での風況調査や藻類バイオマス生産に関する潜在量調査を実施し、風力発電や藻類バイオマスのエネルギー利用可能量を示すための調査研究を実施します。実際の新地町での電力需要を満たすためには、これらの再生可能エネルギーだけでなく、LNGパイプラインから供給される天然ガスの熱電併給が供給源となることから、これらの最適な統合を通し、系統電力からの電力供給を可能な限り少なくする地産地消のエネルギーシステムを示します。さらには、電力を自給かつ安定的に供給するために蓄電池の導入がどの程度必要となり、またどの時間に充放電を行うのが最適であるかを、数理モデルによるシミュレーションによって示します。

需要側において、エネルギー需要の因子を探るためのCEMS内の住宅や施設の調査と、計測データの解析は、大学院生教育の一環として実施します。現場での調査とデータ解析の双方を手がけることは、具体的な日々の振る舞いが見える化されたエネルギー消費に与える影響を理解し、日々の生活の観点からエネルギー需要を分析でき、かつデータに基づいたまちづくりをできる人材の育成につながります。また、供給側においても、将来のエネルギービジョンの検討は、大学院生の教育の題材としても相応しく、新地町はフィールド学習の好適地といえます。学生に対するフィールドでのエネルギー教育は、地域の方々との交流を必然的に伴うため、地域の活性化にも寄与する機会となります。